ドキュメンタリー映画

September 26, 2013

アルゴ@「サスペンスとは何か」、という問いへのこれは究極の解答だ

前評判から上々の映画でしたし、現実にあったとは思えない奇想天外なストーリーにも心惹かれたのですが、結局最後は「アメリカって最高だぜ」、というオチの作品なんでしょう、と。
その手の映画はお腹一杯と、若干シラケ気味に受けっていて、WOWOWで放映されても、まあそのうちに、とHDD内に放置していた作品でした。

で、本日観たのですが、素晴らしかったです。
この映画はフィクションにおける「サスペンスとは何ぞや」、という問いに対する、究極の解答なんじゃないかな。
ストーリーはご存じの通り。
イランの革命でアメリカ大使館が占拠され、カナダ大使館に逃げ込んだ6人をいかに救い出すか、という問題に、一人のCIA職員がSF映画の撮影スタッフだ、と騙して連れ帰ろうという、一国の政府が正式に行うと考えればとても正気とは思えない人質奪還作戦の顛末です。

一応Based on true storyなんで、フィクションでなら可能のドンデン返しにつぐドンデン返しで驚かせるとか、絶対に弾が当たらないヒーローを八面六臂で活躍させてスカッとさせるなんて派手なことは一切出来ない。
ただ淡々と話が進むんですが、それが怖いのなんの、恐ろしいなんの。
息が詰まるような緊張感を持続させた演出の妙は、まさに至芸というしかなく、主演だけでなく監督もこなしたベン・アフレックの実力恐るべしですね。

ただ皮肉だったのは、この映画の高いテンションを支えた大きな要因の一つが敵役を演じたアラブ系の俳優の実力で、観ている間中、本物の兵士やその当時、そこに実際にいた民間人にしか見えないこと。
唯一、これは映画だから、と思えるのは髭だらけになったベン・アフレックを見ている時だけ(笑)で、ベンさん、熱演しているのに、ちょっと残念。
この手の映画では顔の知れた俳優は苦しいよね。
オマエ、髭生やしてるけど、この間、別の映画出てたじゃん、なんてね。
その辺は同情しました。
アカデミー作品賞受賞にふさわしい傑作
サスペンスとは何ぞやということに対する究極の解答を見たければ、是非。

ps
サスペンス(suspense ) :ある状況に対して不安や緊張を抱いた不安定な心理、またそのような心理状態が続く様を描いた作品をいう@ウィキペディア


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August 31, 2013

栄光のル・マン@マックィーンは本当にレースが好きだったんだな

十代の頃、勉強よりもあらゆる文化に精通しようと決意したのですが、いざ試みると、その範囲は膨大でした。
そんな中でも苦手分野だったのが、カーレースの世界。
欧米では立派な文化である、という事なんですが、正直、けたたましく改造したクルマを同じ場所でグルグル走らせることのどこが文化なのか分からない。
バカなんじゃないのか?
この映画は、私の上の世代の、いわゆるカッコイイ若者たちに非常な人気をはくしたのですが、遅れて観た私にはまったく理解出来ないモノだった。
ただレースカーがバーバー走っているだけで、人間が描けていないな、という、なんだか底の浅いドキュメンタリー紛いという感想でしたね。

それから幾星霜。
クルマやバイクにまったく興味がわかないまま、免許位は大人の常識と取りに行き、退屈しながら教習しつつ、高速教習1回で火が付いてしまった速度への喜び。
突然、クルマやバイクが好きになり、スピードの快楽を求めて走り出すのですが、そうした経験を経て観るとこの映画、実に心に迫ってくる。

冒頭の911が走ってくる場面から、スピードの限界に挑むということの、孤独と詩情にあふれているのが感じられる。
この映画において人間が描けていない、なんてのは当たり前の話であって、これはひたすらレーシングカーの、レーシングカーによる、レーシングカーの為の映画だったのでした。
圧倒的な貫禄を誇るサーキットの覇王ポルシェ917に対し、イタリアの誇りを掛けて挑むフェラーリ512S。
宝石という名がふさわしいレーシング・フェラーリが、傷を負い黒く煤けても競うことを止めないその姿にやどる気高さ。
アクシデントにもアクセルを緩めない勇気と、アクセルを緩めさせない、曰く言い難いモノの存在。

プロダクションまで立ち上げて、ル・マンに実際にエントリーし、自らの917Kを始め20台以上のマシーンを使って撮影されたこの映画を、冷静に評価するなら、やはり稀代の奇作と言わざる得ないのかもしれない。
しかし自らが1流のレーサーだったスティーヴ・マックィーンにとっては、たとえ商業的に大失敗に終わろうと、これは造らなくてはならない1品だったのだ。
人は時に曰く言い難いモノに憑かれて、その行動は理性(計算、算盤ずく)を超える。
だからこそそこに文化が生まれるのだ。

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November 30, 2010

パリ・オペラ座のすべて@夢を見るには過酷な鍛錬に耐えること

世界でもっとも華やかな職場であろうパリ・オペラ座の内幕ドキュメンタリー映画です。
内情はひたすら地道な打ち合わせと妥協のない鍛錬の場でした。

世の中には「夢のような場所」はあっても、「まどろみの中に見る夢の世界」は現実にはない、ということですね。

優雅に舞うバレリーナの肉体は、完全に贅肉を削ぎ落とされ、強靭な筋肉をまとっていました。
あの動き、あのバランス、あの跳躍は、すべて弛むことのない練習の賜物であり、妥協のない節制から生み出されるもの。
人々に夢を見せるには、地を這う努力が必要なのでした。

バレエの跳躍は演技の中の華ですが、二足歩行の人類は、ガゼルなどに比べると情けないほどしか跳ぶことが出来ない。
だからこそ人は飛ぶことに憧れる。

人にとって「飛ぶこと」は、夢見ることの象徴だ。
生まれてから死ぬまで続く重力からの解放は、重苦しく退屈で凡庸な日常生活から脱出することなんだ。

ただ重力から完全に開放される無重力の状態では、負荷の掛からなくなった身体は急速に蝕まれ衰弱する。
だから人がバレエを踊るには地上でしか意味のないことなんだ、と思うのです。
これはなんという強力な暗喩でしょう。
重力という束縛のない世界では、美は誕生しないのです。

ありとあらゆる美しい夢を支えるのは、厳しい鍛錬だったのです。
もし鍛錬のない場所に快楽的な夢があり、その誘惑に浸るなら、その偽りの夢は人をむさぼり喰うでしょう。

ぼんやりと怠惰な生活はつまらない現実しか生まないし、厳しさに耐える生活はやがて夢のような出来事をもたらすだろう、と願うのです。

なんてことを考えさせられた映画でした。

ps
まあこういうことを書きながら、コンビニに買い食いに行くのを辛抱しているんだけどね。
最近、ちょっと甘いモノとか食べすぎて太り気味・・・これじゃあアカン。
自分にはホントに甘口・・・

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October 23, 2010

シャネル&ストラビンスキー@これはフィクションなんでゲソ?

シャネルと題された映画に相応しく、頑ななまでに揺るがぬ欧州の美意識を味わえる映画ですが、主演のアンナ・ムグラリスが長身過ぎ、荘重に過ぎて、とてもココ・シャネルには見えない。
シャネル・ブランドのミューズですが、こういう女性を美神と感じるフランス人には、やっぱりアメリカ人の思う美人女優は田舎者に見えるんだろうな、という気はしました。
そうなるとやっぱり日本代表たる「侵略!イカ娘」はどう思うのだろう?とも思うのだけれども、そうなると話が長くなるので、今回は映画の題材にもなっているストランビンスキーを中心に、簡単な系譜学的備忘録を書いてみましょう。

この映画でも題材になったストラビンスキーの「春の祭典」、論議を読んだ初演は1913年5月29日でした。
場所はシャンゼリゼ劇場
ストラビンスキーは、ディアギレフの依頼で作曲を初め、痙攣しているようにしか見えない振り付けはあのニジンスキー。映画にでも出ていましたね。

ストラビンスキーの原始主義(野獣派)の音楽は、不協和音に満ち、今聴いても前提的という言葉がピッタリ。
でも音楽史を振り返ると「牧神の午後」が1894年の作曲されていて、何より彼自身の火の鳥が1910年、ぺトルーシュカが1911年に作曲。
パリのオペラ座で上演、成功しているんだから、そんなに驚くようなモノだったのかあ、とも感じます。

押えておかなければならないのは、絵画における、印象派から野獣派(←肉食男子という意味ではありません)の流れが音楽のそれとどう同調するかで、第一回印象派展が1874年、フォービズムという言葉が出たのが、1905年、サロン・ドートンヌ展です。
音楽における印象主義は、各論あるでしょうが、やはり「牧神」からだとすると1894年だから20年遅れ。
野獣派なら「火の鳥」だとすると5年遅れ。
印象派を音楽化するには20年掛かり、フォービスムは5年で追いついたってとこでしょうか?

パリに視点を合わせると、芸術の都として本格的に売り出すエコールド・パリ展が1928年です。
エコールド・パリは、この映画でストラビンスキーの事情として語られているような「居場所を奪われた芸術家」多数が作り出した潮流です。

さて一方のシャネル・ブランドは、1913年にはそれほど大きな存在ではありません。
1910年に帽子店として開業した後は、1913年にやっとドーヴィルにモードブティック店を開業。1915年にクチュール・メゾンに進出。1916年にコレクション成功、となります。

こうして俯瞰すると、この映画、巧みに時代背景を前後させて物語っているという印象がありますね。

ラストはなんとなくキューブリックの「2001年、宇宙の旅」を思わせる映像・・・不思議な映画でした。

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January 25, 2007

9.11への道

アメリカでテレビ放映されクリントン政権の無責任ぶりが話題になった5時間のドキュメンタリー・ドラマです。

テレビ・ドラマは映画に劣るという先入観がありましたが、これは別格とも云える出来でした。
911独立調査委員会の報告書をベースに、おそらくは膨大な予算を使い、映画では上映しきれない長尺をまとめあげた腕力は相当なものです。

見る側としては、実際に起きた事件であり、2機目の衝突はライブで見ていたので、あの衝撃の生々しさが蘇り怖いです。
この辺は実録の強みですが、それが生かせる説得力を持っています。

ドラマは時間軸をジャンプさせながら、93年2月のWTC駐車場爆破事件から始まります。
その時からWTCを倒壊させる、というのは悲願だったわけです。
それから、なんで、こうして、こうなったか、という延々8年半の経緯が迫力をもって描かれていて、まさに現代史の1ページのドラマは成功していると思いました。

アフガニスタンやパキスタンでの映像は、無数ともいえるエキストラを動かし、砂塵と廃墟の中にコーランが流れるさまは本物と見まがうばかり。
モチロン途中途中には、テレビで見慣れたニュース映像がはさまり現実感は嫌でもアップ。
顔を知っているオルブライトやマスード、オマルなんて、改めて見ると違うのだけれど、
途中のブッシュ大統領なんかが本物の映像なので、とてもリアルに感じました。

「おまえを背の高い人に会わせる」なんてセリフはゾックとしますよ。


実感したこと
1)どんな組織も実力は現場力に出る。
名もない空港保安委員や税関職員が大きな活躍をしています。
いくら上が優秀でも結局、現場がダメならダメなんでしょうね。
これは企業でいうと、ソニーがダメでトヨタが良いのに繋がりますかね。

2)クリントン政権の無能ぶりが目立ちますが、結局、事なかれ主義の敗北なんだろうな。
でも現実に自分が、その立場にたったら保身を考えてリスクはとり難いよね。

それから後からの理屈はいくらでも付く、というのも実感します。
投機で言えば、チャートを見て、
「ほら、この高値で買い持ちを閉じて、新規で売り、それはこの安値で買い戻し」、
なんていくらでも言えるのだけれど、その場に自分が立つと難しいモノ。

だからこういう組織で仕事をされるなら、リスクを取りやすい環境にしておかないとダメでしょうね。
その点、日本はどうなんでしょうか?
ダメなんでしょうね(笑

3)髭を生やし、ターバンを巻き、自動小銃片手に歩きまわるムジャヒディーンの連中は、どことなく生き生きしていました。
暴力は許されるものではないし、悲劇だけれど、男ってやっぱり、朝から晩まで書類仕事をするよりも、戦いに燃える生き物なのだと思うよ。


機会があったら見といて良い1本です。
5時間だけど、前後編に別れているから分けて観てください。

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November 08, 2006

イラクーヤシの影で

この映画を見て一番簡単な反応は、「アメリカは悪い」だ。
寝静まった町にドカドカ爆弾を落とし花火みたいにするのは、アメリカの困った伝統芸。

次に簡単なのは「フセインも悪かった」だ。
独裁体制下でクルドの虐殺とシーア派の弾圧。

次に思うことは、戦争では神様に頼らないこと。
アッラーは偉大だからアメリカに勝てる、とは思わないほうが良かった。
神風が吹くから最後は勝てる、と思って負けた国の国民としてアドバイスしたかったね。

でも次に思うことはでも日本人としてアメリカは嫌いだ、とは言えないことだ。
戦後日本人の努力と才能に、一番経済的な評価をしてくれたのはアメリカ人だ。

そして今、小学生が「日本へ核」「日本を空爆」「日本を踏み殺せ」という絵を描いている隣国があって、虐殺記念館の国がある国にはしっかり核があるんだから、米軍様がいなかったら、とても怖くていられませんよ。

こうして複雑な思いがないまぜになる映画です。

救いは「神の教え」が生きてることで、それはインタビューに出てくる古靴屋のオジサンに現れている。
オジサンは困っている人には優しく、
「神様のお陰でこうして修理屋をやっていける。
見下す人もいるが私は仕事に誇りを持っている。
尊敬に値する仕事だよ。お客さんと上手くいっている限り、私はこの仕事に満足だ」
と笑顔で語る。
黙々と働き、礼金は神に感謝をする。

政治的にはなんの力もない自分は、せめてこういうオジサンでありたいです。

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ビラボン・オデッセイ

泳げないのでサーフィンなんてまったく興味がなかった。
だから世界の先端が、こんなことになっているとは・・・!
人類の快楽への欲求が尽きることはないのだ。

この映画は究極のサーフィンを求め続ける人間達のドキュメンタリー。
ボードに乗って手で漕いでいては到達できない大波に挑む、トゥイン呼ばれるサーフィンの話しだ。

巨大波にはジェット・スキーで引っ張ってもらってテイクオフする。
本来人力だけで行っていたサーフィンに、1000ccを超える排気量と高性能140馬力のマシンを参加させればどうなるか?
夢を現実化できる!
あるいは悪夢が現実になる。

ともかく乗っている波がCGとしか思えないデカサである。
ワイプアウトすると、とんでもないことになる!
んじゃないかな?
飛沫の中にはマイナスイオンも一杯ありそうだけど、それだけではまかなえないほど身体に悪そうだな、
と想像できるのだがその通りである。
膨大な波のエネルギーに巻き込まれリーフにこすり付けられミンチになる恐怖と表裏一体である。
まさに命懸けなのだが、乗っている彼らは実に楽しそうである。

さらに極限の波を探すのに、世界中の海洋ブイからのデーターを収集。専用に開発したソフトで巨大波の行方を予想する。
予想が出ると、それに合わせてハワイからスペインへ道具と一緒に空を飛ぶ。
やっとついた処で、波が偏西風でスペインからフランスへとずれたのが分かると今度は陸路、移動する。
あくまで追っかけるのだ。
暇だ。
というか金掛かるよね。
このエネルギー(コスト)はすべて波に乗るという、一瞬の快楽へと消費されるのだ。

不合理で金にもならず、危険も一杯。
でもそれに挑んでいる彼らは実にみちたりた顔をしている。
ともかく連中はナニカを見ている。

そのナニカはおそらく人間が見ることの出来るであろう、極限のものだ。
俺も見てみたいと思ったので
妻と娘に「よし、俺はサーファーを目指す」、と言ってみたら、
はいはいワロスワロス、とも言ってもらえませんでした。

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July 29, 2006

皇帝ペンギン

どこか他の惑星のような空に幻想で見るような月が浮かんでいる。
巨大な氷原に陽炎のような人影が揺れるかと思うと、それはペンギンたちである。
この映画は極寒美の極地をバックに、愛らしい皇帝ペンギンの生態を追ったドキュメンタリーです。

吹きすさぶブリザードに耐え、何日もひたすら歩く姿は人の生の困難さの暗喩になる。
夕陽に照らされる叙情的な氷原に孤独な肩が写ると、取り残された個体だったりする。
油断はならない。

頭を寄せ合った両親が作るハート形のフォルムに見とれていると、後のシーンでは新たな命が加わり「物語り」の完結と継続の両面を暗示させる。
子供ペンギンはアニメのピングーみたいでフサフサの毛並みでホントウに可愛い。
この子供を見るだけでも価値アリです。

蒼い光に満ちた海を飛翔するような狩りは、宇宙を飛び回る見知らぬ生き物のようだが、
タマちゃんは怖いぞ!
こういう人だったんだ、と認識を新た。
ほとんどギーガーのエイリアン状態。
でもペンギンがあんなに太っていられるのも沢山魚を食べるからだ。

甘く優しく囁くような音楽も効果的。

生は過酷であるが故に厳粛で気高く、愛は美しい。
そんな本質を素晴らしく詩的に撮った映画でした。

「冬の最初の涙。海の思いでのような甘い涙」
挿入されるナレーションもあざといほどに巧い。

ここで思うのは、
「二つの美学が存在する。鏡の受動的な美学とプリズムの能動的な美学。前者に導かれて芸術は、環境もしくは個人の精神史の客観的な模写となる@ボルヘス」
クストーを始め「白い恋人たち」などフランス人はこういうドキュメンタリーを撮らせると抜群にセンスがイイ。
フランス人はおそらく「鏡の受動的な美意識」がとても高い。

PS
幾多の困難にもめげない皇帝ペンギン達は、さすがにポジティブ(肯定)です。

PS
ペンギンの丸っこい体型は、体温の保温が重要な極寒の地で、体積当たりの表面積が最少になる球の性質を思いだしました。

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