花神下巻:2 司馬遼太郎
下巻後半になると俄かに蔵六の活躍が描かれ面白くなります。
以下、この本からの覚え書き
1)中世のあらゆる価値体系を壊したのが応仁ノ乱。具体的には足軽の出現である。
2)江戸開城から幕府側の志士は脱出し再起を狙います。大活躍する副将が土方歳三。
3)画家に天分が必要なように、学問だけでは戦は出来ない。時代に押されるように蔵六は江戸に向かいます。
4)勝海舟は洞察の力は比類がなく、才能は抜群、西郷を慕い、蔵六の異才には敬意を表してました。しばしばホラや自慢もしましたが、私欲が薄く爽やかでした。そして案外一面の真理を含んだホラであったりしました。
5)江戸に幕府復活を願う「影義隊」が結成され新政府を脅かします。
当時の常識ではいずれ薩摩長州藩中心の新政府は転覆するという判断が大勢でした。
基礎を作った天野は嫌がる者をねじ伏せるあくがありました。
どすの利いた執拗さで、本願寺を恩義論で論破し「この寺、百害あって一利なし、灰塵に期そう」と脅します。
命を賭そうという時は理論より情に訴えるほうが人は沸き立ちます。
6)その彰義隊の資金面の援助者が上野の寛永寺。幕府の旦那寺であり、天子が天照大神なら、
家康の神号は東照大権現とし、大名相手に高利貸しをして巨富を得てました。
7)江藤新平は乞食に扮して江戸の情勢を探り、維新後は苛烈な司法官になります。
8)西郷の人気は1人をもって1国となるほどのものでした。無限ともいえる情念の豊かさと度量の広さ。会った人を虜にせずにはいられない懐の深さ。礼儀の正しさ。慎みの深さ、思いやり。一種神のごとき人柄でした。
9)幕府旗本の子弟は無知無教養で臆病なのを蔵六は知っていました。
蔵六は戦場からの要求も常に計算ずくで当時の武士達をやり込めますが、
その計算は神技の域であり逆らえませんでした。しかし常に感情的なしこりを残しました。
10)戦争は金! 蔵六を悩ませたのも金で、その金を持ってきたのが後の早稲田をつくる大隈重信。
西洋人を怒鳴り上げる気性で出世し、蔵六の論説に感服し預かった大金を渡します。
11)骨董品好きの蔵六、但し1両以上のモノは買わずに眺めるだけ。
後に天下の1500石持ちになっても、家はあばら屋、酒の肴は豆腐だけ。
それを不服にするかつての教え子に「豆腐をないがしろにするものは国家も滅ぼす」と奢侈を戒めます。
また1両以上もモノを買わない、いわば逃げる。それは戦争にも通じる価値観で、
勝つように計算するが万一計量が外れたら逃げなさいと教えます。
14)西郷は蔵六の才能を認め蔵六先生と呼んでましたが、蔵六は西郷を無能の士であり、後の反乱分子と見ていました。
15)刀を抜くことすらしらない蔵六は圧倒的な才能で混乱する新政府軍の独裁官になりますが、
その間、百姓上がりというだけで反感を示す武士の脅しにまったく動じません。
前線から陳情にくる武士に・・はどの位の武器が必要、期間はこれだけで十分、何故なら・・とすべて計算ずくで応対します。名誉欲や自己顕示がまったくなかったのでなんとか持ちました。
16)桂小五郎は比類なき剣客でしたが軍事の才能はなく、
囲碁がまったく下手だった蔵六は戦場計算の天才でありました。
桂は己の危機意識の強さから蔵六の身を必死に執拗に案じますが、
何より蔵六には自分の身の危険を察する感覚が絶無でした。
西園寺公望は才があり、身分制度に反対する人柄があり当時の偉人みなから見込まれます。
祇園遊び好きが幸いして難を逃れます。人生何が幸いなのか、不幸の元になるかは不思議です。
17)上野のお山に篭る彰義隊を討つ。これだけでも当時は不可能とされている技でしたが、蔵六が考えていたのは、勝つのは当然。なにより討ちもらした彰義隊員に江戸の放火をさせず市民の安全と財産を守り、味方の犠牲を最小にすることなど考える次元が違いました。緒戦でもお山に篭らせる作戦など完璧に相手をあしらいます。
また蔵六が出てこなければ総大将になっていた優秀な参謀、伊地知の要求に対して、その砲門を運ぶには・・・の人員が何人いて、何日かかり費用はいくらで、なによりそれが着く頃には戦は終わっています、と手紙に書き、実際その通りになりました。それくらい次元の違う存在でした。
17)奥州は佐幕派が多く、戊辰戦争後、反抗勢力も奥州から出るとく見方が一般的だった時、
当の西郷と薩摩藩自身ですら考えも及ばなかった、10年後、出現する反革命勢力は薩摩と洞察していました。
その対策として新政府の軍事的要衝は江戸ではなく大阪にし、対抗する四斤砲の制作を急がせ、実際に西南戦争ではそれが大いに役立ちます。
蔵六は逆恨みと狂気の輩に殺されます。享年45才。
個人的には最後の旅出の未明、イネに本を渡し影のように去っていく蔵六に泣けました。


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