美術館の帝王

March 12, 2014

美術館の帝王@バロックとは何か? 私にとってはカラバッジョから始まりベルニーニを生んだ美術ですね。

美術史の極めて自分勝手な解釈を書き連ねる記事です。
私はこの分野、正式な教育を受けている訳でないので、本気にしないように。

バロックは何者か?
曰く、17世紀の美術である、です。
そしてその淵源、ビック・バンの源にいるのはミケランジェロ・メリージ・ダ・カラバッジョということになります。

イタリアで咲き誇ったルネッサンス美術は最後にカラバッジョを生み出し、その明暗の強調、劇的な構図は全欧州に伝播してバロックは花開いた!
衝撃は飛び火して、フランドルにルーベンスを生み、スペイン王室にはベラスケスを生み、ネーデルランドにレンブラント・ファン・レインを生んだ、です。
でも最大の収穫は、全欧州に伝播した衝撃波が戻って来た先、ローマで生まれたジャン・ロレンツォ・ベルリーニでしょう。

数字で理解しようシリーズで言うと、
カラバッジョの「ホロフェルネスの首を切るユディト@1599年」から、ベルリーニの聖女テレジアの法悦1652年が生まれた訳です。

他で抑えておく数字は、この時代の最大の傑作ベラスケスの「ラス・メニーナス@1656年、ピカソ模写」、「教皇イノケンティウス10世@1650年、フランシス・ベーコンが繰り返しモティーフ」辺り。
ちなみにローマの帝王ベルリーニを嫌ったのが、モデルの教皇イノケンティウス10世。

スペイン@カトリックと独立戦争(80年戦争)を戦ったプロテスタント@オランダですが、カルヴァン派故、教会から礼拝像、祭壇画が廃され、いわゆるオランダ風景画、勃興する市民の肖像画が生まれました。
それがレンブラントの「夜警@1642年」であり、フェルメールの「真珠の首飾りの少女@1665年」「デルフトの眺望@1661年」ですね。

この後の後進国フランスを導いた野望の人の話とか、クロード・ロランはイタリアの古代遺跡ばっかり描いていたけど、何人だ?とかいったんは闇に消えたが、光の中に見いだされたジョルジュ・ド・ラ・トゥールの話は、明日のココロだあ!

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February 16, 2014

美術館の帝王、初期ルネサンス@チマブーエ、フラ・アンジェリコ、テンペラ画法、そしておどろくべきは

最近、ハマっているのが勉強。
萌えアニメだってそうそう劇場版はやってくれないし、サーキットだって入り浸れるほどじゃないんで、夜、寝しなに自分のペースで出来るお勉強は、一番安定して出来る楽しみかな。
という訳で備忘録。
以下、あくまで個人的見解なので、教科書と違う~とこあるんでヨロシク。

初期ルネサンス
14世紀イタリアの都市が生んだ自由な空気の芸術ですが、それはチマブーエによって始まります
チマブーエ:フランシス・ベーコンがプリミエィブと読んだ芸術家。ゴシックの堅い制約を、初めて破った天才芸術家なれど、描かれるキリスト像の苦悶(キリスト磔刑図@1270年)から、中世の枷がいかに強かったが分かります。
当時はキャンバスでなく、板に。
油彩でなくテンペラで描いていた。
テンペラというのは、顔料(絵具)を卵の黄身で溶いたモノ。
てんぺらスミ@もえたん、って覚えてます。
日本のアニメって知的だよね。

フラ・アンジェリコ@1395-1450年
ヴァザーリも書き残しているが如く、天使のような修道士だったフラ(修道士)・アンジェリコ(天使)。
彼の絵の特筆すべきは、ときめくような甘美さ。
清潔な透明感と比類なき甘さを両立した画法は、後のイタリア芸術の美意識を決定づけました。
1433年辺りの受胎告知@サン・ドメニコ聖堂の祭壇画

絵画も数字で把握しようシリーズ
1460年に遠近法の鬼、ピエロ・デラ・フランチェスカの「鞭打たれるキリスト」が描かれている。
1482年には初期ルネッサンスの最高傑作サンドロ・ボッティチェリのプリマヴェーラが描かれている。

ではここで質問。
ヤン・ファン・エイクの「アルノルフィーニ夫妻の肖像」が描かれたは何時?

まず1410年辺りの作品が多いジョットは問題外。
フラ・アンジェリコの1433年も除外されるだろう。
フラ・アンジェリコの作品は名画であっても、題材、画法はゴシックの殻を残している。

次にピエロ・デラ・フランチェスカと同時代という仮定はどうか?
Perspectiveに徹底してこだわったピエロ・デラ・フランチェスカは、人類の科学への目覚めの象徴とも思えるが、ヤン・ファン・エイクの作品は、その油彩という材質からもすでに科学を当然視しているという時代の息吹を感じる。
よってこの後だろう。

ではボテッチェリと同時代か?
方や異教的なアレゴリー、方や近代絵画と同じモティーフとも言える夫妻像。
ではボテッチェリの後なのか・・・
いや、それは何かおかしい・・・少し変だ。
ここで我々はヘント祭壇画を頭に浮かべ、彼が北方フランドル派の代表であり、生年と没年の年を思いだす。
それは1395-1441年である!

そうアルノルフィーニ夫妻の肖像画が描かれたのは1434年。
優美なるフラ・アンジェリコと同時代。
実は絵の凸面鏡の中に、ヤン・ファン・エイクここにあり1434、という書き込みがあるのだ。

何時の時代でも芸術の真の驚異は個人の才能の中にある。
そしてここに宿った科学の目は、後の欧州北方優位の時代を先見していた、というのは読み過ぎだろうか?

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October 22, 2012

バロック美術概説:カラバッジョからレンブラント@美術館の帝王

最近、トイレに美術史の本を置いて読んでいる。
一階のトイレには画家一人一人を解説した本。
二階のトイレには時代別のモノ。
その中でバロック期を紹介した本を読了したので、極めて個人的に解釈した後の備忘録を書く。

1)ローマで生まれ、スペイン、フランドルを経てオランダに
フランドルにオランダが含まれていたのは承知している。
しかし80年戦争を経て独立した後のオランダ絵画をルーベンス@フランドルと一緒くたには出来ない。
そもそもバロックの始まりはローマ。
ローマはカラッチ一家から始まり、カラバッジョを生み、その影響は絶大だった。
やがてローマのジャンロレンツォ・ベルニーニで頂点となる。
「アポロンとダフネ」
「聖テレサの法悦」
ミケランジェロに比べると女性的だが技量は史上随一だろう。

2)スペインバロックの二面性
最大の存在はベラスケスだが、エル・グレコに満ちていた神秘主義は消え去り、自然主義的な技法となる。
非常に不思議だ。
単に個人の感性だったのか?社会的な背景があったのか?

特筆すべき画家はスルバランで、その静寂と瞑想的な精神性は、後の形而上学派に繋がるのではと考える。

3)フランドルならルーベンス、幸福な画家は深淵を覗かない
15世紀においてイタリアの画業は欧州の中でも隔絶したレベルだった。
幾多の画家が留学したが、その水準に達した初めての人間がルーベンス。
工房を営み、富と名声を欲しいままにしたが、その作品には陰影が欠けているように感じる。
それでもアントウェルペンの主は彼であり、ヴァン・ダイクとヨルダーンスすら及ばない。


4)オランダの繁栄はレンブラントを生んだ
宗教戦争であり、重税戦争であったが、オランダは宗主国であるスペインを破り、商業国家として空前の発展、ついにレンブラント・ファン・レインを生み出す。
静物画、風景画が本格的に発展し、フェルメールも登場する。

特筆すべき画家はジョルジョ・ド・ラ・トゥールであり、その光と影の表現は、神の域である。
ルーブルを走り抜けようとした時、「大工の聖ヨゼフ」を観て、急停止した思い出があります。
神秘性と瞑想性においてスルバランと似ている。

17世紀はバロックの時代。
その最後を飾るように、1600年、ローマでクロード・ロランが生まれ、古代世界への憧れを絵画にする。

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