イントゥ・ザ・ワイルド@胸締め付けられる放浪への憧れ、刹那への生
朝から晩まで働いて、休日もあまりない。
学生時代が終わったらすぐに就職。働き出した。
それ以来、営々と働いて生きている。
そんな人生を望んだ訳ではないが、結果的にそうなっているのは、実はそんな生き方が楽だからだ。
そうすれば経済的に安定し、社会的に信用され、日常生活に不自由が起こり難い・・・なんのことはない、自由を対価に差し出して、安定を手に入れているのだ。
この映画は、そんな生活をしている私のような者にはとても眩しく、もどかしい思いを起させる。
ショーン・ペンは天才だ。
全編に渡るカット・バックの構成は揺ぎ無く安定しながら、優れた詩人の感性がないと撮れないようなアラスカの山々や穀倉地帯の夕日などを軽々と差し出してくる。
叙情と霊感に満ちた大自然の風景は忘れ難く、すべてのエピソードは美しい。
「海の唯一の贈り物は過酷さだ。
自分を強いと感じること。
人生に必要な物は、実際に強いことというよりも「自分を強いと感じる心」だ。
1度は自分を試すこと。
自分の頭脳と手しかない。過酷な状況に立ち向かうことだ」
人は弱いから社会という互いに支えあう協力のシステムを作った。
だからそのシステムには不可避的に甘えが忍び込む。
私などその甘えに最も依存している部類であるが、依存しないでは生きられない。
「荒野で何をするんだ?
ただ生きるんだ。
特別な場所でその瞬間を」
ただ生きる!
とっくに忘れた言葉を囁かれた気分だ。なんと力強い決意かと思う。
本当に純粋な生というのは過酷なものなのだろうと思う。
あまりに眩くて直視し難いものなのかもしれない。
色々な煩悩や娯楽は、眩い生の光を弱めるサングラスだ、きっと。
「もし生き方が理性で支配されるなら、人生の可能性は打ち砕かれる
自由とその素朴な美しさは無視をするには素晴らしすぎる」
そして彼はアラスカ滞在100日目には衰弱し、24歳で死んでいった。
彼の見た青空の美しさは、我々には絶対に見えない美しさだったと思う。
「ボクの一生は幸せだった。みんなに神のご加護を」
こんな言葉を残して死んでいけるなら、悔いはなかったと信じたい。
彼にとって長い見通しの立つ生は苦しみだけだったのかもしれない。
その瞬間を全力で生ききる。
究極の潔さだ。苛烈な生の燃焼は、そこにしかなかったんだろう。
ps
蝿が集りヘラジカが腐るのは、人に害意を持つ「蝿の王」へのメタファーだと思う。
原作通りの事実だったとしても、神話的な意味で一致したんだと思う。


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