すべての終わりの始まり キャロル・エムシュウィラー
「日常を異化する」幻想ファンジー小説の短編集ですが、顕著な特徴があります。
それは女性特有のニュアンス、感性が非常に強く発露された作品集だということです。
読みながら、どのように説明すればいいかな、と思っていたのですが、著者自身が、「石造りの円形図書館」(ああ、この題名だけでもボルヘスの「円環の廃墟」と、「バベルの図書館」がいかに強く思い起こされることか。そしてあくまで抽象的な概念の構築に傾く男と、直に生命に触れたがる女の性の、なんという違い!)に書いてあるので一部略して引用します。
「石造りの図書館」は廃墟なのですが、それを発見しようとする著者自身の投影は、
「彼らの書物に接することができたら!夢にも思わないようなすばらしい物語をそこに発見できたら!たとえば恋物語で、まったく異質の愛が登場する・・・我々が思いもしなかったような熱情、我々の愛着よりも持続する愛、我々のセクシャリティー以上に世界を揺るがすもの。・・・」と語ります。
この作品集のエッセンスはこれです。
人類でない(ファンジー上の生き物に近いような)、何者かとの愛。何者かへの愛、人の概念を超えた形式の愛、そんな物語がつまっています。
私が最も楽しめたのは、最初の作品で、その題名は
「私はあなたと暮らしているけど、あなたはそれを知らない」
です。
内容は、これまた最初に書いてあるので、引用しますと、
「私はあなたの家で暮らしているけど、あなたはそれを知らない。私はあなたの食べ物をちびちびかじる。あれはどこに行っちゃったんだろう、とあなたはいぶかる・・・鉛筆やペンはどこへ消えるのか・・・一番上等のブラウスはどうしたのか。」
どうです。
この感覚、不思議な記憶を思いおこさせますよね。
こんな感じたまにあるでしょう。
それはもしかしたら、あなたと一緒に暮らしていながら、あなたが知らない誰かのせいなのかもしれません。
その誰かは、今PCの前に座って画面を見ているあなたをじっと見つめているかもしれない・・・
この他の話では、ともかく産む性、孕むことを熱望する女性、もっといえば蔑称ということでなく、雌としての欲求の、欲望の強さに、男の私はしばしば圧倒されるような熱気を感じました。
ある種、フィクションのカタチでしか現せない女性への根源論にもなっているかもしれません。
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