愛の映画

August 27, 2014

嘆きの天使@教授は不幸になったのか? 現状維持バイアスについて考える

神話的な造型であるファム・ファタール(運命の女)を、ディートリッヒが見事に演じ切り、映画史上でも著名な作品となった1本です。

旧い映画なので、とりあえずストーリーを説明すると、真面目一本で生きてきたギムナジウムの教授が、学生の持ち込んだ絵葉書のいかがわしさに仰天。
街を巡業中のキャバレーに文句を言いに行ったものの、逆に踊り子歌手のディートリッヒの妖艶な魅力に憑りつかれ、教授職を投げ打ち結婚。
落ちぶれて故郷の街で屈辱的な扱いを受け、最後はかつて自分が教えていた学校の教壇で死んでしまうという、人間は真面目に手堅く、道を外れてはならん、という教えに満ちた映画です(笑

でも教授が、あのまま妖艶な踊り子と出会わなかったらどうでしょう?
出会っても心動かされなかったらどうだったか?
穏やかな日々は続いたでしょうが、独身で毎日毎日決まりきった授業をやるだけの味気ない日々。
それなりに敬意は払われ、生活も安定していたでしょうが、それでそのまま年を取ってどうだったのか?
手堅い一生ではあったでしょうが、幸せな人生だったと言えるのか?

あの酷い待遇が始まる前、踊り子と結婚する時の教授の顔は、幸福の絶頂そのものでした。
幸福をグラフ化し、それを積分すれば、何も起こらない人生と(高さは低いが長く続く)、踊り子と出会い結婚し(ピークは高いが、期間は短い)、破滅した人生の幸福の総量は同じだったのでは?と考えられなくもない。

なに、それではオマエはこういう女に会いたいかって?
逢いたくないですね。
貴方は逢いたいですか?どうでしょう。
この質問、多数の人にしてみたら、恐らく逢いたくない、という人が多いんじゃないでしょうか?
でもそれなら、出会っても出会わなくても幸福の総量は同じだった、とした仮定は間違っている、ということになりますね。
幸福の総量はやはり地道な生活の方が良かった、ということになる。

だったら計算が見合うだけ、幸福のピークをうんと上げましょう。
踊り子と出会い、結婚した教授はとてつもなく幸福だった、天国にいるようだった、としましょう。
さて、これで数学的に同量です。
完全に同じとする。
出会わない生活は、安定していてもとてつもなく退屈で、出会う方は落剝するまで天国にいるごとし、とする。

ここでまた質問です。
貴方だったらどうするか?
そう、これでも多数の人は安定を選ぶんです。
この人間の思考の偏りは、一般に現状維持バイアスと説明され、経済学ではダニエル・カーネマンが期待効用のアノマリーとして理論化しました。

我々は未知のモノを恐れ、退屈だ、と嘆きながらも天使は望んでないという驚きの心理状態が明らかにされたのです。

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June 07, 2013

アカシアの通る道@渾身のリアリズムが教える人が必要とするモノとは

カンヌでカメラドール賞を受賞した作品ですが、内容は極めて地味で、一人のトラックドライバーが、赤子を連れたシングルマザーをパラグアイからブエノスアイレスまで送るだけのストーリーです。

登場人物はほぼその二人と赤ん坊一人だけ。
中年のドライバーと、シングルマザー役の女性は、どっからどう見ても映画スター、という雰囲気ゼロで、乗っているトラックは古臭く、映し出される周囲の道も南米の貧困が滲み出ていて、セリフにも唸るような言葉はなく、事件も何も起こらない。

それでもこの映画は魅せます。
特筆すべきはそのリアリティで、観ていると、やっぱり南米の貧困は酷いな、とか、こういう境遇で鍛えられる忍耐力は筋金入りだろうな、とか、いつの間にか映画だという事を忘れて本気になって観てしまっている。
映画というよりドキュメンタリーを見た気になっている自分に気づきいさめるのですが、また観ているうちに、大変なんだろうな、とか、大丈夫かな、なんて思わされている(笑
この映画も持つ現実感(reality)、半端じゃないです。
カンヌは良い受賞者作品を得ましたね。
こういう作品を取り上げ続ければこそ、カンヌの格も上がろうというモノです。

そしてストーリーが進むにつれしみじみと伝わってくるのは、人が本当に求めているモノとは何か、ということ。
この映画は一切、声高に訴えることがないのですが、暖かな湧水に触れるが如く、思うのは、「人は人と繋がりたいのだな」という気持ちです。
私は、というか、ある種の男性にはその傾向、あると思うのですが、孤独癖ってあるでしょう。
俺は別に一人でもイイよ、みたいな感じ。
でもこの映画でドライバー役をやったヘルマン・デ・シルバさんが教える処に寄れば、やっぱり誰かといられたら、ということだよね。

赤ん坊が非常に可愛いんですが、いわゆるCMに出て来るような赤ん坊の可愛さじゃないんだ。
この辺も実にさりげないけど巧い。
その赤ん坊が繋ぐ二人の大人の心の架け橋。
最後の最後まで、映画が終わった後後まで鑑賞者の気持ちにぬくもりが残る、けだし名品と言える一編でした。

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April 13, 2012

アーティスト@84回アカデミー賞作品、監督、主演男優賞だが・・・地味過ぎませんかね?

第84回アカデミー賞の主要3部門を独占した作品ですが、私には少し物足りない作品でした。
この映画のファンの方にはお詫びします。
私は絵画にしろ小説にしろ音楽にしろスポーツにしろ一点だけの譲れないのは、自分がどう感じたか、ということなんです。
どんなに世評が高くても、権威ある賞を獲っても、人気爆発でも自分がピンとこなかった作品は褒められない。

こういう作品がアカデミー賞を獲るというのは、アメリカという国がいかに映画という表現形式を愛しているか、ということの証左だとは思います。
それはそれで素晴らしいなんだけど、年間で最も優れた作品がこれか、と言われれば、ノスタルジーの魔法にちょっと惑わされすぎているんじゃないかな、と思ってしまうのだ。
本気で昔ながらのサイレント映画を造ろうという意気込み、映画へのひたすらの愛情など志は高く、グラスを置くシーンなど演出は冴えて気が利いていたのは感じましたし、ハリウッドらしくしつけられた犬も素晴らしい演技を見せる。
でも、だ。
しかしだ。
あえて言うならこの程度の映画なら、来年辺り有料の衛星放送でのノーカットバージョンを鑑賞出来れば充分だ。
ヌードやアクションシーンがないことが、物足りないと言っているんじゃない。
この位の映画ならむしろ「ニーチェの馬」みたいに真正面から芸術難解路線です、なんて言ってくる映画の方が、個人的には好みかな、と思ったしだいです。

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June 03, 2010

幻影師アイゼンハイム@分離派を思わせる映像と仰天のラスト

この映画の優れた点は、19世紀末のウィーンを描いた映像が、耽美な金色を基調に、分離派を思わせるような味わいで撮られている点です。

少し大袈裟に言えば、画面全体がクリムト・タッチという感じで、美的な崩壊感覚が、十数年後に迫る帝国終焉の兆しすら滲ませているんですね。

主演のエドワード・ノートンは完璧。
何より才人、スティーブン・ミルハウザーの原作を良く練りこんだ脚本が見事で、すっかり騙されてしまいました。

私は映画を観る時、結局、こうだろう、と話を先読みしながら見る方なんですが、ラスト手前からの騙しと脅し方が見事で・・・うーーん、悔しいけど、疑う暇がなかった。

もう少し話にたるみがあったら、見抜いたと思うんだけど・・・なんて負け惜しみを書きたくなるほどです。

いわゆるマジシャンの恋と復讐のお話なんですが、magic云々というより幻影師として活躍しだしてからのが演出、巧かったなあ。
映画の中のマジックに目を見張っていてどうするんだよ、自分、って感じ。
でもね。
警察署に連行されてからのセリフなんて上手いんだよ。

クリムトやシーレが好きで、ちょっと驚きたい貴方になら文句なくオススメ!
という作品でした。

しかし悔しいな。

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April 16, 2010

砂の上の植物群:映画@交わりの性よりナルシシズムの時代?

吉行淳之介さんの原作が著名ですが、その小説の題名の由来は、この映画にも使われているパウル・クレーの水彩画です。

成り立ちがちょっと複雑ですね。
監督は鬼才、中平康で、その独自のスピーディな展開は、40年以上前の作品とは思えないほど現代的でもあります。
原作、原画共々読んでおきたい、見ておきたい作品ですが、今回は、この映画に出演している俳優と女優さんたちのエロティシズムについて書いてみます。

主演は仲谷昇さん、女優陣は女子高生役、ホステス役、人妻役と出てきますが、みな生々しいほどに性的です。

男は女を、女は男を性的な対象として、激しく欲している。
画面からそれらが臭いたつのは中平康の演出の力もあるでしょうが、やはり時代を反映しているのではないか、とも思うのです。

今の俳優さんや女優さん、みな美しくカッコイイですよね。
女優、俳優陣、共に、なんでこの人が?という人はいない。
みなさん、スターなんだろうなあ、という魅力に溢れている。
でもこの映画に出てくる仲谷さんや女優さんほど、性的な訴求力は感じないのです。
やはり今は性的な時代ではない、のでしょうか?

最近(と言ってもかなり経ってますが)の邦画で、性への欲望を直裁に描いたのに「失楽園」がありました。
綺麗な映画だったと思います。
主演の役所広司さんは、私の好きな俳優さんです。
たとえうらぶれた役柄でも、カッコ良かった。
でもこの作品の仲谷さんのような、滲み出るような性的欲望は感じられなかった。
女優は黒木瞳さん。
完璧な美貌とスタイルで、これ以上美しい人は、それほどいないと思います。
でもこの映画の女優さんたちほど、性に飢えたような、性にすがらないと生きていけないような感じはなかった。
黒木さんは性行為よりも、エステとか教養講座とか、コントロールされた食生活とか科学的なトレーニングで自分自身の美を保つ、というイメージが沸きます。

今は、相手と営む、という性行為より、まず自分を高める、という時代なんでしょうか?
性には元々制約が多々あるものですが、社会的な要請として、それはますます厳しくなっています。
今の時代、映画でもこういうシーンは不味いんじゃないか?
自主規制するんじゃないの?という箇所もありました。

実現が難しく、社会的なリスク(制裁)も多くなった性行為に反して、今は自分の値打ちが厳しく問われる時代です。
ならば欲望は自分に、ナルシスティックな方向に向かうのではないか?
またこの時代と比べれば、遥かに多様な娯楽が供される時代でもあります。

村社会が分解され、会社社会も分解され、家庭も分解、そしてやってきた個の時代と国民自体の性離れ、ということでしょうか?

という訳で今回のオススメは究極のナルシシズムの対象、綾波レイちゃんが出てくるエヴァンゲイリオンです。

綾波レイへの思いって、ナルシシズムだと思うんだよ。

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April 01, 2010

プルーフ・オブ・マイ・ライフ@数学オタクは見逃すな

天才数学者の父親を長い闘病生活の末、看取った女性の再生物語、ということでしたが、後半、リーマン予想の証明に関してスリリングな展開があり、数学オタクの方なら見逃せない作品です。

年老いた天才数学者を演じるのは名優アンソニー・ホプキンス。
狂気と知性に気品を兼ね備えた役どころを完璧に演じきるのはいつもながらの見事なお手並みですが、特筆したいのは、精神の不安定な傷ついた女性を演じたグウィネス・パルドロウ。

化粧気のない顔に浮かぶシャイな気弱そうな微笑と、時に自虐的な眼差しが不思議な魅惑をたたえます。
というか私のツボなんです、このタイプの女性(笑
私はともかく頭の良い(学歴ということではなく)女性が好きです。
時に、女はバカなほど可愛いと、言われますが、分かりません。
私は知的で、感性の豊かな女性でなければ嫌ですね。
特に天才的な理系女性なんて、それだけで萌える(笑
グウィネスは美術史を専攻し、ヨーロピアン・コンプレックスがあるようなので、このインテリジェンスのある役柄は、内心ノリノリだったと思います。

ps
映画の中には、素数についての歴史的な予想、としかありませんでしたが、ディレクレのL-関数、ジーゲルの零点とのセリフがあるので、まず題材はRiemann Hypothesisだと思います。(直接言わない処が上品な演出です)
親子どちらが証明したかということのキーになるのが非可換幾何学で、なるほど納得の説明。
しかしこの作者、相当なオタクだ、と思ったら、幾多の賞を受賞していた「プルーフ/証明」という舞台劇の映画化でした。
元ネタがしっかりしていたわけです。

ps
「数学についての独創的なアイデアを持つのは26歳以下の男性だけ」、というセリフがありますが、誰もおおぴらには言わないけれど、数学、哲学、理論物理のなど抽象概念を扱う分野では、暗黙の了解事項だよね。
残念ながら。

ps
親子は字が似る、というのがこの映画のもう一つのキーですが、これは我が家では実感しています。
私は父親とそっくり。
そして次女が私にそっくりの字を書きます。
相手の字を初めて見たときの驚きは、ちょっとしたものだったよ。

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March 26, 2010

ラースと、その彼女@フィギュアはリアルの代わりとか練習台ではない

毎朝起きてまず目に入るのは、書棚に置かれた沢山のフィギュア・・・という私なので、この「優しいラースに出来た彼女は等身大のラブドール」、という映画には他人事でない気持ちで望みました。

路傍に雪が残る田舎町でも周囲の人はみんな優しくて、映画は心暖まる話になっているのですが、人形の気持ちを真剣に聞き込むラースには、自分の事を棚に上げて正直ちょっと・・・
私がフィギュアに話し掛けるのって数ヶ月に1度ですから!・・・って話掛けてるのかよ!
怖いわ。

でも最後までこれは違うなという感じを受けるのは、結局、この話、ラブドールが実際の恋愛の前段階になったということですね。
私が綾波レイや日奈森あむを見つめる気持ちって、リアルの女性に対する視線とは違います。
綾波レイには我欲のない、自己犠牲を厭わない、聖性と通じる勇敢さ、ですし、日奈森あむの絵にはひたすらな「線への賛美」があるだけ。
この気持ちにもっとも近いのはフェラーリの写真を見ている時とかラファエロやダ・ヴィンチの絵画を鑑賞する時です。
PEACH-PITの描く線は、なんとまあ美しく快楽に満ちているのだろう、ということですね。
共に恋愛感情というものではないよね。

フィギュアは「人間以前」のモノではなく、人間以後の形而上学的な存在なんです。
よくシュール(幻想的)レアリズムと誤読される絵画は、本当はシュルレアリズム(超現実)を描こうとした現実の本質をつかもうとした絵画なんです。
フィギュアはそれと同じで、恋愛とか幻想というあやふやなものではなく、現実に超をつけるように、より深い場所にある、人の良き物を純化して愛でる気持ち、ですね。その表象です。

だいたい綾波レイがGF、と言っても困るでしょ。
これまたフェラーリにたとえると、世界に39台しかない250GTO(一台10億円以上?)、さあ差し上げますから乗って下さい、って言われても恐れ多くて、せいぜい隣に乗せて戴ければ一生の思い出ってレベル。

話はちょっとズレるんだけど、そういう点、長門さんには妄想が膨らむよね。
彼女には聞いてみたいことが沢山ある。
ゲーデルに限界を指摘された数学基礎論を乗り越える超数学?はどんなものになるのか?とか
奇数の完全数はあるのか?とか
存在しないとすれば、どんな証明を経て示されるのか、とかね、
彼女はきっと何でも知っているはず。
逆にダン・シモンズなんてオモシロイかあ、なんて話題もしてみたい。
SFにおける視覚的なイマジネーションの追求は、B・オールディスに極まるのでは、なんてことも言ってみたい。
SFとミステリーなら相当話題も盛り上がる・・・と思う・・・やっぱり俺は本読んでる女は好きだな。
レイちゃんも読んでますけどね・・・恐れ多いよ。
彼女はやっぱり聖女で、交際というより信仰の対象。

しかし「しゅごキャラ」のDVD観ながら、経済統計待ってFXのスキャルピングやっているのって、キモイというかなんと言うか、すでに曰く言い難い存在だよな。
しかもおっさんが。
怖いな、世紀末は、じゃないとっくに21世紀か・・・どうなるだろう、この先は

「男の性欲が観念的なのであるから、欲望する男の精神が表象する女も観念的たらざる得ないのは明らかだ@澁澤龍彦」
この予言がとてつもない形で実現してしまう日はあるのだろうか?
今日は映画よりコッチをオススメ

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January 19, 2010

シベールの日曜日@二次と三次は違うんだ。私はダメでした

少女愛を描き、当時のアカデミー外国語映画賞、ヴェネチア国際映画賞を受賞した作品です。
日本の少女漫画にも大きな影響を与えた、ということで、観るのを楽しみにしていたのですが、まったくダメでした。

確かに映画自体は良く出来ている。
街灯が一つだけ灯った夜の石畳の光りとか、冬枯れの公園の侘しげな風情など、優れたカメラワークです。
でも主演の少女に全く魅力を感じない。
主人公の青年にも共感出来ない。
「これはツマラナイな」、と一緒に見ていた妻に言ったら「オモシロイじゃない」と言う・・・
「どこがオモシロイんだ?」と聞いたら「女の子がイイ」と言う。
・・・分からない。
むしろ主人公の青年を徒食させている大人の女の看護婦の方がずっとイイ。
彼女が脱ぎだすと、その艶かしさに引き寄せられる。
素晴らしいじゃないか!
俺はコッチでイイ!と思う。
彼女が公園で遊ぶ青年と少女を見送るシーンには哀れを催す。
さらに気の毒なことに、悩んで相談に行っても「彼は恋をしている。恋は隠すものだ」なんて言われてしまう。
「少女と恋をすると、自分の世界を見つけられる、俺が代わりたいくらいだ。純粋な者を妨げるな」なんて事も言われてしまう。
散文的な結論だが、彼女が一人で働いて生活を見ているのに、あんまりだな、と思ってしまう。

それにしてもこの女の子は純粋かあ?
この少女はすでに女である。
会いに来た青年に「行かないで、私を捨てたのね」
なんて言う。
「私が死んだら、あなたも死んでくれる?それても忘れて奥さんと暮らす?」
なんて事も言う。
確かに孤独な者同士だったと思うんだけど、これで純粋って言われてもなあ?
奥さんがいるって分かっている男にさあ・・・なんてツマラナイことを思いだす。

結局、「着てはもらえぬセーターを、寒さこらえて編んでます」という自己犠牲のメンタリティ強い日本人としては、エゴが強すぎるな、と感じてしまいました、
ファンのみなさん、スミマセン。

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May 22, 2009

マリア・カラス最後の恋  @ほとんど神々同士の恋愛だけど幸せは何処に?

史上最高のソプラノ歌手マリア・カラスと海運王アリストテレス・オナシスとの恋物語をかなり忠実に映画化した作品らしいです。

歌手、成功すれば最も華やかな存在、仕事でしょうか?
それがポップシーンのモノでなく、クラシックはオペラの名花、それも歴史に残るような圧倒的な存在だったら、もう想像もつかない高みの人?、だよね。
富と名声だけでなく、国のトップとも対等以上に会える。
それで職場は、パリのオペラ座とかNYのメトロポリタン歌劇場。
みんな生涯に一度は行ったら一生の思い出になるような場所が仕事場で、その場所の全てのスタッフに待ち焦がられていて、久々に登場なんてなったら、総出で歓迎のお出迎え・・・もう凄いっての通り越してる生活・・・

一方のアリストテレス・オナシスも非常に大富豪らしい大富豪。
今はビル・ゲイツがトップなんでしょうが、オタクっぽいものね。
それが海運王。なんつーか分り易い金持ち。
デッカイ船を沢山持っていて、世界の海運を支配していて、もうこれ以上ないんじゃなのって人。

考えるとこれ以上キャラの立った二人っていないよな。
そんな二人の恋の舞台は紺碧に輝くエーゲ海で、オナシス所有の巨大客船みたいな自家用クルーザーに乗っている
スゲエ!
セレブたって、昨今のセレブって金持ち有名人なんでしょうけど、一抹の笑い者感があるでしょう。
それがこの二人にかかると、セレブって単語自体に安っぽさを感じさせるのが感無量。
舞台がエーゲ海だけに、二人はほとんどアフロディーテ(美を生み出すって意味で)とポセイドンの恋って言っても大げさでない?

でも内実は、浮気をなじり合い、嫉妬に苦しみ、仕事も家庭もドロドロ。
なんていうか人間、ここまで頂点を極めてもまだ幸福じゃないのね、という感慨も浮かびます。
マリア・カラス役の人もオナシス役の人も似ている気がして、ロケ場所も忠実でリアリティがあったんで余計にそう感じる。

まあみんな大変だってことさ。
だから今週土日も仕事だけど、文句は言わないってことで(←自分のこと)
あー、でも海運王になってエーゲ海のお城みたいな別荘に住んでみたいな。
不幸でも大変でもイイからさ。
そんな感じの映画でした。

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April 08, 2009

中国の植物学者の娘たち  @中国人はヤバイ

湖の中の小さな孤島に住む植物学者と孤独な娘の元に、研修生として一人の女性がやってきます。
二人の娘たちは、はからずも愛し合うのですが、その残酷な結末は・・・という話。
なかなかの悲恋物語だと思いました。

禁断の愛を耽美的な色調で撮った作品ですが、艶めくエロスと透明感溢れる叙情的な風景など、長く心に残る美しさは本物です。

特に植物学者の娘の方、リー・シャオランの艶かしい所作、表情は絶品で、惹き込まれます。
華奢な手足をたゆたゆように動かし、長い指が透明な水面を探るように滑る時の魅惑は抜群。

音楽を担当したエリック・レヴィも素晴らしい仕事振り。
オーケストラと中国楽器で奏でられる旋律は美しく、様様な植物が生い茂る庭園は、豊かな生命と、命の持つ制御不能な快楽と欲望を暗喩します。
赤い堤燈が映える小さな橋は、危うい愛を繋ぐ禁断の希望の象徴のよう。

ラスト、過酷な運命を受け入れて、なお後悔のないような二人の姿は、エロスと限りなく融合したタナトスの毒を飲み干した人間が行き着く彼岸なのか。

政治的な色合いでは日本を敵視する中国を好きにはなれませんが、私はアートや文学、映画、スポーツ、音楽などで美しい物を造る人のことは文句なく好きになるので、この調子で作られるとヤバイですね。
特に中国人女優は好みかも・・・妖しいよね。限りなく。
薄皮一枚下に死を秘めるようなエロティシズムは、古代から傾国の美女伝説のある国ならではなんでしょう。
こういう女優像って、他国には中々ないものだと思うのだけれど、如何?

すべてを投げ打って、危険な、つかの間のエロスに殺到する生き様は、ちょっとイタリアの美学に通低しています?
洋の東西を見渡すと、どこかカラヴァッジオの絵画とか、全開で飛ばす時のフェラーリを思わせるんだよね。

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