数学

June 11, 2008

なぜこの方程式は解けないか? 天才数学者が見出した「シンメトリー」の秘密  

非常にオモシロい本ですが、400ページを一気に読了してまず感じることは、惜しい、ということです。
何が惜しいかと言えば、題名です。
この本の豊かな内容(数学から量子力学、人類学から音楽、芸術に至るまで)に比べて題名があまりに詰まらなさすぎる。
これではまったく魅力は伝わらないでしょう。

まずこの本のいう、「解けない方程式」とは五次方程式のことです。
ただ解けない、と言ってもそれは四次方程式まではあった「係数の四則演算と累乗根だけで表せる解の公式が存在しない」というだけです。
五次方程式に解の公式がない、なんて常識だ、と思っていたら、なんと人類はそれを300年も探しもてめていたのでした。(この時代、最大の未解決問題だったのだ!)

結局この問題は、アーベルが道筋をつけ、ガロアが群論でもってトドメを刺すのですが、それまでなんとかしようとあがく数学者の奮闘ぶりには頭が下がると同時に、涙ぐましさに気の毒にもなります。

それから本はアーベルの人生を俯瞰し、その不幸な一生を悼み、主人公ともいえるガロアについて語りだします。
エヴァリスト・ガロア、たった20年の人生で数学史を塗り替えた天才には、同じパリが舞台ということもあり、どこかアルチュール・ランボーの面影も重なりますが、この本で明かされる群論の壮大さには、ただ圧倒されます。

群論は「数学的抽象化の最たる技法」であり、素人数学オタとしては、絶対に抑えておかないといけない分野です。
群論はなんとレヴィストロースの名著、「親族の基本構造」から、ソシュールの言語学の体系化にまで、その根本を支える論理的根拠となっていたのでしたあ!
ビックリ、ビックリ!
あらゆる対称性の根底には群論の原理があり、普遍文法の理論は全人類が持つ言語能力の初期条件なのでした。


さらにはなんと1オクターブの音階も群構造になる!
それが人間に心地良いという不思議!
ここまでくると量子力学でよく言われる、未発見でもこんな性質をもつクォークの存在が予言されている、なんてことも群論が明らかにした、対称性からのことだなんてことには、もう驚かない。
宇宙の構造に潜む対称性!の驚異には、読めば読むほど、ただ唖然とするのみです。


以下、素人学問として群論豆知識をまとめておきます。
1)群の概念を生んだのは置換である。そしてn種類の置換の数はn!ある。そして「いかなる群も置換群と同じ型になる」
2)最も単純な恒等変換Iだけからなる群の位数は1

3)方程式が公式で解けるためには、群から入れ子状に生まれる一連の最大正則部分群によって得られる組成因子が、どれも素数になるときである。それを「可解」群と呼ぶ。
五次方程式はそのガロア群の置換群の一つが組成因子60となり、60は素数でない。
よって五次方程式は公式では解けない。
これが対称性を方程式の本質となる性質の根源である。

4)ガロアの群論が対称性の言語となり、自然はその対称性に従う
非ユークリッド幾何学は宇宙の言語になったが、それから派生したあらゆる幾何学は群論になる。それを証明したのが、クラインのエルラゲン・プログラムで、幾何学を物体によってでなく、物体を不変のままにする変換群によって記述した。
変換の群を与え、その変換によって変わらない要素の集合を明らかにすることが「クラインの四元群」

5)連続変換の群をリー群と呼ぶ。
方程式の可解性の証明に使われたのが正則部分群。
正則部分群を持たない群は単純群と呼ばれる。
素数が整数の基本要素であるように、単純群は群論の基本要素。
すべての群は単純群から作れ、単純群そのものは同じプロセスではそれ以上に分解できない。
モンスター単純群とは、散在型単純群の最大のもの。
元の数は54桁の数字になり、19万6883次元に存在する対称性の集まり。
素数構造で表現すると
2^46*3^20*5^9*7^6*11^2*13^3*
17*19*23*29*31*41*47*59*71
これは人類の知る最も大きな意味のある数であり、いつの日にか人類が物理学の中で出会う構造と予想されている。


6)「群が現れるところでは必ず混沌から単純さが結晶化した。対称性の素晴らしさはその予言の力による。この力が最も発揮されたのが量子力学の標準模型。対称性は科学者の行く道を照らし続ける

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June 10, 2008

図解雑学フェルマーの最終定理:3

20世紀も後半になると数学の世界でもコンピューターが活躍します。
フェルマーの最終定理も92年にn=400万まで証明されました。
しかし数論の恐ろしさはその内部に無限を内包することであり、400万では話になりません。
400万の階乗の階乗まで計算したって、その後に数は無限に続くのですから。

さてそんな数論最大の巨峰であった、フェルマーの最終定理の解決には3人の日本人が大きな功績を残しています。
それが
谷山=志村予想:すべての楕円曲線はモジュラーである」です。

では楕円曲線とは何かと申しますと、
y^2=ax^3+bx^2+cx+d (ただし右辺を0とした方程式は重根、三重根を持つものは除く)
と表現できる関数です。
なぜ重根と三重根を持つモノはダメかというと、重根は結節点があり、三重根は尖点という共に特異点(微分不可能点)になるのでダメなんです。(微分不可能点があることは、その点では、関数の数学的性質が保たれないということです)

グラフ化するとこんな感じです。
Ecexamples01

ガウスが発祥ですが、この楕円曲線上の有理点は加群をなします。
それは、曲線上の任意の有理点を2つとって、操作すると導かれる点はもとの楕円曲線上にあるということです。

モジュラーとは、ポワンカレが考えた関数の形式で、三角関数ような周期関数が、複素平面上で同じ波形を繰り返すもののことです。
そういう関数は非常に多くの対象性を持ち「ある一定の方法で変換したとき、もとの関数と変わらない」関数のことです。
こういう性質を保型形式と呼び、さらに拡張したのがモジュラー形式です。
モジュラー形式は複素平面上の上半平面にあり、双曲型幾何学(非ユークリッド幾何学の一つ)であることが知られています。

フライの楕円曲線
フェルマーの最終定理が間違っていると仮定する。
X^2+y^2=z^3(n≧3)に解があると仮定して、その仮の解を代入してみると、以下の楕円曲線が作られました。
Y^2=x(x-a^n)(x-b^n)
これがフライの楕円曲線です。
このフライの楕円曲線を研究すると非常に奇妙な振る舞いをし、こんな曲線は存在せず、またモジュラーではない、と予想しました。
後にこれは正しいことが証明され、そうなると
「谷山=志村予想:すべての楕円曲線はモジュラーである」という予想と背反します。

となればフライの楕円曲線の最初の仮定、フェルマーの予想の関数に解がある、という前提が間違っていることになり、解がないとしたフェルマー予想は正しい!

結局、「谷山=志村予想:すべての楕円曲線はモジュラー形式」を証明できればフェルマーの最終定理も証明できる、ということになりました。

まとめ
フェルマー最終定理=谷山=志村予想=すべての楕円曲線はモジュラー                     ↓
楕円曲線とモジュラー楕円曲線を数え、同数ならすべての楕円曲線はモジュラー
      ↓
楕円曲線は無限にあるので、数えられるようにガロア表現(群)に変形
      ↓
失敗@1993年

岩澤理論(無限次元拡大におけるガロア群のイデアル類群における表現論)を使って証明の穴が埋まる
      ↓
360年解けなかったフェルマーの最終定理:陥落

です。

これだけではまだまだわかりませんね。
今、群論の本を読んでいるので、それが終わったら別のフェルマー本でまた加筆勉強したいと思います。
では図解雑学シリーズのフェルマーはここまで。
Rei008t
勉強に疲れて休んでいる綾波レイちゃんです。

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June 03, 2008

フェルマーの最終定理:2@図解雑学シリーズ6章から

フェルマーシリーズの続きです。

合同数mod
今、目の前にカレンダーがあればご覧ください。
7日周期で日付がついていますね。これが合同数modの考えです。
2つの整数aとbがmで割り切れると、aとbを合同といい、a≡b(mod m)と表す@ガウス」
簡単に言い直すと
aもbもmで割ったとき、その余りが等しいこと」です。
具体例
8≡2(mod 3)8も2も3で割ると2余る
99≡0(mod 11)99は11で割ると余り0
321≡39≡3(mod 6)321も39も3も6で割ると3余る。
ちなみにmodは小さい尺度を表すmodulusの略で、日本語では「法」と言います。

ちなみに今月のカレンダーを見ると日曜日は
1≡8≡15≡23≡29≡1(mod 7)です。1.8.15.23.29は7で割ると余り1.ですね。

合同数は群である
詳しく説明すると表(これは用意してんですが)、表もアップしたらダメでした。巡回する図か書けないので勘弁!してもらって結論だけ書きますと、合同数modは加法と乗法において、
すべての要素(元)どうしの演算をしてもその要素(元)は含まれて集合として閉じており、単位元(他の元に影響を与えない存在)があり、逆元(すべての元を単位元にもどす)があり、結合の法則がなりたつ「群」であることが証明されており、
仮にa≡b(mod 5)があるとしたときのmod=5の加法表・・・は書けませんでした・・・
を作ると、表が対称になっていることからこの群は可換である、とされます。

巡回群と原始根
素数pにおける掛け算で群G(p)ただし集合G(3)は要素{1.2}だけの2つとすると
構造表となります。構造表書けません。グーグル願います。
このG(3)で2^0、2^1、2^2を求めると
2^0≡1(mod 3),
2^1≡2(mod 3)
2^2≡1(mod 3)となり、このときG(3)のような群を2において生み出される巡回群と呼び、巡回群を生成する元の数、G(3)を原始根と呼びます。

フェルマーの小定理:数論では非常に大切な定理で、後の群論に関わります。
「自然数pが素数であり、pとaが互いに素であるとき、a^p-aはpで割り切れる
具体例
「pを3、aを4とすると、3と4は互いに素であり実際に計算すると、4^3-4=64-4=60、60はpとした3で割り切れる60/3=20」
a^p-aは(a^p-1-1)・aとなります。
aとpは互いに素ですが、しかし(a^p-1-1)はpで割れます。
よって合同式ではa^p-1≡1(mod p)と表せます。

なんで合同式をやるかというと、やっぱり無限を数えるからです。

結局、フェルマーの最終定理は楕円曲線がモジュラーであり、それが合同式となりガロア表現、群となることで証明されました。
だから次は楕円曲線です。

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May 19, 2008

図解雑学フェルマーの最終定理@フェルマーの定理シリーズ:1

これほど偉大な文明を築き上げた人類の前に、360年に渡り立ちはだかった2項1行の式。
X^n+Y^n=Z^n、を満たす自然数X,Y,Zはない。(n≧3)

数論の底知れなさを見せ付けたフェルマーの最終定理は極めて魅力的な問題です。
じっくり腰を落ち着けて学びたいのは山々ですが、最近は休日から仕事の後まで会合や勉強会があり、システムトレードの勉強もしたいしで、とりあえず家に山積みになっているフェルマー本の中の一番簡単そうなヤツ、「図解雑学」シリーズの6章からをまずはまとめてみましょう。

記号論理学でいう否定、連言、選言、条件という論理結合子を以下書きます。
否定:¬が印です。¬Aという具合に使います。
Aが「雪は白い」という命題なら、¬Aは「雪は白くない」ということになります。
連言は∧です。「・・・かつ・・・」となります。
二つの命題が共に真の時。集合論では積集合です。
選言は∨です。「・・・または・・・」です。
二つの命題のどちらかが真ならばA∨Bが成立します。和集合です。
後、補集合は、 ̄となります。 ̄の下に命題Aなどを入れ、A以外の要素が入ります。
条件は⇒です。「・・・ならば・・・」です。
A⇒Bで、Aが晴れ、Bが山に行くなら、晴れたので、山に行く、となります。

群論:夭折の天才ガロアの生み出した代数的構造の考察法です。
群であるためには以下の3条件が必要です。
集合Gにおいて
1)「結合の法則」が成立する
(A+B)+C=A+(B+C)これは成立します。これが結合の法則です。
集合Gにおいて
任意の要素x,y,zについて・の演算処理をしたとき(x・y)・z=x・(y・z)が成り立つことです。

2)単位元がある。
いくら演算しても他に影響を与えない、加法における0のような存在が単位元
これが集合Gの中に要素eとしてあることです。

3)逆元がある
どんな要素xにも、必ずそれを単位元にもどす-xがあること。
以上3つを満たす閉集合Gがあれば、それが「群」です。

なんで「群論」なんかをやるかというと、フェルマーの最終定理では、楕円曲線を可算可能にするためにガロア表現(群)に変形するからです

フェルマーに至る道は遠大ですが、一歩からってことで、今日は終わり。

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October 22, 2007

ポアンカレ予想とペレルマン

この番組、スゴク楽しみでした。
今、NHK見ながら録画もしています。
トポロジーとポアンカレ予想がCGを使い良く説明されていますね。

サーストンの幾何化予想のところは勉強になりました。
リッチフローの基礎と微分方程式、物理の知識が説くポイントだったとは。

「極めて高度な数学の持つ迷宮の美しさは、それを覗く才能のある選ばれた者たちを夢中にさせる」
俺に才能があったらなにより一番見てみたいのがコレ。
どんなものよりも見てみたい。

人一倍計算が速くてそれだけが子供の頃のプライドだったんだけど、それだけでした。
計算と真の数学的才能って全然別なんだよね。

「孤独な世界で研究を耐えたのが成功の秘訣でしょう。人間性を切り裂かれるような恐ろしい試練だったと思います。その結果、彼な何かを失ってしまったと思います」

フィールズ賞受賞拒否で見たまるで憑かれた人のような写真とはあまりにかけ離れた若き日の優しい微笑みと眼差しのペレルマンを見ていると、数学の魔性の恐ろしさにゾっとします。
でも破滅の瀬戸際にあるモノって大概凄い快楽だったりするんだよね。

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September 03, 2007

バーチ-スウィナートン=ダイヤ予想(方程式が存在しない時) @数学ミレニアム問題「興奮する数学」より

古代ギリシャの古典的な問題で、
正数dが与えられる時、この辺の長さが有理数であるような直角三角でその面積がdとなるものは存在するか?
というのがあります。

3辺が有理数で面積がdの直角三角形が存在する方程式は、
y^2=x^3-d^2x(^は自乗です)
でy≠0となる有利解x、yを持つことが必要です。

a.bを整数とするとき、
方程式 Y^2=x^3+ax+b
は楕円曲線(現代数学の重要単語です)と呼ばれるものを決定します。
つまりこのグラフが楕円曲線です。

x^3-ax+bが負になった時、yは決まりません(マイナスですからyは虚数です)

楕円曲線は図のように2つの離れた部分に分かれることがあります。
Ecexamples01


楕円曲線が1つになるか2つになるかは、方程式の右辺の3次式が1つの実解をもつか3つの実解をもつかによって決まります。

三角形の面積の方程式y^2=x^3-d^2x(dは正の整数)についてはどうか?
dが有理数の辺をもった直角三角形の面積のとき有理数の解、x.yをもちます。

有理数の辺をもつ直角三角形の面積となる整数dを見つける古代ギリシャの問題は、ある楕円曲線上の有理点(座標成分が有理解となる点)をみつける問題と同じです。
これがバーチとスウィーナートン=ダイヤーの問題です。

2人は、楕円曲線上の有理点の個数を「数える」方法をみつけようとしました。

ただこの個数が無限にあるかもしれません。
無限集合の可能性にあるものを数えようとするときはグループに分け、代表の個数が有限になるようにすることです。

この問題は、以下、続きの記事を書きます。

関係ないけど、綾波の画像です。
Mok6kfhd

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August 30, 2007

ホッジ予想:「興奮する数学」よりミレニアム問題最終章    K・デブリン

人類がその最果てを未だ計りえぬ広大な数学の森で、現在、最も深遠な場所に眠る究極の難問がコレです。
それは
「非特異的な射影的代数多様体の上にあるすべての調和微分形式は、代数的サイクルのコモホロジー類の有機的な結合になる」です。

何を言っているか解らないと思うので、以下、この本から読みとったことを私の限界領域で解説しますから、人類の思考の行き着いた最深部を覗いてみましょう。

y=3x+7
これをグラフに書くと点(0.7)を通る傾き3の直線になりますね。

グラフに出来る図形は数式化することができます。
こうした幾何学的な議論を代数学に置き換えることを一般に「代数幾何学」といいます。

これは逆にすれば代数方程式の集まりから出発して、その解として「幾何学的」対象を定義できます。
しかし大部分の方程式はなじみのある幾何学的対象には対応してません。
それを幾何学的対象と呼ぶのは意味がないので、それを「代数多様体」と呼びます。

多様体はその方程式系のすべての解の点全体からなります。
よって代数多様体は、幾何学的対象の一般化です。(視覚化できないにしろ)

よって、「非特異的な射影的代数多様体」とは、代数方程式の解から得られるなめらかな高次元の「曲面」ということです。

この「曲面」の上の「調和微分形式」とはラプラスの方程式という偏微分方程式の解のことです。

それはある種の多様体から出発してその上で微積分を行うときに生じる抽象的な対象「H-対象と呼ぶことにします」に関する主張です。

これで前半は分りましたね。

次に複素関数(複素数、実数部と虚数部の数3+5iなどを対象にした関数)は、虚数部分を含むので、対象がリーマン面に広がり、一つの変数から多くの値の出てくる「多価関数」になることがあります。

さらにリーマン面のアイデアを複素多様体(複雑な位相を持ったリーマン面を高次元化したもの)という抽象的な概念まで一般化すると、その多様体は複素解析関数の概念に合致する構造を持つ。
180pxriemann_sqrt

これは通常の微積分関数fの微分dfを高次元に一般化した微分形式と定義できる。

この微分形式はある種の鍵となる特徴をもつ異なる類に分けられる。
その類の定め方から、それらはコホモロジー類と呼ばれます。

コホモロジー類とは
1)微分形式は、他の微分形式の外微分(微分形式についての特殊な演算)となるとき、完全微分形式となる。

2)微分形式は外微分が0となるとき、閉微分形式となる。
3)二つの閉微分形式は、その差が完全微分形式となるとき、コホモローグとなる。

よってコホモロジー類の要素は閉微分形式である。
完全性は同じコホモロジー類の要素が共有する「相似的な」性質である。
コホモロジー類の定義は、こうして微積分の概念に強く依存する。

コホモロジー類は、土台となる複素多様体の重要な側面を捕まえる有用な位相不変量を定める。

複素代数多様体とは、代数方程式の複素解によって定義された高次元の「曲面」のことである。

複素代数多様体は、定義方程式の解が含まれる数の比のみ依存するとき、「射影的」だといわれる。

代数多様体は「表面」がなめらかなとき、非特異的だといわれる。

これで上記の定義を読みなおして、イメージをもって下さい。

ホッジは解析の方法をこれらの代数多様体に適用し、とくに非特異的な射影的複素代数多様体から生じる微分形式の有理的コホモロジー類がラプラス方程式の解とみなせるととに気づきました。

そのような類は、調和(p、q)-形式とする特別な成分の和として書けます。

よってp個の複素変数とq個の共役複素数変数によって表せるラプラス方程式の解になっています。
さらに(p次元の)それぞれの代数的コホモロジー類からは(p、q)-形式が生じます。

よってあらゆる調和(p、q)形式は代数的な閉微分形式の有理的な結合になる(=代数的に表せる。微積分なしで表せる)

これがホッジ予想です。

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January 26, 2007

興奮する数学:2  

クレイ研究所の取り上げた、数学のミレニアム問題について解説された本の二回目の記事です。

第四の問題:ナヴィエ-ストークス方程式
流体の運動を記述する方程式ですが、解けていません。
流体に粘性がないという条件下では、オイラーが定式化してますが、現実的な3次元下の粘性ありだと、解の存在すら不確かという状態。
実際に式を見ると、一見なんの変哲もない偏微分方程式で、7つの問題の中では圧倒的に簡単に思えます。
むしろこれが解けていないのが不思議な位でした。
でも解ける予定もないのだそうです。


第五の問題:ポアンカレ予想
非常に有名な問題ですが、どうやらグリゴリー・ペレルマン(超人的な数学的天才にしてフィールズ賞もクレイ研究所の賞金も辞退する奇人)が解いたようです。

位相幾何学(位置とネットワークの幾何学です。現実的な応用例としては地価鉄の路線図があります。形と距離は考えず、ひたすら位置と繋がりの関係だけを考えます)の問題で、オイラーが定義しました。

話しはズレルけどオイラーもスゴイよね。
この本でもリーマン予想、ナヴィエ-ストークス方程式、ポアンカレと3つに顔出してる。

要は、閉曲面(一つの面しかない境界のない曲面のこと。例:メビウスの輪。クラインの壷)の分類の問題です。
分類する指標は2つ。

1)オイラー標数
「オイラーのネットワークの公式」
頂点(結節点)V、辺(頂点を結ぶ線)E、面(辺で囲まれた領域)Fとしたとき
V-E+F=1
というオイラー指標が成立すれば平面とトポロジー的に同値ということ。
これが位相不変量と呼ばれ、成立すれば位相変換(平面と同じ性質)できます。
出来なければ、違う曲面ということ。

2)向きつけ可能性
メビウスの輪に時計周りの矢印を付けた円を描いていくと、やがて向きが逆になります。
こうして右手系と左手系を入れ換えられるのを、向きつけ可能、と定義します。
球と平面も向きつけ可能です。
クラインの壷は向きつけ不可能です。

以上の二つの属性で、閉曲面を分類できるとするのを、曲面の分類定理と呼びます。


今日はここまで。
この後、多様体が出てきます。
多様体と楕円曲線を抑えれば、立派な素人数学ファンです。

ps
まぁ、私は土日も仕事なんで普段と変わらないのですが、世間では花金と呼ばれる夜にこんな記事を書いているのもなんですよね。

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January 05, 2007

興奮する数学 7つの未解決問題   キース・デブリン

現代数学の最も重要な問題を実に分かりやすく解説してあり、素人向けの数学本としては絶品です。
表題に偽りなし。
お好きな方なら、ホントに興奮できます。

取り上げられるのは、クレイ研究所が100万ドルの賞金をかけた7つの問題ですが、これは現代数学の父、D・ヒルベルトが20世紀の知性に向け、1900年に掲げた23の問題の21世紀バージョンです。
当時、人類の理性の勝利を確信したヒルベルトの言葉がかの有名な

「我々は知らねばならない。我々は知るであろう」
です。
この言葉のよりどころは、完全は公理系は完全な理論を構築するでした。
それはゲーデルにより打ち壊されましたが、数学の発展は続いています。

そして今回取り上げられたのは、
1) リーマン予想:やはりこれです。
1900年にヒルベルトの上げた23の問題中、唯一の未解決問題でもあります。
今回、オモシロかったのは、なぜリーマンがゼータ関数上に素数分布を予想したのか、ということが実ははっきりわかってないこと。
これはまさに神の与えた直感なのか?
もう一つは自然数中の素数分布を調べるのに、なぜ複素数を使うのが謎だったのですが、それは複素数を使うことによって複素平面上の幾何学問題に変換できるからなのですね。
参考になりました。
また量子カオス系のエネルギー問題に、ゼータ関数が絡むことが証明されており、という結びはスリルでした。

2) ヤン-ミルズ理論と質量ギャップ仮説
 いわゆる大統一理論へといたる方程式で一番やっかいなのが重力の扱い。
真空を励起するためのゼロでない最小のエネルギー(質量がゼロでない粒子波動)の存在と、ゲージ群がコンパンクトで単純な非可換リー群Gであるような、R^4上の量子ヤン-ミルズ理論の質量ギャップの証明。

自然界の対象性において群論、アーベル的可換がいかに使われているかの描写は、付録も含めて何度も読み返したいと思います。
「宇宙を理解するためには、その言葉を理解しなければならない。それは数学である@ガリレイ。イタリア人なんだよね。ナンパ、官能性とサッカーだけじゃないんだな、イタリア人」

3)P=NP?問題
巡回セールスマンの問題として知られているモノですが、クックの発案からどのような発展過程を経て今の問題になったのか良く分かりました。

Pである多項式時間過程(コンピューターが効果的に処理できる計算過程)はNPである指数関数時間過程を検算可能かどうか?
ということです。

たとえば一つ一つは簡単な計算なんだけど、そのデーター量が指数関数的に増大する問題は、つねに⇔であるかどうか?
例としてデータサイズが3^N(3のN乗)になるとき、Nが10ならコンピューターの処理時間は0.059秒だった時、
同じコンピューターならNがたかがら5倍の50になると2億世紀!=200億年←今の銀河系の年齢(推定150億年)より時間がかかる。
このようにデータ量が増えすぎて実際に近似解以外に求めようがないとき、非決定性多項式時間過程(NP過程、論理を超えた直感のようなモノ)で解く方法はあるのか、ということです。

みんなオモシロイです。
今、ナヴィエ-ストークス方程式に入りました。
偏微分の公式がいっぱい出てくるのでビビッてます。

ただとこも簡単に解説してあるので、時間をかければ大丈夫。

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November 23, 2006

ペトロス叔父と「ゴールドバッハの予想」

「世にも美しい・・」からゴールドバッハの話しを読みたくなってしまい、検索したらヒットしたのがこの小説です。
著者はかなりの数学好きではないでしょうか?
ツボを上手く突いてくるので、一気に読んでしまいました。

親戚中から落伍者と云われる叔父は、かつては天才数学者と呼ばれ、数学史上最大の難問に挑んだ人であった!
それを知った時の主人公の感慨が、
「一見控えめな叔父が、実は、自らの意思で、人類の野心がめざす最先端の領域でひたすら格闘していた。知的な世界のもっとも暗いだれも触れたことのない片隅にプロメテウスの光りをもたらそうとした。
冒険は失敗したとしても、望みがないと知りつつ大きな戦いにおもむくロマンティックな英雄そのものだ。」
ここからこの小説は、叔父が回想を語る形式を取り、数学者の苦悩と恐怖を実に巧みに描き出します。

自分は選ばれた存在なのか?、という不安。
ゲーデルが提出した不完全性定理への恐怖。
そして概念の天界に挑む時の過酷さ。
「神へと至る英知に挑む、極一部の天才達は、その輝かしい光りに魅了されるあまり羽を焼かれて落ちるのだ」

地上にもやは冒険の場所はない、という時代ですが、たった1行の予想にまだ深淵は残っています。
「2より大きい偶数は、2つの素数の和である@ゴールドバッハ」
これが解けない。
たったこれだけのことが、これほどの偉業を積み上げてきた人類に未だに出来ない。

ラスト、みなさんは、どう解釈しますか?
私には叔父さんには見えたのだ、と思います。
でもそれはあまりに簡単に過ぎ輝かしかったのだ、と思うのです。
ちょうどユークリッドの素数定理のように。

ps
ペトロス叔父が散歩中もゴールドバッハの予想を考えている辺りはニュートンを、チェスの愛好家になるあたりはマグリットを思い起こしました。
ルネ・マグリットは画家ですが、やはり神の光りを見た人間の一人であり、静かな狂気を思わせる「卵を選ぶ時の逸話」を残してます。

ps
全ての偶数が二つの素数の和で表わせるかどうか?ということは結局素数分布が鍵になるんでしょうか?
ならばこれもゼータ関数上のリーマン予想が、はっきりしないとダメなんですかね。

ps
最後に悲劇のラマヌジャンの見解を覚え書き
「直感だが、この予想は非常に大きな数において成り立たないような気がする」

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