「世逃げ」のすすめ ひろ さちや
仕事上のストレスが多い人には、ピッタリの素晴らしい本です。
昨日の「雨の日の日曜日は」、休日にも関わらず、終日書類仕事だったのですが、合間に一気に読んでしまいました。
あんまり感心したので、以下まとめを書きますが、これだけ読んでこの本を読まないのは、素晴らしいサッカーの試合を、その得点結果だけ知って見た気になるのと同じです。
FCバルセロナが大事なゲームで熱戦を展開したら、プレーを見ないと意味ないですよね。
1)今の日本は人の価値を、幾ら稼ぐとか、どの位偉いか、という商品価値だけで見ます。
商品価値で判断するだけの世間では、すべての人は正札のついた奴隷です。
現実的には、「世逃げ」と言っても、その世間の価値基準を完全に捨てることは出来ません。
しかしもう一つの尺度。「仏様の基準」を持つことは出来ます。
「仏様の基準」とは、「なんでもよい」そう思えることが仏道修行です。
2)世間はイソップの童話(ロバと親子)に語られるように、常にあなたを批判します。
その批判に耳を傾けた瞬間、あなたは世間の奴隷になります。
幽霊と同じで、世間の批判は、ビクビクしなければ「出ません」「出られません」
迷惑を掛けることでなければ、人生を小心翼翼と生きないように。
3)世の中には、自分の意思で何とかなるものと、自分の意思ではいかんともし難いものがあります。
思うがままにならないことを、思うがままにしたがるから、人は苦しくなる。
病気や他人の思惑など、自分の努力では如何ともし難いものを、クヨクヨ悩まないこと。
どんなことでも不幸と思わず、これも仏様のご意志と、苦しみとだって寄り添いなさい。
いかなる状況でもその中でしか生きられないのなら「災難、自ずから楽しい」
左遷になっても病気になっても、それをじっくりと味わう。これしかありません。
それはつらいでしょう。
でもつらい人生に価値はないのでしょうか?
4)しかし何も努力をするな、金持ちになる、偉くなることに意味はない、仕事などさっさと止めて隠棲しろ、というのではないです。
精神的な満足感のある努力は「精進」です。
どんどんおやりなさい。
苦しい努力なら止めて置きなさい。
それがあなたの限界なのです。逃げ出しなさい。
それを知るのが「諦め」、ならぬ、「明らめ」です。
5)重荷を全部捨てなさい。
重荷とは世間の物差しです。
いい加減が大事です。それは、いかなるものにも執着しない中道のことです。
世間の基準で、苦しくなったら、「世逃げ」をしなさい。
6)いついかなる時でも「ありがたい」と思うことです。
ただ「ありがたい」とは感謝の言葉ではありません。
「有難し」滅多にない、ということです。
不思議ということです。不思議とは思議できない、ということで、人の世間の目盛のない世界のことです。
なんだって最高なんです。
以上です。私の解釈ですから、著書の本意でない部分は相当あると思います。
実際、仏教論でも、小室直樹の語った、唯識論や阿頼耶識に関する思想は出てきません。
興味が沸いたらどうぞ手にとって「この本」を読んでください。
もしバルサのサッカーに興味が沸いたら、メッシのドリブルや、エトーの飛び出し、アンリのフェイント、ロナジのパス、イニエスタのトラップ・・・これを見ないでバルサを見たと言えないでしょ。
同じです。
上手くまとまらなかった私の記事だけ真に受けないように。
















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