司馬遼太郎

May 19, 2005

花神下巻:2 司馬遼太郎

下巻後半になると俄かに蔵六の活躍が描かれ面白くなります。

以下、この本からの覚え書き
1)中世のあらゆる価値体系を壊したのが応仁ノ乱。具体的には足軽の出現である。

2)江戸開城から幕府側の志士は脱出し再起を狙います。大活躍する副将が土方歳三。

3)画家に天分が必要なように、学問だけでは戦は出来ない。時代に押されるように蔵六は江戸に向かいます。

4)勝海舟は洞察の力は比類がなく、才能は抜群、西郷を慕い、蔵六の異才には敬意を表してました。しばしばホラや自慢もしましたが、私欲が薄く爽やかでした。そして案外一面の真理を含んだホラであったりしました。

5)江戸に幕府復活を願う「影義隊」が結成され新政府を脅かします。
当時の常識ではいずれ薩摩長州藩中心の新政府は転覆するという判断が大勢でした。
基礎を作った天野は嫌がる者をねじ伏せるあくがありました。
どすの利いた執拗さで、本願寺を恩義論で論破し「この寺、百害あって一利なし、灰塵に期そう」と脅します。
命を賭そうという時は理論より情に訴えるほうが人は沸き立ちます。

6)その彰義隊の資金面の援助者が上野の寛永寺。幕府の旦那寺であり、天子が天照大神なら、
家康の神号は東照大権現とし、大名相手に高利貸しをして巨富を得てました。

7)江藤新平は乞食に扮して江戸の情勢を探り、維新後は苛烈な司法官になります。

8)西郷の人気は1人をもって1国となるほどのものでした。無限ともいえる情念の豊かさと度量の広さ。会った人を虜にせずにはいられない懐の深さ。礼儀の正しさ。慎みの深さ、思いやり。一種神のごとき人柄でした。

9)幕府旗本の子弟は無知無教養で臆病なのを蔵六は知っていました。
蔵六は戦場からの要求も常に計算ずくで当時の武士達をやり込めますが、
その計算は神技の域であり逆らえませんでした。しかし常に感情的なしこりを残しました。

10)戦争は金! 蔵六を悩ませたのも金で、その金を持ってきたのが後の早稲田をつくる大隈重信。
西洋人を怒鳴り上げる気性で出世し、蔵六の論説に感服し預かった大金を渡します。

11)骨董品好きの蔵六、但し1両以上のモノは買わずに眺めるだけ。
後に天下の1500石持ちになっても、家はあばら屋、酒の肴は豆腐だけ。
それを不服にするかつての教え子に「豆腐をないがしろにするものは国家も滅ぼす」と奢侈を戒めます。
また1両以上もモノを買わない、いわば逃げる。それは戦争にも通じる価値観で、
勝つように計算するが万一計量が外れたら逃げなさいと教えます。

14)西郷は蔵六の才能を認め蔵六先生と呼んでましたが、蔵六は西郷を無能の士であり、後の反乱分子と見ていました。

15)刀を抜くことすらしらない蔵六は圧倒的な才能で混乱する新政府軍の独裁官になりますが、
その間、百姓上がりというだけで反感を示す武士の脅しにまったく動じません。
前線から陳情にくる武士に・・はどの位の武器が必要、期間はこれだけで十分、何故なら・・とすべて計算ずくで応対します。名誉欲や自己顕示がまったくなかったのでなんとか持ちました。

16)桂小五郎は比類なき剣客でしたが軍事の才能はなく、
囲碁がまったく下手だった蔵六は戦場計算の天才でありました。
桂は己の危機意識の強さから蔵六の身を必死に執拗に案じますが、
何より蔵六には自分の身の危険を察する感覚が絶無でした。
西園寺公望は才があり、身分制度に反対する人柄があり当時の偉人みなから見込まれます。
祇園遊び好きが幸いして難を逃れます。人生何が幸いなのか、不幸の元になるかは不思議です。

17)上野のお山に篭る彰義隊を討つ。これだけでも当時は不可能とされている技でしたが、蔵六が考えていたのは、勝つのは当然。なにより討ちもらした彰義隊員に江戸の放火をさせず市民の安全と財産を守り、味方の犠牲を最小にすることなど考える次元が違いました。緒戦でもお山に篭らせる作戦など完璧に相手をあしらいます。

また蔵六が出てこなければ総大将になっていた優秀な参謀、伊地知の要求に対して、その砲門を運ぶには・・・の人員が何人いて、何日かかり費用はいくらで、なによりそれが着く頃には戦は終わっています、と手紙に書き、実際その通りになりました。それくらい次元の違う存在でした。

17)奥州は佐幕派が多く、戊辰戦争後、反抗勢力も奥州から出るとく見方が一般的だった時、
当の西郷と薩摩藩自身ですら考えも及ばなかった、10年後、出現する反革命勢力は薩摩と洞察していました。
その対策として新政府の軍事的要衝は江戸ではなく大阪にし、対抗する四斤砲の制作を急がせ、実際に西南戦争ではそれが大いに役立ちます。

蔵六は逆恨みと狂気の輩に殺されます。享年45才。
個人的には最後の旅出の未明、イネに本を渡し影のように去っていく蔵六に泣けました。

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May 14, 2005

花神下巻:1 司馬遼太郎

花神も下巻に入ると蔵六の活躍より周辺の歴史的な話しが中心になります。

この本からの覚え書き
1)幕府軍は烏合の衆であった。また高く評価されていた指揮官小笠原長行なども戦闘から逃げてしまい、
「幕府はあの程度か」と天下の士人は呆然としました。
当時の旗本8万旗は、みな武士としての気概なく臆病と無気力の極みであったようです。

2)緒方洪庵「医師は自分の為にあらず、病苦を救う為にのみある」

3)岩倉具視は古代中国の宮廷陰謀家の能力があった。しかし私心はなく信頼されました。

4)明治維新のエネルギーは、アヘン戦争などに代表される当時の清朝の悲惨が日本に伝わって来ていたことにあったようです。
日清戦争時、勝った伊東祐亭曰く
「貴軍の敗北は不名誉ではない。貴国の国家体制が悪いのである。貴国も維新なされよ」

5)李朝の祖、李成桂が国を建てたのは1392年。
日本の室町期、中国は明の初代太祖の時、「国号を朝鮮にするか和寧にするか決めてもらった」
儒教を国定思想として中央集権体制もまね490年続いた。

6)何故日本のみが明治維新が可能であったか?
日本は諸大名が60余州の分国をおさめる一種の国際社会を作っていたこと。
体制の基本に「武」があった。「武」は機能主義、技術主義が原理であったことがある。
よって薩摩、長州という強い合法勢力が革命を起こしえた。
西郷、大久保「たよるは、みずからの力のみ」

7)高杉晋作「智者の智は及ぶことが出来る。しかし智者の愚には容易に及べない」

8)「浄闇」神道では夜の闇はきよらかなものである。

9)攘夷主義者にはやくざ、狂人が多く、蔵六を始め晋作などみな狙われた。
天性警戒能力のあった桂などは彼等の意見を傾聴してやり病的に鋭敏な自尊心をなだめたました。
蔵六は、人に会うのに両脇に子分門人をはさむのは虚喝漢である、と喝破したようです。

10)最初から幕府に敵対した長州にたいして、薩摩は味方の振りをしつつ裏切った。
しかしこの2枚腰外交こそ戦略外交である。
西郷への人望は歴史の大柱であった。大久保利通、蔵六にはまったくない人気であった。

11)アイルランドはイギリス人に1169年に侵略された。以後三百数十年、イギリスは大量に移民し土地を没収し、工業を禁止したので、飢民となった。反抗すればそのつど凄惨な弾圧があった。
イギリス人はその資本で工業化し世界を植民地化した。インド、中国てやっていることはみなその焼き直しだ。

12)日本の支配者、武士は徴税権はあっても土地は持たなかった。
これは世界では希有なこと。土地を百姓が持っているのは驚くべきことだ。

13)正義とは人が社会を維持しようとして生み出したもっとも偉大な虚構である。
ヨーロッパはキリスト教からユダヤ人はユダヤ教から、儒教も孟子から正義を引き出した。
日本人は作法としての儒教を知らず、明治になり天皇制という非日本的な虚構を作り上げたが、
大戦の敗北でもとの現実的な日本人に戻った。
「孟子の本は日本に届かない」という禁忌伝説がある。
これは正義という虚構を日本人が直感的に恐れたのではないか、というのが司馬の歴史観です。

14)鳥羽伏見の戦いは不確かな戦勝報告で決まった。
岩倉具視が19才の西園寺公望へかけた一言「小僧でかした」で公家を味方につけ、
薩摩藩の騎馬伝令の「お見方勝利」の声で錦旗が出る。
幕府は戦闘より政略で敗れたようです。

15)豪胆な大久保ですら「じつを言うと毎夜眠れなかった」という江戸への戦闘。
勝海舟は戦費のなさから江戸無血開城を決断します。
その為に、新選組の近藤をそそのかし、甲州へやり、意気上がる博徒、町火消し中心の幕府陸軍の勢いは手なずけてあった親分連中を使い消散させます。
力量のある海軍は蝦夷へ行かせエネルギーの方向を散らします。
これで内乱を防ぎ外国からの侵略を押さえました。

蔵六が活躍しないので少し読むのを休んでいました。これで下巻の半分です。
以下は次回に。

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April 22, 2005

花神 中巻:2 司馬遼太郎

野良犬を恐れ、妻にも弱い蔵六は、シーボルトの美貌の娘に学問を通して尊敬され愛されますが、
禁欲的に涙の中に別れを告げます。
そして軍事には、敵情への徹底した情報収集、民心の把握、大砲後の突撃作戦の創案、相手の心理を読み切った豪胆な行動、作戦中の精密さ、など、心理面、現実面共にけた外れの才能を発揮します。

以下、参考になった覚え書き。
桂小五郎(木戸孝允)は最高の剣客だったが極端に用心深く、ひたすら逃げる人でした。
剣を学んで悟った奥義はまず逃げる、とし、あんまに変装し、便所の汲み取り口からも逃げた。
憂鬱症があり、嫋嫋とした手紙を連日書き送ることもあり、激動の英雄としては意外な人物です。
また自分には天才がなくてもバランス感覚が良く、周囲に信頼された人だったようです。
仕事をなす男特有の執念深さがあり、蔵六が政治上の失敗をしても見捨てませんでした。
なにより蔵六を単なる蘭書読みではなく人として認めたので、
これに蔵六は感激することおびただしく、桂の為ならと必死になりました。この辺は人の性ですね。

後年、桂は蔵六を
「あの人は田能村竹田の絵のような人だ」と言っていました。
田能村竹田:侍医から世捨て人になり、旅に死んだ画家。
無欲で素朴で神韻を帯びた画風であり、無欲に仕事に献身した蔵六に似ていました。

この時代は極端な危険時期であり、西郷も同様。1人では歩かず、有名な犬も用心の為でした。
坂本竜馬は、蔵六が無残に失敗する銃の手当てを海援隊を通してすぐに実現します。
ただ蔵六のような厳密な学は一切なく、語学力も専門的な知識もありません。なんと操船も下手でした。
しかし直感力と洞察力が卓越し、組織力と仲介の天才でした。海援隊は事実上日本初の株式会社でした。

人のアタマの良さとは、実に多彩な色合いを帯びるということが分かります。

勝海舟の発言、「長州に村田がいては幕軍に勝ち目はない」
当時なんの実績もない蔵六へのこの洞察は、勝が蔵六の翻訳を読んで瞠目していたからでした。
「これは怪物ではないか」という感想を持っていました。

この時代になると制度に守られた武士より、自分でリスクを取っていた商人の肝が太い。
政治家には克明で堅牢な精神を必要とする技術は苦手という特徴があります。
長州人は怜悧すぎて、勇気に必要な愚直さに乏しい。

日本の貴族はかつがれている時は無難であり、本人が有能で能動的だと悲運である。

種子島伝来以来鉄砲は12年で生産30万、日本の主要輸出品目になった。
日本人は道具に対する貪欲さがある。それを最も恐れたのは徳川幕府。
幕府は兵器だけでなく、ノミやカンナ、駕籠にいたるまであらゆる道具の様式を凍結し、
諸道具の開発は国家に対する最大の罪悪として抑圧し体制を維持しました。

知性は彫琢を経て始めて成立する。
また人の脳裏の追憶は、事実より詩をして記憶される。

丹塗りの茶碗の美しさは理屈ではない。それと同じで人の心にも理屈抜きの美しさがある。
愛、誠意、献身、恩、それらは理屈を越えた美であり、蔵六は自分を丹塗りの椀でありたい、と思っていた。

日本人の好色趣味は肉体的牽強からくるものではなく、 春画趣味という鑑賞的好色であった。
徳川300年、生活のすべてを支配されていた日本人は、好色へ韜晦するしかなかった背景がありました。

勇者は己の勇を頼んで敵を呑む為に智がくらむ。
臆病者は小さな注意を払い敵の動きや心理を洞察し防ぎ手を必死に考える。これが優れた策を生みます。

軍事は感覚であり、ます内部を静めること。
軍事的才能は生まれを問わない。織田信長、ナポレオンはそれを知って仕立て上げました。
官僚化した老大国は愚人が力を握り才物は疎まれる。よって奇策は出来ない。
古来勝利者は兵力の集中に成功したものであり、敗将の共通理由は兵力の分散にあります。

武は本来、敵に勝つという合理であった。
それが江戸期の長い平和で教養人になった。
勝つという職能への合理を失い、敗北へ美を求めて美しい自滅を欲するように変質した。
勝利の醜より敗北の美という時代になっていた。
これが幕軍敗戦の原因になります。

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April 14, 2005

花神 中巻:1 司馬遼太郎

蔵六は高名、高給な江戸の学者の地位を捨て、無給に等しい長州藩の仕事に付きます。
待遇は最低であり、周囲の信用もありませんが、桂小五郎だけはその天才を信じます。
蔵六はやがて大村益次郎と名を変え、長州の対幕府戦争の準備を進め、士官を育て、実戦の指揮を執り、
無類の冷静さと天才的な作戦で巨大勢力である幕軍を撃破します。
馬に乗れない為、行軍する時は、軍列から離れて、てくてく歩き、
腰には団扇、頭に百姓傘のいでたちで戦線へ出ます。
圧勝した後も兵隊と共に凱旋せず、一人故郷に帰り、今だに医師だと思っている老婆の為に膏薬を作ります。
・・・クール過ぎて司馬遼太郎が膨大な資料から描かなければ、フィクションでも有り得ない様な人物ですね。

以下、この本からの抜粋。
この時代、外国勢力を徹底排除する攘夷思想というのは無茶なものであったが、
その一種の狂気がヨコの300藩、タテの階級制度を焼き払った。
西郷に見えて、福沢諭吉など秀才の開明論者には見えなかった現実である。

ヨーロッパ人は世界を自分の家のように歩き回る勇気と好奇心をもっていた。
「万里の波涛を越えて来る豪胆おどろくべきである」
冒険性の欠如に極東民族の世界への遅れがあった。

長州藩が危機感に燃えていたのは、対馬をロシアの軍艦が一時占拠、
下関海峡を外国船が運行という現実があった。

正義とは現実の打算から飛び跳ねる狂気を含まねば成立しない。

攘夷という狂気の現場で正論を説くのは死をまねく。
無知の為エネルギーが沸騰している攘夷の集団にあって物事が分かっている人は殺されるか疎外された。
狂気を発した集団は理性的制御を悪とする。
過激であるほど内容は空疎になる。英雄と豪傑は空論に沸騰し空死する。
狂気が長州藩を支配し、桂小五郎も高杉晋作も久坂玄随も熱狂する下部を押さえることは出来なかった。

高杉晋作は詩的気質と天才があったが蘭学を学ばなかった。
数学他学問も成らず、操船術さえ煩わしがった。しかし物事の本質を理屈抜きの直感で理解した。
魔術的政治的才能と遥かに勝る幕府の軍船に夜襲を掛ける巧緻と胆力もあった。

この本には引用したい部分が多いので2回に分けます。

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April 04, 2005

花神上巻 司馬遼太郎

日本に近代軍を創設し倒幕軍の総司令官になった天才軍師、大村益次郎の生涯を描いた1編です。
映画「ラストサムライ」を観て読んでみることにしました。

司馬作品は骨太に描かれる人間像に品格がありやはり素晴らしい。
女性や酒、食べ物など日常の喜びを見出していく池波正太郎や、無名人の健気な哀歓と情を描く藤沢周平も良いのでしょうが、価値観の根本に「志」を据え、歴史の激動の中に人を描く司馬作品はハナに付くこともあるでしょうが、やはり私は好きです。

村田蔵六(後の大村益次郎)は馬にも乗れず、船にも弱く、剣が使えずそれでも軍事の天才であるところが、
人の「器量」という面から見て興味深いです。
知的探求に生き、他の全てに禁欲的なるところにも大変共感でき楽しく読めますね。

以下、膨大な資料から生まれる司馬作品から抽出しての覚え書きです。
1)シーボルト談、日本人を評して「美しき国に住む善良な人々」
2)蘭医が活躍した背景には、オランダ語を知るものが他にいなかったから。
3)蒸気軍艦を見て、外人技師の力も借りず見本も設計図もなしに作ろうとした日本人の戦慄の決断とエネルギー。そして3年後には作り上げている日本人の民族的才能。
4)滅亡への不安と恐怖と、その裏打ちとして新たな文明への憧憬は危機意識に裏打ちされる時、強烈になる。
5)極貧の傘張りから蒸気機関を作り出す西洋に生まれていれば天才技師だった嘉蔵。
そして無能な武士が威張りこの天才が恵まれない社会への腹立ち。
日本人は人間についての価値観が間違っている。
6)日本人は古来、性欲には寛大だった。禁欲思想もなかった。好色本が売られ性欲は3度の食事のように自然だったのは、ヨーロッパ人のような大性欲がなく、野放しにしても社会秩序が大混乱になるほど強くなかったからであろう。
7)骨を削るような刻苦を粗食のため視力が衰えた。これほどの知的エネルギーがあった。
この時代の日本人の知識欲の強さは世界史的な驚異である。
8)革命は最初、思想家が現れ非業の死をとげ、戦略家も天寿をまっとうしない、そして技術者の時代になる。
9)ナショナリズムは知性とは無関係で多分に気質的なものである
10)蔵六は戦争経済を考えいくらあれば勝てるかを常に概算した。
11)幕府の公認学、朱子学とは世界観、哲学として体系つけた孔子の教えである。
12)原理を優先して実存を軽視すれば良き知恵も曇る。原理に合わぬからと言って実存と攻撃することはいけない。
13)日本人は漢文を学んだが生活までは儒教化せず、古くなると捨てる。オランダから蘭語を学ぶが、これも捨てて英語にする。丁度古い道具を捨てるように未練を残さない。
明治維新で儒教を捨て廃仏毀釈で仏教も捨てる。それを気軽に自然にやるのはどうしてか?
司馬の質問に中国の友人曰く「日本人は騎馬民族の末裔だから」文明は道具になる。
14)オランダを通して僅かでも西洋世界を知っていたことが大きかった
15)名利を求めずひたすら患者につくし、勉学を広めた緒方洪庵の偉さ
16)人の一生は何気なく過ごすことも出来るが鮮明な主題のものに生きてゆく人もいる。


桂小五郎(木戸孝允)との出会い、宇和島藩への関係、何よりあの地位にいながら幕府でなく長州藩に至る過程など、村田蔵六の運命は細い糸の上の歩くようで、人の生涯にめぐり合いと運は不可欠ですね。

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December 29, 2004

北斗の人  司馬遼太郎

男子に生まれたら読んでおきたい傑作。
「燃えよ剣」に比べると陰影に乏しく深みに欠けるのかもしれないが、こういう陽気で骨太の話しも魅力である。
北辰一刀流を興し、後に坂本龍馬までを含め門人5000人を数える史上屈指の剣客、
千葉周作の若き日の物語である。

ともかく千葉周作の人物造形の魅力が素晴らしく、それだけで夢中になって読み進める。
司馬特有の歴史的な造詣は、出しすぎず、時に意外な展開を導いて唸らせ、
根底を支えてリアリティを深める。名人だけの境地である。
剣戟場面は入神の迫力で、同時に世評では高くない女性の描写も、魅力に溢れる。

司馬遼太郎自身が楽しんで書いているのかユーモアも冴える。
万事に騒がしい父親を、少年の周作が
(大人は,あああってはいかぬな)
など美意識を傷つけられる処などは笑う。


印象に残った言葉は無数にある。

周作自身が希望として
「自分の一生を、自分で操作できぬものか」
こうありたいと思う人間になり、それを芝居の座付き作家が動かすように

孤雲居士の言葉
「女がその美貌を守るように、男はその精神の格調を守らなければならない」

父親が周作に
「志を伸べるというのは、桑に梅を接ぎ木するようなものだ。尋常でない構想と、天地の摂理をはらいのける勇猛心を要する。芸の道とはそういう異常道だ」

浪人を決意した周作と父の会話
「餓死を怖れては男子なにごともいたるまい。地を這う犬猫も食ってます」
「同じ生き物でも人間は箸を使うようになってから食えぬようになったのさ」

浪人になった周作を父親が見送って
「周作に運があったら親切に扱ってもらえるだろう。毛ほどの縁にもすがらなければ」

小説内で引用されている「天狗芸術論(この時代に書かれた書物)」から
「全ては鍛錬で上手くなる。しかしそれだけでは不思議の現象をなすことは出来ない」
これなんかは、全ての芸術にいえますね

てらいのない一直線の言葉が並びますが、たまにはこういう小説も良いものです。


PS
北斗といえば「北斗の拳」だが、北斗七星(北辰)信仰は古代中国の土俗信仰として仏教に混じって入ってきたそうだ。妙見さま、南無妙見菩薩として祭られるてるんだってさ。

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