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May 04, 2011

緑の家 バルガス=リョサ@あまりおススメできないノーベル賞作家作品

19世紀小説の墓掘り人であるプルーストとジョイスによって、小説という石切り場は最後に残された岩層まで掘りつくされ1930年代以降の小説はもはや小説でない@モラヴィア

この小説の下巻にある訳者解説の冒頭の文章ですが、それでも南米文学は別であると。
何故なら40年代にはボルヘスが「伝奇集」を出しており、ガルシア=マルケスに至っては、60年代以降に「百年の孤独」「族長の秋」が出ているではないか、ということです。

非常に同感で、むしろ南米では何故小説が終わらなかったのか、ということを研究課題にしたら1冊読みたいなあ、と思うほどです。

素人考えで思うには、アマゾンとか密林に宿る膨大な生命のエネルギーとかアンデス山脈の過酷な自然とか、文明化の遅れによる厳しい生活状況とか独裁的な政治情勢だったことかが原因なんでしょうかね?
荒っぽい場所だから文学が生まれる、と。
周囲の環境が優しくなると、フィクションは力を失うってことなのか?
よって
「小説を書くということは、現実に対する、神に対する反逆行為に他ならない。それは現実を修正、変更、廃棄することであり、代えて作家が創造した虚構の現実をそこに置こうとする試みだ。小説家とは異議申し立て者であり、架空の生と言葉による世界創造者である。バルガス=リョサ@ガルシア=マルケスある神殺しの歴史」
ということなのか?
船戸与一だって南米シリーズが一番フィクションとしての生命力に満ちていたよね(関係ないか)

で、ノーベル賞を取ったこともあり、また一人、お気に入りの南米作家が出来るかな、と思って読みだしたのですが、この小説はツマラナカッタです。

文章自体は読みやすく、ちょっと変わった構成も基本となる話自体がそれほど込み入ったモノではないので、気にならない。
ただ魅力が感じられない。
読んでいてもあまり豊かなイメージも浮かばなければ、キャラクターにスゴイのがいるわけでもなくストーリもそれほどとは思えなかったな・・・
きっと私に読めるだけの感性がないのでしょうが、この人がノーベル賞なら村上さんにあげてもイイよね、と思いました。

上下巻で800p、正直、旅行に連れ出さなかったら読了は無理だったでしょう。
読み終えて今は一安心という処です。

コッチをおススメと調べた後に、百年の孤独の新刊がないのにビックリ

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