評論

November 06, 2012

「日本史」の終わり 池田信夫、與那覇潤@題名と形式にめげずに一読推奨

ネット上では色々言われる池田信夫ですが、著作を読むたび、非常に勉強になる@私にはね。
よって新刊が出ると分かった時点で、見ずてんの買い注文出すんですが、今回は届いてびっくり対談形式本でした。
與那覇さんとの共著なのは承知していたんですが、対談本というのはガッカリで、なんとなれば、過去において対談本。
あまり内容充実という感じの本、なかったんでね。

ところが読んでみると非常に良くまとまっている。
かなり編集に力が入っている印象で、対談本にありがちな内容スカスカという感じはまったくありません。

この本で主張されていることは、日本社会はその本質において江戸時代のメンタリティのまま現代まで来てしまっている、ということです。
は?何言ってんの、と、私のこの文章読んだだけだと良くわからないと思うのですが、要するに日本は真の法治国家(西洋近代国家)にはなりきれなかった。
法はあくまで、我が国は近代化しましたようという建前、お飾りであり、行政が動くその本質は、江戸時代風の庶民感情と、各々がタコツボ化した中間集団の力学である、ということですね・・・
良く分からないですか(笑
でも実際に長らくお仕事している方なら、
1)職域集団内で採決は全員一致。
2)対外的には暖かく保護してくれる安心感。
3)行政との関係は、法より担当役所の担当官の胸先三寸で決まる現実、なんてことは、思いあたると思うのですが、でしょう。
これは江戸時代からある村内一致、農業作業から受けつがれた精神的集団遺伝子なんだそうです。

で、比較として出て来るのは、西洋型の法治国家はどういう歴史的過程で成立したか、ということと、中国での国家のありようですね。
「法の支配」のない皇帝と官僚機構の中国型国家は、むしろ西洋型国家を中にはさんで日本型(江戸型国家)とは真反対の対極にある、と言う認識は非常に納得できました。

そして日本を本当に変えるには、霞が関をぶっ壊すという程度の認識では全然ダメで、さらに深い、我々日本人が、当たり前の当たり前、と思っているこの本では「古層」と呼ばれる価値判断から疑うことである、ということです・・・
ますます何言っているのか分からないですね(笑
・・・この本の紹介は難しいな・・・
1冊分、まるまる読めば簡単なんですが、本当に、日本人だと当たり前の感覚を、いちいち切り分けて説明してくるので、短く書こうとすると分かり難いんですよね。


ひとつだけ最後に参考事項として挙げたいのは、日本という国は、その歴史を調べると、他国に比べて圧倒的に平和だった期間がながく、日本人の平和ボケは今に始まったことでなく、古代から続く筋金入り。
それから生じたのがおよそ世界でも日本にだけしか生存していないであろう他国中心主義的夢想的理想主義的建前論者の「日本型左翼」の存在ですね。
このあたりの考察なんて、ぜひぜひ読んで欲しいんですけどねえ・・・

「日本史」の終わり、というちょっととっつき難いタイトルは、お察しの通り、フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」から取られているんですが、どうなんだろう・・・?
この程度の推察が出来ないヤツは最初から読むなということなのか、考え過ぎてつけてしまったのか・・・
内容が良いからこそ、たくさんの人に読んでもらいたいと読後思ったんですが、そうなると、ちょっと惜しいタイトルだったかな、とも感じてます・・・

とりあえず一目、訴求力の乏しい題名と、本を開いてガッカリという対談形式にめげずに是非、御一読、とおススメするしかないですね。

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December 14, 2011

西欧文芸批評集成 澁澤龍彦@芸術から闇が奪われる時、闇は現実社会へ侵入する

今や西欧という言葉も文芸という言葉も死語でしょう。
加えて批評という言葉には昨今、「作品を創ることが出来ない人間の無責任な言動」という、悪い印象がついてしまった。
そんな死語と悪印象の単語を並べた1冊ですが、この本は今こそ読まれるべき1冊となっています。

西欧文芸の批評集成と題されていますが、澁澤さんの趣味通り、語られるのは文学の本流というより、幻想、暗黒、怪奇の文学と悪魔、異端、デカダン、黒いエロスについてです。

でもあらゆる芸術とは結局、「一つのスキャンダルであり裂け目であって、耐えがたい異常なものの現実世界への侵入である@ロジェ・カイヨウ」
ということです。
そこに感じるのは戦慄であり
「戦慄こそ人間の最も深い精神の部分だ。
いくら世間が戦慄を忘れさせ、人間を無感動な生き物にしようとも、
戦慄に打たれた人間こそ、途方もないものを深く感じとることができるのだ@ゲーテ著、ファウスト」ということなのです。

だからその芸術が先鋭化するほど社会とは対立する。
我々はそれを守らなければならない。
人をうわさする以外、なんの興味も持てないような退屈な規制好きの人間に、表現の沃野を荒らされてはならない。
そうなれば、虚構の中で奪われた闇が、やがて現実世界に滲んでくるからです。
人間をフラットに、明るい面だけの存在と規定し、暗黒面の一切の身ぐるみを剥がそうとした時、時代は常に惨劇が演じられる劇場となったのです。

ps
私はこの本を特に萌え系アニメのファンにおススメしたい。
近代文学における世紀末の魔女崇拝。
その開祖となったボードレールの人工物崇拝、冷感性の崇拝は、今の二次元萌えと密接な関係があるのではないか、と考えるからです。
「ピカビアのごときは、機械の部品の組み合わせによって、女のイメージを表現することに奇妙な熱中をしめした。
女はそのまま機械であり、エロティシズムはメカニズムに還元される。
逆に言えば、機械は女以上の女、自然の女よりはるかに優れた人工の女だということになる。ここから夢想を体現した未来のイヴという観念が生ずる」
とあります。
どうでしょう。
今の二次元萌えを予言していませんか?

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June 12, 2011

古典で読み解く現代経済 池田信夫@古典読みの先生にしてもらう講義

アダム・スミスの国富論から始まる本書は、マルクスの資本論、ケインズの一般理論から間にハイエクとナイトを挟んで、フリードマンの「資本主義と自由」に至るまでを、現代に通じる経済問題とからめて解説してくれています。

いつものように解釈に対し賛否あるようですが、私には非常に興味深く、面白く読めました。
今から国富論や資本論の原著を読み、自分のなりの解釈をはぐくむ、というのは相当時間に余裕のある人じゃないと難しいでしょ。
そういう生活をしてみたい、と思いつつ、まずは働かなくっちゃね、というのが現実なんで、とりあえずは先生のお話を聴くことに価値を感じます。

多少?と思う箇所は、池田先生がいつも取り上げる、
「きのうまで太陽が昇ったことは、あす昇る根拠にはならない」という言葉で、
これはブラックスワン(不確実性)の問題とは性質が違うのでは、と思うんだよね。
白い白鳥しかいないと思っても明日には黒い白鳥が見つかるかもしれない。
これは不確実性の問題だとしても、太陽云々は、地球の自転の話でしょう。
重さ5.972×10^24㎏の球体が、赤道上で時速1700㎞/hで回っている物理的な運動。慣性の法則の話じゃないですか。
もし地球が止まれば、椅子に座って安閑としている我々は、追突事故どころじゃない衝撃で壁に叩きつけらるわけで、って壁もすでにないか?
まあ、そういうことだと思います。
地球の自転を止める力はいかほどか?
あるいは太陽を一夜にして消す存在は何物か?というと・・・まあイイケドネ。

後、重商主義に囚われるのはバカってことだけど、これも半分しか納得できない。「」が本書ですが、
「重商主義が大好きです。今で言うと国家資本主義ですね」
重商主義と国家資本主義は、=で良いのでしょうか?
「金をたくさん貯め込んだ国が豊かなんだ・・・スミスはそれをまったくばかげている・・金それ自体は食えるわけでもないし・・・お金が富を生み出すことはない。これはスミスの昔から分かっていることです」
哲学的、文学的には議論のある処でしょうが、経済学的には金をたくさん貯め込めば豊かでしょ。
「真の富は金をつかって買う商品」、と言っても商品だけ積んでおけないでしょう。
意味不明です。

後はオモシロかったです。
特にマルクスが直観した、貨幣の持つ不安感とか、第六講の「資本主義と自由」の章で語られるベーシックインカム制度のもたらす劇的な官僚制度リストラクチャリング。教育バウチャーが引き起こす教育機関の圧倒的効果は、今後の日本が再生する為には、これしかない、ってほど感銘を受けました。

この本も再読、再再読したいですね。
教養が詰まっているのは確かです。

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December 21, 2009

少女コレクション序説 澁澤龍彦   @かつていたある教養人が綾波レイを予言する

「美しい少女ほど、コレクションの対象とするにふさわしい存在はあるまい。蝶のように、貝殻のように・・・」
今時、こんなことを書きだしたらヤバいんでしょうか?
でもコレ、アニメオタクの文章ではなく、澁澤龍彦という昭和の教養人の本からの一節です。

さらにこの本は私が買ってきた物でなく、妻が結婚する時、持ってきたモノです。
妻はアンティーク・ドールの制作が趣味で、少女人形を造っては、当時、フィギュアなどの趣味のなかった私を大いにビビらせました。

読んでいると今、興隆を誇る二次元萌え、フィギュア趣味を予言しているが如く、綾波レイを語っているが如しなので、抜き書きしてみましょう(スペース上の制約から多少改編してます)

「純粋な少女のイメージをなつかしく追い求めるのは男の生理の必然であって、歴史的に普遍的であった。
ゲーテやユゴーの少女嗜好を云々するまでもなく、サティロスのはニンフを好むものと相場がきまっているのである。
エルンストやダリが競って作ったマネキンやベルメールの関節人形もそのような男の夢想の現代における集約的表現と考えて差し支えあるまい。
女の饒舌は男の官能を白けさせる。
自らは語りださない受け身の存在であればこそ、男にとって限りなくエロティックなのである。
そのような完全な客体としての女は、男の観念の中にしか存在しえない。
そもそも男の性欲が観念的なのであるから、欲望する男の精神が表象する女も観念的たらざる得ないのは明らかだ」
Rei122

「ギリシャ・ローマ神話の処女神は月の神ディアナであるが、彼女は冷たい生娘の性格と破壊を好む戦闘的な性格を持っていた。ダフネの性愛一般を嫌悪する感情も精神分析で登録済みの用語である。
戦闘的な処女のイメージは、世界各地の伝説や歴史の中でさまざまに形を変えて生きている。白鳥の翼を持った少女、北欧のヴァルキュリーも戦闘好きな処女神であろう」
Ay_027
Rei033

「ポーの女主人公たちはいずれもドイツ哲学の濃霧と古代オリエントのカバラの神秘の中で鍛えられた、該博な学識の所有者であり、いずれも少年のような天使のような中性の胸をもち、いわば性がないのである。
ポーにおいては、その恋愛は純潔で天使のようで、感覚は少しも介入せず、孤独な頭脳は決して官能と相呼応することがない。もしそこに官能があったにせよ、それは永遠に凍結した、処女のままの官能である。@エドガー・ポーを語るユイスマンス」
071
Rei021


「ポーのような想像世界においてしか愛の焔を燃やそうとしない者は、現実には愛の対象を必要とせず、対象の幻影だけで事足りるのだ。
幻影とはすなわち人形である」
「自動人形は私たちの形而上学的不安から生まれた@ジャン・プラストー」
Rei


ま、こんなとこですね。
澁澤龍彦先生がお亡くなりになったのは惜しいなあ・・・

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October 28, 2009

篠田一士に「城@カフカ」を読んでもらう@二十世紀の十大小説

今回はカフカの「城」です。
一人の作家が後世に与えた影響の大きさを考えると、フランツ・カフカは空前の作家でしょう。

映画、テレビ・ドラマ、ゲームの世界に至るまで、カフカ的悪夢は一つのカテゴリーとして完全に定着しています。

そんなカフカはまさに「伝説の不死鳥のごとく、類例を見ない独創的な存在」だと思われてきましたが、篠田さんはゼノンのパラドックスから話を起します。

繰り返される「隷属と無限」という観念への偏執。
それこそがカフカだと断言します。
・ ・・言われてみればなるほどで、確かにね。
分かり易くて奥が深い・・・カフカも怖いけど、篠田一士も恐るべき評論家です。

「我々人間にとって、生きるということはかぎりなく「耐え難い状況」のなかで、与えられるものだけをすべて受け入れ、それに服従して、果てしなく生きるということであり、死も、また、この隷属の状態からわれわれを解放することはできない。こうした生と死の想い,無限の世界、世界が無限と化し、世界と観念は、ひとつのまったき実体に肉化する」
なるほど

「カフカの作品は、経験的な現実と宇宙的な意識との対決が問題になっている。主人公は突如としてみずからの具体的な経験的日常生活から強引に超経験的世界へ引き入れられてしまい、かくして絶えざる相克が二つの領域圏の間で進展し、宇宙的領域(この世から忘れ去られた)世界におかれた人物が、いかにすれば生存しうるか、理解可能か、展望可能になるか、という点にある」

さらに驚くべきことに、この評論の後半では、Kと周囲の状況をひっくり返して見せます。
目から鱗。
こういう見方もあったのか、と思いました。

この本の後半は「子夜」「U・S・A」「アブロサム、アブロサム」と読んでいない本が続きますが、興味を惹かれたので読んでみます。

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September 15, 2008

ヘルメスの音楽   浅田彰@人は嫌いでも本はスゴイ・・・

浅田彰は、その傲慢無礼な発言に感情を逆撫でされること多々で、正直人間としては大嫌いな部類に属する。(会ったことはないですけど・・・笑)

ただこんな本を読んだ後では、一人の書き手としての能力を認めることにはやぶさかではない。今更浅田か、ということを感じる方もいらっしゃるでしょうが、そういうことを言うと、今更漱石か、とか、今更、ドスか、と言うのも同じ。(比較が大物過ぎた? 笑)
一人の書き手として、古典になっていると考えても間違いないと思います。

この本は、ヘルメスというキーワードを軸に、その美学的特質として、
「速きものヘルメス、いたって小さな軌道を踊るように進むその足取りは、どんな追っ手からもやすやすと逃れてしまるだろう」ということから、シューマンとバルト、ポリーニ、G・グールド、ケージ、デルヴォー、フェルメール、F・ベーコンについて語った評論集です。

一番気に入ったは、
「デルヴォー あらゆる終わりのあとの永遠の黄昏の中にたたずむ」
として、絵画一枚づつに寄せられた短文の出来が素晴らしい。
デルヴォーの絵画世界を見事に訳しおおせています。
こういう真似って出来ないんだよね。

個人的に好きなF・ベーコンへの論評も良かった。
ベーコン=暴力性、どうしてもそう思ってしまうのだけれど、そんな評価をベーコン自身が嫌っているのも事実。
ならばどう解釈するのか?
浅田彰の導く解答は、「恐怖より叫びだ。その輝かしいヴァイブレーションなのだ。物語られた恐怖はない。かわりに感覚することの恐怖。強度の中でほとんど恍惚とひとつになった恐怖がある」・・・流石ですね。

ポリーニは正直、それほど好きなピアニストじゃないし、この本を読んだ後でも関心はもてないけど、好きな方なら、その魅力が非常に鮮明に語られているんじゃないかな。
グルードの弾く、極端におそいテンポのモーツァルトが秘める戦慄すべき速度、なんて指摘も、腑に落ちるとしか言いようがない。

とりあえずここまで書ける著者はそうはいませんので、読み応えはあります。

ps
「おぞましさが輝きとなり、生の恐怖が極度に純粋で強度に満ちた生となる。『生とはなんと恐ろしいのか』とセザンヌは言う、しかしこの叫びの中ですでに線と色彩のありとあらゆる歓喜が立ち昇るのだ。@F・ベーコンについて語るドゥールーズ」
カッコイイよな、こういう文章はさ。

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August 01, 2008

カフカの書き方 池内紀

20世紀の初頭、ほとんど人に知られぬまま40才で早逝した、世界の文学史上最も重要であり、かつ後世に多大な影響を与えた作家フランツ・カフカ。

この本は池内紀さんが、カフカの原稿を詳細に調べながら、その創作のスタイルを探る1冊です。

カフカは小説を書くとき、まず走り高跳びの選手のように慎重に幾度も跳躍点を探り、それが決まると後は当人すらどのような物語になるのか分からぬまま、「暗いトンネルをすすむように」書き進め「書きながら追いつく」ようなスタイルをとっていました。
ひとたび走り出すと、後はひたすらペンの動きに従わせる。
だから書き出し以外、長大なヘビがうねるように続く原稿には、異様なほど直しがないようです。

それにしてもカフカの予言した、不条理にして実存主義的な孤独と不安。
これはその後、あらゆる芸術のテーマとして深く、広く取り上げられることになります。

30年後には、サルトルやカミュに絶賛され再発見されると、その強力な予見の力は、世界の映画界にはいわずもがな、アメリカでは「トワイライト・ゾーン」として、日本でも「ウルトラQ」や「世にも奇妙な物語」となって、お茶の間にまで侵入を果たし、ハイカルチャーとしては、アートの世界でも、シュルレアリズムなどの明確なバックボーンとなっています。

そのあまりに人間離れしたその予言の力が、自らの死に様すら書き取ったような「断食芸人」すら書かせたのか、と思うにつけ、「天才」を得る為にする神との取引は厳しいものだと思わざる得ません。

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