ホラー映画

November 03, 2007

マスターズ・オブ・ホラー@シリーズ1

世界から選りすぐられた監督13人が60分の短編映画で恐怖を競うオムニバスです。

なんと言っても注目は、最近、タイム誌の選んだホラー映画ベスト25にも選ばれた三池崇史監督の「インプリント-ぼっけえ、きょうていー@岩井志麻子原作」
規約の緩い全米ケーブルテレビでの放送コードにすら引っかかるという凄まじさはある意味勲章ですが、グロ描写が激しすぎて私の好みではない。
拷問場面は確かに一見の価値ありですが、すでに原作は読んでいて、ストーリーは知っていましたから、結末の驚きもなかったのが評価しきれない遠因かもしれません。

個人的に好きなのは、ドン・コスカレリの「ムーン・フェイス」
サバイバルに取り付かれた夫の話しと、それに鍛えられた奥さんが偶然遭遇した殺人鬼相手の奮闘がフラッシュバックで交互に語られるのですが、感動しました(笑
ホラー映画で感動したのは、どんな時でもSurvivalすることが、私の関心あるテーマだからでしょう。

後は順当に巨匠達の作品は手堅くハイレベルにまとまっています。
ダリオ・アルジェントの「ジェニファー」は、最初の段階で結末まで予想できますが、それでも特異なエロス描写に引き込まれますし、ラリー・コーエンの「ハンティング」も、いかにもラリー・コーエンだなぁ、という捻りが効いています。

トビー・フーパーも、彼らしいファンキーさで、「ダンス・オブ・ザ・デッド」を躍らせます。もう結構な年だと思うのですが、老け込んでないですね。
ジョー・ダンテの「ゾンビの帰還」も訴えるメッセージが良かった。
最近、この人政治づいてますか?
でもゾンビの気持ちが良く分ったよ。

好きなJ・カーペンターの作品は「世界の終わり」
傑作「マウス・オブ・マッドネス」は1編のホラー小説が世界を侵食する話でしたが、これは失われたホラー映画が見た人を破滅させるというストーリーで、この人のObsession.
自分の虚構で世界を変えたいという妄執が良くでていました。
映画が世界を破滅させるとこは、「フリッカー、あるいは映画の魔@セオドア・ローザック」も思わせましたね。

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March 17, 2007

ダーク・ウォーター

傑作「仄暗い水の底から」からをモーターサイクル・ダイアリーズの監督、ウォルター・サレスとジェニファー・コネリーの主演でリメイク、とくれば期待もしますが、映画は始まったとたんにガッカリします。

いきなりあの少女の顔を出してしまっているんですね。
中田秀夫の映画では、終始うつむきレインコートの中の影になって見えなかった顔が出ている。
出さないから想像力が広がって怖い、という情緒を理解しないのですよね、アメリカ人は。

エレベーターの中の邂逅も、この映画では説明口調で無駄に長く、フッと手と手を握り合わせるだけにとどめた中田演出の方がずっと洒落てます。

ジェニファー・コネリーもダメ。
黒木瞳はさほど好きな女優でもないのですが、この映画では生活に追い込まれ、仕事に不安をもつ離婚女性を実に巧く演じていたんだなぁ、と改めて日本の作品に感心しました。

天才、菅野莉央ちゃんが子役勝負で圧勝していたのは、予想通りですが大したモノ。
彼女は世界的なレベルで見てもトップ・クラスだと思います。

結局、日本では、この映画のテーマだった、

「恐怖と絶望を通してしか語ることの出来ない愛がある
という、肝がまったく表現できていませんでした。
コッチは怨霊の母親慕情まで哀しくて、共感できたものな。

原作の「浮遊する水」も凄かったけど、「仄くらい水の底」からの中田秀夫、黒木瞳、菅野莉央ちゃんのトリオはつくづく偉大だったんだね、という感慨新たです。

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February 20, 2007

CUBE ZERO/キューブ ゼロ

「キューブ」というクールで不条理な処刑機械は、
まさにハイテク時代のカフカ的悪夢そのもので、ヴィンチェンゾ・ナタリの1作目は伝説的傑作となりました。

しかしその発展版となった「Hyper CUBE」はまったくの失敗作。
何故ダメだったかというと、観客の予想を超える想像力がなかったからです。

で、この1作目以前の設定に戻ったZEROにも期待していなかったのですが、ハイパーよりは良かったです。

CUBEの内側と同時に、外側からも描かれる話しでしたが、外側の世界はまだ内側であるというマトリューシュカ的な構造になっていて絶望的で不条理な密閉感は継続されています。
展開もなんとか合格点。
1作目の出来にも及ばないものの見といて良い映画だと思います。

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February 10, 2007

何がジェーンに起こったか

サイコ物の濫觴として知られるロバート・アルドリッチの作品ですが、今観見ても充分堪能出来ます。
結局、人を怖がらせるにも、卓越した演技人と監督が撮れば特殊効果なんていらないんですよね。

主演はベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォード。
鬼気迫る演技合戦になりますが、この二人は実生活でも険悪だったようです。
それをまたアルドリッチが巧妙に生かします。
脅かすのは、お約束のパターンなんですが、惹きつけるのは巨匠ならではの手並みですね。

ラスト、アイスクリーム屋さんでのベティは、一瞬ホントウのmagicを垣間見せます。
どうやって撮ったんだろう。
そりゃメイクを変えただけでしょう、と思うのは簡単ですが、人変わりしたような跳躍は凄まじいです。
お見逃しなく。

ps
没落したスターの悲劇と狂気の話しですが、ハリウッド・スターの得る富と栄光って人間の受け止めることの出来る限界を超えているのではないか、と思うのですよ。

人にはどんなことにも限度があり、それは輝くことに関しても例外ではない。
そしてその栄光の隣には、いつも奈落が控えている状態ですしね。
スターとして遥かなる高みにあがるほど、その上を渡る綱は細くなる。

神の与えたもう果実は、いつも皮肉に満ちています。


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January 30, 2007

羊たちの沈黙@ジョナサン・デミ

トーマス・ハリスの傑作小説を映画化し、91年には、なんとアカデミー作品賞、監督賞、主演女優賞、主演男優賞、脚本賞の主要五部門を掻っ攫った1本です。

この映画、語るべきことが多すぎますが、冒頭のシーンから「聖」と「俗」、「善」と「悪」「卑しさ」と「高貴」という対照点に絞って書いてみます。
この映画は、それがひっくり返っているところが幻惑となり惹きつけられるのです。

1)クラリス(ジョディ・フォスター)の魅力について。
早暁のFBIの訓練所でクラリスは息を切らせてフィールド・アスレチックに挑んでます。
ジョディは小柄で、腕力もなさそうで、動きにも切れはありません。
その後に出てくる肉体派女優のアンジョリーナ・ジョリーやジェニファー・ロペスのような野性の身体能力はありませんが、それを超える心の強さ、「苦しみ」や「痛み」には打ち克つだろうな、
という強い意思を秘めた表情が魅力的です。
正義の為には自らの危険もいとわない彼女には「聖性」があります。

彼女が会いにいくのが、映画史上、最も魅力的な「悪魔」、レクター博士です。

2)卑しさの象徴、Drチルトン
途中に会うのが、刑務所の医療管理医師、でDrチルトンです。
彼は社会的には悪いことをせず、仕事に励み出世をしたいわば社会的な「善人」ですが、
若いクラリスの肉体に目をつけて口説く下卑た俗物です。
自分が常に評価されていなと不安になる小心者でもあります。

3)ハンニバル・レクターの肖像
何重にも閉じられた鉄格子を抜けて抜けて地下の迷宮のような牢獄にカメラが入る頃には、
観客はそのただどこのなさに、どんな怪物が出てくるのか、と思っていると、
シェイクスピアの舞台劇に出てくるようにアンソニー・ホプキンスが、胸を張り、バレエのダンサーのように片足を引いて立っています。
立ち居振る舞いは優雅で、言葉にはインテリジェンスがあふれています。
揺らぐことのない蒼い硬玉のような瞳は、困難な状況にも冷静で自分を見失いません。
アンソニー・ホプキンスの創造した、奇跡ともいえる極めて魅力的なキャラクターです。

そんなレクターがクラリスに惹かれるのは、その内面に、克己心や、正義感、勇気、があるからです。
「悪」であるはずの者が、他人の内面の「高貴な属性」を評価する。
これは矛盾です。

対してDrチルトンはクラリスの肉体にだけ目をつけ、その豊かな内面への共感はありません。

「悪」がクラリスの魂を評価し、「善」であるチルトンには若い女の肉体しか見えていない。
困難に泰然とする悪に対し、少しのことでうろたえる善。

聖なる者の気持ち(と観客の気持ち)が、どちらに傾くかは自明ですが、そんな二律背反的な困惑が魅力になってます。

とここまでで冒頭の30分です。
傑作といわれるわけですよね。

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November 10, 2006

バタフライ・エフェクト

近年、最も興味深い分野がカオス理論と複雑系の科学。
その象徴になっているあまりに有名な「バタフライ・エフェクト」という名前を頂いたこの映画。
観る前は、オタクなハリウッドの脚本職人たちが芸を凝らしたトリッキーでパズラー的要素満載な話しで、どの位驚かせ続けてもらえるのだろう、と期待してましたのでガッカリでした。

これ単なるタイムスリップ物でしょう。
素人学問ですが、「バタフライ・エフェクト」ってカオス的ふるまいにおける初期値敏感性のことですよね。
だいぶ前ですが、ワクワクしながら数式をいじった記憶も鮮明なんで、この程度の話しで「バタフライ・エフェクト」と名乗って欲しくないです。
どっかの脚本家がホントウにバタフライ・エフェクトと名乗るにふさわしい作品を仕上げた時に紛らわしくなりますからね。

しかも後味というか、見てる間中、陰惨で、主人公の思いもあまり伝わってきませんでした。
ラストの工夫も私には不発。

カオス理論が好きは人ほど、題名に惹かれても見る必要なし、と申し上げます。

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November 05, 2006

カリフォルニア

研究題材として過去のサイコ殺人事件の現場を見て回りながら、恋人とカリフォルニアに向かうデイヴィッド・ドゥカヴニー(後に出世してモルダー捜査官になる)は、ガソリン代を節約しようと連れ人を募集。Bピットとジュリエット・ルイス(デ・ニーロ版のケープフィアに出てた女の子)のカップルと4人で旅にでます。
ところが同行するBピット自身がサイコ・キラーだったんだな、というお話。

13年前の映画で、サイコ殺人者もジグソウなんてのに進化した時代に今更、ブラピが出ていてもどうよ、という感じでしたが、愛と絶望と恐怖のある、なかなかの1本でした。

B・ピットは顔がゴールデン・レトリバーに似ていませんか?
甘い顔立ちでハンサムなんだけど、性格がオッチョコチョイで無駄にはしゃいでは、怒られているような犬。
だからあんまり怖くないなぁ、と思ったら物凄い筋肉を見せ付け不潔で凶暴なホワイト・トラッシュを体現したような演技で、なるほど出世する奴はやっぱ仕事をしているのね、と再認識いたしました。


でもこの映画で最も光るのは、恋人役のジュリエット・ルイス。
ちょっとアタマが足んな気ですが色っぽく、「13の時3人の男に乱暴され4ヶ月入院した」なんて過去を持ち、
サボテンだけが友達です。
彼女が良いんだよ。
純情でさ。
お人よしでさ。
泣かせます。
悲しい告白を聞いていると、昔彼女を暴行した男たちを今更ながら捜しだして制裁を加えたくなります。
こんな感情を観る人に抱かせるのは、彼女の表現が卓越しているからなのです。

絶望の中で生きざる得ない一人の純な少女を見るだけでも、この映画は価値があります。
映画自体も今のハリウッド作品より人が生きてる感じがしました。

隠れた逸品です。
おススメ。

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November 02, 2006

コンスタンティン

主演にキアヌ・リーブスとレイチェル・ワイスをもってきた大作ですが、クライマックスまでは実に退屈でした。

ロンギヌスの槍が出てきても、心に響くセリフ(言葉)もなく、大金を掛けたであろうCGも展開が読めるのね。
そうなると幾ら派手に作っても、見てる方は驚かないのでワクワクしません。
唯一大天使、ガブリエル役の女性だけが、パワフルでサムシングを感じさせました。


ここで神と悪魔の世界を説明しますと、一番古いユダヤ教の主がヤハウェ(キリスト教の神、イスラムではアッラー)です。
神の玉座の右側に座っていたのが大天使ルシファー(明けの明星、光り輝く者)は、反逆して堕天使サタンになります。で左隣に座っていた二番目の番頭役がガブリエル。
神の子がキリスト。

ルシファーが裏切ったので、本来2番手の部下だったガブリエルが(神の言葉を伝える者として)取り仕切ることになり、モーゼの遺体を埋葬したり、マリアにキリストの懐妊を知らせたり、イスラム教の開祖ムハマンドに預言(コーラン)を垂れたりしました。
非常な大任を任されていたんですね。
サタンと神と人間の間で、もうタイヘンなんですから、って感じだと思います。


エンドロールは最後まで見て下さい。
粋な仕掛けがしてあります。

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October 19, 2006

デスペレーション

S・キング原作ですが、この小説は駄目でした。
映画を見た後、パラパラとめくっただけでも心が動く「クリスティーン」と何が違うのかというと「愛の不在」が鍵ではないか、と思うのです。

でも映画としてはオモシロイ。
B級ですが、B級ならではの楽しさがあります。

警官役の俳優がデカクて下品でオッカナないので引き込まれ、それからはサイコモノだと思った展開をスーパー・ナチュラルな流れに捻ってみせます。
結局「IT」なんかにも通じる典型的なS・キング・ストーリーなんだけど娯楽作としては水準の楽しめるレベルだと思います。

「信仰はただ神を信じることじゃない。神は正気だと信じることだ」
転んでもただでは起きないキングらしいセリフですね。


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October 12, 2006

ハイド・アンド・シーク 暗闇のかくれんぼ

ミステリーマニアとは深い深い謎に餓えている人のことです。
彼等の願いは、優れたマジシャンに手を添えられて、謎の迷宮から一気に脱出するカタルシスを味わうこと。
この映画、謎の大風呂敷を広げるとこまでは良かったものの、脱出の手際は凡庸で、カタルシスのあるトリップは実現されませんでした。

話題は2大名優の競演。
大御所、デ・ニーロは、昨今、めっきり魔力を失いこの映画でもあまり冴えません。
ただ後半、一瞬にして飛ばなければならないシーンでは、観客を瞠目させる力を見せ付け、健在ぶりをアピールしてしました。
でも「タクシー・ドライバー」が青春だった身としては、ちょっと寂しい仕上がりです。

もう一人のダコタ・ファニングは11才という子役としては微妙なお年頃になったことが気がかり。
冒頭こそ、そんな懸念が膨らむ演技で、特に見開かれ過ぎたブルーの瞳がブルーネットに染めた髪と合いません。
ところがこの子も一瞬にして飛ぶ。
見えない友人、「チャーリー」の話しを始めるとこから一変。
スリルに満ちたストーリーを雄弁に語り始めます。
彼女の場合は「目」なんですね。
これほど目だけで語れる女優、俳優はなかなかいないよ。

さらに大きなイヤリングと大人用の黒いドレスで現れるシーンは、禁断の魅力一杯でした。
悲しみに唇をかみ締める処なんかは、年を重ねた大人の女優みたいな表情で、この子の頭の中はどうなっているのか、と驚くばかり。
世の中に、天才ってのはいるもので、彼女が第二にジョディ・フォスターになる日が楽しみです。

ps
デ・ニーロがノートを見てから続くシーンは、その前の回想シーンと合わせてS・キング原作の「あの映画」を思わせました。
監督は意識していますよね。

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October 11, 2006

女優霊

世界にJホラーを知らしめた中田秀夫の初監督作品です。
今観返すと二つの基本に忠実に手堅く作った作品なのが分かります。

一つは舞台を撮影所という自分の身近な場所に置いたこと。
これは初監督作品としての完成度とリアリティを高める上で支えになったろう、と思います。勝手知ったる場所が舞台なのですからプレッシャーも最小限だったでしょう。
そして主人公は初作品に望む新人監督。


もう一つの基本は日本古来の怪談話の伝統に沿っていることです。
人々の思いが詰まった撮影所には、怖い何者かが潜んでいる・・・やがてそれに憑りつかれて、というお話し。
相手は最後まで理由もはっきりしない朧な存在。

足が不気味に曲げられた落下死体。振り返る生首など、一瞬でも強烈なイメージを放つ絵に才能が爆発し、同時に古い新聞にたどる、もどかしくも不可思議な記憶など、後年のリングでも使われた手法もすでにあります。

画面は終始薄暗く、その暗闇にナニカが潜んでいるような感触は、中田作品ならではの映像でした。
たったの75分の作品ですがJホラーの出発点として記念碑的な1作だと思います。

ps
たけし軍団でバカなことばっかりさせられて、この程度ならバカになりきれば誰でも出来るんじゃないの?と思われていた柳ユーレイさんですが、立派に主演をこなしています。
タレントさんて、スゴイね。

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October 10, 2006

クリスティーン@J・カーペンター

この頃のS・キングは大好きです。
ホラー作家とされていますが、この人の話は、「愛」がポイントなんだよね。
この時期は、それが絶妙に溶け合いかつパワフルでした。

その映画化をしたJ・カーペンターはインタビュー集を読むと、この映画にはまったくやる気なく取り組み、愛着もないようですが、出だしのロックン・ロールからカッコイイ。
やる気と出来が違うのは、他の分野でも多々あること。
恋とクルマとオールディーズのロックン・ロールのカーペンター流の楽しめる映画です。


これは小説でも1行目に書いてあるように、愛の三角関係の話し。
ただ小説と違うのは呪われたクルマ、クリスティーンと主人公Loser、アニ―と友人のデニスの間の愛。
GFは比重が随分軽いです。でもこの方がイイ。
クリスティーンと合う前の弱虫アニーと、それを友情だけで最後まで助けるデニスが良いんだ。

呪いの先触れになるオールディーズのロックも選曲がカッコイイ。
クリスティーンのライトが今のディスチャージタイプみたいに青い光になるとこも、センスあるんだよな、カーペンターは。

恐怖シーンでは、カーペンターファンならおなじみのサウンド(@自身で作曲)もしっかり楽しめます。
マニアには嬉しいです。

特殊効果はインタビュー集で語っているように、クルマを内側から壊し、それを逆回しで再生させたそうです。
なるほどのB級映画の主らしく安上がりで効果的に撮ってます。


ただ映画も充分楽しめるのですが、解釈というか深みは原作ですね。
映画が気に入ったら読んでみてください。
カーペンターは好きではなかったようですが、とてもオモシロいですよ。

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October 07, 2006

レッド・ドラゴン

レクター物としては3作目の映画化ですが、ご存知のように原作ではシリーズ1作目になる作品です。

トーマス・ハリスに、ある種の「コラボレーション」を決意させたのは、「羊たちの・・・」に出演したホプキンスの演技でした。

その成果となった3作目の「ハンニバル」(この名前だけのタイトルの作品は、あまりに魅力的な悪だけ、レクターだけを描きたかったのだと思うのです)で描かれるレクターは、あきらかにそれまでの2作品と違い、アンソニー・ホプキンスをイメージした極めて魅力的なレクター像として結実しました。

こう考えると、たったの4作品で世界を制した謎のカリスマ作家の主要人物像を、自らの演技一つで変えてしまったA・ホプキンスは、人の心を自在に動かす「Dr.レクター」の化身のようで非常にスリリングではありませんか?


映画では、グレアム捜査官を演じるエドワード・ノートンが、華奢な体格と繊細な表情で、微妙に弱そうなところから魅力になってます。
このシリーズは、悪の方に魅力がありすぎるので、善の代表として対抗するのは大変だったと思うのです(笑

レッド・ドラゴンを演じたレイフ・ファオンズも素晴らしい。
この人、アンソニー・ホプキンスと同じシェークスピア俳優なんですね。
現代の神話になった殺人鬼を、二人のシェークスピア俳優が演じたというのはある意味象徴的です。
気弱とも言える優しさと獰猛な強さの矛盾なき同居を抜群の実力で演じてます。

そしてなんと言っても圧倒的な存在感と魅力を放つのがアンソニー・ホプキンス。
優美な仕草とは対照的に、分厚い胸は底知れない力を予感させ、瞬くことのない青い瞳は呪われた冷たいガラスのような輝きを放ちます。
これほどの光芒を放つ「魅力的な悪」は空前ですが、後はただ絶後にならないことを祈るのみです。

3作目であり確かに新鮮味はありませんが、本来1作目だった作品を一番後に作らざる得なかった、という困難さを乗り越えた作品と思いました。

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October 03, 2006

ソウ2

「ソウ」は映画における残虐描写の限界を切り開いた作品だったと思います。
さて「2」はどの程度の出来でしょうか?

冒頭のエピソード。初見なら驚きだと思いますが、もう見慣れたもんね。
と、ちょっとスローな立ち上がり。
やっぱり「2」は難しいのかなと思わせますが、モニターの中のストーリーに切り替わる辺りから、徐々に地獄のジェット・ローラー・コースターに乗せられた気分になってまいります。

罠の基本が、切る、刺す、貫く、とみないかにも痛たそうで、時間に追われる状況で、それを見せられる観客はいつしか一緒に怯えて思考力を奪われているから、今度は容易にストーリー展開の罠に落ちてしまう。
ジェームス・ワンとリー・ワネルの手口というのは、合わせ技の相乗効果なんですよね。

今回、・・・のトリックは分かったつもりになってましたが、これは観客に読ませておいて、その後の皮肉な結末に繋げているわけなんですよね。
最後の始末のつけかたも、疑問にキチンと答えを出して、さらになるほどツジツマも合わせてお見事でした。

「3」は果たしてどうするのでしょう。
だんだんハードルは高くなります。
どこまで2人が飛べるやら。
それを期待するには充分な出来だったと思います。

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August 23, 2006

ノロイ

ドキュメンタリータッチの演出で押す野心的なホラー映画。
制作は一瀬さんでJホラーの中心になって欲しい人です。

映画ですが、もうちょっとエピソードを整理してスピード感を持って欲しかったです。
テンポが少しノロイ(←笑ってくれ)のではないでしょうか?
こうして見ると実に生な感じに造ってあるように見えた「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」ってかなり巧みな計算ずくの作品だったんだなって思いますね。

結局、細部を見せ過ぎまた説明をしすぎなんだと思うんです。
場面によっては適当にはぐらかし、観客に?って思わせて妄想させていくような演出の方が良かったって思います。

まぁ、偉そうなことを書いてますが、映画を見ている時、偶然振動した娘の携帯にビビリました。
結局怖かったんだよな(笑

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May 05, 2006

ザ・リング2:ハリウッド版

中田秀夫の撮る暗闇にはいつもナニカがいるような気がする。
それは結局姿を現さずに消えてしまうモノであっても、我々が見つめる闇からソレもじっと見つめ返しているような気配を感じます。
だからこの人の撮るホラーは怖いんだ。
見えなくてもそこに確実にナニカがいる、と感じられる気配がある。


ところが今回、ハリウッドで撮ったこの作品に、そんな魔形の存在は消え去っていました。
興行収入はナンバー1になったようですが、正直、中田監督作品では最もマジックが希薄な1品だと思います。
主演のナオミ・ワッツは確かな演技をみせますが、演出が浮いてしまい子役の子供があざとく見えるのは気の毒でした。

何故失敗しかたかと思うに、逆に意外な成功(失礼)を収めた「THE JUON」の例を挙げたい。
「THE JUON」の製作は、登場人物だけアメリカ人でロケ地は日本と聞いた時、その設定の不自然さに疑問を感じざる得ませんでした。
ところが実際に見てみると、力のある演技陣とスタッフが日本の恐怖をしっかりと捕まえて撮り上げていました。

その差は空気じゃないでしょうか?

日本独特の湿気に包まれた闇は、乾燥した大陸のアメリカの闇とはその本質から違うのかもしれない・・・
そしてデジタル処理しても、そのえもゆわれぬ感触はうっすらと何処かに残るのだよ。

次回作は、スタッフだけ連れてきて日本で取った方がいいじゃないかな。
そう思います。

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March 22, 2006

テイキング・ライブス

連続殺人犯のサイコ・キラーを追うのは、FBI捜査官にして敏腕プロファイラーのアンジョリーナ・ジョリー・・・
殺人というのはまさに「他者の人生を奪う」ことだけれど、
この犯人ホントウに成り代わって生きるところが売り物です。

この映画、要は誰かがA・ジョリーに「羊たちの沈黙」のクラリスをやらせたかったのだと思うのですが、
人には向き不向きがあるものです。
前髪を垂らして美しいアンジョリーナは、僅かな残り物のようなアクション・シーンと濡れ場に奮闘しますが、
構成もテンポも悪い演出に、凡庸なセリフをしゃべらせる脚本にくわえ、何より相手役にも恵まれずなんか気の毒ですね。

だいたいA・ジョリーにプロファイラーなんて根暗な役は似合わないよ。
「羊たち沈黙」の驚異的な成功は、ジョディ・フォスター自身が持つ屈折をジョナサン・デミが良く見抜いていたことと、相手役のA・ホプキンスが神の如き演技(を超えた驚異的な創造)をしことです。

あの映画でジョディ・フォスターが演じたクラリスは、今やハリウッドのイコンともいうべき存在になっていて、周囲も挑戦させたがる気持ちは分かるのですが、アンジョリーナは身体能力やスタイルではジョディー勝っているのだから、次回は向いてる方のアクションとお色気中心でお願いします。

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March 01, 2006

シークレット・ウインドウ

S・キング原作の短編(Four Past MidnightⅠから「秘密の窓、秘密の庭」)がジョニデの主演で映画化です。
この映画でもボサオサ髪に破れたガウン姿なのにジョニー・デップはともかくキュート。
寝ているとこを起こされて悔しがるのに受話器を振り回したり、そっと隠れタバコをしたり、所在無さ気に手をぶらぶらさせたりオッサンなのになんでそんなに可愛いのか(笑
とりあえずジョニー・デップファンなら必見ですね。

話しは離婚して家と妻とその彼氏に明け渡し、湖の辺で創作に悩む作家、モート(ジョニデ)のもとに俺の作品を盗作したな、と一人の男がやって来ます。憶えが無いモートは相手にしませんが、男の攻撃はしだいに激化し、そして・・・

キングは「ダーク・ハーフ」など小説家としてのオブセッションを幾度も作品のモティーフとして取り上げています。「ミザリー」なども過度の一方的な期待を寄せられる恐怖ですね。

良い作品が書けなくても恐怖。
有名になってオカシナファンが付きまとってくるのも恐怖です。

「秘密の窓」・・・小説家が作品として我々に提供するのはまさに現実以外の風景を覗く「窓」です。
その窓を盗作する、というのは作家として立つべき大地を失うことを意味しています。
もしそれを疑う人間が出てきたら・・そしてソイツが異様にしたたかでしつこい男だったら・・・怖いですね。

さらに怖いのが、自分はホントウに盗作をしていないのか?という根本的な疑問。
創作へのプレッシャーから無意識に盗んでしまったかも・・・という自分の理性を疑う瞬間。
「秘密の庭」とは、誰にも知られたくない場所の暗喩でしょう。
はたして彼は「盗作」をしていたのでしょうか?
そして男の真の狙いは・・・
元奥役の女優さんが綺麗で物語りに説得力を与えています。

原作とは終わりが違いますが、映画的にはこっちの方が良かったと思います。
ラストの演出はちょっと「あの作品」が入ってましたけどね。
ホラーですがグロではないので、週末の夜などゆっくり観るにはイイ映画ではないでしょうか。

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February 02, 2006

クライモリ

「もう森には二度と行かない」
古来より森は自然の恵みを与えてくれるものであるとともに、怖いモノであるという記憶は、すっとどこかで引きずっているんでしょうね。
特にアメリカのような広大な大陸では、いまだに深い森のなかでは何があってもおかしくない。

「悪魔のいけにえ」は片田舎、「13日の金曜日」はリゾート地、と若干ロケーションに違いはありますが、
ともかく人里離れたところにとてつもなく怖いナニカがあるのがアメリカ流ホラーです。
ドキュメンタリー風に新味を出した「ブレアウィッチ・プロジェクト」も同じですね。

これもそんな定番に沿ったお話しで「クライモリ」にWrong Turn(原題です)してしまった6人の若者が異常者に追われるという展開。

この定型に載って話しを進めるからには細部の作り込みと工夫がすべてです。
出てくる役者と演出、なにより追ってくる異常者の怖さがどこまで出せるか?

この映画、序盤は悪くありません。
姿の見えないナニカが襲ってくる。
ザイルの異常なスピードでその力を見せつける。
出てくる女優さんたちも隣りのちょっと色っぽいオネイサン風で及第点。
俳優も性格の良さそうな人なんかいて好感度でした。

プロローグのショックシーンの後、主人公となる被害者達が出会うところも綺麗に撮れていて、さらに彼等が異常者と最初に本格邂逅するところも工夫があってスリル満点です。
難しいのはそこらかなんですけどね。
それからはホラーというよりアクション映画風なのが残念でした。
怖がらせるのは難しいよね。

ps
個人的な事情なんですが、最近、ちょっとストレスフルでして・・・
そういう時はこの手のホラー映画って刺激が強くてちょっと日常を忘れられるのがイイですね。

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January 26, 2006

ヴィレッジ

イヤー、やられましたね。
シャマラン監督は「シックス・センス」みたいな見事な背負い投げを決めるかと思うと「サイン」みたいに外す時もあるので、映画同様なかなか安心して見られない監督です。

今回の舞台は19世紀のとある辺ぴな村。
そこには厳しい掟がありました。
森に入ってはいけない・・・

せせらぎをレンズに変えて撮ったような映像と、それに調和する音楽の見事さはシャマラン監督独自の境地で、
森への神秘的な怖れなど人が長くもっていたであろう自然への畏怖を美しく描きだします。
魔物の触手を思わせる森の枝枝。
霧に霞むかがり火。
朝靄に沈む村の家々。
ランプの灯りに照らされる孤独な魂とひたむきな愛。
そこで暮す人々の慈愛に満ちた生活が淡々と描かれつつ、森からの正体不明の進入者は謎を深めます。
彼等は何者なのか?
その目的は・・・?


その謎はしだいに明かされるのですが、その過程は静かすぎかつスローモーで、もっと刺激の強いホラーを期待していた為、途中から飽きてしまい、この映画はシャマランの失敗作ですねと決めていたのでした。
だってこの進行ではもう脅かしようがないでしょう。

それがこうとは!
カンの悪い人間は幸せです。
思い切りビックリしました。

セピア色の思い出とその決意が明かされると、それまで隔靴掻痒のごとくであった登場人物達の心情と願いが一気に奔流のように眼前し感動しました。

「とても優しい声ね」
ガラスに映る彼が新聞を読んだままでいますようにと本気で願いました。
未見でしたらぜひ一度。
ホラーを期待するとガッカリしますが、愛の為の勇気に感動する映画です。

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January 16, 2006

THE JUON/呪怨

あえて傑作だと断言します。
日本独特の感性から生まれたJホラーは、ハリウッドの高度な技術を得て絶妙なコラボレーションになりました。

正直、呪怨シリーズは生まれるきっかけになった「学校の怪談G」の「片隅」が最高で、その後カタチになったVシネマの「呪怨」が良くて、一番ダメだったのが劇場版「呪怨」。
清水監督、作品の魔力がだんだん落ちているので、アメリカで興行成績1位だの、収入1億ドルだのと言われてもハリウッド版へそれほど期待は持てませんでした。

舞台は日本で、登場人物がアメリカ人という設定も疑問でしたが、観てみるとアメリカ人が一般的な日本家屋にいるだけで異和感が起こり、
同時に監督は清水さんですから、描かれる日本の風景は自然で、アメリカ人留学生の住んでいる安アパートや夜にタクシーで走るビル街のリアリティなど、はっきり日本人でないと出来ない絵でしょう。
この両立が差異を生み恐怖を増幅させています。

それから役者の差も大きい。
日本人では石橋遼さんが刑事役として意地を見せていますが、サム・ライミ・コネクションなのかアメリカ人の出演者がみな素直な好演で、日本で売っていそうな安物衣料を着て東京を歩くサラ・ミシェル・ゲラーなど酷かった伊東美咲とは差が付いています。

画面には終始尋常でない緊迫感が溢れ、何もない1点を見詰め続ける様子の怖さなどアメリカでウケタのもダテではない。
あのビデオからの映像なども基本的なエピソードは受け継いでいても特殊効果はさらに磨かれキレが増し、
シンとした変哲のない画面にも恐怖の予感が満ちています。
ただ閉まるだけのドア。
異様に乱雑な部屋。
タイミングの早すぎるドアホン。
さだかならぬ理由で正気を失う人々の描写に忌まわしい予兆が満ちていて、
常に何かクル、何かがクルという緊張感が途切れないのは大した物。
劇場版より格段に良い出来です。

プロデューサーのサム・ライミとそのスタッフもどこかで助けているのか、清水監督自身単にお金があれば出来たのかどちらにしろアメリカでの成功は確かな根拠のあるものでした。

格段に洗練された編集(ハリウッドはこれが凄い)から、分かり難かった物語が整理されていて、完成度もこれが1番という思いがけない結果になりました。

どこもかしこも怖くなる。
これは1流のホラー映画だって認めてイイと思うよ。

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December 23, 2005

ZOO

気鋭の若手作家、乙一さんの「ZOO」から撮った5本のオムニバス映画です。
フジTVの「世にも奇妙な物語」が好きな人なら借りてもイイかもです。

異常な偏愛を受ける双子の話し「カザリとヨーコ」、
汚れた部屋に監禁された姉妹の話し(須賀健太クンとコンドームとくれる女の子が良かった)
お父さんとお母さんの片方だけしか見えなくなった子供(神木龍之介クンの素晴らしい詩的喚起力)の哀しい話し。ドビッシーがピッタリです。
廃墟の風景が美しい「陽だまりの詩」、
抜けるような青空と黄色いカブリオレが印象的な「ZOO」
「カザリとヨーコ」「SO-far」は音楽も印象的でした。
この映画、乙一ワールドは再現されていると思います。

この5編に共通する設定は、
1)少数の登場人物以外の人がいない→世間(人々、他人)の消失
2)主人公の閉塞された状況
3)そして無力感
乙一さんは17才でデビューした幻想と恐怖を描く作家です。
独自の境地を持つ作家ですが、私は「夏と花火と私の死体」には感心したものの以来、読んでません。
何故だろうと考えるに、ホラー好きの私にしても救いがなさ過ぎる気がして読むと疲れが残るのだよ。
この話しでも人が愛に目覚め犠牲をいとわない行動もあるのですが、ともかく通奏低音が低すぎる。
キングも確かに救いのない恐怖を書きますが、あちらにはまだ人が生きようという力が根底にあるような気がします。

他者への根本的な不信感と天を突くような壁に囲まれているような閉塞感。
これが1978年生まれの作家の気分なのでしょうか?

最近古い映画を見ていると、描かれる人物のエネルギーが新鮮です。
それに反して最近の日本映画に出てくる人々と状況のなんとニューロテックなことか。

物質的に貧しい時代の方が活気があった。
最近の若者はだらしがない、という紋切り型の批判をしたい訳ではなく、おそらく人間には一定以上の豊かさが生じると生きる力が奪われるというジレンマがあるんではないか、と思うのです。
その均衡点はどこなのか?
変えることは出来るのか?
わかりませんけどね。

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November 26, 2005

仄暗い水の底から

怖いだけでなく、切なくママを慕う怨霊話しのこの映画、俺はかなり好きです。
ただこれは私に2人の娘がいることも大きいかな。
すっかり成長した今でも、娘達は妻に抱き着いて甘えることがある。
そういう風景をみていると、やっぱり子供にはママだよなぁ、と思う。
輪の中に入れなくても男親としてはそんな風景を見せてもらえればそれでエエのよ。

映画は、雨の中、幼稚園の他の子にママのお迎えがくるなか、一人ぽつねんと残される少女や、
母子2人で土砂降りの雨にそびえる暗鬱たるマンションへと歩くシーンなど印象的な画面が続きます。
中田節ともいえる画面の闇に「ナニカ」を感じる映像は、この映画でも健在です。

そしてひたすらママが欲しかった彼女が水に乗ってやってくる。
エレベーターでは一緒にいるのがモニターに写る。
そっと小さな手が握ってくるところは、愛と恐怖の不思議に満ちた名シーンです。

豪雨の中で見つめ合う黄色い合羽姿の美津子ちゃんと雨傘をさした青い制服の郁子ちゃん。
大雨の日に、誰もお迎えに来てくれないから、彼女は一人で歩きだしたんだ。
だからどこまでもどこまでも天井を染み通ってまでもやってくる。
扉の影からじっと見ている。
最後はもうママを放さない。
扉から出てくる手の転換場面も、中田監督絶妙でした。

「油断大敵」では、父親の儚い恋いを邪魔した菅野莉央ちゃんが、この映画ではけな気で可愛いんだ。
やっぱ子供は6才位が一番だよなぁ。
俺の夢は最後の孫が8才になるまで元気で遊べること。
もう望みはそれだけだっす。
子供に興味はなかったけど、自分に娘が出来たら可愛くなった。
でも13、4になるとツマラナイんだな。別に変態性欲じゃないですからね。
話しが外れた。

この映画の莉央ちゃんは、赤いバックを下げてスキップすれば可愛いし、真剣なった時の瞳には半端じゃない光りが宿る。
セリフには画面を乗り越えて此方側に至る尋常ではない力が伏在する。
それは熱演する黒木瞳まで煽る迫力で、その上、大水まで被るアクションもこなす大したプロ根性です。
「郁子はママだけでイイ」
・・・「私がママよ」
涙を堪える郁ちゃんとママ! ホラーで泣けるのは珍しい。

この映画の原作は、「仄暗い水の底から」という短編集に入っている「浮遊する水」という作品。
鈴木光司作で、母子の情愛に重点を移している映画より、怖さだけならコッチが上です。
俺は夜中に読み出してかなり楽しめました。(ホラーファンは、怖いほど嬉しいからね)

監督中田秀夫、主演黒木瞳、菅野莉央という日本映画界最強のスタッフが結集したこの作品は、
愛と恐怖の両方が詰まったお得な1品だと思います。

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October 25, 2005

ソウ

不潔なバスルームで目覚めさせられた2人の男。
足は鎖につながり、無残な死体が部屋の中央に放置されています。
トリッキー出だしはどこか傑作「CUBE」を思わせましたが、
この映画は密閉された空間を飛び出し、エネルギッシュにグロテスクに走りだします。

青い光の下、ソウ(ノコギリ)が出てくるあたりから画面は奇怪に幻想染みて、
フラッシュ・バックが多用され異様なスピード感が与えられた殺戮シーンはみな凄まじく恐ろしく、
観る者には、狂気に陥る被害者の心情が迫ってきて、凍り付くような恐怖に捕らわれます。

もはや人が殺されるだけでは、ダメなのです。
考案されたおぞましい殺人器具が、想像力を羽ばたかせ、観客は地獄の果てを覗きます。
死を告げる人形などのセンスもイイですね。
生理的は不快感が大きく外道路線ですが、卓越したプロットと斬新なショック・シーンが連続し時間を忘れました。

被害者には卑らしい罠が幾重にも張り巡らされ、
事件を追う捜査官が犯人を追いつめますが・・・ここから定型を逸脱させる工夫も効果的で展開も抜群です。

監督のジェ-ムズ・ワンは、物語の時間軸を自在にあやつり、謎は解かれたと思われた瞬間、
新たな罠に嵌められ、観客はさらなる深みに迷い2転3転させられ、
狂いだすような画面は正気を外れて脱線しそうなスピードで走り、出来ることと言えばただしがみつくだけ。

そして最終局面。
ちょっとメイクがね(笑
犯人は・・でしたが、まさか・・とは!

残酷描写とトリッキーな映像と構成を生かしきった出来は、ホラー映画の極点と評価して良いと思います。
2004年、ホラー映画はここまで来たのです。

「多くの人間は生に感謝をしない・・」
言っている人の立場を考えると、恐怖と同時に深い思いが湧いてきます。

ps
BMWの影を歩む4つんばいの赤い衣装の仮面はJホラー?
カメラマンがストロボを炊くシーンは「裏窓」でしょうか?
クローゼットのブギーマンは、S・キングもお気に入りのアメリカ伝統の怪物です。

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October 21, 2005

マレフィク 呪われた監獄

日本未公開のフランス製のホラー映画です。
傑作とはいえないまでも、充分及第点でホラー映画好きの人なら楽しめるのでは、と思います。

舞台は監獄の一部屋。
閉じ込められている4人の囚人が監房の壁から魔道書を発見し、そして・・・

ほとんど4人だけで進行する映画ですが、不気味で暴力的な性倒錯者、
底知れないところを感じさせるインテリの殺人者、知恵遅れの青年、
主人公である子煩悩の男と、全員の演技がしっかりとしてリアルで、いわゆるキャラが立っています。

発見された魔道書の解読と、それにつれて進む怪異も結構見せます。
ただここまで書いてきて、気づいたのは、私が「本マニア」、という点ですね。
本オタには、なにぜ幻の魔道書なんて「究極の本」でしょう。
アマゾンにもジュンク堂にも神田の古書店に売ってませんが、読みたいですよね。

世界には奇書幻書伝説があり、私はそれらに憧憬を抱くタイプです。
「書物の囁き」についての幻聴なんかも、怖くてカッコイイエピソードでした。
またある本好きの登場人物の「望み」もイイヨね。
俺は案外、「この人の望み」、少しだけ分かります。

話しの展開も、張り巡らされた伏線が各所でしっかりと効果的でスリリングです。
書物に命が宿り、自らを守り、復活し迷宮に誘う。
うーーん、こうやって考えると、
ホラー+本という二つの好みを突かれてしまった私は、この映画には点が甘いかな。
特殊効果は安っぽいしね。
でもイイでしょ。
誰でも好みはあるもので、それが個性です。

最後、冴えないアイテムだと思ったアレを、アア使うとはね。
あそこで、パっと画面を切って、映画を終わらせるのは良いセンスだと思うよ。
今日は、最後まで弁護してる俺でした。

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October 10, 2005

ゾンビ:ロメロ版

20年ぶりに観直して、やはりこれは大変な傑作なのを再認識しました。
この映画は、ゾンビという新しいモンスターを一般化しただけの大ヒットホラー映画ではなく、
限りなく豊かで利便性を増した反面、何かを果てしなく喪失し続ける現代文明の行く末を語る黙示録です。

心臓の鼓動をイメージするようなリズム・パターンの音の中で始まる物語は、今のジェットコースター・ムーヴィーを見なれた目から観れば、テンポは鈍く、展開も単調、凝った伏線もなく、セリフは野暮ですが、画面には本物だけが持つ力が漲っています。

たった4人の登場人物しかでない話しだったのですね。
長い力に満ちた映画を観たという感慨があったので、意外でした。
それぞれに充分な役割を与えまっとうさせれば、世界の滅亡を4人だけで語ることは可能だったのです。

ゾンビの怖さ、というのはゾンビ自体への恐怖というより
人が人のカタチをしたモノを撃つ。
平気で撃つ。撃たなければならない。
悦んで、楽しんで人だったものを殺す、楽しまなければ殺してられない。
という逆説的な恐怖にあったのです。
これを安直なヒューマニズムに堕することなく表現しえたことが、この映画の偉大さであり、生命です。

エレベーターが開いてしまい多数のゾンビがなだれ込んで来るシーンと、
開いたエレベーターからゾンビになった彼が出てくるシーンは、
襲う者と襲われる者が表裏一体であることを示す極めて印象的な暗示となる名シーンでした。

この映画を今観ると、優れた現代文学を読んでいるような気になってきます。
過剰な娯楽感覚への奉仕がない反面、我々自身が深く絡め取られた矛盾の回答への困難さと、
突きつける主題の重さが迫ってきます。
「燃料は」
「わずかよ」
「いいさ」
この深刻な会話の後、幼稚な悪戯のように流れるオチャラケた音楽の中に、無数のゾンビが行進するシーンは、底無しの退廃を暗示する効果を生み出し、
人類への弔鐘を思わせる鐘が鳴り響くラストシーンに、観客はただ瞠目するのみです。

ps
音楽はダリオ・アルジェントとゴブリン、特殊効果はトム・サビーニでした。
次代を担う若い才能と共に、傑作は誕生したのでした。

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September 13, 2005

テキサス・チェーンソー

トビー・フーパーのカルト的傑作「悪魔にいけにえ」のアメリカでの原題は、
この映画と同じ、「The Texas Chainsaw Massacre」

この映画は、その「悪魔のいけにえ」が実話だったら、という設定で創られたリメイク作品。
ただ「悪魔のいけにえ」自身が、アメリカの快楽殺人文化の祖となった、
エド・ゲイン神話が元です。

エド・ゲイン:1950年代、ウィスコンシンに実在した独身の大人しい孤独な男性。
その寡黙な男は、殺人および墓地の死体から皮を剥いでランプシェードやチョッキを作っていました。

この人の犯罪が載った新聞記事からR・ブロックが「サイコ」という小説を書き、
それを映画化したのがヒッチコックの「サイコ」!
これで「サイコ」という言葉に「ある意味」が出来ました。
新人監督だったトビー・フーパーがヒッチコックの「サイコ」を見て、
同じネタでもっと無茶苦茶にやってやるぜと撮ったのが「悪魔のいけにえ」です。
だからこれは「実話」から造られた「フィクション」の「ドキュメンタリー」という「デリバティブ」です。

「悪魔のいけにえ」は今やニューヨーク近代美術館にフィルムが保存されているほどの作品なので、
それに及ぶとも思えず、期待しないで見ましたが、なかなか面白かったです。

特の良かったのが主演女優のバストで、白いタンクトップが走るたびにカタチ良く揺れるので、
とりあえずそれが楽しみで見ていました。
ホラーとしての出来は、まあ力作の及第点という感じ。
力はこもっていますが、レザーフェイスの顔を正面から撮ってしまったりと、
センスより力技で勝負という作品ですね。
元ネタがスキャンダラスな暴力性の極北的作品なので、あくまで「ホラー映画商品」として創られたこの映画は、比べればグリコのオマケ程度でしょうが、元ネタはホラー映画の歴代1位とも噂される作品ですから、オマケでも見る価値はあると思います。

この映画を観て、もし興味が湧いたらぜひ「悪魔のいけにえ」を見て下さい。
ただし映画というより、観客の感性を破壊する劇薬みたいな1本なのでお覚悟を。

無名の新人だったトビー・フーパーが低予算で、無名の俳優だけで、脚本も練ってない、いわゆる映画の文法はすべて無視しても何故か「出来てしまった」悪魔が哄笑しているような作品。
でもDVDが手に入り難いですか?

制作から30年を経て、未だに人々から忌み嫌われ警戒される作品。
元ネタは、そういう映画なんです。

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August 29, 2005

予言

冒頭、夕暮れのドライブ風景に切ない郷愁があってイイですね。
そこから夜の電話ボックス・シーンになると、家族の愛に恐怖の先触れが忍び寄ります。
たんなるグロテスク映像ではない、「愛と恐怖」S・キング以来のモダンホラーの本筋です。
非常に良い「掴み」だと思いました。

でもここからいったんダレます。
三上博史もノリピーもガンバッテいるんですけど、監督の鶴田さん、ちょっと怖くなさすぎです。
病室のシーンはマウス・オブ・マッドネスのパクリにしては迫力が足りない