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December 14, 2013

このミステリーがすごい!2014年版@まどマギ映画がイッパイで

かつては私の趣味の主役だったミステリー小説。
年末に出る「このミス」を待ち受けること、歳末一番の楽しみだったのですが、だんだん熱が冷めて行き、今年なんて、ああ、出てたのか状態・・・
まあ、今年の年末はまどかマギカの新作劇場版に安室奈美恵のライブという二大最強コンテンツがぶつかっていたから吹っ飛ばされても仕方がないと言えば言えるのだけれど、かつての隆盛を思うとかなり寂しい状態だ。

今日、買って来たのだって、久しぶりにまどかに会いに行くか(←キモい?)と「叛逆の物語」を観に行ったものの、なんと特典祭りで、映画館全席満員で入れませんと言う顛末で、仕方なく向かった本屋で購入というね。
かなりのついでというか、もう見限っている、というか・・・

数年前までは、この本と同時に、好みの作品を大量購入していたんだけど、今年はとうとう何も買わず。

そもそもなんでこれほどミステリー熱が冷めたのか、というとやっぱり驚きがなくなったからだろうな。
奇想です、と言ってもなんだかどこかで見たような奇想で、まどかマギカのようなホントの驚きってない。
ハードボイルドです、って言っても暁美ほむらほど驚かせてくれるキャラクターっていない。
去年購入した諸作品もなんだかどれもピンと来なかった。
シラケていても、安室奈美恵みたいに問答無用な力量で人を感動させるってほどの勢いはないんだよな。

しかしこれほどミステリーを読まなくなるとは思わなかったよ。
今読んでいるのは、経済学関連本2冊、ノンフィクションは「謎の独立国家ソマリランド」、小説はなんと「夜明け前@島崎藤村」だよ。
みんなオモシロい。
そう、本を読まなくなった訳では決してない。
島崎藤村@夜明け前、長いけどオモシロいよ。
ま、これから本読んで、1冊か2冊は見つくろうとは思いますけどね。

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July 29, 2012

スポーツで楽しむアメリカ英語 斎藤文彦@慣用表現覚えるなら良書

恥ずかしながら英語が苦手・・・
In this day and ageにおいて、不味いよね。

学問するなら日本語で学べば問題ないでしょうに、と若い頃思っていたんですが、まさかこんなout of blueになるとは、みなさんはdon` try this at home

なんがルー語みたいな記事になってますが、この本に載っているexpressinとidiomを使ってますので、どうかread between thelines
結局、人生はshow must go onなんだから、英語の勉強もinstestinal fortitude

あーやっぱりダメだ、記事にならない。
でも発音の仕方の表記も親切だし、アメリカ人並にスポーツ観戦が好きだ、という方には、例文のレベルも適切でおススメの1冊だと感じました。

この本を読んでEnglishのstudyをすれば、dog-eat-dog worldにおいてmoonlightingしている貴方もいつしかbring down the houseを浴び,in the limelightとなり、気分はfeel like million dollarsだと思うよ。
そうなってもthrow your weight aroundにはなるなんて、say it ain`t so!
もっと続けようと思ったけど、やっぱり疲れたのでヤメ。

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November 08, 2008

【奇跡は】13番目の物語 ダイアン・セッターフィールド【起った】

100年を越える時を経て、ディケンズが現代に蘇りました。
フィクション、小説を愛する方なら、この作品を今の時期に読むことは、思わぬクリスマス・キャロル(祝歌)になると思います。

ストーリーは「古書店で本に埋もれて暮らす私」に「現代のディケンズとも称される世界一の作家」から1通の招待状が届くところから始まります。

本好きの方なら、まず猥雑な世間から離れて暮らしている主人公の境遇が羨ましいところです。
そしてひたすら本を愛し続けるキャラクターが好ましい。
それから全てが謎に包まれた当代随一の作家登場となるのですが、世界一神秘的な伝説作家をモティーフにしてまったく不満を感じさせない文章の魅力が白眉です。

読者はセッターフィールドの操る紛れもない魔法の力で、時の呪縛を離れ、思いもよらぬ場所に愛と憎しみの迷宮と、あくまで困難と闘う意思の力の物語を見ることになるでしょう。

読むにつれて繰り出される謎また謎の世界。
誘われずにはいられない技量の尽くされた文章。
そしてしだいにそれが明かされる過程でのスリル。
終盤、2転、3転する場面では、本を置くことの出来ぬ快感と焦燥が入り混じる読書の快楽を満喫できます。

まさにこれぞ小説!フィクションの魔力である、と言いたい作品でした。
セッターフィールド、次作は見ずてん買い!の作家、一人誕生です。

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October 02, 2008

幽談        京極夏彦

私が現役の作家で最も好きな京極夏彦さんの新作です。
内容は、8つの幽し事件や思いなどが綴られた短編集です。

冒頭の作品、「手首を拾う」がまず素晴らしい出来です。
現実感の希薄な、京極夏彦独特のどこか離人症めいた感覚で語られる美しくも不条理な怪談。
一読感動してしまい、この本は21世紀の「夢十夜」になるぞと期待が膨らんだのですが、作品が進むにつれ、しだいに失速してしまいました。

ただ京極夏彦がこの作品集で表現しようと挑戦した世界は、非常に志の高い美意識と形而上学です。
単なる娯楽短編集には終わらせないぞ、という気概は大したもので、その意気や良しなんですが、まだまだ京極夏彦を持ってしても、21世紀の「夢十夜」の再現には力足らず・・・
ちょっと比べる相手が悪かったですね。

しかし京極堂は未だ若し!
今後に期待させていただきます。

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July 06, 2008

チャンピオン ジョー・ルイスの生涯   クリス・ミード

ボクシング史上、最強の選手は誰か?
という質問には必ず名前の上がるジョー・ルイスの伝記です。

時代は大恐慌のさなか。
公然たる黒人差別のあるアメリカで、一人の少年がプロボクサーになるべく訓練を受け始めますが、リングの上ではまったく冴えず、コーチの評判は散々。
なんと後に今だ破られぬ防衛25回の大記録を作る選手の前途は悲観的なものでした。

さらに選手として実力を身に付けたとしても、当時の社会情勢では、黒人がヘビー級のタイトルマッチなどとんでもない、という時代。
その原因はジャック・ジョンソンという極めてアナーキーな選手に由来するのですが、そもそもたかが数十年前のアメリカでの黒人差別は酷かった。
黒人男性は、白人女に色目を使ったと言われてはリンチに会い、木につるされて「奇妙な果実」となり、黒人女性は待ち伏せされて輪姦される。
そんな激烈な試練の時代を、ジョー・ルイスはあくまで控えめに、慎重に、かつ努力を惜しまず切り開きます。
こう書くとなんだか品格の高いアスリートの話のようですが、ボクシングには真面目だったものの、異常な浪費癖で莫大な収入でも納税は滞納。極端な女癖の悪さで結婚生活も破綻と散々です。

やがて第二次大戦が始まると、時代はジョーを巻き込みながら意外な展開を見せ始めます。

脅威となりつつあるドイツの誇るトップ・ボクサー、シュメリングとの対戦から、いつしかジョーは、黒人というよりアメリカの威信をかけた代表となり、黒人蔑視の風潮を改善しつつ、やがてはナチスを含む人種差別の矛盾への問いかけとなり、根強かった黒人差別撤廃への道を開いていきます。

そんなジョーへの黒人の熱狂、期待は凄まじく、
この本にも使われている有名な言葉を引用しましょう。
場面は苦戦するジョーに、ラジオを聴きながら思う南部の黒人の言葉です。
「わたしの人種がうめき苦しんでいる。わたしたちと同じ人間が倒されようとしている。またリンチだ。女は犯され、少年は不具にされる。男が逃げる沼地を猟犬が追う。
この世の終わりにちがいない。もしジョーが敗れたら、わたしたち黒人は奴隷時代に舞い戻り、救いようがなくなってしまう。わたしたちが下等な人間であるという言いがかりがすべて真実になってしまう」


晩年、ラスベガスのカジノで奇妙な「セールスマン」となるジョー・ルイス。
ずっと読んできたキャラクターからすると、私にはとても幸せな幕切れだったように思えます。
悲惨もあった人生でしたが、神は最後に微笑んだ、と思いましたね。

名作といわれる作品だけに、読んでいても当時の社会背景への造詣の深さ、新聞記事の引用などは非常に巧みなのですが、ファイト・シーンになると描写の質がガクっと落ちる。
どうやらスポーツライターではないな、と思ったら、本職は歴史学者でした。
それにしても引用される新聞の記事のレベルの低さには驚きます。
いつの時代もマスコミは、冷静で奥深い場所にある真実より、安易なセンセーショナリズムと売る商売なんだな、と思います。


ps
アリ「あんたを倒した夢をみたぜ」
ルイス「夢でも無理だ」
そう言い返したルイスですが、確かに今見てもパンチは非常に速く強力に見えます。
それでも果たしてアリとルイスがもし戦わば、どちらに凱歌が上がるのか?
非常に興味が沸きますね。
タイソンならどうか?
私は個人的に全盛期のタイソン最強説主義者なんですけど、みなさんはどうでしょう?
今、DVDボックスでピンクロン・トーマス戦見てんだけど、やっぱりそう思うんだよ。

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July 02, 2008

すべての終わりの始まり     キャロル・エムシュウィラー

「日常を異化する」幻想ファンジー小説の短編集ですが、顕著な特徴があります。
それは女性特有のニュアンス、感性が非常に強く発露された作品集だということです。

読みながら、どのように説明すればいいかな、と思っていたのですが、著者自身が、「石造りの円形図書館」(ああ、この題名だけでもボルヘスの「円環の廃墟」と、「バベルの図書館」がいかに強く思い起こされることか。そしてあくまで抽象的な概念の構築に傾く男と、直に生命に触れたがる女の性の、なんという違い!)に書いてあるので一部略して引用します。
「石造りの図書館」は廃墟なのですが、それを発見しようとする著者自身の投影は、
「彼らの書物に接することができたら!夢にも思わないようなすばらしい物語をそこに発見できたら!たとえば恋物語で、まったく異質の愛が登場する・・・我々が思いもしなかったような熱情、我々の愛着よりも持続する愛、我々のセクシャリティー以上に世界を揺るがすもの。・・・」と語ります。
この作品集のエッセンスはこれです。

人類でない(ファンジー上の生き物に近いような)、何者かとの愛。何者かへの愛、人の概念を超えた形式の愛、そんな物語がつまっています。

私が最も楽しめたのは、最初の作品で、その題名は
「私はあなたと暮らしているけど、あなたはそれを知らない」
です。
内容は、これまた最初に書いてあるので、引用しますと、
「私はあなたの家で暮らしているけど、あなたはそれを知らない。私はあなたの食べ物をちびちびかじる。あれはどこに行っちゃったんだろう、とあなたはいぶかる・・・鉛筆やペンはどこへ消えるのか・・・一番上等のブラウスはどうしたのか。」
どうです。
この感覚、不思議な記憶を思いおこさせますよね。
こんな感じたまにあるでしょう。
それはもしかしたら、あなたと一緒に暮らしていながら、あなたが知らない誰かのせいなのかもしれません。
その誰かは、今PCの前に座って画面を見ているあなたをじっと見つめているかもしれない・・・

この他の話では、ともかく産む性、孕むことを熱望する女性、もっといえば蔑称ということでなく、雌としての欲求の、欲望の強さに、男の私はしばしば圧倒されるような熱気を感じました。
ある種、フィクションのカタチでしか現せない女性への根源論にもなっているかもしれません。

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June 18, 2008

走ることについて語るときに僕の語ること     村上春樹

一人の真摯なランナーがその内面を掘り下げるとき、どのような言葉が出てくるのか?
優れたアスリートでありながら、作家としてその体験を言葉に還元できる方はそうはいませんし、逆もまた同じなのでしが、この本で村上春樹はその困難を達成したと思います。

この本の魅力として、まずハワイやギリシャ、サロマ湖からボストン、NYでの美しい自然描写があります。それは以下のようにです。
「北東の方角から間断なく吹きわたる貿易風が、ハワイの夏をどれほど涼しくしているか。クールな木陰での安らかな読書や、思いたったときそのまま南太平洋に泳ぎにいける生活が、人をどれほど幸福にしてくれるかを。
たまに来る雲も、細かい雨をひとしきり降らせる、「急ぎの用事があるから」という風情で、あとを振り返りもせず、そのままどこかへ行ってしまう」
「ニューイングランド独特の短く美しい秋が、行きつ戻りつしながらそれにとってかわる。
僕らを取り囲んでいた深い圧倒的な緑が、少しづつ少しづつ、ほのかな黄金色に場所を譲っていく。
枯葉が吹きゆく風に舞い、どんぐりがアスファルトを打つと、勤勉なリスたちが、目の色を変えて走り回る。
ハロウィーンが終わると、有能な収税吏のように簡潔に無口に確実に冬がやってくる。
木の上に作ったリスの巣が見える。彼らはたぶんその中で静かな夢を見ているのだろう。
川面を吹き抜ける風は研ぎあげたばかりの鉈のように冷たく、鋭くなってくる。」

ウルトラマラソンを走ったときは、
「そこから未知の外海に乗り出す。この先何が待ち受けているのか、どんな未知の生物が生息しているのか、大昔の水夫が感じたであろう畏怖の念を、及ばずながら身のうちに感じることになる。
走るという行為が形而上的な領域にまで達する。行為があり、それに付随するように僕の存在がある。我走る、故に我あり。
既に夕暮れが始まって空気が独特の澄みわたり方をしていた。夏の初めの、深い草の匂いもした。19世紀のイギリスの風景画に出てくる意味深げな雲が、重厚に空を覆っていた。
声援は透明な風として、僕の身体をただ通り抜けていく。リスキーなものを進んで引き受け、それをなんとか乗り越えていくだけの力がまだ自分の中にもあったのだ」

NYマラソンの前の不安には
「いたるところに暗闇があり、いたるところに死角がある。いたるところに無言の示唆があり、いたるところにニ義性が待ち受けている。僕はもうそれ以上暗闇に目をこらすのをやめる。沈黙の響きに耳を澄ませるのをやめる。」


芸術に関しての印象的な言葉としては、
「正気を失った人間の抱く幻想ほど美しいものは、現実世界のどこにも存在しない。
人間存在の根本にある毒素のようなものが、否応なく抽出されてくる。
作家はその毒素と向き合い、危険を承知の上で処理しなくてはならない。
毒素の介在なしには、真の意味の創造行為をおこなうことはできない。
真に不健康なものを扱うためには、人は健康でなくてはならい。
自分の扱う毒素に打ち勝てないと、その創造行為はできなくなる。」

そして村上春樹は以下のような言葉でこの本を締めくくります。
「小説家(に限らず)にとって何が重要な資質かと問われれば、迷うことなく集中力をあげる。自分の持っている限られた量の才能を、必要な一点に集約して注ぎ込める能力がなければ、大事なことは何も達成できない。その次に必要なものは持続力だ。
この能力はありがたいことにトレーニングによって後天的に獲得し、向上されることが出来る。
苦しさを通過していくことをあえて求めるからこそ、自分が生きているというたしかな実感を、その過程に見出すことが出来るのだ。
生きることのクオリティーは、その成績や順位でなく、行為そのものの中に流動的に内包されているのだという認識にたどりつくことができる。少なくとも努力をしたという事実は残る。
そして本当の価値あるものごとは往々にして効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。たとえむなしい行為であったとしても、それは決して愚かしい行為ではないはずだ。

とにかく目の前の課題を手に取り、力を尽くしてひとつひとつこなしていく。
個々のタイムも順位も人の評価もすべてはあくまで副次的なことでしかない。
ひとつひとつのゴールを自分の脚で確実に走り抜けていくことだ。尽くすべき力は尽くした。耐えるべきは耐えたと、自分で納得することである。そこにある失敗や喜びから具体的な教訓を学び取り、積み上げ、最終的にどこか得心のいく場所に到達することである。」
以上の文章は、ブログへの転載の為、かなりの省略、若干の修正を含んでいます。

素晴らしい人生への示唆であり、芸術の本質を語る言葉であり、自然への詩情を歌った言葉だと思います。

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June 13, 2008

須賀敦子全集第1巻     コルシア書店の仲間たち

この本は1度、前半部分の「ミラノ 霧の風景」としてブログで取り上げています。
全集なので、結局、3つの作品が集められているのですが、あまりに素晴らしくて後半部分を待ちきれずに記事にしてしまいました。

今回記事にする「コルシア書店の仲間たち」は、著者がミラノ時代に勤務していた書店であり出版業務も行うお店に出入りする人々を描いたエッセイ集です。

作品の傾向としては、前作がミラノを中心としたイタリア諸都市の風景画なら、こちらは出入りする人々に焦点が当てられた人物画像集でしょうか。
何故絵画に喩えるかといえば、須賀さんの文章を読んでいると、非常に高度な技法に支えられた上質な絵画を見ているような気になるからです。
極めて質の高い絵画には、ある種の物語が見えるような気になることがあるでしょう。
その逆のパターンです。

それにしてもこのコルシア書店に集ってくる内向的で繊細な感性をもてあましているようなイタリアの人々の群像は、ハリウッド映画なのでいつの間にか植えつけられたイメージとなんとかけ離れたものであることか、と驚きます。

まるで白日夢のような印象を残す、エトルリア人の絨緞売りが出てくる「大通りの夢芝居」

17歳のいきまくような少女像として活写されたニコレッタ・シポシュの魅力と、パンツ一枚で社会主義下のハンガリーから逃れたその父親の医師の話。
「きみたちのように自由の尊さが分からない人間には、この屋根の下では、冗談でも社会主義がいいなんていわないでくれ」
いつもの温厚さをかなぐり捨てて言い放つその様には、本当の修羅場をくぐった人間だけが持つ「傷」が見える気がしました。
そして「夜、よく眠れなった」という、言葉を聞いた須賀さんは、彼が暗闇の中で何を考えるのか、と思い、私は悲しかった、と結びます。
夜の暗闇に響く人を思う哀しみの余韻。
この辺りが、須賀magicのモチーフかもしれません。

肩を震わせて笑うだけでみんなをなごませ、夏の日の涼しい風のようでありながら、孤独で透徹した悲しみをもつラウラの出てくる「夜の会話」

何よりオンボロのランチャを買い、「女の子だから、きれいにしてやらなくっちゃ」と言いながら、カテリーナという名前とつけて可愛がり、破れたシートは、はでな花柄のテーブル・クロスで繕ってあげるアシェルの肖像。
彼は小説か書き始め、2ヶ月も書店を留守にして、やっと出来た。これぼくの小説、といって封筒を置き、あげくに借金だらけになった、働かなくっちゃ、と言ってコペンハーゲンに渡るありさま。

読んでいると、須賀さんの人徳故でしょうが、出てくる人が、みな魅力的で、こんな人たちと暮らしていくことこそ、本当の幸福でないかとすら思えてきます。
そしてせんないことと思いながら、私も身近にいたかった。
何故と思うに、それはやはり名人画家に自画像を描いてもらいたい、という思いに似ていますね。
私は普段なら、絶対に似顔絵描きの前に座ることのない人間なんですけど・・・
それほど彼女の筆は魅力的です。

そして最後にイタリアの文化について感じたことがあります。
それは「精神にまでとかく曲線を誇張するイタリア」という言葉からなんですが、イタリア独特の豊かな曲線は、かつてルネッサンスの緒芸術を産み、プッチーニの旋律を産み、今ならフェラーリのボディラインに息づくものなんでしょうが、須賀さんのエッセイを読み終えた後に感じることは、その曲線の奥底には哀しみがあるんだな、ということです。

南欧の強烈な日差しに、宿命的につきまとうくっきりとした影。
笑顔の下に一杯に貯めた涙こそが、人を魅惑する美を生み出す。
読むうちにそんなことを考えました。


ps
私はけっこうマニアックに本を読むほうなのですが、浸っていてこれほど心地良い文体を持つ作家はそうはいないですね。
私の読書における今年最大の収穫は須賀敦子の発見でしょう。

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May 11, 2008

須賀敦子全集第1巻  ミラノ霧の風景

文章を読む、ということの悦楽が、しみじみと味わえる珠玉の随筆集です。

著者の須賀敦子さんは、イタリアに渡り結婚され、翻訳者として活躍。
幾多の日本文学をイタリア語に翻訳、紹介し、帰国後はイタリア文学の日本語訳者としてピーコ・デラ・ミンドラ賞などを受賞。
61歳にして、この「ミラノ霧の風景」で初めての随筆集を出版すると、文壇の評価は
「すでに巨匠の風格だった」と評された方です。

住まわれた、或いは旅されたミラノ、ナポリ、ヴェネチアの描写の美しさには比類なき詩情があり、そこへ登場しては消えていく人物像は、みな神話的ともいえる普遍性を持ちます。

磨き抜かれた文章には、一つとして無駄な単語がなく、それは映画「アマデウス」でモーツアルトが語ったとされる「私の楽譜には必要なものしかない」という言葉を思い起すほど完璧な芸術であり、それを読むことのできる幸運に、今はただ感謝するのみです。

風采の上がらない、けれど素晴らしい知性の持ち主であり、根っからの善人だったアントニオへの優しい眼差しは忘れがたく、ヴェネチアの本質を、虚構化し劇場化した都市であり、仮面こそほんとうにこの町の顔である、と喝破する思索の深さには、ただ感嘆するのみです。

いつしか夢幻の中に読者を彷徨わせる文体は、どこかカミュの小説の描写を思わせ、またそれに匹敵するでしょう。


ps
この本は特に女性におススメします。
義母(妻の母親)が大のファンなのですが、世に溢れる「良い女」へのハウツー本よりこの本を1冊お読みになれば、読後、あなたの内面は充分に深く、真の知性と、研ぎ澄まされた感性の一端に触れた者だけが持つ輝きを得ると思います。

ちなみに表紙はジョルジョ・モランディ。
「永遠の静寂」と「瞑想」を何気ない静物画に塗りこめた究極の画家
の一人です。

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April 25, 2008

死都ゴモラ     ロベルト・サヴィアーノ

「コンテナは宙で揺れ動いていた。クレーンがそれを船の中へ運び入れようとしているのだが、連結がうまくいっていないらしく、ひとり宙を舞っているかのようだった。
と見る間に、コンテナの扉が急に開いて、数十人の人体がばらばらと船上に落下した。
マネキン人形のように。甲板に落ちて、人体の頭部が本物の頭蓋骨のように割れた。男女の屍体だった。何人か、少年らしいものも混じっていた。皆、死んでいる。全員が凍結され、ひとかたまりに置かれている。」
退廃の罪過故、神の火に焼かれた伝説の都市ゴモラが、現代に蘇ったかのようなシーンから始まるこの本は、ナポリから発祥し、今や世界へと触手を伸ばす犯罪組織「カモーラ」を描いたノンフィクション・コラージュ小説です。

作者、ロベルト・サヴィアーノの終始、途切れることのない執拗な描写は、時に多すぎる人名、固有名詞が多発され、事情に疎い門外漢としてはへきえきする箇所もありますが、その文体に潜むイタリアならではの濃厚なエロスとタナトスへ指向は、どこかカラバッジオやティツィアーノの絵画を見る時のようで、読みながら酔うようです。

イタリアの生む全ての美に潜在する血への嗜好、死を覗き見ては弄ぶような刹那的な享楽。
なるほどフェラーリのボディ・ラインやマセラティの内装、ランボルギーニの暴力性を、他国が真似ようにも真似られない秘密の一端も感じました。


またこの本の魅力として特筆したいのが、人血でなめしたようなハード・カバーの色。
私は情緒のない男で、本は読めればOK、というたちなのですが、久々に魅力ある装丁と感じました。(カバーも良いけど、取った後の表紙の色が抜群)

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