« シャネル&ストラビンスキー@これはフィクションなんでゲソ? | Main | 驚異のタフネス!ムンローを破った西岡利晃の進化形 »

October 24, 2010

それいぬ 正しい乙女になるために 獄本野ばら@美意識の提案

下妻物語の登場人物の行動原理が、利害を超えた美意識にあるのを読み「これはハードボイルド小説」だなと思ったのですが、どうやら正しかったようです。

この本は獄本さんがデビューするきっかけとなったエッセイに書き下ろしが加えられた1冊で、独特の美意識がよく書き表されています。

知らないと誤解を招くのが「乙女」という言葉で、これは少女、ということでありません。
男性も美意識の上で獄本さんの言う「乙女」であるのですが、乙女であることは、同性愛好者や女装趣味、ということとは全く違います。
その美意識は、
1)孤独を恐れない。馴れ合わない。
2)エレガント、品性を保つ。卑しさを軽蔑する
3)耽美的である。功利性を嫌う
4)道徳的である。内的規範を厳守する
5)ロマンチストでナルシストである。
なんていうことです。
ただこうして書き出してでもまったく意味不明というか、獄本さんの書く文章の魅力は伝わりませんね・・・まさに美しい女性を解剖したあげく、臓器ごとに紹介されるが如し。もうちょっと穏便に書くならレントゲン写真を見せられる如しでしょうか。

やはりこの本の魅力は、立ち読みででも読んでもらう他ないので、本屋に行ったら、J・コーネル展に寄せてp27、とか、有元利夫-メビウスのロンドp111、と題された章など読んで見てください。
美術趣味の方なら、見事な出来栄えと感じられると思います。
美術趣味の無い方は、この本には最初から無縁でしょう。

笑えるのが読みたければ、恋愛に優しいサイコロジーp85、美しき道徳p87などがイイです。このエッセイ、基本はお笑い路線ですが、その影には確固たる価値観がしっかりと通っているのが魅力です。

以下、オモシロかった文章を参考までに(ブログ用に改変、省略してあります)
1)真のロマンチズムとは甘美な夢をソリッドな精神で纏うことなのです。
2)美しさとは孤独であること、言葉もなく音楽もなく、悦びも悲しみも寄せつけぬ純粋な質量としての唯美@宝石を語る

3)19世紀に終焉せし真に豪奢な観念の服飾を、残忍と放蕩のエレガンスを、勇気をもって継承、復権なさいました。貧しき機能主義に甘んじることを美徳と勘違いした二十世紀の倦怠を真っ向から軽蔑するものでした。次々と完璧なる虚像を布に託し、醜悪で退屈な現実を明確な意思を持ち糊塗していった希代のロマンチスト。最も正統かつラディカルな世界の救済者でした。バレンシアガのドレスはエレガントだが夢をみない。シャネルのエレガンスはドレスに夢を見ない。Diorのドレスは夢見るエレガンス@Christian Dior

4)宝石と香水は醜悪な欲望と共に栄え、その価値を増すのです。そこにはヒューマニズムへの軽やかなアンチテーゼがあります。貧しさに美が宿るものですか!美とは富より抽出されし特権的快楽。宝石と香水という二つの道化は、この民主主義の世において辛くも硬質な美への意識を喚起させてくれるのです。

5)文学も美術も思想も数式も美しければ全て正解。内容なんて必要ないのです。内面の美しささえあれば外見なんて構わないとい、という正論の何と傲慢なことよ。僕は自分の内面なんてとてもじゃないがさらけだせない。こんな醜悪なものをどうして人に見せられましょうか

6)「女性」のレプリカであると同時に「少年」のレプリカである「少女」という存在。乙女とは現実世界のイミテーション。美しさのみ取り出した、いびつでありながらもピュアなアンドロイド。

|

« シャネル&ストラビンスキー@これはフィクションなんでゲソ? | Main | 驚異のタフネス!ムンローを破った西岡利晃の進化形 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference それいぬ 正しい乙女になるために 獄本野ばら@美意識の提案:

« シャネル&ストラビンスキー@これはフィクションなんでゲソ? | Main | 驚異のタフネス!ムンローを破った西岡利晃の進化形 »