「無限」に魅入られた天才数学者たち

May 23, 2010

無限の要素を持った集合の濃度は、ベキ集合でより高められる@不完全本なの?

本の再読と整理整頓(昨日は仕舞ったままになっていた大量のプリンター用紙を発見)がマイ・ブームですが、この内容も再読している「ゲーデル・不完全性定理@ブルーバックス:吉永良正」からのものです。
たださっきアマゾンみたらこの本自体が不完全、と書かれていた!
ショック!・・・まあどこが不完全なのか読んでみます。
とりあえず今日は集合論を

無限とは、数えられないから「無限」なんですが、集合論の開祖、G・カントールは、その無限にも大小があり、階層が存在することを証明しました。

その無限の階層を上げる(より大きな無限の作り方の)方法を以下、解説します。

集合Aのすべての部分集合から成る集合を「ベキ集合」とし、2^Aと表記します。
この2^Aの濃度(無限は数えられないので、大きさを濃度、と表現します)を2^=A(ここでの=はイコールの=ではなく、=がAの上に表記される記号です)と書かれます。

定義式は、2^A={X|X⊂A},2^=2^=A
となります。意味は
「集合2^AはXを要素にもつ集合で、XはAの任意の部分集合」です。

XはAの部分集合ならなんでもいいので、「2^AはAのすべての部分集合からなる集合」となります。

これを要素無限の集合に適応すると、その無限集合は、より階層の高い無限集合になります。

【任意の集合Aのベキ集合2^Aの濃度は、Aの濃度より真に大きい】すなわち、
A<2^=A
が成立する

【背理法による証明】
Aと2^Aが同じだと仮定すると、二つの集合間に双射(一対一対応:一対一対応が存在することが数える、ということ)fが一つ存在する。
Aの各要素aに対応するf(a)はfの定義からAの部分集合の一つだから、Aの要素
aは集合f(a)に含まれるか、含まれないかのいずれかです。

Aの要素aで集合f(a)に含まれないものすべてからなる集合をBとすると
B={a|a∈A,a∉f(a)}
「集合BにおいてaはAの要素だが、aはf(a)の要素でない」

BはAの部分集合なので、2^Aの要素であり、fが双射なら、Bに対応するAの要素が一つだけ存在します。
これをbとすれば、
b∈A,f(b)=B 「bはAの要素で、写像f(b)はBに対応する」

もしここでbがBに含まれるなら、Bの定義から、
b∉f(b)=B 
となって矛盾

逆にもしbがBに含まれないなら、
b∉B=f(b) 「bはBの要素ではない、だからBがf(b)の写像となってもダメ」
となり、再びBの定義により、bはBに含まれることになり矛盾。
いずれも矛盾なので、このような双射fは存在しない。

以上から、無限集合アレフ0は、<2^アレフ0<2^2アレフ0<・・・と無限の梯子が出来上がる。

ps
上記の説明、確かに太字の部分が分からないんんだよ

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May 22, 2005

「無限」に魅入られた天才数学者たち:最終回:疑問と分出公理

この本の41ページからの記述にちょっと疑問な点がありました。

P41、最終段落の記述。
「カバラの少なからぬ部分は、聖なる神の名であるテトラグラマトンの置換にかかわっている。
ヘブライ語の神名YHVHは、何通りの並べ替えが出来るだろうか?」

それでこの本は10通りになっており、
だから10という数は重要なのだ、と述べていますが、
これはYHVHのY、H、V3種類の文字を4通りに並べ替えるので、
簡単な順列組み合わせの公式から4!/2!
(!は階乗という意味、4!は4×3×2×1のこと)=12通りになります。

これがこれだけの記述で終われば「重箱の隅」で終わらせても良いのですが、
以下カバラの階層、10のセフィロトについて説明の土台になっているのでちょっと疑問に感じました。
YHVHの並べ替えも10通り記されていますが、記されている中でYHHVとVHHYの2つが抜けています。
この二つを加えればちゃんと12通りになります。
?と思いました。
著者も訳者も数学の専門家ですので、
私の勘違いだと思うのですが、どう間違ったのでしょうか。

それから憶えておきたい「分出公理」
:ラッセルのパラドックスの原因となる公理、について。
「あらゆる集合Aと集合を変数とするあらゆる条件S(x)にたいし、一つの集合Bが存在し、Bの要素はS(x)が成り立つようなAの要素xである」

もしS(x)が「xはxの要素ではない」という条件だとすると、B={Aに含まれるxであって、
xに含まれないようなもの}となる。この時、BはBの要素だろうか?
もしもそうなら、BはBの要素でない。そうでないなら(つまりBがBの要素でないなら)、BはBの要素である。
したがってBはAには含まれない。
すべてを含むものはないとなる。

次回、読本としてアンドレ・ブルトンの「魔術的芸術」を読もうと思っていましたが、
「アートの歴史、1口暗記シリーズ」がもうすぐ終わるので、「魔術的芸術」はアートカテゴリーでやって、
読本は「素数に憑かれたち人たち:リーマン予想への挑戦」の本をまとめていくことにします。

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May 12, 2005

「無限」に魅入られた天才数学者たち:12

「コーヒーが不味かった」
これが戦火による封鎖寸前のヨーロッパからアメリカに渡ってきたゲーデルの感想です。
プリンストン高等研究所に勤務するゲーデルは、アインシュタインと友人になります。
ユーモラスで人付き合いの良いアインシュタインと、暗い性格のゲーデルは案外話しが合ったようです。
精神病の病歴のあるゲーデルは、本来アメリカ市民権は取れませんが、特例で審査が行われます。
しかし厳密にアメリカ憲法を読込んだゲーデルは、憲法に論理的欠陥を発見し審査官に訴えるという所業をしますが、アインシュタインを始め周囲の必死のとりなしでなんとか乗り切ります。

1963年、スタンフォード大学のポール・コーエンが「強制法」を独創します。
強制法とは、仮説の集合が、二つのうち一つの値を取るよう強制する方法です。
はじめに集合の集まりと、それらの集合に適用される論理規定を設定し、その論理規則が適用できるようにしつつ、その集合の集まりをどんどん大きくしてゆます。その大きくなった論理系の内部で仮説を操作するとこにより、連続体仮説は集合論の公理系(ZF+選択公理)とは完全に独立であることを証明しました。
現在の公理系の内部では、連続体仮説は証明も反証も出来ないということが示され、
結果は謎のまま残されたのです。

ただコエーンとゲーデルは連続体は非常に;リッチ;な集合なので、
その濃度(つまり基数)がアレフ1だとは考えにくいと思っていたようです。

ここまでで明らかになったことをまとめると、
1)有限な数から出発する限りいかなる数学的操作(加法、乗法、指数演算)をもってしても最初の無限指数X0に到達できない。
2)ただ一端最初の無限基数X0に到達すれば指数演算によってより高次の無限基数を作ることが出来る(任意の集合に対するべき集合は、もとの集合よりも大きな基数を持ち2^X1はX1から作られたより高次の基数になるからです)

ここで巨大基数の集合論というものが登場します。
これはゲーデルの発案した集合論で、証明はされていませんが「存在すべし」と考えられているという概念です。それによると、到達不可能な無限基数はX0だけではなく、広大な無限基数の中には小さな無限から決して到達できないさらに大きな無限基数があり、それはあまりに大きい為、指数演算をはじめ、どんな演算でも到達不可能ではないかと研究されています。

そんな研究から生まれた成果が、
シューラーの定理です。
それは
2^Xn<Xωならば2^Xω<Xω4である。
2の肩に整数のサブスクリプトをもつアレフを乗せたものがアレフーオメガ(最初の超限順序数オメガを添え字にもつアレフ)より小さいとき、2の肩にアレフーオメガを乗せたものが4番目の不可算数をサブスクリプトに持つものより小さくならなければならない、というとです。
これほど入り組んだ無限の階層に、4というサブスクリプトが現れる必然性は未だ誰も知りません。

さて
集合論は無限を分解し、階層つけました。
ではそもそも数は実在するのでしょうか?
数は一種の言語で、実世界での問題を対処する約束事だとするなら、
数を作り出した我々は数のすべてを知らなければなりませんが、そうはなっていません。
カントールは「数は内主観的かつ内在的な実在性を持つ」と述べています。

では連続体は存在するのでしょうか?
現代物理学の語るところでは、この宇宙にはプランク時間、プランク距離が存在し、
究極的には離散的とされています。
では何故、物理的世界で数学はこれほど有効なのでしょう?
果てしない謎を残してこの本は終わります。

次回、この本にあった疑問と、集合論のまとめておきたい知識を書いてやっと終りです。

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May 08, 2005

「無限」に魅入られた天才数学者たち:11

ゲーデルはウィーン大学に進学し6つ年上の踊り子アデーレ(離婚経験者)と結婚します。
そして有名な不完全性定理を導きます。そのエッセンスは
「任意の系が与えられたとき、その系の内部では証明できない命題が常に存在する」です。
有限な宇宙の内部にある人の心では、そのシステムを越えて広がる大きな実体を捉えることは出来ない、
と言い換えても良いでしょう。

またこれは、いかなる有限系の内部にも認知することも証明すること出来ない実体が存在し、
それを把握したければより大きな系に移らなければならない。
ところがより大きな系に進めば、またそこで認知も証明も出来ない実体に出会う。
今いる系の外側にあるもの、与えられた系よりも大きなものが常に存在する、という証明なのです。

神は人より高次の系であり、有限なる人間の心には神を理解することは出来ない、という結論が導かれます。

ゲーデルの定理は「決定不能命題の存在」を示し、そうなると公理という基本原理から論理規則を使うことにより定理、補題、系を積み上げる数学は数論、代数学、解析学など、どれほど注意深く構築したとしてもその系は不完全であり、内部には決定不能命題を含む、ということになります。

これほど重大な仕事を為し得る一方、ゲーデルは1930年代の慄然たるオーストリアに住みながら、
勃興するナチスの恐怖と広がる戦火にまったく無頓着で、オーストリアが併合されても生活が貧窮しても暴力が差し迫っても無関心でした。
そして連続体仮説に取り組み始めると「悪い空気」に侵され始めます。
精神の病が始まったのです。食事を採らなくなり衰弱していく過程はカントールの辿った道とそっくりでした。
それでも鬱病に悩まされながら再び大きな仕事をします。

1937年に連続体仮説が集合論の公理系と矛盾しないことを証明するのです。
ZF集合論の公理系が無矛盾なら、選択公理と連続体仮説を付加しても無矛盾である、ということです。

さらに試みたのは、
ZF集合論の公理系が無矛盾なら、選択公理と連続体仮説の否定を付け加えても無矛盾、ということです。
これが証明されれば(ZF集合論+選択公理)と連続体仮説の独立性が証明されます。
(集合論の公理系(ZF)というのは集合論を公理化したツェルメロとフランケルという人の名前から取られたものです)


あと22ページ。最後にこの本にあった簡単な疑問も書きます。

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April 29, 2005

「無限」に魅入られた天才数学者たち:10

クレタ人、エピメデスは言った「私は嘘をついている」
この命題が真ならば、エピメデスは嘘をついていないことになり、命題は偽となります。
この命題が偽なら、エピメデスは嘘をついていることになり、命題は真となります。
以上2つともに命題が偽であり真であることになり、これは矛盾です。

バートランド・ラッセル:1950年ノーベル文学賞者
「プリンキピア・マセマティカ」1910-13年、数学を公理的体系から再構築した本。
そこで提起された集合論の矛盾を簡単な例で説明すると
セヴィリアの理髪師の例えがあります。それは

命題:セリヴィアの理髪師は、自分で髭をそれないセヴィリアの男全員の髭を剃る。
1)理髪師が自分で髭を剃ったら、自分で剃れる男の髭を剃ったことになる。矛盾です。
2)理髪師が剃らないなら自分で剃らなければならず、理髪師は自分で剃ることの出来ない男のはずです。
これは「グレリングのパラドックス」:1つの述語はそれ自体正しいこともあり正しくないこともある、ということです。「この文は正しくない」←これが最良の例です。

さて集合論の基本矛盾とは
自分自身を要素として含まないすべての集合からなる集合をRとしたとき、Rはそれ自身の要素だろうか?
ということです。
もし集合Rがそれ自身の要素ならRはRという集合ではなくなります。またRがそれ自身の要素でないなら、Rはすべてを含むはずだからR自身も集合の要素でなければならないでしょう。
これは公理系の、任意の性質が与えられればその性質をもつものを要素とする集合が存在する、という
第五公理、分出公理を否定するものでした。

結局このラッセルの提示したことは、
すべてを含む集合は存在しない、ということです。
どんなに大きな集合を考えても、そのべき集合を作れば必ずそれより大きな集合になるからです。
したがって最大の基数は存在せず、我々は絶対者には決して到達できない、ということになります。

この絶対者を神を同一視したカントールは
「私これまで実無限の最高類より先に出たことはありません。
実無限の最高類は絶対に存在しないことを証明したのです。
有限も超限も越えたものは(類)ではありません。
それは唯一の比類なき統一体であり人間の頭で理解出来るものではなく、
それこそがアクトゥス・プリッシムス(純粋現実態)であり、多くの人が神と呼ぶものです」
神の絶対性は人間の心には捉えられず、出来ることは実無限を理解しようと試みるのみ。
この結論を抱いてカントールは衰弱死(心不全)します。

数学の基礎を支える集合論に矛盾がみつかり大きな問題になりました。

これに挑戦する第2の主人公がクルト・ゲーデル、1906年にチェコで生まれます。
彼はボヘミアの保養地マリンエバートで数学者、論理学者になる決意を固めます。
これで17章、あと36ページです。

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April 21, 2005

「無限」に魅入られた天才数学者たち:9

連続体仮説の証明に行き詰まった、カントールは引き篭もり、
大学は病休、突然シェークスピアの研究を始めます。数学ではなくシェークスピアです。
証明しようとしたのは、シェークスピア=フランシス・ベーコン説。
勿論こんな説はありませんが、カントールはあらゆる文献を漁り研究します。

同時に1900年、パリで開かれた第2回国際数学者会議でヒルベルトは、
数学上の最重要な「10の問題」のトップにカントールの連続体仮説を取り上げます。
異端視されていた研究は輝かしい重要性を持つことになりました。


選択公理
連続体仮説を証明する為には、超限数同士を順序つける必要がありました。

アレフ基数のX0、X1、X2、X3・・を順序付け、連続体の基数cが=X1であること、
最後はヘブライ語のアルファベットの最後の文字τ(タウ、ヘブライ語に変換できない)を当て、
すべての無限基数を系列τのどこかに位置することを証明することです。

まず無限基数が数直線上の実数と同じ法則に従い、任意の2つの基数が順序つけられることが大切です。
この性質を超限基数に持たせるよう考えられたのが、整列原理「すべての集合は整列させられる」です。
すでに無限は集合論の中で考えられてます。無限集合同士をどう並べるのか?
ここで登場するのがツェルメロです。

ツェルメロの証明
与えられた集合の、空集合でない部分集合のすべてに:代表点:を付けます。
代表点はその部分集合の要素から選ばれた一点です。

その一要素を選ぶのが:選択公理:です。
いかなる集合Aに対しても選択関数fがひとつ存在し、
Aの空でない部分集合Bに対してf(B)はBの要素となるように出来る。

選択関数は、各集合Bに一つの要素を選択する。
ところが、この選択公理は、要素有限の世界ならよかったのですが、
無限の要素を想定すると、無限回の選択を行うことになり、
「証明方法は有限のステップで終わらなければならない」、という数学の前提から外れてしまします。
数学は基礎となる公理の上に構築され、その先は論理規則を使いながら命題や定理が証明されますが、
その回数は有限でなければ(無限に論理を積み重ね終わりがなければ)証明になりません。

こうして連続体仮説を証明する選択公理に疑問が起り、その選択公理が証明する整列原理が怪しくなりました。
順序という性質を抜きにして数を捉える理論的方法はなく、連続体仮説は整列原理に依存します。
:連続体仮説:(必要条件)→:整列原理:(等価)=:選択公理:
こうなる訳です。
これで15章まで。あと50ページだよ。

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April 11, 2005

「無限」に魅入られた天才数学者たち:8

仮に集合{1,2,3}があった時、そのすべての部分集合を:べき集合:と呼びます。
この場合、べき集合は、
空集合{Φ}、{1}、{2}、{3}、{1,2}、{1,3}、{2,3}、{1,2,3}
となります。
3つの要素からなる集合のべき集合は8つで、それを求めるには2^3=8となります。
べき集合には、元集合の各要素は、
どれかの部分集合に入るか、入らないか二つのうちの一つです。
そしてこれは元の集合とべき集合の間に、1対1対応ができないことをしめしてます。

この考えを要素無限の集合に当てはめてみましょう。

有理数は一番小さい無限X0(アレフ0)でしたね。
実数は、有理数にない無理数(一部、超越数)を含み、1ランク上の無限濃度を持つX1(アレフ1)であり、
数直線という連続体を形成します。
連続体の基数をcとしましょう。
そこで要素無限の集合、0-1間の有理数の一つを仮に
0.abcd・・・と表わします。
abcd・・・の桁数を無限にして、かつabcd・・・に任意の数字を当て嵌めればどんな数字も出来ますね。
そして各abcd・・に1から9までのどの数も当てはまるか当てはまらないかのどちらかですが、
連続体上の数はどれもみな0から9までの数を無限に組み合わせれば表現できます。
これで
c=2^X0
:連続体cは有理数集合の、べき集合である、となります。

アレフ0のべき集合を作ったら、一つ高次の無限、連続体を形成するX1(アレフ1)ができました。
2^Xo=X1です。
この式の命題は;連続体仮説;と呼ばれます。
では今度は連続体cのべき集合を作れば新たなdが出来て、d=2^cとなるのでしょうか?

さらにこれを一般化して
2^Xα=X^α+1、なのでしょうか?
:これは;一般連続体仮説;と呼ばれます。

アレフX*X=Xでしたから、2^X0=X1は正しいように思えますが、数学はしばしば直感を裏切ります。
一つの集合のべき集合を創れば常により高次の無限になるのか?
その間に別のアレフは存在するのか?しないのか?

カントールはこの証明に苦しみ精神を病みますが、
死後、この命題は現在の数学体系では証明も反証も出来ない;決定不能命題;であることがあきらかになります。

無限という神の秘密の園に入り、正気を失った古代のラビたちと同じ運命がそこにありました。

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April 03, 2005

「無限」に魅入られた天才数学者たち:7

無限に関する研究を続けるカントールをクロネッカーは執拗に妨害し、個人攻撃を始めます。
同時に実無限という考えに取り付かれたカントールは、精神病の発作を起こします

googol(あの検索エンジンは、ここから取られたのでしょうね)
:子供の考えた宇宙で1番大きな数。1000…0.1の後ろに0が百個並びます。
10^googolをグーゴル・コンプレックスと呼びます。
でもこれは100^googol,1000^googol…きりがなく続き、
それでも最後に「最大の数」に1を加えればもっと大きな数になります。

アウグスティヌスは「神の国」で以下のように無限と神について記述します。
「神の知恵は計り知れず、それゆえ神はすべての数をご存知である。
無限に続く数は計り知れないけれども、その無限性は神の知の及ばぬものではない」

しかしカントールは果てしなく続く数の不安に打ち勝ち、心理的な壁を越えます。
そして;超限数;という定義を考えます。「有限を越えた数」のことです。

次に考えたことは、
「すべての有限数より大きな数の中で、1番小さいもの」があるはずだ、ということです。
それをω(オメガ)としました。:あらゆる有限数より大きく、超限数では1番小さい数:です。
オメガはギリシャ語のアルファベットの最後の文字です。
するとω+1、ω+2、・・、2ω・・、ω^2・・、ω^ω
と無限に多くの無限を作り出せることになります。

こうなると無限の理論を作り上げる為に、新たな表記が必要になります。
そこでカントールは無限集合の:基数:(1番小さい無限、整数の無限)をヘブライ語の最初の文字、
X0:アレフ・ゼロ(ヘブライ語のアレフへの変換が出来ないので形の似たXを使います)と名づけました。
ここで前半のヘブライ→ユダヤ神秘主義とのつながりがあったのです。

さらにカントールは、無限の算術法則を発見しました。
X0+1=X0(整数全体の無限に1を足しても、より高い無限の階層にならない)
X0+n=X0(整数に任意のどんな数か足しても、1対1対応は出来るので同じ無限)
X0+X0=X0(全整数に全分数を加えて全有理数になっても同じ階層の無限)
X0*n=X0(nを任意の数として何を掛けても無限の階層は同じ)
X0*X0=X0(よって加算無限に加算無限を掛けても無限の階層は同じ)

直感に反する無限の算術をカントールは完成させました。
これでこの本の12章までです。
次章は「連続体仮説」  この本の山場です。

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March 27, 2005

「無限」に魅入られた天才数学者たち:6

第9章(←この本の9章のことです)、無限の階層
最も低い階層:自然数の無限。数は無限だが数えることは出来る。
数えきることは出来なくても数えられるというプロセスがある→可算無限
有理数も可算無限であること。
有理数はどこまでも細かく分解でき(0.00・・1)稠密であり、
自然数は1づつ離れているから両者が同じというのは理屈に合わない感じがしますが、
無限の階層という分類では同じになります。
ようは1対1の対応が出来て、かつお互いに限りがないので同じ扱い、ということです。

実数(有理数と無理数を合わせたもの)の無限
無理数には超越数という不可算性のある数が含まれるから、より高次の無限になります。

「実数とは単に数を数珠繋ぎにしたようなものではなく、そのには何かもっと深い連続性が存在する」
たった0から1までの中の数にも、単に0.000・・1という数が積み重なっている訳ではなく、
そこには未だ捉え切れない数(超越数)が無限に眠っているという深遠・・
実数は無限であり、かつ不可算集合集合なので、より高次の無限(高い濃度の無限)なのです。
これを証明した方法を対角線論法といいます。リンク先を見てね。

10章、次元の概念を越える無限の不思議
デカルトは解析幾何学:幾何学的な図形を数によって表わす:を創始します。
それは、X軸、Y軸の数値で特定の場所を表わすいわゆる、「グラフ」のことです。

そこでカントールが発見したのは、1次元の「直線」と2次元の「平面」は同じ無限であるということです。
グラフ上で直線を表わすには、X軸を0と1に取り、Y軸は0のままです。
これでX軸にべったりくっつく直線の出来上がり。

平面は、(X軸=0、Y軸=0)(X軸=1、Y軸=0)(X軸=0、Y軸=1)(X軸=1、Y軸=1)
この4点で座標の中に正方形が描けます。結局X軸Y軸に取る点ですね。
ここで直線0-1までのX軸上の数を、仮に0.2341657・・という数を当てはめ、
さらに一般化して0.a1b1a2b2a3b3…とします。ちなみにY座標はずっと0です。
一方、正方形もXY座標で表わせますから、
X座標=0.a1a2a3...Y座標=0.b1b2b3...としていきますと、
直線は0.a1b1a2b2a3b3…,平面もXとYの座標を交互に並べて合成すれば、
0.a1b1a2b2a3b3…となり、小数点以下無限という原則が効いてどこまでも1対1に対応が出来て平面上の「点」は、どれもみな線分上の点に対応できるのです。
さらにこれは直線上で無限に小数点以下を分割できるので、Z軸も使った立方体にも、
さらに4つの次元を持つものにも、さらにそれ以上の無限にまでどこまでも対応可能ですね。

無限に関する限り次元には意味がない。
これを発見したカントールが「我見るも、信ぜず」という言葉を残すことになります。

ps
図形やグラフが書けないので分かりにくいと思いますが、この章で述べられている、次元と無限の話は、
直線はどこまでも細かく分割出来るので無限個の要素を持つ集合になり、
なれば直線より上の次元を持つ平面、立体、それ以上の空間にも1対1対応可能となり、
無限に関する限り次元に意味はない、という結論が導かれているのだと思います。

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March 15, 2005

「無限」に魅入られた天才数学者たち:5

エピソード篇
大学を卒業し結婚もしたカントールですが、地位は2流大学の研究者でした。
給料も安く、優秀な研究者はみんなベルリンに集まっており、研究環境という点でも不満足なものでした。

そんな不遇なカントールを苛めるのが、当時の数学会の大御所のクロネッカー。
カントールが送る画期的な論文の掲載を徹底して拒否し続け、カントールは精神的にも追い込まれていきます。
そんな苦境を救ったのがレフラー、デデキント、ワイエルシュトラスです。
なぜこのような構図になったかといえば、クロネッカーには「神は整数のみをお作りになった。他はすべて人の業である」という宗教的な心情があり、カントールの無限を追い求める姿勢には強い反発を感じていたのです。


数学篇
ワイエルシュトラスのアイデア:無理数は有理数列の極限として定義する。

これを説明するのが
:デデキントの切断:有名な言葉なので憶えてください。
例をあげます。
無理数√2を考える時、二乗が2より大きくなる極限の有理数と、
二乗が2より小さくなる極限の有理数で数直線を切断すれば、その切り口が無理数である√2になる。
まぁ、こんな感じで覚えてね。

カントールがここから考えたことは、
無理数の定義を有理数の極限として考えていくと、集合(P)の要素一つ一つから極限を導いた時、
はたしてその極限の極限に終わりはあるのか?ということです。
少し数学っぽく書くと、
集合(P)の集積点の集合からなる集合を(P´)とし、またそのまた集積点の集合を(P´´)としていったとき、
いつか導集合はゼロになるや?
です・・・だと思うぜ・・・俺の理解では・・違っていたら詳しい方分りやすく教えてね。

ペアノ数体系:集合論からなる算術体系のこと
自然数、0,1,2,3、・・を集合論で定義しました。
空集合Φを0、1を{Φ}、2を{Φ、{Φ}}、3を{Φ、{Φ}、{Φ、{Φ}}}・・
空集合を要素とする部分集合を重ねていくことで、自然数に公理的な下地を作りました。

このような普通の数は順番に続くので、;順序数;とされます。
それに対して、カントールが定義したのが、:超限数:(以前の超越数と間違えないでね)
有限の世界を超えて無限の世界を思考するときに必要となる、数の定義です。

これで8章まで終わりです。
それから、書いてあることは真に受けないように。文責は負いません。ゴメンナ。

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