エヴァンゲリオン/テレビ版:第壱話、弐話:参話で感じたこと
映画宣伝を兼ねたテレビバージョンが再放送中です。
不思議なんですが、DVDBOXを持っているのに録画しました(何でだろう? 普通の映画ならしないよね。ファンとしての一体感を共有したいのだろうか?)
そもそも私はアニメ漫画離れは早く、中学時にはもう観なくなっていたんです。
文学やアートなどに凝りだして、アニメや漫画はバカにしていた。
エヴァンゲリオンは、話題になってはいてもしょせんロボットアニメ、こんなものを有難がる風潮は如何なものかと苦々しく思っていたんです。
それでもネットで五話まで無料という特典に引かれて観始めたんですね。
そして虜になった。
以下、その時に感じた事を書いて行きますから、アニメなんてとバカにしている人も観てみましょう。
第壱話
オープニングの曲がエラクカッコイイと思いました。
曲も良いけど画面のスピーディな展開が凄い。
セフィロトの樹まで出てくる(当時カントールの集合論を読んでいたので驚いた)
A10神経接続開始、なんてセリフには、あんまり飛ばすとボロが出るんじゃないの?なんて冷やかに観ていました。
ミサトさんの乗っている、アルピーヌA310ってのはマニアックだな、と思いました。
光線が爆発すると十字架の形になるのもセンスだな、と思いましたね。
この時点では包帯を巻いた綾波レイにはまだ何も感じなかったな・・・
第弐話
戦いが始まったと思ったらいきなり病院の天井です。
暗示的ですよね。
対戦モノなら一番の見所であるシーンをすぐに写さないで後ろに回す。
後を引かせる訳ですが成功しています。
対戦中に最初負けてみせるのはこの手のフィクションの常道ですが、破砕した頭部から大量に出血するように見える作画には度肝を抜かれました。
これはタダ物じゃないかも、って思った最初のシーンです。
ラストはシンジが反転するエヴァのグリーンの瞳を見て悲鳴を上げて終わります。
どこまでも神経症的な演出ですが冴えています。
第参話
「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ・・・」
ノイローゼみたいな主人公は、元気がないとか内向的だというレベルを超えて神経症的です。
ヒーローのアンチ・テーゼを出すにしてもここまで落として大丈夫なの?とハラハラしました。
完全に庵野さんのペースです。
もう一つ凄いのは、このアニメのセリフです。
エヴァのセリフだけで会話なんてスレッドも多く立ってますが、ともかく印象的なモノが多い。
説明的などうでもイイ物がほとんどない。
セリフに血が通っているので、キャラクターは魅力を深め、ストーリーは強烈に前進させられています。脚本のレベルは唯事でないです。
ひたすら外を眺めるばかりの綾波レイに惹かれ始めたはこの回辺りだったかも。
ここの作画も高度で表情はまったく見せない。

でも蒼い髪は柔らかそうで、幼いのに一人孤愁に耐えている感じが萌える。
萌えの第一要素は可哀想だよね。
「可哀想だた、惚れたっとことよ@漱石」・・・さすがに文豪、イイこと書きます。
「恋心とか、性的な欲望とか、そういうものではない。何かが小さな隙間から入ってきて、彼の中にある空白を満たそうとしているのだ。それは(綾波レイ)が作り出した空白ではない。もともとあったものだ。彼女がそこに特殊な光をあてて、あらためて照らし出したのだ@1Q84/多少書き換えました」
村上春樹も大した作家です。


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