ホラー映画

October 12, 2009

ハプニング@フィクションはイマジネーションを喚起するこが出来れば成功

シャマラン監督のパニック物ですが、霧に包まれた静かなセントラル・パークで人々が静止する映像などが、ジュルジュ・スーラの絵画のように美しく神秘的に見え、なかなか楽しめる1本でした。

人が後から後から落ちてくる建設現場のシーンも黙示録的で良かったです。

意味不明なれど、とてつもなく異常な状況を造りたい、というのはほとんどのクリエーターが夢見ることの一つですよね。
問題はそれをどうまとめるか?
ストーリーを前進させつつ、飽きさせないかがポイントですが、途中の田舎のレストランでいっせいに逃げ出すクルマに置いて行かれる場面での怖さとか、やっと乗せてもらえそうな場面でグズグズしていると離れたクルマから催促のホーンが鳴る場面など、何気ないサスペンスも盛り込まれ中々良かったです。

走って行った先で奇妙な果実に出くわし、なんとか乗り越えようとした瞬間に気付くルーフの切れ込みも印象に残る1場面。

後半、どうやら理由が明らかにされた後での木々のざわめき、波のようになびいては追ってくる雑草もスリリングでした。

サラッとした味だったけど、なんとかまとめたんじゃないかな、シャマラン監督。

ps
「残業って言っていたけど実は職場の男性とデザートを食べたの」・・・これは奥さんが浮気したという告白なんでしょうか?
なかなか刺激的な言い回しですね(笑
良かったと思います。

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June 09, 2009

クローバーフィールド/HAKAISHA 怪獣映画は死なず。見せ方次第でどうにでも

NYに怪獣が現れて米軍と戦闘開始。
巻き込まれて逃げる人々、というありがちにしてもいい加減にせんかい、というままの映画ですが、登場人物のハンディカメラの記録形態という独創性を押し通し、ともかく見せます。

序盤はダラダラして、卑しくもお金を採っているんだから手抜きの仕事は嫌い、って思っていればこそ。
地響きと爆音、停電から恐怖の一夜の始まり始まり。
こうこなくっちゃね。
映画はやっぱり怖くってナンボ、と思わせるドラマの開始です。

登場人物たちが表に出ると、外は911テロの時もかくや、という状況で恐怖はいやがおうにも盛り上がります。
恐怖の正体を出来うる限り隠すというホラー映画の定石もキチンと守られ、一端現れた後も、デザインは充分おぞましく、合格点だと思います。
レギオンから頂いたようなミニ・バージョンを用意したのも工夫です。

世界最強を自認しているであろうUSエアフォースが攻撃しても攻撃しても死なないとこは、リメイク版「GODZILALA」の失敗を良く生かしていたと思います。
あの弱さじゃGODの名前が泣いたもんね。
今回は本物の悪夢でした。
映像が終始はっきりしないので何回も見返したくなるとこもミソ。
ハンディカメラの撮影という前提を守りながらも、カット割りや編集は手練の技でレベル高いです。
リアリティ溢れる俳優陣もみんな巧かった。
この辺はハリウッド・クオリティだよね。
それでも昨今ハリウッド限界説がかまびすしいですが、今回はアイデアを練りこみ成功作となりました。

ps
NYが舞台でトラビスとベスと言えばタクシー・ドライバーでしょうか?
ジェイソンもNY,行ったしね。

手ぶれしまくりのホラーパニックということでは当然「ブレア・ウイッチ・・」の遺産も良く生かしていました。

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April 27, 2009

ミスト  @ホラー映画は最高の楽しみと実感させてくれる傑作

S・キング畢生の傑作、「霧」の映画化作品です。
この原作、大好きだったので楽しみでした。

脅かし方はキング流のB級テイストなんですが、そこは20世紀を代表する大作家ですから、いつのまにか作品も黙示録の気配を濃厚に纏う恐怖譚になるんですよね。

映画は凝っていて、冒頭、一家が一幅の絵になるようなシーンから始まります。
それから私がホラー映画で一番好きな時間帯である、まだ「恐ろしい事が起る前」の描き方が巧い。
これから「怖い事」が起こるのを知っているのは観客だけ。
登場人物たちは知らない。
ではその恐ろしいことをどうほのめかしてくれるのか?と期待が膨らむんですが、その描き方、この映画、成功しています。

雷雨に合い、買い物に行くと、電力会社のクルマが続々とやってくる・・・ここまでが「日常」。
その「日常」は続いて走ってくる軍の大量車両によって揺らぎ始めます。
なんだか軍用車両がみな異様に急いでいる・・・数も多い・・・何故?と感じ始める。
スーパーに入ると突然、サイレンが鳴り響き・・・消防車とパトカーが飛ばして来て、血塗れの男が走ってくる・・
この日常の壊し方、goodです。

それから映画は、登場人物たちの会話の間は音楽が止められ静寂の中で交わされます。そしてシーンの切り替えはフェードアウトが多様され、ホラー映画というよりちょっと文学映画めいた雰囲気を高めながら進行します。
クリーチャーも怖いけど、人間はもっと怖い、という定番の使い方も巧み。

ラスト、楽しみは地響きを立てる「ナニカ」の描かれ方でした。
スルーされていたら哀しいと思っていたら見事な映像化。
このシーン、小説、読んだ時も鮮明なイメージとして残っているんです。

でも小説から変えられたラストは?
あの小説はあのラストが余韻だったのに!
でもキング自身もこのラスト、気に入っているとか・・・
うーーん、衰えたかキング?
ここだけ少し疑問符ですが、それは小説と比べてってことで、映画自体の評価を暴落させるほどではない。
昨日の夜中に観ていたのですが、いやー、ホラー映画って本当にオモシロイですね。
良質のホラーを見る楽しみは人生の最大の幸福の一つ、と実感出来る作品であります。

ps
キングはB級テイストのガジェットを多用しますが、この子供染みたB級の味は、アメリカそのものが持っているモノなのかもね。

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April 07, 2009

モーテル@ホラー・マニアのツボを突いている佳品、オススメ!

聞いたことのない製作者でしたし、地味な話に思えたのでどうかな?と思ったのですが、私の人生信条の一つに、「未見のホラー映画は必ず録画する」ということがあるので(←何のコッチャ)、録っておき日曜の夜に鑑賞しました。

映画はニューシネマっぽい、なんとなく懐かしさを感じさせるオープニングロールから始まり、すぐ夜の闇の中を疾走するクルマのテールライトのシーンになります。周囲は無人のよう。それを裏付けるように映画はすぐ俯瞰されたショットに変わると、クルマは山間の道を一台だけで走っているのが明らかにされます。
ライトに浮き上がるドライバーの気だるげな顔。
隣りには眠っている女性・・・ホラー映画のマニアなら、思わずブラボーと呟かずにはいられない、この定番感! 
ホラー・オタクの心情を理解した素晴らしい導入部だ、やっぱホラーはこうだよね。
後はどんな話しにしてくれるか、ということでしたが、オモシロかったです。

まず怖がらせ方が巧い!
ポイントの一つが音で攻めて来る処で、それがツボです。
怖い物の正体は、なるべく見せない、長く引っ張るのがコツなんですね。
その間観客の想像力は刺激され恐怖は増大します。

そして怖い内容が理解されるとまた怖い。
スナッフ・ビデオネタなんですが、ここにたどり着き、それが理解されるまでの、いわゆる「注文の多い料理店」への繋ぎ方が非常にスムーズです。
CGもなければ、特に捻りもないストレートな進行なんですが、ともかくこの映画、一見簡単でも実際は難しい難所を非常にスムーズに、緊迫感を伴って捌いています。
だから観ている間中怖い。
かなりホラーは見慣れている私ですが、リアリティがあり怖かったです。

それから主人公がバカでないとこもイイ。
ホラー映画を壊す要因の一つが、バカな被害者です。
なんでこうなっているのに、こう動くかな、と観客に思わせたらダメですが、この映画の二人は健闘しています。
だから主人公の気持ちと一緒になれて恐怖を感じられるわけです。

非常に楽しい時間が過ごせて満足しました。
ホラー映画の新旧要素を巧く融合した中々の佳品だと思います。

いやー、ホラー映画ってホントウにイイですね。
アメリカの生んだ最高の娯楽の一つです。

ps
夜の闇という我々が何百万年も恐れていた時間と空間。
本来なら放逐すべき物なのに、クルマという文明の利器が、より深い闇の中に走りこませるのだから皮肉です。
でもそんなアイロニーを描くから映画なんですね。

ps
ニューシネマっぽいのは「悪魔のいけにえ」路線だったからでしょう。
オマージュを意識したものだと思います。

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April 01, 2009

28週後...@クールな映像美が光るホラー。今後のマイルストーンとなるか?

闇の中で始まる物語は、最後の晩餐を思わせるシーンを経て、かん高い子供の声が「猿の手」を彷彿とさせるカットを境に目も眩むばかりの白光が輝きます。
光がそれまでの闇をことさらに際立たせると、「闇」が絶望的な状況の強力な暗喩となっているのが明らかにされます。
冒頭から製作者の力量がうかがえる、非常に印象的なシークエンスです。

この映画は「28日後...」の続編として作られています。
ゾンビ・ウイルスが蔓延した後、ゾンビたちは餓死して滅亡。
その後、人の死に絶えたロンドンには米軍が駐留して復興計画が開始されます。

映像には本当に雰囲気があり、ほとんど無人のロンドンが、終始クリアさを失わない画面で撮られて、その清潔な詩情は忘れがたい印象を残します。
出演者の力量も高く、荒唐無稽な話にリアリティを与えています。

ストーリーの展開も見事です。
私はいつも、この展開ならば次はこうだろう、と先読みしながら観るのですが、あの出会いは予想を超えていました。
そんな驚きの切っ掛けからも、映画は慌てず騒がずよどみなくテンポ良く進み、振り返れば空港での伏線の張り方もバッチリ。
私だけが気づいた、と思った小さなリアリティが、実は万人に分るように明らかにされる過程は、製作者への信頼に繋がり、これならストーリーも破綻しないだろうという安心感がありました。

クールで都会的な洗練を失わないカメラワークは特筆すべきもので、空に舞い上がり鳥瞰しては舞い降りる動きは夢を見ているかのようです。

この映画を境に、今後、ホラー映画には清潔感のある映像、というパターンが出来るかもしれません。
それは新たな潮流の可能性を示すものとなるでしょう。
恐怖は詩情と相性の良い感覚だと思います。


ps
今度は「28ヶ月後」でしょうか?
それから「28年後」かな?
この調子だと、「28ヶ月後」はああなって、「28年後」は、そうなるかな・・・
私の凡庸な予想を覆すシリーズの発展を望みたいと思います。

ps
28は因数分解すると、2×2×7・・・特に衒学的な意味はないですよね・・・
28に拘るのは、月齢からだったけ?

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February 26, 2009

デット・サイレンス @拾い物、ホラー映画好きなら観といて損なし

最初は傑作だった「ソウ」
シリーズが続くに従って単なるグロテスク映画になってしまいましたが、これはその監督、脚本のコンビ、ジェームス・ワンとリー・ワネルの製作です。

ご両人、よっぽど不気味な人形、特に顔にぐるぐる巻きの線が入っているヤツが好きなのか、今回も出てきます。
呪われた腹話術師の話なので人形は必須なのですが、同じようなシュチュエーションを見せられると、一種のオブセッションかな、とすら思います。

画面は独特の青い光を基調にすえたライティングが冴えて、全編90分の尺にまとめたテンポもイイ。
最近やたら長いものが多いですが、長ければ良いという物ではないよね。
自分は言いたいことが沢山あっても聞かされる(見せられる)方の都合もあるんだからさ。
その点、この作品、刈り込みも手際良く伏線も遅滞なく無駄がありません。

さらにホラー映画の潮流として、「リング」以降だと思うのですが、殺された人の表情が問われるようになった。
単に殺された、というだけでなく、よっぽど怖い思いで死んだんだね。
それはどんなことでしょう、と観客に想像させる技法が生まれた。
その点も工夫があり良かったと思います。

サプライズ・エンディングもバッチリ決まって、マニアなら観とく1作でしょう。

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January 08, 2009

アイ・アム・レジェンド @スリルと迫力に満ちた作品なれど違うlegendの意味

ウィル・スミス主演で大規模ロケを敢行したPVを見せられれば、オモシロイのは間違いないのでしょうが、SFオタクとしては気になっていたことがありました。
そうです、あの歴史を変えたラストですね。

この映画の原作者、リチャード・マシスンは真の意味での異能作家、天才の名がふさわしい人です。
この作品はラストの逆転で、フィクションの歴史に大きな衝撃を与えた作品なのでした。
それが果たして守られるのかどうか、ソッチを気にして見始めたのですが、荒廃したNYの描写は大迫力で、走り回る動物達と追いかけるマスタングのシーンは文句なくカッコ良く、ジリジリと痺れるようなサスペンス・シーンがあると思うと、ヒョイと空母の上の戦闘機のさらに羽の上からのゴルフシーンを混ぜるなど、緩急の付け方が自由自在。
監督のフランシス・ローレンス、力量があります。
見ているうちに引き込まれ、これだけオモシロければもうラストは温い方でイイかなあ、と思わせるのは流石!
でもやっぱりアッチのラストで見たいかなあ、と思えばこそ・・・ダメでした。

少し残念・・・でも今調べたら両方撮ってのスクリーンテストの上だったのね・・・ただこの演出に、このロケハン、主演俳優、特殊効果にカメラワークに撮影技術は他国を断然圧倒する力だと思うけど、最後の最後にマーケティング取るのって、長い目で見るとハリウッドには絶対にマイナスだと思うな。

その時は受けが悪くても作家性ってのは、長い目で見ると作品の生命力に大きな違いを生むと思うのだけれど如何?

ps
ブルーレイのコッチなら一つのラスト見られるんでしょうか?
それなら見たいんですけど・・・

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April 02, 2008

マーダー・ライド・ショー2 デビルズ・リジェクト

衛星放送などで放映されたホラー映画は、とりあえず全部録画して必ず見ます。
その99%はクズですが、それが一応ポリシーなんで。
で、そんな映画を何時見るかというと、普段の貴重な時間は使えないので、週に2回から3回やるトレーニング時に消化します。
もともと考え込んだり、微妙な情感なんかがいらない映画がほとんどなので、ウエイトやバイクのトレーニング時に丁度良い。
息が上がってきても見られるのね。

で、この映画は、そんな中ではかなりの拾いモノ。
監督名からロブ・ゾンビで、ふざけた野郎なわけですが、映画の質は極めて高いです。
偉大なる「悪魔のいけにえ」の系統ですが、その末席に連なる資格はあるでしょう。

映像のセンスは、最近流行りのハード・ドキュメンタリー風。
骨格は「悪魔のいけにえ」です。
要はサイコな家族が、残虐な殺人を繰り返しているので、それを執念で追い詰める保安官がいました、と。
その過程、過程が見所です。

映画の質を高めているのは、1に主演のシド・ヘイグのおぞましさ。
ホラー映画の主演なんですから、どこまでもおぞましく見えることが値打ちです。
徹底的な狂気と残酷さを体現できないとね。
シド・ヘイグは見事にそれをやり遂げました。

第二はアメリカで新生したノワール・ノベルの影響を巧く取り入れた設定にしたこと。
具体的にはジェイムズ・エルロイなんですが、追っかける保安官も狂人なんです。
追われる快楽殺人者も追っかける保安官も両方狂人。
間で巻き込まれる人は気の毒、ということです。
狂った者勝ちのアメリカ社会の表象でしょう。
エド・ゲインの一人舞台で始まった、アメリカン・サイコの伝説は、殺人者側の人数を増やすと同時に、どんどん大型化が進んでいます。

悪趣味なことを書いているとご不快な方に説明しますが、公開当時、その残酷性故に上映禁止処分があいついだ「悪魔のいけにえ」は、今やセレブの崇拝を集めるMoMAにフィルムが収蔵されている立派なモダン・アートです。
人の趣味はそれぞれで、ホラーを好きになる必要まではありませんが、ホラー映画は、みんなゲテモノと片付けることも出来ない。
詳しく語る紙片は持ちませんが、エド・ゲイン、Rブロック、ヒッチコックとつらなる悪夢の系統は、今や無視できない人間の側面を抉った歴史です。

さらにこの映画の驚くべき点は、アメリカン・ニューシネマのテイストすら取り込んだこと。人形は顔が命なら、ホラー映画はラストが命ですが、この終幕にはホント驚愕!

ホラー映画のファンを自認しながら、もし見逃している方がいたら、是非オススメ!
見ときゃないかん映画です。

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November 03, 2007

マスターズ・オブ・ホラー@シリーズ1

世界から選りすぐられた監督13人が60分の短編映画で恐怖を競うオムニバスです。

なんと言っても注目は、最近、タイム誌の選んだホラー映画ベスト25にも選ばれた三池崇史監督の「インプリント-ぼっけえ、きょうていー@岩井志麻子原作」
規約の緩い全米ケーブルテレビでの放送コードにすら引っかかるという凄まじさはある意味勲章ですが、グロ描写が激しすぎて私の好みではない。
拷問場面は確かに一見の価値ありですが、すでに原作は読んでいて、ストーリーは知っていましたから、結末の驚きもなかったのが評価しきれない遠因かもしれません。

個人的に好きなのは、ドン・コスカレリの「ムーン・フェイス」
サバイバルに取り付かれた夫の話しと、それに鍛えられた奥さんが偶然遭遇した殺人鬼相手の奮闘がフラッシュバックで交互に語られるのですが、感動しました(笑
ホラー映画で感動したのは、どんな時でもSurvivalすることが、私の関心あるテーマだからでしょう。

後は順当に巨匠達の作品は手堅くハイレベルにまとまっています。
ダリオ・アルジェントの「ジェニファー」は、最初の段階で結末まで予想できますが、それでも特異なエロス描写に引き込まれますし、ラリー・コーエンの「ハンティング」も、いかにもラリー・コーエンだなぁ、という捻りが効いています。

トビー・フーパーも、彼らしいファンキーさで、「ダンス・オブ・ザ・デッド」を躍らせます。もう結構な年だと思うのですが、老け込んでないですね。
ジョー・ダンテの「ゾンビの帰還」も訴えるメッセージが良かった。
最近、この人政治づいてますか?
でもゾンビの気持ちが良く分ったよ。

好きなJ・カーペンターの作品は「世界の終わり」
傑作「マウス・オブ・マッドネス」は1編のホラー小説が世界を侵食する話でしたが、これは失われたホラー映画が見た人を破滅させるというストーリーで、この人のObsession.
自分の虚構で世界を変えたいという妄執が良くでていました。
映画が世界を破滅させるとこは、「フリッカー、あるいは映画の魔@セオドア・ローザック」も思わせましたね。

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March 17, 2007

ダーク・ウォーター

傑作「仄暗い水の底から」からをモーターサイクル・ダイアリーズの監督、ウォルター・サレスとジェニファー・コネリーの主演でリメイク、とくれば期待もしますが、映画は始まったとたんにガッカリします。

いきなりあの少女の顔を出してしまっているんですね。
中田秀夫の映画では、終始うつむきレインコートの中の影になって見えなかった顔が出ている。
出さないから想像力が広がって怖い、という情緒を理解しないのですよね、アメリカ人は。

エレベーターの中の邂逅も、この映画では説明口調で無駄に長く、フッと手と手を握り合わせるだけにとどめた中田演出の方がずっと洒落てます。

ジェニファー・コネリーもダメ。
黒木瞳はさほど好きな女優でもないのですが、この映画では生活に追い込まれ、仕事に不安をもつ離婚女性を実に巧く演じていたんだなぁ、と改めて日本の作品に感心しました。

天才、菅野莉央ちゃんが子役勝負で圧勝していたのは、予想通りですが大したモノ。
彼女は世界的なレベルで見てもトップ・クラスだと思います。

結局、日本では、この映画のテーマだった、

「恐怖と絶望を通してしか語ることの出来ない愛がある
という、肝がまったく表現できていませんでした。
コッチは怨霊の母親慕情まで哀しくて、共感できたものな。

原作の「浮遊する水」も凄かったけど、「仄くらい水の底」からの中田秀夫、黒木瞳、菅野莉央ちゃんのトリオはつくづく偉大だったんだね、という感慨新たです。

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February 20, 2007

CUBE ZERO/キューブ ゼロ

「キューブ」というクールで不条理な処刑機械は、
まさにハイテク時代のカフカ的悪夢そのもので、ヴィンチェンゾ・ナタリの1作目は伝説的傑作となりました。

しかしその発展版となった「Hyper CUBE」はまったくの失敗作。
何故ダメだったかというと、観客の予想を超える想像力がなかったからです。

で、この1作目以前の設定に戻ったZEROにも期待していなかったのですが、ハイパーよりは良かったです。

CUBEの内側と同時に、外側からも描かれる話しでしたが、外側の世界はまだ内側であるというマトリューシュカ的な構造になっていて絶望的で不条理な密閉感は継続されています。
展開もなんとか合格点。
1作目の出来にも及ばないものの見といて良い映画だと思います。

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February 10, 2007

何がジェーンに起こったか

サイコ物の濫觴として知られるロバート・アルドリッチの作品ですが、今観見ても充分堪能出来ます。
結局、人を怖がらせるにも、卓越した演技人と監督が撮れば特殊効果なんていらないんですよね。

主演はベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォード。
鬼気迫る演技合戦になりますが、この二人は実生活でも険悪だったようです。
それをまたアルドリッチが巧妙に生かします。
脅かすのは、お約束のパターンなんですが、惹きつけるのは巨匠ならではの手並みですね。

ラスト、アイスクリーム屋さんでのベティは、一瞬ホントウのmagicを垣間見せます。
どうやって撮ったんだろう。
そりゃメイクを変えただけでしょう、と思うのは簡単ですが、人変わりしたような跳躍は凄まじいです。
お見逃しなく。

ps
没落したスターの悲劇と狂気の話しですが、ハリウッド・スターの得る富と栄光って人間の受け止めることの出来る限界を超えているのではないか、と思うのですよ。

人にはどんなことにも限度があり、それは輝くことに関しても例外ではない。
そしてその栄光の隣には、いつも奈落が控えている状態ですしね。
スターとして遥かなる高みにあがるほど、その上を渡る綱は細くなる。

神の与えたもう果実は、いつも皮肉に満ちています。


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January 30, 2007

羊たちの沈黙@ジョナサン・デミ

トーマス・ハリスの傑作小説を映画化し、91年には、なんとアカデミー作品賞、監督賞、主演女優賞、主演男優賞、脚本賞の主要五部門を掻っ攫った1本です。

この映画、語るべきことが多すぎますが、冒頭のシーンから「聖」と「俗」、「善」と「悪」「卑しさ」と「高貴」という対照点に絞って書いてみます。
この映画は、それがひっくり返っているところが幻惑となり惹きつけられるのです。

1)クラリス(ジョディ・フォスター)の魅力について。
早暁のFBIの訓練所でクラリスは息を切らせてフィールド・アスレチックに挑んでます。
ジョディは小柄で、腕力もなさそうで、動きにも切れはありません。
その後に出てくる肉体派女優のアンジョリーナ・ジョリーやジェニファー・ロペスのような野性の身体能力はありませんが、それを超える心の強さ、「苦しみ」や「痛み」には打ち克つだろうな、
という強い意思を秘めた表情が魅力的です。
正義の為には自らの危険もいとわない彼女には「聖性」があります。

彼女が会いにいくのが、映画史上、最も魅力的な「悪魔」、レクター博士です。

2)卑しさの象徴、Drチルトン
途中に会うのが、刑務所の医療管理医師、でDrチルトンです。
彼は社会的には悪いことをせず、仕事に励み出世をしたいわば社会的な「善人」ですが、
若いクラリスの肉体に目をつけて口説く下卑た俗物です。
自分が常に評価されていなと不安になる小心者でもあります。

3)ハンニバル・レクターの肖像
何重にも閉じられた鉄格子を抜けて抜けて地下の迷宮のような牢獄にカメラが入る頃には、
観客はそのただどこのなさに、どんな怪物が出てくるのか、と思っていると、
シェイクスピアの舞台劇に出てくるようにアンソニー・ホプキンスが、胸を張り、バレエのダンサーのように片足を引いて立っています。
立ち居振る舞いは優雅で、言葉にはインテリジェンスがあふれています。
揺らぐことのない蒼い硬玉のような瞳は、困難な状況にも冷静で自分を見失いません。
アンソニー・ホプキンスの創造した、奇跡ともいえる極めて魅力的なキャラクターです。

そんなレクターがクラリスに惹かれるのは、その内面に、克己心や、正義感、勇気、があるからです。
「悪」であるはずの者が、他人の内面の「高貴な属性」を評価する。
これは矛盾です。

対してDrチルトンはクラリスの肉体にだけ目をつけ、その豊かな内面への共感はありません。

「悪」がクラリスの魂を評価し、「善」であるチルトンには若い女の肉体しか見えていない。
困難に泰然とする悪に対し、少しのことでうろたえる善。

聖なる者の気持ち(と観客の気持ち)が、どちらに傾くかは自明ですが、そんな二律背反的な困惑が魅力になってます。

とここまでで冒頭の30分です。
傑作といわれるわけですよね。

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November 10, 2006

バタフライ・エフェクト

近年、最も興味深い分野がカオス理論と複雑系の科学。
その象徴になっているあまりに有名な「バタフライ・エフェクト」という名前を頂いたこの映画。
観る前は、オタクなハリウッドの脚本職人たちが芸を凝らしたトリッキーでパズラー的要素満載な話しで、どの位驚かせ続けてもらえるのだろう、と期待してましたのでガッカリでした。

これ単なるタイムスリップ物でしょう。
素人学問ですが、「バタフライ・エフェクト」ってカオス的ふるまいにおける初期値敏感性のことですよね。
だいぶ前ですが、ワクワクしながら数式をいじった記憶も鮮明なんで、この程度の話しで「バタフライ・エフェクト」と名乗って欲しくないです。
どっかの脚本家がホントウにバタフライ・エフェクトと名乗るにふさわしい作品を仕上げた時に紛らわしくなりますからね。

しかも後味というか、見てる間中、陰惨で、主人公の思いもあまり伝わってきませんでした。
ラストの工夫も私には不発。

カオス理論が好きは人ほど、題名に惹かれても見る必要なし、と申し上げます。

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November 05, 2006

カリフォルニア

研究題材として過去のサイコ殺人事件の現場を見て回りながら、恋人とカリフォルニアに向かうデイヴィッド・ドゥカヴニー(後に出世してモルダー捜査官になる)は、ガソリン代を節約しようと連れ人を募集。Bピットとジュリエット・ルイス(デ・ニーロ版のケープフィアに出てた女の子)のカップルと4人で旅にでます。
ところが同行するBピット自身がサイコ・キラーだったんだな、というお話。

13年前の映画で、サイコ殺人者もジグソウなんてのに進化した時代に今更、ブラピが出ていてもどうよ、という感じでしたが、愛と絶望と恐怖のある、なかなかの1本でした。

B・ピットは顔がゴールデン・レトリバーに似ていませんか?
甘い顔立ちでハンサムなんだけど、性格がオッチョコチョイで無駄にはしゃいでは、怒られているような犬。
だからあんまり怖くないなぁ、と思ったら物凄い筋肉を見せ付け不潔で凶暴なホワイト・トラッシュを体現したような演技で、なるほど出世する奴はやっぱ仕事をしているのね、と再認識いたしました。


でもこの映画で最も光るのは、恋人役のジュリエット・ルイス。
ちょっとアタマが足んな気ですが色っぽく、「13の時3人の男に乱暴され4ヶ月入院した」なんて過去を持ち、
サボテンだけが友達です。
彼女が良いんだよ。
純情でさ。
お人よしでさ。
泣かせます。
悲しい告白を聞いていると、昔彼女を暴行した男たちを今更ながら捜しだして制裁を加えたくなります。
こんな感情を観る人に抱かせるのは、彼女の表現が卓越しているからなのです。

絶望の中で生きざる得ない一人の純な少女を見るだけでも、この映画は価値があります。
映画自体も今のハリウッド作品より人が生きてる感じがしました。

隠れた逸品です。
おススメ。

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November 02, 2006

コンスタンティン

主演にキアヌ・リーブスとレイチェル・ワイスをもってきた大作ですが、クライマックスまでは実に退屈でした。

ロンギヌスの槍が出てきても、心に響くセリフ(言葉)もなく、大金を掛けたであろうCGも展開が読めるのね。
そうなると幾ら派手に作っても、見てる方は驚かないのでワクワクしません。
唯一大天使、ガブリエル役の女性だけが、パワフルでサムシングを感じさせました。


ここで神と悪魔の世界を説明しますと、一番古いユダヤ教の主がヤハウェ(キリスト教の神、イスラムではアッラー)です。
神の玉座の右側に座っていたのが大天使ルシファー(明けの明星、光り輝く者)は、反逆して堕天使サタンになります。で左隣に座っていた二番目の番頭役がガブリエル。
神の子がキリスト。

ルシファーが裏切ったので、本来2番手の部下だったガブリエルが(神の言葉を伝える者として)取り仕切ることになり、モーゼの遺体を埋葬したり、マリアにキリストの懐妊を知らせたり、イスラム教の開祖ムハマンドに預言(コーラン)を垂れたりしました。
非常な大任を任されていたんですね。
サタンと神と人間の間で、もうタイヘンなんですから、って感じだと思います。


エンドロールは最後まで見て下さい。
粋な仕掛けがしてあります。

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October 19, 2006

デスペレーション

S・キング原作ですが、この小説は駄目でした。
映画を見た後、パラパラとめくっただけでも心が動く「クリスティーン」と何が違うのかというと「愛の不在」が鍵ではないか、と思うのです。

でも映画としてはオモシロイ。
B級ですが、B級ならではの楽しさがあります。

警官役の俳優がデカクて下品でオッカナないので引き込まれ、それからはサイコモノだと思った展開をスーパー・ナチュラルな流れに捻ってみせます。
結局「IT」なんかにも通じる典型的なS・キング・ストーリーなんだけど娯楽作としては水準の楽しめるレベルだと思います。

「信仰はただ神を信じることじゃない。神は正気だと信じることだ」
転んでもただでは起きないキングらしいセリフですね。


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October 12, 2006

ハイド・アンド・シーク 暗闇のかくれんぼ

ミステリーマニアとは深い深い謎に餓えている人のことです。
彼等の願いは、優れたマジシャンに手を添えられて、謎の迷宮から一気に脱出するカタルシスを味わうこと。
この映画、謎の大風呂敷を広げるとこまでは良かったものの、脱出の手際は凡庸で、カタルシスのあるトリップは実現されませんでした。

話題は2大名優の競演。
大御所、デ・ニーロは、昨今、めっきり魔力を失いこの映画でもあまり冴えません。
ただ後半、一瞬にして飛ばなければならないシーンでは、観客を瞠目させる力を見せ付け、健在ぶりをアピールしてしました。
でも「タクシー・ドライバー」が青春だった身としては、ちょっと寂しい仕上がりです。

もう一人のダコタ・ファニングは11才という子役としては微妙なお年頃になったことが気がかり。
冒頭こそ、そんな懸念が膨らむ演技で、特に見開かれ過ぎたブルーの瞳がブルーネットに染めた髪と合いません。
ところがこの子も一瞬にして飛ぶ。
見えない友人、「チャーリー」の話しを始めるとこから一変。
スリルに満ちたストーリーを雄弁に語り始めます。
彼女の場合は「目」なんですね。
これほど目だけで語れる女優、俳優はなかなかいないよ。

さらに大きなイヤリングと大人用の黒いドレスで現れるシーンは、禁断の魅力一杯でした。
悲しみに唇をかみ締める処なんかは、年を重ねた大人の女優みたいな表情で、この子の頭の中はどうなっているのか、と驚くばかり。
世の中に、天才ってのはいるもので、彼女が第二にジョディ・フォスターになる日が楽しみです。

ps
デ・ニーロがノートを見てから続くシーンは、その前の回想シーンと合わせてS・キング原作の「あの映画」を思わせました。
監督は意識していますよね。

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October 11, 2006

女優霊

世界にJホラーを知らしめた中田秀夫の初監督作品です。
今観返すと二つの基本に忠実に手堅く作った作品なのが分かります。

一つは舞台を撮影所という自分の身近な場所に置いたこと。
これは初監督作品としての完成度とリアリティを高める上で支えになったろう、と思います。勝手知ったる場所が舞台なのですからプレッシャーも最小限だったでしょう。
そして主人公は初作品に望む新人監督。


もう一つの基本は日本古来の怪談話の伝統に沿っていることです。
人々の思いが詰まった撮影所には、怖い何者かが潜んでいる・・・やがてそれに憑りつかれて、というお話し。
相手は最後まで理由もはっきりしない朧な存在。

足が不気味に曲げられた落下死体。振り返る生首など、一瞬でも強烈なイメージを放つ絵に才能が爆発し、同時に古い新聞にたどる、もどかしくも不可思議な記憶など、後年のリングでも使われた手法もすでにあります。

画面は終始薄暗く、その暗闇にナニカが潜んでいるような感触は、中田作品ならではの映像でした。
たったの75分の作品ですがJホラーの出発点として記念碑的な1作だと思います。

ps
たけし軍団でバカなことばっかりさせられて、この程度ならバカになりきれば誰でも出来るんじゃないの?と思われていた柳ユーレイさんですが、立派に主演をこなしています。
タレントさんて、スゴイね。

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October 10, 2006

クリスティーン@J・カーペンター

この頃のS・キングは大好きです。
ホラー作家とされていますが、この人の話は、「愛」がポイントなんだよね。
この時期は、それが絶妙に溶け合いかつパワフルでした。

その映画化をしたJ・カーペンターはインタビュー集を読むと、この映画にはまったくやる気なく取り組み、愛着もないようですが、出だしのロックン・ロールからカッコイイ。
やる気と出来が違うのは、他の分野でも多々あること。
恋とクルマとオールディーズのロックン・ロールのカーペンター流の楽しめる映画です。


これは小説でも1行目に書いてあるように、愛の三角関係の話し。
ただ小説と違うのは呪われたクルマ、クリスティーンと主人公Loser、アニ―と友人のデニスの間の愛。
GFは比重が随分軽いです。でもこの方がイイ。
クリスティーンと合う前の弱虫アニーと、それを友情だけで最後まで助けるデニスが良いんだ。

呪いの先触れになるオールディーズのロックも選曲がカッコイイ。
クリスティーンのライトが今のディスチャージタイプみたいに青い光になるとこも、センスあるんだよな、カーペンターは。

恐怖シーンでは、カーペンターファンならおなじみのサウンド(@自身で作曲)もしっかり楽しめます。
マニアには嬉しいです。

特殊効果はインタビュー集で語っているように、クルマを内側から壊し、それを逆回しで再生させたそうです。
なるほどのB級映画の主らしく安上がりで効果的に撮ってます。


ただ映画も充分楽しめるのですが、解釈というか深みは原作ですね。
映画が気に入ったら読んでみてください。
カーペンターは好きではなかったようですが、とてもオモシロいですよ。

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October 07, 2006

レッド・ドラゴン

レクター物としては3作目の映画化ですが、ご存知のように原作ではシリーズ1作目になる作品です。

トーマス・ハリスに、ある種の「コラボレーション」を決意させたのは、「羊たちの・・・」に出演したホプキンスの演技でした。

その成果となった3作目の「ハンニバル」(この名前だけのタイトルの作品は、あまりに魅力的な悪だけ、レクターだけを描きたかったのだと思うのです)で描かれるレクターは、あきらかにそれまでの2作品と違い、アンソニー・ホプキンスをイメージした極めて魅力的なレクター像として結実しました。

こう考えると、たったの4作品で世界を制した謎のカリスマ作家の主要人物像を、自らの演技一つで変えてしまったA・ホプキンスは、人の心を自在に動かす「Dr.レクター」の化身のようで非常にスリリングではありませんか?


映画では、グレアム捜査官を演じるエドワード・ノートンが、華奢な体格と繊細な表情で、微妙に弱そうなところから魅力になってます。
このシリーズは、悪の方に魅力がありすぎるので、善の代表として対抗するのは大変だったと思うのです(笑

レッド・ドラゴンを演じたレイフ・ファオンズも素晴らしい。
この人、アンソニー・ホプキンスと同じシェークスピア俳優なんですね。
現代の神話になった殺人鬼を、二人のシェークスピア俳優が演じたというのはある意味象徴的です。
気弱とも言える優しさと獰猛な強さの矛盾なき同居を抜群の実力で演じてます。

そしてなんと言っても圧倒的な存在感と魅力を放つのがアンソニー・ホプキンス。
優美な仕草とは対照的に、分厚い胸は底知れない力を予感させ、瞬くことのない青い瞳は呪われた冷たいガラスのような輝きを放ちます。
これほどの光芒を放つ「魅力的な悪」は空前ですが、後はただ絶後にならないことを祈るのみです。

3作目であり確かに新鮮味はありませんが、本来1作目だった作品を一番後に作らざる得なかった、という困難さを乗り越えた作品と思いました。

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October 03, 2006

ソウ2

「ソウ」は映画における残虐描写の限界を切り開いた作品だったと思います。
さて「2」はどの程度の出来でしょうか?

冒頭のエピソード。初見なら驚きだと思いますが、もう見慣れたもんね。
と、ちょっとスローな立ち上がり。
やっぱり「2」は難しいのかなと思わせますが、モニターの中のストーリーに切り替わる辺りから、徐々に地獄のジェット・ローラー・コースターに乗せられた気分になってまいります。

罠の基本が、切る、刺す、貫く、とみないかにも痛たそうで、時間に追われる状況で、それを見せられる観客はいつしか一緒に怯えて思考力を奪われているから、今度は容易にストーリー展開の罠に落ちてしまう。
ジェームス・ワンとリー・ワネルの手口というのは、合わせ技の相乗効果なんですよね。

今回、・・・のトリックは分かったつもりになってましたが、これは観客に読ませておいて、その後の皮肉な結末に繋げているわけなんですよね。
最後の始末のつけかたも、疑問にキチンと答えを出して、さらになるほどツジツマも合わせてお見事でした。

「3」は果たしてどうするのでしょう。
だんだんハードルは高くなります。
どこまで2人が飛べるやら。
それを期待するには充分な出来だったと思います。

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August 23, 2006

ノロイ

ドキュメンタリータッチの演出で押す野心的なホラー映画。
制作は一瀬さんでJホラーの中心になって欲しい人です。

映画ですが、もうちょっとエピソードを整理してスピード感を持って欲しかったです。
テンポが少しノロイ(←笑ってくれ)のではないでしょうか?
こうして見ると実に生な感じに造ってあるように見えた「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」ってかなり巧みな計算ずくの作品だったんだなって思いますね。

結局、細部を見せ過ぎまた説明をしすぎなんだと思うんです。
場面によっては適当にはぐらかし、観客に?って思わせて妄想させていくような演出の方が良かったって思います。

まぁ、偉そうなことを書いてますが、映画を見ている時、偶然振動した娘の携帯にビビリました。
結局怖かったんだよな(笑

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May 05, 2006

ザ・リング2:ハリウッド版

中田秀夫の撮る暗闇にはいつもナニカがいるような気がする。
それは結局姿を現さずに消えてしまうモノであっても、我々が見つめる闇からソレもじっと見つめ返しているような気配を感じます。
だからこの人の撮るホラーは怖いんだ。
見えなくてもそこに確実にナニカがいる、と感じられる気配がある。


ところが今回、ハリウッドで撮ったこの作品に、そんな魔形の存在は消え去っていました。
興行収入はナンバー1になったようですが、正直、中田監督作品では最もマジックが希薄な1品だと思います。
主演のナオミ・ワッツは確かな演技をみせますが、演出が浮いてしまい子役の子供があざとく見えるのは気の毒でした。

何故失敗しかたかと思うに、逆に意外な成功(失礼)を収めた「THE JUON」の例を挙げたい。
「THE JUON」の製作は、登場人物だけアメリカ人でロケ地は日本と聞いた時、その設定の不自然さに疑問を感じざる得ませんでした。
ところが実際に見てみると、力のある演技陣とスタッフが日本の恐怖をしっかりと捕まえて撮り上げていました。

その差は空気じゃないでしょうか?

日本独特の湿気に包まれた闇は、乾燥した大陸のアメリカの闇とはその本質から違うのかもしれない・・・
そしてデジタル処理しても、そのえもゆわれぬ感触はうっすらと何処かに残るのだよ。

次回作は、スタッフだけ連れてきて日本で取った方がいいじゃないかな。
そう思います。

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March 22, 2006

テイキング・ライブス

連続殺人犯のサイコ・キラーを追うのは、FBI捜査官にして敏腕プロファイラーのアンジョリーナ・ジョリー・・・
殺人というのはまさに「他者の人生を奪う」ことだけれど、
この犯人ホントウに成り代わって生きるところが売り物です。

この映画、要は誰かがA・ジョリーに「羊たちの沈黙」のクラリスをやらせたかったのだと思うのですが、
人には向き不向きがあるものです。
前髪を垂らして美しいアンジョリーナは、僅かな残り物のようなアクション・シーンと濡れ場に奮闘しますが、
構成もテンポも悪い演出に、凡庸なセリフをしゃべらせる脚本にくわえ、何より相手役にも恵まれずなんか気の毒ですね。

だいたいA・ジョリーにプロファイラーなんて根暗な役は似合わないよ。
「羊たち沈黙」の驚異的な成功は、ジョディ・フォスター自身が持つ屈折をジョナサン・デミが良く見抜いていたことと、相手役のA・ホプキンスが神の如き演技(を超えた驚異的な創造)をしことです。

あの映画でジョディ・フォスターが演じたクラリスは、今やハリウッドのイコンともいうべき存在になっていて、周囲も挑戦させたがる気持ちは分かるのですが、アンジョリーナは身体能力やスタイルではジョディー勝っているのだから、次回は向いてる方のアクションとお色気中心でお願いします。

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March 01, 2006

シークレット・ウインドウ

S・キング原作の短編(Four Past MidnightⅠから「秘密の窓、秘密の庭」)がジョニデの主演で映画化です。
この映画でもボサオサ髪に破れたガウン姿なのにジョニー・デップはともかくキュート。
寝ているとこを起こされて悔しがるのに受話器を振り回したり、そっと隠れタバコをしたり、所在無さ気に手をぶらぶらさせたりオッサンなのになんでそんなに可愛いのか(笑
とりあえずジョニー・デップファンなら必見ですね。

話しは離婚して家と妻とその彼氏に明け渡し、湖の辺で創作に悩む作家、モート(ジョニデ)のもとに俺の作品を盗作したな、と一人の男がやって来ます。憶えが無いモートは相手にしませんが、男の攻撃はしだいに激化し、そして・・・

キングは「ダーク・ハーフ」など小説家としてのオブセッションを幾度も作品のモティーフとして取り上げています。「ミザリー」なども過度の一方的な期待を寄せられる恐怖ですね。

良い作品が書けなくても恐怖。
有名になってオカシナファンが付きまとってくるのも恐怖です。

「秘密の窓」・・・小説家が作品として我々に提供するのはまさに現実以外の風景を覗く「窓」です。
その窓を盗作する、というのは作家として立つべき大地を失うことを意味しています。
もしそれを疑う人間が出てきたら・・そしてソイツが異様にしたたかでしつこい男だったら・・・怖いですね。

さらに怖いのが、自分はホントウに盗作をしていないのか?という根本的な疑問。
創作へのプレッシャーから無意識に盗んでしまったかも・・・という自分の理性を疑う瞬間。
「秘密の庭」とは、誰にも知られたくない場所の暗喩でしょう。
はたして彼は「盗作」をしていたのでしょうか?
そして男の真の狙いは・・・
元奥役の女優さんが綺麗で物語りに説得力を与えています。

原作とは終わりが違いますが、映画的にはこっちの方が良かったと思います。
ラストの演出はちょっと「あの作品」が入ってましたけどね。
ホラーですがグロではないので、週末の夜などゆっくり観るにはイイ映画ではないでしょうか。

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February 02, 2006

クライモリ

「もう森には二度と行かない」
古来より森は自然の恵みを与えてくれるものであるとともに、怖いモノであるという記憶は、すっとどこかで引きずっているんでしょうね。
特にアメリカのような広大な大陸では、いまだに深い森のなかでは何があってもおかしくない。

「悪魔のいけにえ」は片田舎、「13日の金曜日」はリゾート地、と若干ロケーションに違いはありますが、
ともかく人里離れたところにとてつもなく怖いナニカがあるのがアメリカ流ホラーです。
ドキュメンタリー風に新味を出した「ブレアウィッチ・プロジェクト」も同じですね。

これもそんな定番に沿ったお話しで「クライモリ」にWrong Turn(原題です)してしまった6人の若者が異常者に追われるという展開。

この定型に載って話しを進めるからには細部の作り込みと工夫がすべてです。
出てくる役者と演出、なにより追ってくる異常者の怖さがどこまで出せるか?

この映画、序盤は悪くありません。
姿の見えないナニカが襲ってくる。
ザイルの異常なスピードでその力を見せつける。
出てくる女優さんたちも隣りのちょっと色っぽいオネイサン風で及第点。
俳優も性格の良さそうな人なんかいて好感度でした。

プロローグのショックシーンの後、主人公となる被害者達が出会うところも綺麗に撮れていて、さらに彼等が異常者と最初に本格邂逅するところも工夫があってスリル満点です。
難しいのはそこらかなんですけどね。
それからはホラーというよりアクション映画風なのが残念でした。
怖がらせるのは難しいよね。

ps
個人的な事情なんですが、最近、ちょっとストレスフルでして・・・
そういう時はこの手のホラー映画って刺激が強くてちょっと日常を忘れられるのがイイですね。

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January 26, 2006

ヴィレッジ

イヤー、やられましたね。
シャマラン監督は「シックス・センス」みたいな見事な背負い投げを決めるかと思うと「サイン」みたいに外す時もあるので、映画同様なかなか安心して見られない監督です。

今回の舞台は19世紀のとある辺ぴな村。
そこには厳しい掟がありました。
森に入ってはいけない・・・

せせらぎをレンズに変えて撮ったような映像と、それに調和する音楽の見事さはシャマラン監督独自の境地で、
森への神秘的な怖れなど人が長くもっていたであろう自然への畏怖を美しく描きだします。
魔物の触手を思わせる森の枝枝。
霧に霞むかがり火。
朝靄に沈む村の家々。
ランプの灯りに照らされる孤独な魂とひたむきな愛。
そこで暮す人々の慈愛に満ちた生活が淡々と描かれつつ、森からの正体不明の進入者は謎を深めます。
彼等は何者なのか?
その目的は・・・?


その謎はしだいに明かされるのですが、その過程は静かすぎかつスローモーで、もっと刺激の強いホラーを期待していた為、途中から飽きてしまい、この映画はシャマランの失敗作ですねと決めていたのでした。
だってこの進行ではもう脅かしようがないでしょう。

それがこうとは!
カンの悪い人間は幸せです。
思い切りビックリしました。

セピア色の思い出とその決意が明かされると、それまで隔靴掻痒のごとくであった登場人物達の心情と願いが一気に奔流のように眼前し感動しました。

「とても優しい声ね」
ガラスに映る彼が新聞を読んだままでいますようにと本気で願いました。
未見でしたらぜひ一度。
ホラーを期待するとガッカリしますが、愛の為の勇気に感動する映画です。

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January 16, 2006

THE JUON/呪怨

あえて傑作だと断言します。
日本独特の感性から生まれたJホラーは、ハリウッドの高度な技術を得て絶妙なコラボレーションになりました。

正直、呪怨シリーズは生まれるきっかけになった「学校の怪談G」の「片隅」が最高で、その後カタチになったVシネマの「呪怨」が良くて、一番ダメだったのが劇場版「呪怨」。
清水監督、作品の魔力がだんだん落ちているので、アメリカで興行成績1位だの、収入1億ドルだのと言われてもハリウッド版へそれほど期待は持てませんでした。

舞台は日本で、登場人物がアメリカ人という設定も疑問でしたが、観てみるとアメリカ人が一般的な日本家屋にいるだけで異和感が起こり、
同時に監督は清水さんですから、描かれる日本の風景は自然で、アメリカ人留学生の住んでいる安アパートや夜にタクシーで走るビル街のリアリティなど、はっきり日本人でないと出来ない絵でしょう。
この両立が差異を生み恐怖を増幅させています。

それから役者の差も大きい。
日本人では石橋遼さんが刑事役として意地を見せていますが、サム・ライミ・コネクションなのかアメリカ人の出演者がみな素直な好演で、日本で売っていそうな安物衣料を着て東京を歩くサラ・ミシェル・ゲラーなど酷かった伊東美咲とは差が付いています。

画面には終始尋常でない緊迫感が溢れ、何もない1点を見詰め続ける様子の怖さなどアメリカでウケタのもダテではない。
あのビデオからの映像なども基本的なエピソードは受け継いでいても特殊効果はさらに磨かれキレが増し、
シンとした変哲のない画面にも恐怖の予感が満ちています。
ただ閉まるだけのドア。
異様に乱雑な部屋。
タイミングの早すぎるドアホン。
さだかならぬ理由で正気を失う人々の描写に忌まわしい予兆が満ちていて、
常に何かクル、何かがクルという緊張感が途切れないのは大した物。
劇場版より格段に良い出来です。

プロデューサーのサム・ライミとそのスタッフもどこかで助けているのか、清水監督自身単にお金があれば出来たのかどちらにしろアメリカでの成功は確かな根拠のあるものでした。

格段に洗練された編集(ハリウッドはこれが凄い)から、分かり難かった物語が整理されていて、完成度もこれが1番という思いがけない結果になりました。

どこもかしこも怖くなる。
これは1流のホラー映画だって認めてイイと思うよ。

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December 23, 2005

ZOO

気鋭の若手作家、乙一さんの「ZOO」から撮った5本のオムニバス映画です。
フジTVの「世にも奇妙な物語」が好きな人なら借りてもイイかもです。

異常な偏愛を受ける双子の話し「カザリとヨーコ」、
汚れた部屋に監禁された姉妹の話し(須賀健太クンとコンドームとくれる女の子が良かった)
お父さんとお母さんの片方だけしか見えなくなった子供(神木龍之介クンの素晴らしい詩的喚起力)の哀しい話し。ドビッシーがピッタリです。
廃墟の風景が美しい「陽だまりの詩」、
抜けるような青空と黄色いカブリオレが印象的な「ZOO」
「カザリとヨーコ」「SO-far」は音楽も印象的でした。
この映画、乙一ワールドは再現されていると思います。

この5編に共通する設定は、
1)少数の登場人物以外の人がいない→世間(人々、他人)の消失
2)主人公の閉塞された状況
3)そして無力感
乙一さんは17才でデビューした幻想と恐怖を描く作家です。
独自の境地を持つ作家ですが、私は「夏と花火と私の死体」には感心したものの以来、読んでません。
何故だろうと考えるに、ホラー好きの私にしても救いがなさ過ぎる気がして読むと疲れが残るのだよ。
この話しでも人が愛に目覚め犠牲をいとわない行動もあるのですが、ともかく通奏低音が低すぎる。
キングも確かに救いのない恐怖を書きますが、あちらにはまだ人が生きようという力が根底にあるような気がします。

他者への根本的な不信感と天を突くような壁に囲まれているような閉塞感。
これが1978年生まれの作家の気分なのでしょうか?

最近古い映画を見ていると、描かれる人物のエネルギーが新鮮です。
それに反して最近の日本映画に出てくる人々と状況のなんとニューロテックなことか。

物質的に貧しい時代の方が活気があった。
最近の若者はだらしがない、という紋切り型の批判をしたい訳ではなく、おそらく人間には一定以上の豊かさが生じると生きる力が奪われるというジレンマがあるんではないか、と思うのです。
その均衡点はどこなのか?
変えることは出来るのか?
わかりませんけどね。

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November 26, 2005

仄暗い水の底から

怖いだけでなく、切なくママを慕う怨霊話しのこの映画、俺はかなり好きです。
ただこれは私に2人の娘がいることも大きいかな。
すっかり成長した今でも、娘達は妻に抱き着いて甘えることがある。
そういう風景をみていると、やっぱり子供にはママだよなぁ、と思う。
輪の中に入れなくても男親としてはそんな風景を見せてもらえればそれでエエのよ。

映画は、雨の中、幼稚園の他の子にママのお迎えがくるなか、一人ぽつねんと残される少女や、
母子2人で土砂降りの雨にそびえる暗鬱たるマンションへと歩くシーンなど印象的な画面が続きます。
中田節ともいえる画面の闇に「ナニカ」を感じる映像は、この映画でも健在です。

そしてひたすらママが欲しかった彼女が水に乗ってやってくる。
エレベーターでは一緒にいるのがモニターに写る。
そっと小さな手が握ってくるところは、愛と恐怖の不思議に満ちた名シーンです。

豪雨の中で見つめ合う黄色い合羽姿の美津子ちゃんと雨傘をさした青い制服の郁子ちゃん。
大雨の日に、誰もお迎えに来てくれないから、彼女は一人で歩きだしたんだ。
だからどこまでもどこまでも天井を染み通ってまでもやってくる。
扉の影からじっと見ている。
最後はもうママを放さない。
扉から出てくる手の転換場面も、中田監督絶妙でした。

「油断大敵」では、父親の儚い恋いを邪魔した菅野莉央ちゃんが、この映画ではけな気で可愛いんだ。
やっぱ子供は6才位が一番だよなぁ。
俺の夢は最後の孫が8才になるまで元気で遊べること。
もう望みはそれだけだっす。
子供に興味はなかったけど、自分に娘が出来たら可愛くなった。
でも13、4になるとツマラナイんだな。別に変態性欲じゃないですからね。
話しが外れた。

この映画の莉央ちゃんは、赤いバックを下げてスキップすれば可愛いし、真剣なった時の瞳には半端じゃない光りが宿る。
セリフには画面を乗り越えて此方側に至る尋常ではない力が伏在する。
それは熱演する黒木瞳まで煽る迫力で、その上、大水まで被るアクションもこなす大したプロ根性です。
「郁子はママだけでイイ」
・・・「私がママよ」
涙を堪える郁ちゃんとママ! ホラーで泣けるのは珍しい。

この映画の原作は、「仄暗い水の底から」という短編集に入っている「浮遊する水」という作品。
鈴木光司作で、母子の情愛に重点を移している映画より、怖さだけならコッチが上です。
俺は夜中に読み出してかなり楽しめました。(ホラーファンは、怖いほど嬉しいからね)

監督中田秀夫、主演黒木瞳、菅野莉央という日本映画界最強のスタッフが結集したこの作品は、
愛と恐怖の両方が詰まったお得な1品だと思います。

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October 25, 2005

ソウ

不潔なバスルームで目覚めさせられた2人の男。
足は鎖につながり、無残な死体が部屋の中央に放置されています。
トリッキー出だしはどこか傑作「CUBE」を思わせましたが、
この映画は密閉された空間を飛び出し、エネルギッシュにグロテスクに走りだします。

青い光の下、ソウ(ノコギリ)が出てくるあたりから画面は奇怪に幻想染みて、
フラッシュ・バックが多用され異様なスピード感が与えられた殺戮シーンはみな凄まじく恐ろしく、
観る者には、狂気に陥る被害者の心情が迫ってきて、凍り付くような恐怖に捕らわれます。

もはや人が殺されるだけでは、ダメなのです。
考案されたおぞましい殺人器具が、想像力を羽ばたかせ、観客は地獄の果てを覗きます。
死を告げる人形などのセンスもイイですね。
生理的は不快感が大きく外道路線ですが、卓越したプロットと斬新なショック・シーンが連続し時間を忘れました。

被害者には卑らしい罠が幾重にも張り巡らされ、
事件を追う捜査官が犯人を追いつめますが・・・ここから定型を逸脱させる工夫も効果的で展開も抜群です。

監督のジェ-ムズ・ワンは、物語の時間軸を自在にあやつり、謎は解かれたと思われた瞬間、
新たな罠に嵌められ、観客はさらなる深みに迷い2転3転させられ、
狂いだすような画面は正気を外れて脱線しそうなスピードで走り、出来ることと言えばただしがみつくだけ。

そして最終局面。
ちょっとメイクがね(笑
犯人は・・でしたが、まさか・・とは!

残酷描写とトリッキーな映像と構成を生かしきった出来は、ホラー映画の極点と評価して良いと思います。
2004年、ホラー映画はここまで来たのです。

「多くの人間は生に感謝をしない・・」
言っている人の立場を考えると、恐怖と同時に深い思いが湧いてきます。

ps
BMWの影を歩む4つんばいの赤い衣装の仮面はJホラー?
カメラマンがストロボを炊くシーンは「裏窓」でしょうか?
クローゼットのブギーマンは、S・キングもお気に入りのアメリカ伝統の怪物です。

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October 21, 2005

マレフィク 呪われた監獄

日本未公開のフランス製のホラー映画です。
傑作とはいえないまでも、充分及第点でホラー映画好きの人なら楽しめるのでは、と思います。

舞台は監獄の一部屋。
閉じ込められている4人の囚人が監房の壁から魔道書を発見し、そして・・・

ほとんど4人だけで進行する映画ですが、不気味で暴力的な性倒錯者、
底知れないところを感じさせるインテリの殺人者、知恵遅れの青年、
主人公である子煩悩の男と、全員の演技がしっかりとしてリアルで、いわゆるキャラが立っています。

発見された魔道書の解読と、それにつれて進む怪異も結構見せます。
ただここまで書いてきて、気づいたのは、私が「本マニア」、という点ですね。
本オタには、なにぜ幻の魔道書なんて「究極の本」でしょう。
アマゾンにもジュンク堂にも神田の古書店に売ってませんが、読みたいですよね。

世界には奇書幻書伝説があり、私はそれらに憧憬を抱くタイプです。
「書物の囁き」についての幻聴なんかも、怖くてカッコイイエピソードでした。
またある本好きの登場人物の「望み」もイイヨね。
俺は案外、「この人の望み」、少しだけ分かります。

話しの展開も、張り巡らされた伏線が各所でしっかりと効果的でスリリングです。
書物に命が宿り、自らを守り、復活し迷宮に誘う。
うーーん、こうやって考えると、
ホラー+本という二つの好みを突かれてしまった私は、この映画には点が甘いかな。
特殊効果は安っぽいしね。
でもイイでしょ。
誰でも好みはあるもので、それが個性です。

最後、冴えないアイテムだと思ったアレを、アア使うとはね。
あそこで、パっと画面を切って、映画を終わらせるのは良いセンスだと思うよ。
今日は、最後まで弁護してる俺でした。

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October 10, 2005

ゾンビ:ロメロ版

20年ぶりに観直して、やはりこれは大変な傑作なのを再認識しました。
この映画は、ゾンビという新しいモンスターを一般化しただけの大ヒットホラー映画ではなく、
限りなく豊かで利便性を増した反面、何かを果てしなく喪失し続ける現代文明の行く末を語る黙示録です。

心臓の鼓動をイメージするようなリズム・パターンの音の中で始まる物語は、今のジェットコースター・ムーヴィーを見なれた目から観れば、テンポは鈍く、展開も単調、凝った伏線もなく、セリフは野暮ですが、画面には本物だけが持つ力が漲っています。

たった4人の登場人物しかでない話しだったのですね。
長い力に満ちた映画を観たという感慨があったので、意外でした。
それぞれに充分な役割を与えまっとうさせれば、世界の滅亡を4人だけで語ることは可能だったのです。

ゾンビの怖さ、というのはゾンビ自体への恐怖というより
人が人のカタチをしたモノを撃つ。
平気で撃つ。撃たなければならない。
悦んで、楽しんで人だったものを殺す、楽しまなければ殺してられない。
という逆説的な恐怖にあったのです。
これを安直なヒューマニズムに堕することなく表現しえたことが、この映画の偉大さであり、生命です。

エレベーターが開いてしまい多数のゾンビがなだれ込んで来るシーンと、
開いたエレベーターからゾンビになった彼が出てくるシーンは、
襲う者と襲われる者が表裏一体であることを示す極めて印象的な暗示となる名シーンでした。

この映画を今観ると、優れた現代文学を読んでいるような気になってきます。
過剰な娯楽感覚への奉仕がない反面、我々自身が深く絡め取られた矛盾の回答への困難さと、
突きつける主題の重さが迫ってきます。
「燃料は」
「わずかよ」
「いいさ」
この深刻な会話の後、幼稚な悪戯のように流れるオチャラケた音楽の中に、無数のゾンビが行進するシーンは、底無しの退廃を暗示する効果を生み出し、
人類への弔鐘を思わせる鐘が鳴り響くラストシーンに、観客はただ瞠目するのみです。

ps
音楽はダリオ・アルジェントとゴブリン、特殊効果はトム・サビーニでした。
次代を担う若い才能と共に、傑作は誕生したのでした。

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September 13, 2005

テキサス・チェーンソー

トビー・フーパーのカルト的傑作「悪魔にいけにえ」のアメリカでの原題は、
この映画と同じ、「The Texas Chainsaw Massacre」

この映画は、その「悪魔のいけにえ」が実話だったら、という設定で創られたリメイク作品。
ただ「悪魔のいけにえ」自身が、アメリカの快楽殺人文化の祖となった、
エド・ゲイン神話が元です。

エド・ゲイン:1950年代、ウィスコンシンに実在した独身の大人しい孤独な男性。
その寡黙な男は、殺人および墓地の死体から皮を剥いでランプシェードやチョッキを作っていました。

この人の犯罪が載った新聞記事からR・ブロックが「サイコ」という小説を書き、
それを映画化したのがヒッチコックの「サイコ」!
これで「サイコ」という言葉に「ある意味」が出来ました。
新人監督だったトビー・フーパーがヒッチコックの「サイコ」を見て、
同じネタでもっと無茶苦茶にやってやるぜと撮ったのが「悪魔のいけにえ」です。
だからこれは「実話」から造られた「フィクション」の「ドキュメンタリー」という「デリバティブ」です。

「悪魔のいけにえ」は今やニューヨーク近代美術館にフィルムが保存されているほどの作品なので、
それに及ぶとも思えず、期待しないで見ましたが、なかなか面白かったです。

特の良かったのが主演女優のバストで、白いタンクトップが走るたびにカタチ良く揺れるので、
とりあえずそれが楽しみで見ていました。
ホラーとしての出来は、まあ力作の及第点という感じ。
力はこもっていますが、レザーフェイスの顔を正面から撮ってしまったりと、
センスより力技で勝負という作品ですね。
元ネタがスキャンダラスな暴力性の極北的作品なので、あくまで「ホラー映画商品」として創られたこの映画は、比べればグリコのオマケ程度でしょうが、元ネタはホラー映画の歴代1位とも噂される作品ですから、オマケでも見る価値はあると思います。

この映画を観て、もし興味が湧いたらぜひ「悪魔のいけにえ」を見て下さい。
ただし映画というより、観客の感性を破壊する劇薬みたいな1本なのでお覚悟を。

無名の新人だったトビー・フーパーが低予算で、無名の俳優だけで、脚本も練ってない、いわゆる映画の文法はすべて無視しても何故か「出来てしまった」悪魔が哄笑しているような作品。
でもDVDが手に入り難いですか?

制作から30年を経て、未だに人々から忌み嫌われ警戒される作品。
元ネタは、そういう映画なんです。

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August 29, 2005

予言

冒頭、夕暮れのドライブ風景に切ない郷愁があってイイですね。
そこから夜の電話ボックス・シーンになると、家族の愛に恐怖の先触れが忍び寄ります。
たんなるグロテスク映像ではない、「愛と恐怖」S・キング以来のモダンホラーの本筋です。
非常に良い「掴み」だと思いました。

でもここからいったんダレます。
三上博史もノリピーもガンバッテいるんですけど、監督の鶴田さん、ちょっと怖くなさすぎです。
病室のシーンはマウス・オブ・マッドネスのパクリにしては迫力が足りないです。
書き込みで壁中を埋め尽くせば、それだけで迫力が出たと思うんだけど、
何故あんなにショボイ落書きにしたのでしょう?
それから私は自分の娘なら亡霊になって出てきても怖くないな。
抱きしめます。恨み殺されてもイイヨ。
だいたい私は貞子が出てきてもとりあえずファイトします。
なんでみんな怖がるだけで闘わないのでしょうか。
闘って負けてもどうせ殺されるなら一緒でしょ。
まず叫んでないでファイトしなさい、と私は言いたい。

あんまり怖くないので話しがそれてきました。
後半、話がだんだん「リング」になります。
ある場所に行くとこから、水瓶も井戸に似ているし、ビデオも出てくるし、
そうなると気にしないでおいた最初の新聞から「リング」なのを思い出してしまい、
一瀬さん、新境地への挑戦なら、絶対にテーマも展開も似た話にはして欲しくなかったです。

と、怒っていたら突然、あまりに現実と幾重にも重なるエピソードが出てきてビビリました。
題名も「予言」だしなぁ。
と思っていたら、映画の展開もフラッシュバックが多様されて急に怖くなります。
いくら美人でも他人のお嬢さんは怖いですね。
病室も怖くなっている。
ホラーはこうじゃないと! 一瀬さんエライ! と急に評価を変える俺。
それからさっき不満のあまり書いてしまいましたが、やっぱり貞子は怖いので私は闘いません。
不遜なことを書いてすみませんでした貞子様。出ないでね。お祈り申し上げます。

それから映画の方は、思い出で娘さん復活。
縫ぐるみと一緒で可愛いんだ。この年頃の女の子はいいよね。早く孫が欲しい。娘達よろしく。
もうオマエらはイイから。
それからクルマは自分で運転しろ三上。
一反木綿から逃げ切れ、ボケ。
俺ならバリバリ行くぜ、避けきるぞ。だらしねーぜ三上。
とまた興奮してきます。
ラストも良いジャン。
一瀬さん、これからもどうぞヨロシコ。

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August 22, 2005

感染

意欲的に恐怖の新境地を目指したJホラーは病院モノ。

普通に暮していると考えれば病院って一番怖いところですよね。
苦しい思いしてから嫌々行かざる得ないところであり、行った先でまたあまり楽しいことはない場所であり、
現代では最も人が死を宣告され、また最後の場所になる処でもあります。

最近の風潮として医療費抑制のおりから寂れる病院も多く、この映画の設定もそんな流れを巧く使って不気味な上にも不気味な暗さを醸しています。
こんな病院はないよ、と思わせつつも、もしかしたらあるかもなぁ、と思わせる辺りが絶妙。

そこからは、注射針を代表にする医療器具の不気味さを終始巧く使い、さりげなく挿入される揺れる無人のブランコや窓ガラスや鏡に映りこむ思わせぶりでありながらも説明不能の映像も効果的です。

話の筋立ても、病院自体の怖さと、医療ミスの恐怖と、新たな感染症の恐怖と、名誉欲に狂う医師と、仕事に追い込まれる医師と看護士と、あるかなしかというギリギリの境界を行く恐怖の病等々、場所が病院限定にしてはネタが豊富です。
狂っていく看護士など、人の抑えられていた願望が炙り出されている感じは怖さに厚みを出してます。
有り得ない、と思いつつ映画ならあっても良いかな、とこれまた境界の歩き方が巧いんだ。

恐怖の密度が高く、ホラーなら効果的な緩急すら否定する全編緊張感で押し捲る展開でもダレさせないのは、
監督の落合正幸さん見事でした。映像も良かったと思います。
「Shall we Dance?」のあの先生が、実にイイ味の演技をしています。

そしてホラーなら最大の問題はラスト、着地ですね。
最初は緑の液体の演出は野暮だと思ったら、なるほどの仕掛けだったのです。
幾たびも捻られる展開も鳴り響く音もイイですね。

とりあえず新境地への挑戦は、成功したと思います。

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August 06, 2005

ドーン・オブ・ザ・デッド

ホラー映画の記念碑、ロメロの「ゾンビ」:ドーン・オブ・ザ・デッド:のリメイク作品。
あの歴史的名作はどうリメイクされたのか? 

気がかりでしたが、懸念はオープニングの「救急車から突き出た男の足」のシーンで雲散霧消!
監督のザック・スナイダー、センス良いですね。
CM監督出身だそうですが、映画は全編スピード感に溢れ、いかにも現代のハリウッド映画です。
それにしても話の運びは巧いです。
チャプター別にきっちりと区切り、章が始まるごとに、凝ったアイデアで観客を楽しませます。
楽しいとこ、遊ぶとこ、脅かすとこ、驚かせるところと、細かいとこも手を抜きまへんで! というハリウッド的な職人根性が立派です。

序盤の問答無用の危機から、人が集まり助け合う定石どおりの展開ですが、原作では希望のメタファーだった妊婦さんを、あの著名な傑作ホラーへのオマージュとして使ってしまう。
その複線も最初から張ってあって、俺は真面目な細部に手抜きのない映画が好きなので気に入りました。
さらにホラー映画の有名作品で一躍名を上げた「あの武器」の使いかた、と皮肉。

キャラクターの描き分けも見事で、ふんふん、ああいう奴って、最後は結構ああだよな、と納得の浪花節も良いじゃないですか。
クライマックスの脱出は「マッド・マックスⅢ」ですね。
もうなんでもあり、なんだけど混乱なくまとめ、最後は愛と涙の感動までさせてくれます。

でも昨今流行りの足の速いゾンビは嫌だなぁ・・・
ギャグ映画だった「バタリアン」あたりが、はしりだったでしょうか?
あの頃は、パロディだったのに最近の俊足ゾンビはマジなんだものなぁ。
スローモーだったから何とか太刀打ち出来ると思っていたのに、あの俊足じゃ人間側はハンデが悪すぎるよな。

エンドロールにも粋な仕掛けがしてありますから、そこでDVDを止めてはいけませんよ。
ロメロの「ゾンビ」は、立派な後継作品を得たと思います。

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August 03, 2005

着信アリ

すみません、この記事、再送です。
編集でアワテテ消してしまいました。

ほとんど期待しないで見た夏のホラー映画第二弾、地上波です。やっぱり夏はイイッスね!
話は、携帯に自分の声で死の予告電話がかかってきたら・・だって。

いかにも今な設定ですが、原案、秋元康。この人は才人だけど商売人って感じ。
本来、恐怖の源は、狂気を孕んだ人でありたい。
でもそんな人、そうはいないし贅沢は言ってられないので見るのです。
結果、上手な商売人が送り出した、安心して見ていられる商品という出来の映画でした。

前半は、ストーリーの展開がきちんとしているのが良かったです。
こう怖かったら、こうするだろう、という登場人物の行動が結構理に適っている。
この手の映画ってなんでそう動くのかな、っておもうような行動を取る映画ってありますよね。
そうするとシラケますからね。
ただ監督の三池さん、しっかり撮っているけど本物のホラー監督ではないですね。
暗闇に力がありません。
本当に怖い映画を撮る人って、場面場面の何気ない暗闇に「ナニカ」を感じるんですよね。

この映画で我々の年代で感じにくいのことは、出演者の若い女性の間では友達からの着信は嬉しいモノでそれが恐怖になるというのがポイントなんでしょうね。
娘なんかを見ていると楽しそうに返信したりしてます。
だからその着信が恐怖になり、友達が全員メモリーを消したがるなんてほとんど悪夢なんでしょう。

そのへんの若い人の感覚をすくい上げるのは、さすがに秋元康なのか?
さらにTV局の強引な取材、番組構成からインチキな霊能力者まで、俺の知っている舞台裏をみんな使いましたってやる気を出してます。

後半、話のクライマックスはねぇ。
安手のお化け屋敷じゃないんだから。
でもその失点を取り返すのが、ラストエピソードと扉の向こうの・・
うーーん、秋元ダテに高額納税者じゃないぜ。恐怖パターンのツボは「学習」しています。
結構イケテマスよ。この位満足でしましょう。
俺には地上波で気軽に見るには充分満足でした。
どうも俺はホラーに甘いな。

主演の紫咲コウは綺麗でした。演技もあんなものではないでしょうか。良かったです。

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July 26, 2005

ゴシカ

マリン・スポーツに縁のない私にとって、夏はホラー映画の季節である。
うんとうんと怖い映画を見てみたい!でもグロは嫌いだよ。
という訳で「ゴシカ」である。

人はどんな分野にでも好きなモノには直感が働くものだけど、この映画の予告編は好感度だった。
久々の本格派心霊ホラーだと思ったのだ。

豪雨に降り込まれる深夜の女性刑務所の内部描写は悪夢のようなゴシック風で、気に入りました。
監督のマチュー・カソヴィッツ、なかなかの力量だとお見受けします。

ところが話しが始まると、ちょっとアレアレ?
これは超常ホラーなのかサイコ・スリラーなのか?と迷わせる展開になるのです。
ホラーはやっぱり説明不能の超常主義が好みです。
妙に設定が現実的だと、せっかくの恐怖が飛躍し難くなる気がするのです。
お化けが出てきても、果たしてこれは主人公ミランダの幻想なのか? 本物なのか?
迷ってしまうと怖さよりそっちが気になってしまう。

理由も言わずに襲ってくる怨霊に、ミランダが「私にどうして欲しいのよ」という言葉を投げ付けますが、
これは観ている方も同感で、「なんでやねん!」と苛立ちます。
その謎がしだいに解明されるのですが、なるほどこういう訳で襲ってきたのね、と納得する処は怖かったですね。
さらにラストのクライマックス。一般に予測されてしまった結末は退屈なものです。
この映画、この手を観なれた人なら、もうあそこから結末が解りますよね。
それでも私には結構カタルシスもあって不満なしでした。
ネットでの評判はイマイチのようですが、私には充分及第点。


ps
1)刑務所内の精神病棟のシーンは、「ターミネーター2」へのオマージュだと思います。
あの映画もこうして賛辞が捧げられる歴史的傑作になったかと思うと感無量ですね。
2)主演のハリー・ベリーばかり褒められますが、ペネロペ・クルスも汚れ役を熱演してます。
単なる美人女優じゃないわよ、という野心がある辺り、恋人だったトム・クルーズと似てますね。
やはり恋愛は、どこか似た者同士が落ちるモノなのでしょうかね。

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June 25, 2005

黒の怨

子供好きだった老婆が冤罪で殺されて怨霊となって蘇る・・
元々アメリカには最後の乳歯が抜けると、お祝いに金貨を置いてくれる「トゥース・フェアリー」という伝説があり、
それを翻案して作られたようです。

恨みのホラーって、なんか日本人に向いている設定ですよね。
しょせんB級ですし大した役者も出ていないし、確かに歴史に残るような傑作ではないのですが、
ホラーファンってB級のお手軽さを愛するところがあるので、結構良いのでは。
私には86分という短さもあって楽しめました。
もう一度見たい、ってほどじゃないですけどね。

実際、プロローグのエピソードから監督のジョナサン・リーブズマンは、ライティングの加減からショック場面への転換まで丁寧に工夫を凝らし、なんか一生懸命作っているなぁ、という感じが伝わってきます。

夜の病院の点々と灯る薄暗いライトとか、CTのあの暗い洞窟に縛り付けられて入れられるような不安感とか、
細かい工夫も効果的だと感じました。
エレベーターからの脱出シーンなど結構ドキドキさせられて、さらに闇から襲うという設定を観客にお約束として徹底させ、そこからゲーム感覚で脱出と襲撃の攻防や、深夜のクルマでのシーン、さらに灯台の処まで手抜きなしのしつこさで飽きさせません。

ただ警察署の銃撃シーンやエンディングの感覚はアメリカ的ですね。
日本人の感覚だと、もっと怨霊になった老婆へは同情的になるな、と思いました。

でもこういう映画は金曜の10時という理性の残っている時間帯ではなく、
夏休みなどで生活のリズムが崩れまくり、何故か夜中の3時頃目が覚めてしまい、
所在無げにTVを点けると偶然、「黒の怨」なんてタイトルが出て、「おっ、ホラー映画だ」、
なんて一人で最後まで見てしまい、最初は寝ぼけているから案外深く入って見終わってから結構怖かったなぁ、なんて思っても外はまだ暗くて二度寝しようとしてもなんか興奮して眠れなくなり、
夜明けの散歩に出掛けてしまうような見方をしたかったです(笑

老婆の怨霊を「コンスタンティン」のスタン・ウィンストンが造っています。
この作品などから成功の階段を登ったのでしょうか。

ps
オペラ座の怪人の話は言いっこなしね。
いいじゃないですか。一生懸命やったスタッフの熱意に免じて忘れてあげましょう。

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May 16, 2005

フォーン・ブース

1台の電話ボックス限定で繰り広げられるサイコ・サスペンス映画。

冒頭、これからひどい目に合うことになるコリン・ファレルが、リズム良く軽快にイヤな奴を演じます。
その演技が上手すぎて、オマエ本性からそういう奴なんちゃうか? という疑惑すら起こってくるほど自然な名演技。
ともかく陰険で狡賢く傲慢で、これだけ嫌な奴なら少々痛い目にあってもいいなぁ、と観客が思い出す頃、
現場になる電話ボックスに到着。
このあたりも無理のない進行で、かつこれからの悲惨を予感させる不穏な雰囲気があり観る方の期待は高まります。

そして事件になるのですが、このタイプの映画にありがちなこととして、加害者のやることが凝り過ぎて現実には無理だろうとか、被害者はここで逃げればいいのでは、と思わせられると、観るほうはシラケて映画の世界から現実に戻ってきてしまうのですが、この映画は合格点だと思います。

映画なので、もちろんあり得ない設定なのですが、それをあまり感じさせませんでした。
見ていて唯一、ここで拳銃に触るのは、如何なものか?という疑問がわくシーンがあるのですが、
それにもちゃんとオチがついて、さりげなく挿入される狙撃隊の1カットにも意味があってシメも良かったな。

もう一つの成功は相手役の声だけの男が非常に巧く、セリフ回しだけで引っ張る引っ張る。
脚本のラリー・コーエンも巧いと思うけど、あの役者の話し方のリズムがいいんだよね。
ともかく徹底して騙してくる、邪悪な人柄と残忍で嗜虐的な性癖を良くだしていて、
コイツからはもう逃げ場なしって気分になってくる。

少しは痛い目に逢え! って思っていたコリン・ファレルが、
だんだん可哀想になってくるんだからたいしたものです。
そして、反省を始めるコリン・ファレルを見ているうちに、
うーーむ、自分も大きなことは言えないよなぁ、と自省までさせられてしまいます。

サブ画面が多様されますが、その使い方も、為に、するものではなく効果的で、
いよいよこの手法も珍しさを超えて本物になってきたのでしょうか。

ラストのオチも見事な部類に入ると思います。
無類の傑作というほどではないにしろ、上映時間82分というキレの良さもあって、
監督のジョエル・シューマーカーと脚本のラリー・コーエンの成功作でしょう。

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March 18, 2005

28日後…

;狂暴性;を感染させるウイルスが蔓延。人々は殺し合い、イギリスは崩壊します。
話の設定は「偉大なるロメロ」のゾンビモノそのままで、
死人が蘇って襲い出す代わりに、生きている人間が発狂して襲ってくる。
違いはロメロがゾンビの動きをスローモーにしてしまったから、
監督のダニー・ボイルは生者にしてスピード感を出してみました、という映画。
巧いです。スピード感云々を越えて、良く出来た映画だと思います。

冒頭のニュース映像の使い方から、崩壊の引き金を引くことになる「愛護の団体」の行為には、
「地獄への道は、正義によって舗装されている」という皮肉が効いています。

生き延びた人々が危機を乗り越え団結し、クールになろうとあがく過程と、襲ってくる悲劇までの話も、
間の伏線がとても良く出来ていて感情移入してしまい、登場人物がショックを受けるシーンではこっちも衝撃を受けてしまい、このくらいのレベルになると、もうスプラッター・ムーヴィーとは言わせない!という出来。

またダニー・ボイル独特の映像のセンスが抜群で、暗い夕暮れに炎だけをカラーにしてみたり、
無人の高速を走る画面に突然、巨大な風力発電のプロペラが回転するシーンなどは、
絵柄も良く、それが無意味になった崩壊を強く印象つけられます。
荒廃したロンドンの遠景、高いビルに1ヶ所だけ煌くライトの光、夜の雨が降り注ぐ輝き。
細かな伏線も丁寧に拾われて繋ぎあわされ、この人は本当に巧く丁寧で、センスのある映像を撮れる監督だなぁ、という感慨を新たにしました。

映画の後半、生き残った軍隊と合流してから、ボイルは妙な格好のコックとか、悪ふざけする兵士を使い、
イヤーな感触を醸してきます。見る方は暗い予感が膨れ上がり、単純な現実(女性がいない、ということ)を何度も確認したくなり、勝手にドンドン不安になっていく辺りは、
語らずに感じさせる芸の教科書的ともいえる仕上がりですね。

人は死ぬより狂うことが、さらにそれよりも魂の尊厳を失うことが、より大きな喪失なのだと語るボイルの主張は説得力があり、ほんと、ゾンビ映画を越えた出来なので、主人公が挽回していくとこが多少出来過ぎの展開でも許せてしまいます。

28日後・・これが題名で、映画の中でも時間軸の切れ目として使われますが、
28日は月齢との関係(新月からDark Moon)までのことでしょうか?
英語で月は、月の・・という形容詞的な意味でlunar という言葉があり、
それがlunatic:狂気の、精神異常の、という言葉になるとおり、太古より狂気の象徴でもあり、或いはDark side Moonから隠された一面の暗喩?
その意味でも洒落た使いかただと思いました。

さらに深読みすれば、文明が崩壊すれば、太陰暦の世界へ回帰し、そこに待っているのは暴力だけが全てを支配する変らぬ人間の本性を見通しているようで、なかなかに深い映画でした。

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March 09, 2005

アイデンティティー

私は長い間、こういう設定で巧くまとめた話を観たかったのだ。
そんな積年の夢を現実にした傑作! 

豪雨の中で孤立した人間たちが、逃げ込むように寂れたモーテルへと集まってくる。
11人の人間がそろった時、彼らは部屋番号のついた鍵とともに一人、また一人と・・・

これはあのミステリー史上に燦然と輝く傑作、アガサ・クリスティの
「そして誰もいなくなった」へのオマージュであるとともに、それを超えんとした意欲的な作品なのだ。

アメリカの片田舎のモーテルに秘められた謎の深さに瞠目する。
この設定で話しを作ろうと思ったら、1歩、いやほんの1mmでもずれたら奈落の底に落ちる覚悟で作らなければならない。しかしジェームス・マンゴールドは見事に渡りきった。

俳優も女優も力量と魅力のある配役で充分に魅せる。
なんでこんな傑作が人知れず埋もれているのだろうなぁ。
世間の不条理を感じるよ。
どうでもいい作品でもスターが出てたり、時流に乗っているってだけで優遇されたりするのにな。

でも一つだけ思うことは、この作品を作ったスタッフ全員の満足感だ。
彼らは物語りを紡ごうとするあらゆる人間が、
1度は野心を抱く設定をやり遂げたという興奮と満足感の中で仕事をしたはずだ。
賞に無縁であり、大したヒットもしなかったのかもしれないが、
ミステリー、ホラーオタクの心には残ったぜ。それが何よりの勲章だと思っているかもしれない。

ああ、この作品のどこがスゴイか書きたい。
語りの巧さを書きたいけど、少しでも書くとそれがネタばれになるのが怖い。
それくらいギリギリの処を突っ走った作品です。
薀蓄を語りたい。
特に・・・について。
でも書かない。
一人の映画ファンとして、この記事を読んでしまった同じ映画好きの人の興を削ぐのが怖いから。

書かないことが、この作品への最大の敬意だと思ってください。

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December 28, 2004

ドリームキャッチャー

S・キングの原作に多額の制作費を用意して、主演はモーガン・フリーマン。

ただ残念ながら、観客を魅惑するmagicには欠けた作品になってしまった。

パターンは、
スタンドバイミー風の友情に結ばれた少年達が20年後に再会。(ただし超能力と不思議な友達付き)
+「エイリアン」
というお話。

モーガン・フリーマンは好きな俳優だけど、悪役は似合わない。
同じキングの原作でも「ショーシャンクの空に」の囚人役は良かった!

PS
エイリアンは本家と似すぎてますがな。

ボストン・レッドソックスのスタジャン、好きなんですねぇ、キングさん。
(↑10月17日、カテゴリー:野球:「血まみれのフェンウェイ・パーク」の記事を読んで下さい)

今、「ザ・スタンド」読んでます。長いね

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December 25, 2004

ライフ・オブ・デビット・ゲイル

アラン・パーカー監督作品で主演がケヴィン・スペーシーとくれば、
心配は相手役が「タイタニック」のケイト・ウィンスレットということだけです。
でもその懸念は冒頭の疾走シーンで拭われて、後は安心して楽しむことになるでしょう。

パターンは、
無罪を主張する死刑囚がいました。ジャーナリストがインタビューしました。
無罪を確信して奔走しますが、その真相は・・・?

源流は「幻の女」辺りなのでしょうかね。
処刑までの時間が迫るので、物語は嫌でもスリリングに展開します。
さらに撮っているのが名匠アラン・パーカーなのですから、
画面は抒情性に溢れ力強く、語り口も澱みがありません。

ケヴィン・スペーシーの演技は、アクターズ・スタジオ流の究極を行くものだと思います。
しかしこの人の演技はどこか完璧に過ぎて、逆に僅かな齟齬が印象に残ってしまうこともあります。

ちょうど、余りにも細密に正確に撮れた写真は、僅かな傷でも目立つようにです。


上映時間が131分と、このタイプのテーマとしては長く、ともかくテンポを速くして、
客を飽きさせないのが第一義になったハリウッド映画では、?、という印象を持ちました。

私のように映画を安易に観るファンは、
躾けの悪い犬のように目先の餌(サプライズ、刺激)を求めて、待つことが苦手なのです。
しかしそこは「ミッドナイト・エクスプレス」を撮ったアラン・パーカーです。

この映画は単にラストの衝撃にカタルシスを感じさせれば良しとする娯楽映画ではなく、
人間が秘める深い闇を描く映画だったのです。若干の長尺は必要だったのでしょう。


PS
雨が素晴らしく美しく撮れています。
同時期の作品で
サム・メンデスの「ロード・トゥ・パーデション」も雨の美しさが印象的でした。
雨を綺麗に撮る新技術でも出来たのでしょうか?
明らかに2002年以前の作品とは、映像のクオリティに格差があるように思うのですが・・・
今後、雨が撮られるときの基準は変わるでしょうね。

それとも単にハイビジョンの威力なのでしょうか。

結論
人間が秘める闇を、ふと考えたくなった時にはいいと思います。

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November 21, 2004

フレイルティー/妄執

馴染みのない作品でしょうが、結構オススメの一品です。

いわゆるサイコ・ホラー映画には、もう飽きた。
ハリウッド映画の主人公の70%はサイコ野郎だ!(←大袈裟! 観る映画偏り過ぎ!)
という人にも楽しめると思います。

ご覧になっていない人が多いと思いますし、これからご覧になる人の楽しみを奪うのは、心外なので、
今回はストーリーの説明はあえてしません。

でも途中までは、孤独な父親と二人の子供の寂しさと悲しみと愛情が良く出ていて、
その分だけとても怖いです。

「登場人物への愛が、恐怖を生む」
                             byスティーブン・キング
この言葉が実践されていると思います。
悲しみと恐怖の悲劇はどんな幕を降ろすのか?

映画の終盤、
この手を見慣れた私は、北斗の拳のケンシロウではありませんが(こういう自慢しか出来ない私・・・)
「こうなってこうだよな・・・オマエのラスト・サプライズ。すでに見切った!」と思いました。

ところが
意外な伏線が生きてきて、私の想像と越えた展開が畳みかけられ、
特にラスト。
女性の描写は、粋ですねぇ。

ああいうのは一般に粋とは言いませんかね?
ホラー好きの感覚ですね。
失礼しました。

でも洒落てます。

お暇な2時間がありましたら、
潰すには悪くない1本と思うけど・・・

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October 30, 2004

ハロウィン

ジョン・カーペンター監督の傑作ホラー映画です。
後の映画に大きな影響を与えました。

主な影響としては
1)マスクを被った殺人鬼の創造。
すっかりおなじみになった「13日の金曜日」シリーズのジェイソン君から、「スクリーム」まで、殺人鬼がマスクを被るスラッシャー・ムーヴィーという1ジャンルを作り上げました。

2)殺人鬼への不死身性の付与。
後に「タイタニック」にまで行き着くジェームス・キェメロン監督と、稀代のアクションスターからカリフォルニア知事にまで登りつめるこになるシュワルツネッガーの二人を生んだ傑作「ターミネーター」
その中で、ショットガンで撃たれても、クルマに轢かれても復活して追いかけてくる悪夢ようなターミネーターのモデルは、この映画のブギーマン、マイケル・マイヤースです。

1978年の制作で、観た当時はその出来映えの斬新さと、スタイリッシュな恐怖のエレガンスに衝撃を受け、
ジョン・カーペンターという名前を一発で覚えたものです。

後に、これの出来の悪いパクリ映画「13日の金曜日」シリーズばかりが有名になりますが、
今見直すとそれも仕方のないことかな、と思うのです。
ラストのキレが余りに素晴らしく、逆に続編が創り難いのでしょうね。
消え去って、また映画の最初のように、マイケル・マイヤースからの視点でのショット。あの音楽に乗ってグリーンに照らされる家々から呪いの廃屋になってしまったカットでの終了は、永遠に終わることのないハロウィンの悪夢ようで、一つの作品として、「詩」のように完成されてしまったものだったのかもしれません。

実際、あのラストから創られた「ブギーマン」という作品があるのですが、駄目でした。

それにしても、物陰からフッと現れては消えるマイケル・マイヤースは、悪夢の中の妖精のようで、
殺戮を始めてからも、体格がプロレスラーのようなジェイソン君と比べると華奢で儚げです。
たった3人を殺すだけで、後に殺人数がインフレ状態で増えていく映画に比べると地味なのですが、枕元に墓石を飾ったり、暗黒の詩情が溢れてます。


PS:
後々にまで耳に残る、美しく、それでいて不気味な予感を与える音楽も、J・カーペンター自身の作曲です。

ちなみに才気は感じなくても、タフでしぶといジェイソン君の映画も好きです。

人生、才気走るより、継続する方が名を残し、金も残すのだなぁ、という人生訓も学べますしね。

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October 15, 2004

CUBE2

傑作「CUBE」の続編です。
でも監督はヴィンチェンゾ・ナタリから、アンジェイ・セクラに代わってます。

独創的な発想を得るだけでも大変なことなのに、それを作品に仕上げるという困難さを実現した傑作の続編なのですから、スタッフの苦労はよく解るのですが、題名に「HYPER」を付ければこうなるだろうな~、という想像通りの展開で、こうなるといくら映像で工夫してもダメです。

観客は驚きを待っているのです。

天才的な物理学者の死体が出てきても、ああそうなのね。
天才だから出来たのね、と観客はシラケルだけ。
お金をかけたCGで一見派手な画面を創り出しても、前回のような独創がないからツマラナイ。
出演者も前回より凡庸で、これではナタリも受けなかったろうなぁ、と思いました。

とどめはラストで、説明した気になっている。
この手の映画では、これは致命的な間違いにつながり易いのです。
前回は中途で放り出すように終わらせたから不気味な余韻が残ったでしょう。
それも帳消し。

まぁ1作目はビデオではオマケの短編、「エレベーテッド」だっけ?
あれすら良かったから今回はしょうがないかな。

一応名作の続編として確かめたい人はどうぞ、と申し上げたい。
私なら悪評を読んだ後でも、一応は見ますからね。
それくらい1作目は良かったなぁ・・・

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October 13, 2004

フレディvsジェイソン

ホラー映画界の二大スターの激突。
もうホラーというより、小川直也対ヒョードルとか、ゴジラ対キングギドラのノリを期待させる映画。
格闘技ファンとしては力のジェイソンか、技のフレディか、に注目する訳だけど、
ひたすら狡賢いフレディはヒール(悪役)の役回りに対してジェイソンはなんか、同情を誘われるエイピソードを交えて善玉の扱い。
もっとガチの格闘が観たかったけど、こんなもんかな。
ジェイソン役の役者の体格も少し小さめの感じが物足りない。

パロディ映画としては(もうどう考えてもホラーって感じじゃないし)「ジェイソンX」の方が面白い。

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