愛の映画

May 22, 2009

マリア・カラス最後の恋  @ほとんど神々同士の恋愛だけど幸せは何処に?

史上最高のソプラノ歌手マリア・カラスと海運王アリストテレス・オナシスとの恋物語をかなり忠実に映画化した作品らしいです。

歌手、成功すれば最も華やかな存在、仕事でしょうか?
それがポップシーンのモノでなく、クラシックはオペラの名花、それも歴史に残るような圧倒的な存在だったら、もう想像もつかない高みの人?、だよね。
富と名声だけでなく、国のトップとも対等以上に会える。
それで職場は、パリのオペラ座とかNYのメトロポリタン歌劇場。
みんな生涯に一度は行ったら一生の思い出になるような場所が仕事場で、その場所の全てのスタッフに待ち焦がられていて、久々に登場なんてなったら、総出で歓迎のお出迎え・・・もう凄いっての通り越してる生活・・・

一方のアリストテレス・オナシスも非常に大富豪らしい大富豪。
今はビル・ゲイツがトップなんでしょうが、オタクっぽいものね。
それが海運王。なんつーか分り易い金持ち。
デッカイ船を沢山持っていて、世界の海運を支配していて、もうこれ以上ないんじゃなのって人。

考えるとこれ以上キャラの立った二人っていないよな。
そんな二人の恋の舞台は紺碧に輝くエーゲ海で、オナシス所有の巨大客船みたいな自家用クルーザーに乗っている
スゲエ!
セレブたって、昨今のセレブって金持ち有名人なんでしょうけど、一抹の笑い者感があるでしょう。
それがこの二人にかかると、セレブって単語自体に安っぽさを感じさせるのが感無量。
舞台がエーゲ海だけに、二人はほとんどアフロディーテ(美を生み出すって意味で)とポセイドンの恋って言っても大げさでない?

でも内実は、浮気をなじり合い、嫉妬に苦しみ、仕事も家庭もドロドロ。
なんていうか人間、ここまで頂点を極めてもまだ幸福じゃないのね、という感慨も浮かびます。
マリア・カラス役の人もオナシス役の人も似ている気がして、ロケ場所も忠実でリアリティがあったんで余計にそう感じる。

まあみんな大変だってことさ。
だから今週土日も仕事だけど、文句は言わないってことで(←自分のこと)
あー、でも海運王になってエーゲ海のお城みたいな別荘に住んでみたいな。
不幸でも大変でもイイからさ。
そんな感じの映画でした。

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April 08, 2009

中国の植物学者の娘たち  @中国人はヤバイ

湖の中の小さな孤島に住む植物学者と孤独な娘の元に、研修生として一人の女性がやってきます。
二人の娘たちは、はからずも愛し合うのですが、その残酷な結末は・・・という話。
なかなかの悲恋物語だと思いました。

禁断の愛を耽美的な色調で撮った作品ですが、艶めくエロスと透明感溢れる叙情的な風景など、長く心に残る美しさは本物です。

特に植物学者の娘の方、リー・シャオランの艶かしい所作、表情は絶品で、惹き込まれます。
華奢な手足をたゆたゆように動かし、長い指が透明な水面を探るように滑る時の魅惑は抜群。

音楽を担当したエリック・レヴィも素晴らしい仕事振り。
オーケストラと中国楽器で奏でられる旋律は美しく、様様な植物が生い茂る庭園は、豊かな生命と、命の持つ制御不能な快楽と欲望を暗喩します。
赤い堤燈が映える小さな橋は、危うい愛を繋ぐ禁断の希望の象徴のよう。

ラスト、過酷な運命を受け入れて、なお後悔のないような二人の姿は、エロスと限りなく融合したタナトスの毒を飲み干した人間が行き着く彼岸なのか。

政治的な色合いでは日本を敵視する中国を好きにはなれませんが、私はアートや文学、映画、スポーツ、音楽などで美しい物を造る人のことは文句なく好きになるので、この調子で作られるとヤバイですね。
特に中国人女優は好みかも・・・妖しいよね。限りなく。
薄皮一枚下に死を秘めるようなエロティシズムは、古代から傾国の美女伝説のある国ならではなんでしょう。
こういう女優像って、他国には中々ないものだと思うのだけれど、如何?

すべてを投げ打って、危険な、つかの間のエロスに殺到する生き様は、ちょっとイタリアの美学に通低しています?
洋の東西を見渡すと、どこかカラヴァッジオの絵画とか、全開で飛ばす時のフェラーリを思わせるんだよね。

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December 29, 2008

ワンス(noce)ダブリンの街角で /音楽の力と卓越した脚本と抜群の二人!

寒さ厳しき年の暮ですが、本当のハート・ウォーミング映画と出会いました。
舞台はそれほど華やかとは言えない都市ダブリン、話は年の行ったストリート・ミュージシャンと花売り女の間の恋です!・・・
今時、ストリート・ミュージシャンとか花売りの女とか、まともに当てようとしてマーケティングしたらあり得ないようなダサい設定だと思うのですが、観終わった後では、結局フィクションの力というのは、何を語るか、というより如何に語られたか、ということなのだなあと差認識させられた次第です。

確かにこの映画を成功に導いた最大の要因は、アカデミー歌曲賞まで取った主人公の歌でしょう。
音楽と歌の素晴らしさは特筆すべきものでした。
でも話の構造堪能主義者としては、アイデアに満ちた脚本を楽しみたい!
「本当の仕事は何なの?」と聞いてきた女性に、男が「掃除機の修理屋だよ」と答えると、「ウチの掃除機故障しているの!直してくれる」と来る。
ここまでならなんてことのない展開なんですが、この女性、次の日には歌っている主人公の処に直接故障した掃除機を持ってきてしまう(笑
「それで直してくれ、昨日約束したじゃない」なんて言い出す。
その後どうなるかは観てのお楽しみです。
ただこんなに可愛く掃除機が撮られたのを見たのは初めてだったと言っておきます。

二人で行った楽器屋さんのシーンも深く心に残ります。
女性もミュージシャンだそうですが、演技も自然で魅力的!
ちっとも派手な撮り方をしていないのに、普通の懸命に生きる人間の美しさを表現しえています。

銀行の融資係の対応にも呆気に取られました。
こんなシーンは思いも付かなかったですが、このシーンがただのアイデア倒れに終わってないのは、お固い背広姿の融資係が秘めていた別の人生に光が当たるからなんですね。
語られぬ物語を、観客は一瞬で感じるわけです。
チェコ移民である女性の家に、TVを観にドヤドヤと入ってくる若者たちの返答も洒落てるよね。
そう、映画は考え抜けるかどうかが勝負なんです。
予算に限りはあっても知恵に限りなし!
どこまでフィクションに力を与えられるかどうかは、案外、根性次第なんですね。

さてラスト、彼が旅立つ場所に彼女は来るのでしょうか?
大丈夫、この映画の脚本本家、最後の最後まで抜かりがありません。
深い慈しみが響く素敵な幕切れでした。

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