ミリオンダラー・ベイビー
大俳優であり巨匠監督であってもこの映画に興味はなかった。
「許されざる者」も「ダーティーハリー」も実はそれほどファンではなかったから。
アカデミー賞を4部門獲ったからといっても、女性ボクサーという題材にも疑問があった。
女性の「格闘技」ならテニスが一番。
差別でなく向き不向きというのはあるものだ。
ところが見始めたら一気に引き込まれ、その後もピアノだけのシンプルな音楽と静かなラスト・シーンがアタマから離れない。
語り口の深さに静謐な魂の彷徨を見ることになった。
声高に叫ばず、奇もてらわず、急いでしゃべらなくても退屈させない。
15分に1度は見せ場を入れるハリウッドの物理法則からも自由である。
それでいてボクシングというハードな題材で過酷な生の現実を語り尽くす。
マギーの造型が秀逸である。
すでに31才。スポーツで野心を持つにはギリギリの年齢であり貧窮のウエイトレスである。
それでもボクシングの魔力に取り付かれ、
「自分だけに見える夢にすべてを賭け、その為には限界を超える苦痛にも耐える」覚悟を持つ。
誇りがあるから貧しくても品格を失わない。
スピードバッグを遠慮し、残りモノを食べながら自分のバッグを手に取る時の得意気な微笑が印象に残る。
誰もいないジムで延々と繰り返す練習は、人の努力の永遠のメタファーになる。
最初のヒラリー・スワンクの打ち方を見れば、一目で下半身の使い方が悪いことが分かる。
ハリウッドはこの点非常に高いレベルで仕上げてくるが今回は苦しいのかな、と思う。
その巧くなっていく過程から巧い。
ロープ・スキッピング(縄跳び)の上達過程などそれだけで見物である。
高度なテクニックを身につけさせるだけでなく、主演女優に下手な段階からすでに巧みに演じさせているのだ。
哀しいシーンが胸に迫る。
黙々とクルマの窓を拭くイーストウッドがいる。
そこでマギーは見ず知らずの少女と犬に手を振る。
私も同じ経験がある。ただ涙にくれるしかない時が人にはある。
しかし若くしてスターになり映画製作でも成功を続けるイーストウッドはどこでこんな感傷を憶えたのだろう?
そして悲劇がある。
新たな闘いが始まる。
長く苦しい「生のための戦い」・・・
「多くの人は最後に悔いながら最後を向かえる。あいつは生きた。思いどおりに。マギーに悔いはない。良い人生だった」
暗い病院の廊下を静かに歩むイーストウッドは宗教的な尊厳すら醸し出す。
夜のドアの彼方に消え去った彼は、きっともう地上の存在ではないのだ。
悲惨の中の尊厳と誇り。
魂を深く抉られる映画でした。


Comments
終盤にフランキーが神父に相談しているシーンもたまらなかったです。
不思議な魅力のある話でしたね。
Posted by: chibisaru | March 08, 2006 at 21:03
心に残りました。
脚本もスゴイですね。
M・フリーマンに語りをやらせたのはあざというくらいピッタリでした。
Posted by: 晴薫 | March 08, 2006 at 23:11
いぁほんと、痛すぎる映画でした、、、
こういう状況に直面するまでは、
こんな事、考えたくない、、、
Posted by: 猫姫少佐現品限り | March 09, 2006 at 04:37
車の窓ガラスをもくもくと拭き続けるあのシーン
感性が同じところに反応してます
初めまして!cocoです
久々にぐっと来た映画でした
心が温まるのか
悲しいのか
いいえ違いますね・・・
ハートを揺さぶられたって感じです
TBさせてもらいました♪
Posted by: coco | March 09, 2006 at 09:39
猫姫さん
>こんな事、考えたくない
確かにフィクションだから一種の感動があるわけで、現実として自分の身に降りかかって欲しくはないですね。
cocoさん
はじめまして!
>車の窓ガラスをもくもくと拭き続けるシーン
辛いときって考えないでもすむことをただやると少し落ち着きますよね。
>ハートを揺さぶられたって感じです
私もそうです。
心の深いところに届く映画でした。
Posted by: 晴薫 | March 10, 2006 at 19:28
TBありがとう。
最後の病院の廊下を歩くシーンは、教会の通路を歩いていくような幻影を醸し出していました。
Posted by: kimion20002000 | March 15, 2006 at 01:53
こちらこそありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
アビエーターもオモシロかったですが、作品としてはコチラの方が心に重く残ってます。
つくづく凄い作品ですよね。
Posted by: 晴薫 | March 15, 2006 at 02:01
読ませて頂きました。(^ァ^)
流石!見事な感想。
やはり、ボクシングを見ている方の見解は、説得力が違いますね。
>しかし若くしてスターになり映画製作でも
>成功を続けるイーストウッドはどこでこんな
>感傷を憶えたのだろう?
この着眼点、スルドイですね。(^ァ^)
イーストウッドと言う人に、俄然興味が湧いてきます。
Posted by: もとよし | October 29, 2007 at 01:39
>イーストウッドと言う人に、俄然興味が湧いてきます
そうですよね。
コレ不思議なんですよ。
でも、自分はスターであっても、下働きの人々に眼の行く方だったのかもしれません。
その奥行きが、今日の成功の礎なのでしょうね。
Posted by: 晴薫 | October 29, 2007 at 21:00