読書

December 23, 2010

過剰に対し対策するのは不足に備えるより難しい

今日は昼過ぎから寝室兼書庫の本棚からトレーニングルーム兼書庫の本棚へ、沢山の本を移動することに費やしていました。
天井にまで届く造り付けの本棚の最上段から、踏み台に乗ってさらに腕を伸ばして本の上げ降ろしをするのは、なかなかの重労働です。

それにしてもなんと多くの本があるのでしょう。
読書はもの心ついて以来、私の最大の趣味であり、沢山の本を所有し読んだ、ということは、私の最大のアイデンティティだったのかもしれません。
だから家を建てる時、ともかく多くの場所に本棚を造った。
大量の蔵書と一緒に暮らすこと。
それが夢だったのですが、こうして整理をして見ると、もう一生読み返すこともないだろうとう本がほとんどです。

実際に読んだ本ばかりなので、それほど良い本、ともいえない物も多い。
今、目の前にあるロラン・バルトのエッフェル塔とか、橋元淳一郎の人類の長い午後、なんてのなら、この後も再読したり、参考として当たったりすることもあるでしょう。
でも読んだ当時から、それほど感心もしなかった小説など、とっておいてなんになるのか?

ただそこで捨てようと思うと手が縮むのだ。
いつか、もしかしたら役立つ日が来るかもしれない。
ここで捨てたらもう手に入らないかもしれない・・・

もっと酷い状態なのは、映画などを録画したDVDで、この映画はオモシロイ、この映画は取っておこうと思って録り貯めたのが大量にある。
どれもおよそまったく観ていない。
本ならどんな本であれ、一応は読んだ本、だからね。
でも録画したDVDは、録画してそのまんまなんだよ。
次から次へとオモシロい映画はやるし、スポーツは中継されるし、暇はそれほどありません、となったら観ないって。

それでもなおかつ録っておきたい、本なら捨てるに忍びないというのは、人類がその長き歴史においてほとんど過剰を知らず、不足に悩まされていたからだろうと思う。
いったん手に入れた物は、場所が許す限り捨てにくい。
行動心理学的に刷り込まれているんだな。
でも今や情報は多すぎることが課題であり、肝心なのは、取捨選択してアクセルを身軽にすることだ。
生き残れるのは最も賢い種でもなく、最も強い個体でもない。
新しい環境に、最も適応した種なのである、ということを心において、余計な本は捨てよう。

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October 09, 2008

地図のない道   須賀敦子

ヴェネチアから大阪まで、須賀敦子さんの歩んだ「地図のない道」への思いが語られる1冊です。
ヴェネチアはともかく、大阪?と聞くと、須賀さんとのイメージのギャップに苦しむかもしれませんが、心配はご無用。

大阪に流れる川と、そこに掛かる橋の美しさ。天神祭りへの叙情的な描写、悲恋に終わった恋人たちへの思いを読んだ後には、大阪とはかくも美しい街なのか?と読者は驚くことでしょう。

結局、重要なのは、語られる対象でなく、語る人の感性、表現力なのだなあ、というつい忘れがちでも重要なことを今さらながら思いださせてくれるのも、須賀敦子という作家の偉大さですね。

大戦時のユダヤ人、ルネッサンスの時代に高級娼婦と呼ばれた女性たちへの思いなど、須賀さんの想像力は、ふとしたはずみから飛び立つと、寄せられるのは、弱い人間、恵まれない、あるいは逆境を、悲劇を強いられた人々への視線の優しさです。
それはイタリア繋がりということもあり、どこか聖フランチェスコすら偲ばせます。

相変わらず風景描写の美しさは圧巻で、虚構の上に築かれたヴェネチアという都市を、これほどその典雅なる幻へと表現しえた作家はそうはいないでしょう。

「淡い空色のしずかな海に、白い、杼のかたちをした砂州が、ほっそりと横たわっている。中世の細密画にあるような金色のさざ波が、太陽の光をまぶしく反射して海の表面に細かい絞りの模様を描き、そのうえを、ときおり、カモメがゆるやかに飛び交う」@リド島

やっぱり須賀敦子さん、好き。
もったいないので少しつづ読んで行きたいと思います。


最後に翻訳小説を読む上での自戒点を覚え書き。
ps
どこの国語にも、国の歴史が、遺伝子をぎっしり組み込んで流れる血液みたいに、表面からは分からない語感のすみずみにまで浸透している

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September 21, 2008

取るに足りない殺人  ジム・トンプスン ノワールというより悪夢

すっかりノワール小説界の大御所となったジム・トンプスンの原点ともいえる作品です。
私はどんな作家でも処女作って好きなんですね。
なんだか余計な技巧や、バリエーションの入る前、その作家の原点、一番言いたい事が、生の形で表現されているような気がします。

そしてこの本を読んだ感想としては、ともかく「怖い小説」だった、ということです。
人の暗黒面を描く、ノワールミステリー。
確かにその範疇に入る1作ですが、ともかく読んでいる間中怖い。
何故か?
ホントはそれほど度胸もないのに、悪いことやっちゃった主人公の気持ちの揺れがリアルで、身につまされるんですよ。
モシ、オレモ、ワルイコトヲシタラ、コンナコトニナルノカナ?
って思わされるんです。

例によって主人公は悪知恵に長けた小悪党です。
超人的な知能も体力も技巧もないタフでもない、凡人が一つの犯罪に手を染める。
そしてそのホコロビを何とかしようと足掻く、トンプスンお決まりのパターンなんですが、後期の作品ほど狂ってないんで、なんか一歩間違うと俺もこうなるかもってリアリティを感じる。

そしてその悪夢の展開が見事なんです。
次から次へと起こる、あるいは近づいてくる奴等が異常なほど厭らしくて、これは地獄だ、と思う。
目先の金と欲望に踊らされる現代の地獄を、これほど鮮明に書ける作家はそうはいないよ。
この本、道徳の副読本にするとイイよ。
読んだ後なら絶対悪いことしようと思わなくなるんじゃなかな(笑


「無に等しい人間として生きるのがどんなことか。そんな人間が、なんとかまともな存在でありたいと願う気持ちがどんなものか。人に殴り倒されそうになって、ビビルのがどんなものか。そいつが殴りかかってくるのは、あんたが何かをしたからではなく、あんたには殴り返せないことが分かっているからなのだ。ただ、あんたが泣きわめくのを見たいから殴る」
凄い文章でしょ。真実が書いてあるよね。

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August 25, 2008

ザ・ロード   コーマック・マッカーシー  :あえて読んでよ「スワン・ソング」

この本は、最近、色々な書評で絶賛されていますから、ご存じの方は多いでしょう。

内容は、「長い刃の鋏のような光」が走った後、(猛烈に寒冷化しているので「核の冬」でしょう)社会秩序が完全に崩壊した中、小さな子供を守ることだけを希望にひたすら南に向かう父子の話です。

いわゆる「黙示録の文学」の系列ですね。
アメリカは我々にとって一番身近な外国ですが、住んでないですし、そもそもアメリカ人ではないのですから、実感として知らないことも多いわけです。
その一つが、長らく続いた冷戦時代に根付いた核への深い恐怖ではないでしょうか。
S・キングも生涯最初のトラウマとして語っていたのが、映画館で突如、上映が打ち切られると、今、ソ連がスプートニクの打ち上げに成功した、と知らされた話だったと書いています。

自分たちの頭の上を、核を持つ敵国ソビエトの人工衛星が飛んでいる、というのは、保有国同士、角突き合わせた間柄ならではの恐怖があったのだろうと思います。
そしてこんな思いが、キング自身も核ではないですが、「ザ・スタンド」という黙示録文学の大作を、他にもマッキャモンなどが「スワン・ソング」などの傑作を生みだす動機になったのでしょう。

さて、この本ですが、一気に読ませる筆力は確かなものですし、迫力満ちた緊迫した場面は息苦しいほどですが、何より驚いたのは、このコーマック・マッカーシーさん、今年のアカデミー賞を受賞した「ノ―カントリー」の原作者、ということ。
さらに奥付きには、トマス・ピンチョン、ドン・デリー、フィリップ・ロスと並び称される現代アメリカを代表する作家だとある・・・
ピンチョン・・・クリアしておかなければならない作家ですが、いつか体力の有り余った時にね、と言いたくなる人と並び称されるってんだから、読んでおいて損はないでしょう。

でもこの系列なら個人的には、「スワン・ソング」の方が好みかな・・・
マッキャモンは、エンターティンすぎる、という指摘もあるかと思いますが、読後の印象はより深ったです。
でも「血と暴力の国@ノーカントリーの原作」は読んでみようかな、という気にはなりました。
映画の前にね。

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December 28, 2007

トム・ゴードンに恋した少女   S・キング

「世界には歯があって、油断していると噛みつかれる。」
今回、こんな印象的な1文で始まるキングのサブオーディブル(通奏低音)な世界に迷い込むのは9才の少女。
場所はアパラチア自然遊歩道。
母親と兄の口論に嫌気がさしたトリシアは、黙って少しだけ遊歩道を外れ・・・

確かに超自然的な存在は出てきませんし、主人公が9才の女の子なので、どこなくジュニアノベル風味も漂うのですが、ハイキングするだけなら美しい自然は、その残酷な本性をさらけ出し、少女の中に住む(誰の中にもいる)人を破滅へと導く「冷たいささやき」はどこまでの執拗に心を挫こうとつきまといます。
これだけでもう充分に怖く、それと戦う少女の勇気と根性には感動します。
キングの魅力は、この「超越的に邪悪な存在」と戦う、愛しき者、弱き者への愛だよね。

題名はそれを支えることになる、トム・ゴードンというレッドソックスのリリーフ・エースから取られているのですが、夜の森で一人過ごす彼女が試合の中継にすがる様と、トム・ゴードンへのひたすらな信仰ともいえる憧れは、逆に、人はパンのみでは弱い存在なのだ、という論証になります。
文中にも出てきますが、アメリカ人にとってある種のプロスポーツは、精神的支柱であり、宗教的ともいえる対象なんですね。
そしてそれは、生きることは戦い、というアメリカの現実への暗喩だと思います。


幻想の中で見る無貌の悪魔はナイアーラトテップへの仮託だと思うのだけれどどうでしょう。
キングはザ・スタンドでも書いていましたよね。
這い寄る混沌であり、闇を彷徨う者。
彼は世界に偏在し、どこにでも現れるんだろうな。
お互いに気をつけましょうね。

それでも出合ってしまったら、
「最後のチャンスは静けさだ。静けさが全身に広がるのを待った。両肩に静けさが訪れた。
あいつに食われるかもしれない。負けるかもしれない。その両方をされるかもしれない。
でも、自分に負けたりはしない。それにあたしは逃げない。」
そう、トリシアがしたように、こうするしかない。

最終回のピンチでマウンドに立つトム・ゴードンのように。

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July 29, 2007

奇術師  クリストファー・プリースト

あらゆるジャンルの頸木を逃れた驚くべき小説を書くというプリースト。
これは「プレステージ」として映画化された原作です。

人は驚きを信仰する。背後に神の御業を見ることによって」
奇術師は見る人に驚きを提供しますが、私はそれほど熱心なファンではありません。
趣味の問題だと思うのですが、どんなトリックにもタネがある、と思うとどうもね。

私が神の驚異を見るのは、腰をツイストさせるだけで独走してゴールを決めたクラシコでのロナウジーニョや、
一人だけ時間の流れが違っているようなボクサー、ロイ・ジョーンズJrのスピードです。

あるいは「フェルマーの最終定理」でも良い。
巨大な旅客機が数百人の退屈した乗客を乗せて、音速に近い速度で1万mの上空を飛ぶ時代に、あれほど単純に見える1行の方程式が解けなかったことに神の驚異を見ます。

で、関係のない話しを書いている時のお決まりどおり、この小説は期待ハズレでした。

「瞬間移動という古臭いガジェットの埃を払う傑作」というのが売りのようですが・・・
奇術師自体に興味のない私だからか、580pは無駄に長く感じ、描写される人間像には魅力がなく、最後の期待としてやっとたどり着いた「結末の驚き」には失望しました。

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June 09, 2007

つむじ風食堂の夜      吉田篤弘

どこからも遠い、世界の果てにあるような月舟町の、いつもつむじ風の吹いている四つ筋の傍らにひっそりと立つ小さな食堂に集う客と主人のお話しです。

「来た道をそのまま帰るのだが、夜は、さらにもう一枚ベールがかかったように闇が濃くなっていて、見上げた空には、雲がどこまでも続いていた。月がない。星もない。終電も行った。静まり返った踏み切りを渡りながら、鈍い光を放つレールを眺めた。@吉田篤弘」

「夜」という言葉が紡ぎだす優しさと孤独が、こんなに素敵に結実した小説は読んだことがありません。

あらゆる音が遠くに聞こえる屋根裏部屋に住む主人公。
深夜まで店を開けて、電球の光がオレンジに映える淡い光で本を読む好青年(はっきり言って、この青年と成り代わりたい)。
「雨の机」を売る古道具屋さん。
エスプレッソを得意にする父親そっくりのコーヒー店主。
十字路の南へ帰る帽子屋さん。
劇団で微妙な立場に追いやられた女優さん。
両手だけのマジシャンだった父親。
そして水門のような豆腐屋に始まる小さな商店街の沈黙。


「その日、最終電車に乗り、私はまた二時間かけ、列車の暗い窓を見つめて帰ってきた。
時おり、窓の向こうにぽつりとひとつ灯が流れたが、それを除けば、延々と私は窓に映りこんだ自分の顔ばかり眺めていたことになる。
ふと、星をひとつ描いて一円の報酬を受け取る仕事のことを考えた@吉田篤弘」
こんな経験はありません。
でも何故か、こんな思いに沈んだことを言い当てられたような気分になる一文でした。
そんな描写が溢れている本です。


どことなく宮沢賢治を思いおこさせる味わいでした。
しいて希望をあげれば、とても跳躍力がある描写の出来る著者なので、もっと幻想風味を濃くして、夢の中に溶けいってしまうような物語にして欲しかったな。

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February 16, 2007

クリスマス・プレゼント   ジェフリー・ディーヴァー

サプライズ・エンディングのある、捻り(twist)のあるショート・ストーリーに必要なモノとはなんでしょう。
まずは「捻り」の効いたアイデアですね。

旨いステーキ・ハウスには、良質の肉がいるのと同じ。
でも肉が上質なだけでなく、下ごしらえも、味付けされるソースも香辛料も超1級だったらどうでしょう。
それはもう1度行ったら中毒になるような最高の店になるでしょう。

このディーヴァーの短編集は、まさにそんな感じ。
極上のアイデアに絶妙の表現力がついた文章。
恐怖の香辛料と舌を驚かすようなソース。

ただ一つ注意が必要なのは冒頭の1編。「ジョナサンがいない」で誤解しないでください。
好きな者どうしだから分ります。
マニアの方なら、この作品に小起用な賢しさを見かねませんよね。

でもご安心、次の「ウィークエンダー」に込められた狂気の味は本物です。
他に個人的に心に残ったのは「ビューティフル」の解決法。
「釣り日和」での伏線。
なによりラストの「ひざまずく兵士」の最後の1行の見事さには、583pの長い短編集のすべてのカタルシスが一気に炸裂させられているようで堪えられない終幕でした。


「やれやれ、随分、気に入りましたね、って?」聞かれたら
私の答えはこうです。
「それはもう」


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December 27, 2006

独白するユニバーサル横メルカトル   平山夢明

鬼畜路線は分野を問わず好きでないので読み始めることに抵抗がありましたが、杞憂でした。
読後、極めて印象的な短編集で、この独創性は今年の日本ミステリー界の収穫といって良いと思います。

平山さん、かなりの映画好きですね。

「Ωの聖餐」の優雅ともいえる語り口とずば抜けたインテリジェンス、食への記憶とこだわりは、まさに
ハンニバル・レクターの見る悪夢でしょうか。
私の場合、行く付く果てがリーマン予想とゴールドバッハ予想だったので、点が甘くなったかもしれませんが、1番気に入りました。

「卵男」は「模造記憶」と「羊たちの沈黙」を使い分け、美しく破綻がありません。

「オペラントの肖像」は「華氏451」のアートバージョンへの見事な翻案。

「無垢の祈り」の無差別殺人者にはジェイソンやマイケル・マイヤーズを初めとするスラッシャー・ムーヴィーの怪物たちへのオマージュと悪の構造への反転が見事です。
「すさまじき熱帯」は「地獄の黙示録」のパロディですね。

他の3作品も悪くないです。

ただ1冊を読み終えて少し手の内が見えてしまったのが、次作への課題でしょうが、映画を意識させながらも小説としては世界の誰も到達していなかった地点に立ったのは事実。
インテリジェンスを基盤にして、醜悪美に叙情性を煌かせるこの本は、読んでみても良いと思います。

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November 17, 2006

世にも美しい数学入門  藤原正彦、小川洋子

「博士の愛した数式」の小川洋子さんと「国家の品格」の藤原正彦さんのコンビが対話形式で上梓した1冊です。
数学の入門書は、数式をまったく使わないと深みがなくなり、数式を使いすぎるととっつき難くなるという処が難しいのですが、この本は対話形式で読みやすく、少ない数式で公式を導きだす過程を巧みに語り、数学の魅力を出していると思いました。

とてもすっきりと読めるのは、藤原さんの実用を超えて「知」そのものを愛するという感性に共感する小川さんとの相性が良いのでしょう。

360年にわたり人類に立ちふさがった最強の謎のフェルマーの最終定理に日本人数学者、谷村、志村の予想と岩澤理論が大きく寄与していることは覚えておきたいことですし、「日本人は物まね民族であり独創性がない、と言う人に独創性がないのは分かるが、他民族のそんな扇動に乗せられるのは愚かである」という指摘は実に的確。

また「宇宙の本質は美しいが故に、それを記述する数学は美しく、それ故に美しい環境に生まれ育つ日本人は向いている」、なんてところはなるほど世界の先端を走る数学者ならではの感慨だと思うのです。


見直したのは、ゴールドバッハの予想(6以上の偶数は、すべて2つの素数の和で表せる)についてです。
ゴルードバッハの予想は数式で表せず、フェルマー解決の後は、リーマンだなと思ったのですが、過小評価だったかもしれません。和の問題が約数という積の問題になっているから難しい。
これも本質を言い当ててなるほどです。
ビュッフォンの針が1/πになるエピソードを囲む話題も楽しめると思います。

藤原先生は数学が解けた瞬間の統一感が良いと言ってますが、私程度のレベルではフェルマーの大定理のように不可思議で謎めいている怖さに惹かれます。
一見単純でいながら、その内部に含む迷宮はどこまでも深いって辺りが究極のミステリー、あるいはそれを越えての恐怖になる辺り。
実際多くの才能がその謎に憑かれてしまって実質的にはなにもなしえずに終えた天才多数、ってあたりはコワイでしょう。

また今の先端の数学は確かに実用にならないけど、ユークリッドが三角形の合同とか、円周角が等しいなんてやっていた時は、なんの役にも立たなかったけれど、2000年後にニュートンがそれを使って天体物理学を作りだした、なんて件も忘れてはいけないでしょう。

楽しく読みやすく知の美しさに癒される本でした。


ps
現代に蔓延する金銭至上主義と実用絶対主義を批判しています。
私も実用を超えた精神性こそは貴重であり、金にならないモノは=無意味とする風潮は唾棄すべと思いますが、株や債券を教えることまで批判するとこは疑問です。

金融市場を理解しようとするのは、数学や哲学と本質的に同じ根っこである、
「自分の生きているこの世界のリアルは何や?」です。
それに向かって場合によっては自分のお金をリスクにさらし、冷徹な結果を受け入れるというのは、厳しく自分を鍛え、成長する上でもまんざら無駄ではありません。

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