港区ではベンツがカローラの6倍売れている 清水草一
大乗フェラーリ教(フェラーリであれば全て良し)の教祖、清水草一さんが、この題名で本を書いたら、副題通りに、なるほど、これほど日本も格差社会になったか、クルマの分布も随分違うのね、というだけの本かと思ったら、豪邸から、クルーザーとスーパーカー、別荘、カードの格差から在日外人、フーゾク嬢、生活保護格差まで内容は大域で、独特の視点と語り口は楽しく読めます。
私、清水さんの書くもの好きなんですけど、それは思わず膝を打つことを書いてくれるから。
例えば、クルマ格差では、
「東京で軽自動車は極端に疎まれるけど、大都市でこそ強烈に便利で、コインパーキング利用時なんて感謝する」なんて言葉には納得。
一台でも多く停めさせようと、ジグゾーパズル並に入り組んだコインパーク。
私、怖くて結局、マセラティは一度も止められなかったもんね。
その時は開いていたとしても、出ようとしたとき、誰かが変な具合に止めていたら出られないでしょう。
そしてクルマの章ではこう締める
「高級車の少ない高知県のクルマ事情は、格差の底辺なのではなく、クルマを完全に実用の道具として捉える究極の合理主義だ。逆に輸入車の中でヒエラルキーを築き、最低限ベンツという意識の東京の一部地域ほど、クルマがステイタスになっている後進性なのだ」この見方は、慧眼だと思うよ。
第二章の芦屋の話はオモシロかったですが、私は基本的に斜面には住みたくないからイイな。それにアートから遠いのも嫌だ。去年の「受胎告知@ダ・ヴィンチ」も大阪には行かなかったでしょう。それだけでアウトだ。
まぁ私にアウトと呼ばれてもなんら痛痒ないでしょうけど、価値観は人それぞれ。
第三章のスーパーカーとクルーザーはオモシロかった。
クルーザーがこれほど女性に有効とは、驚愕です!
コッチは素直に羨ましい。
クルーザーは買えるのも羨ましいけど、乗りに行く時間を持っているのも勝ち組だよね。
お金と時間の両方持っている人が真の勝ち組。
それからスーパーカーはダメってのは自分で実感してますが、その中でも、女性と付き合った経験皆無のオーナーのフェラーリを「世界で一番悲しいF40」と呼ぶセンスには、思わず笑った。
清水さん、こういう名づけが上手いんだよな。
第四章の別荘格差で暴落した330万円のリゾートマンションを見て、市場経済の「神の手」存在を実感する辺りも納得。
別荘買ったの雑誌の連載で知って「これはイカンだろう」と思ったんですがやっぱりね。お父さんが経済小説の大家だったのに、関係ないんですね。
第五章のカード格差では、自己破産で儲ける法律事務所から、ヒルズ族のブラックカード、その上のチタンカードの世界の話も、シューマッハやタイガー・ウッズのオチが楽しい。
(ホントかどうかは分からないけどね。)
でもみすみすアメックスの戦略に嵌まることはないよな。
第六章の外人格差!
この本で唯一不愉快だった章で、ちょいとイケ面の白人だと、モデルの収入で遊んで暮らせ、言い寄ってくる日本女多数というレポートに、ずっと以前20代の頃、ツアーでアメリカに行ったとき、案内役の青年に、私が個人的に可愛いと思っていた女の子がメロメロ!
個人的恨みから、この章の白人男だけは許せん!って感じですね(笑
第7章のフーゾク嬢格差には、底辺風俗女性に対して、酷いことをする男性に怒りが沸きました。あんたら最低だよ。
第8章の生活保護格差は、なんとなくほのぼのしていて良かったです。
そして「おわりに」で主張される言葉に、非常に同感です。
「格差の拡大は、自由の拡大に思える。あるいはしがらみ、しきたり、強制の縮小か。
つい一昔前の日本は近世の村落共同体だった。安定はしていたが、立身出世の道はいい大学からいい会社だけの単線だけ。確かに厳しい状況であり、セーフーティネットは必要だけれど、20年前に戻りたいかと問われたら、真っ平ご免だと答える。自由のまさる快楽はないのだから」
私は清水さんとほぼ同年代なんですが、極めて強く同意したい言葉です。
適わぬ願いと知りつつも、俺は自分の時代でより、今のような状況から大学を選び、職業を選択したかった。
結果、悲惨なものになったかもしれないけど、決められた単線を生きるより、精一杯の挑戦をしての人生じゃないですか。
え、なに?自分はまだ生きてるから、なんでもやる気になれば出来るだろうって?
そう、その通りですね!


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