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January 2006

January 31, 2006

海辺のカフカ(下):1 村上春樹

下巻で話しはいよいよ佳境にと入ります。
はたしてカフカくんの行き着く先は?
ナカタさんの運命や如何に!

下巻で読み進むにつれどうにも違和感が拭えず、読書のリズムを乱すのが頻繁に挿入されるセックスシーンでした。
春樹ワールドはどこかCGで描かれたような感触があります。
その電子的ともいえるツルリとした外表に、汗や尿などの体液や体臭は似合いません。
オルフォイスの伝承が使われるヴァーチャルワールドの怪異話しとして楽しみたいのに、その骨格の一部をオイディプス王から取材された生々しいセックス・シーンには、必要のない汗が残るような不快感があり正直その効果も疑問でした。

ただそんな不満を吹っ飛ばし物語りを力強く引っ張るのが星野青年。
ヴェートヴェンの大公ソナタに感動しその生き様に惹かれた元自衛隊員でトラック運転手の彼は、「自分のあるべき場所にいる」という宗教的帰依にも近い心情から(釈迦の弟子の茗荷の話しがイイです)行動し、自意識過剰気味の登場人物が多い中で抜群の魅力を発揮します。
この人の造形が一番良かった。外伝を読みたいくらいです。


後はともかく唸るような挿話がいっぱいなので以下、一部意訳した覚え書きです。

「読者とのあいだに預言的なトンネルを見つけられなかったら、それは詩としての機能をはたしていない」

「人類が柵をつくるようになったとき文明は生まれた。そしてこの世界では高くて丈夫な柵を作る人間が有効に生き残るんだ。それを否定すると君は荒野に追われることになる@ルソー」

「純粋な現在とは、未来を食っていく過去の捉え難い進行である。あらゆる知覚とはすでに記憶なのだ
@アンリ・ベリグソン」

「自己意識とは、自己と客体を別個に認識するのではなく、媒介としての客体に自己を投射することによって、行為的に自己をより深く理解することが出来る。我々は自己と客体を交換し、投射しあって、行為的に自己意識を確立している。@ヘーゲル」

「啓示とは日常性の縁を飛び越えることだ。啓示なしになんの人生だ。ただ観察する理性から行為する理性へと飛び移ることが大事なんだ」

「我今仮に化をあらはにして話るといへども、神にあらず仏にあらず、もと非情の物なれば人と異なる慮あり。只これ非情なり。非情のものとして人の善悪をただし、それ従ういわれなし。雨月物語@上田秋成」
この意味は
「今私は仮に人のカタチをしているが、神でも仏でもなく感情もないのであるから人とは違う心の動きを持っている。人とは違う心だから人の善悪も判断しないし、その基準でも行動しない」
ということです。

今日はここまで、以下明日

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January 30, 2006

【皇帝】フェデラーvsバグダディス【ゲリラ】全豪決勝戦

今日も夕方まで働いていた。
帰ってから予約だけいれ自分のトレーニング開始。
トレーニング中はボクシングのハットンvsマウサ戦をみながらやって(忙しいよな)風呂に入って食事をしながら録画再生で見始める。
HDDのおかげでこういうことが無理なく出来るのがありがたい。

フェデラーと決勝を闘うのは予選上がりのバグダディス。ランクは54位である。
どんな奴だろうと顔をみたら髭だらけで口は開けているし随分老けた挑戦者である。
35くらいかな。
きっと苦労人なんだろうと思ったらなんと20だって。
ホントか?誤魔化してないのか。
随分老けたハタチである。

さて試合だが、皇帝フェデラー相手にゲリラのようなバグが何分持つのだろうと心配だったが、とんでもない展開になる。
バグはともかくカウンターが巧い。
切り返しのタイミングが早く互角にゲームを進めていく。
というか走らされているのはフェデラーで、ゲームの主導しているのがバグダディス・・・
サーブで圧倒し、ラリーではオープンコートを作ってはエースを獲る。
たいしてフェデラーはどうしたことか全体にギコチナク、ゴッサンボレーはふかすし、サーブに威力はないしで第1セットを獲られる。

おいおい、俺はリアルの世界では強いモノ嫌いだけど、プロ・スポーツは「卓越」を見てナンボなんのでガッカリさせないでください。
第二セットも果てしない泥沼の予感で始まる。
帝王に逆襲するゲリラのごとくバグダディスはフェデラーの攻めにカウンターを獲る。
どこまでも走って拾いまくり、攻めるボールは鋭く意表を突いて来る。

フェデラーはなんかヨロヨロである。
こんなフェデラーもあるのか。
まだ2回しか見てないのに、すでにラリーで打ち負けるフェデラーなんて夢のように思える。
第二セットの第1ゲームもあっさりブレークされ、第2ゲームも失い、第3ゲームはブレークポイントを握られたあげく何とか獲る。

負けんのかな?
でもここから捲くるのが真のチャンピオンだろう。
欠落がなさ過ぎてファンになり難いと書いたけど、前言撤回。
やっぱりコイツの佇まいは気に入った。

流れが変わったのが第4ゲーム。
空中をナメクジのようにヌルヌルと這うスライスを浅く落とし始めるとバグの調子が崩れ始める。
バグが困りだすとフェデラー一転して輝きだす。
ネットにドンドン出てくる。
「もう本気だかんな」、って感じ。

それでも余力を絞り出すバグは、第2セットこそ5-7まで抵抗するも、
第3セットは激流に呑み込まれるように6-0。
こうなればもうアップセットはない。
第4セットは足を攣らせるバグをいたぶるようにドロップショットとロブを織り交ぜる。
特にライン際のショートバウンドをギリギリのロブで返す1球は凄かった。

表彰式で感極まって泣き出すフェデラーには驚いた。
こんな感情を隠していたのか。
バグの二十歳らしい笑顔も爽やかでした。

フェデラーはなんか気に入った。
たたずまいも良いし、テニスが文句なくビューティフルだ。

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January 29, 2006

銀のエンゼル

日本の男は魅力がないという。
逞しさに欠け頼り甲斐がないという・・・

「銀のエンゼル」とはあのチョコ・ボールのオマケの当りである。
モチロンこれはこの映画では幸運のメタファーになる。

舞台は北海道の平原にポツンと立つ一軒のコンビニ店。
主人公はそこのお父さん。
ともかくこのお父さんはとても真面目でイイ人なのに大変である。
人手は足りず経営は苦しくても人の頼みは断れない。
気遣いがあり過ぎ優しさゆえいつもオドオドしている。
それに苛立っているのが娘で、人手が足りないのに仏頂面のまま店の手伝いを拒否する。
瞬間、腹が立った。
優しすぎるんだよ、お父さん。
俺なら家族にその程度の協力もしてもらえない店は廃業する。
要は覚悟だ。
娘には覚悟がある。平穏無事だけが価値でないことを知った覚悟だ。だから苛立ちは分かる。
でも父親への礼儀がなさ過ぎる。
進学先も相談せず、家出をしても東京に行くのだそうである。
立派なもんだ。
やってくれ。
そこまで仏頂面なんだから後は好きにしてくれ。
と俺なら言う。
それから部屋に鍵を掛けたら蹴破る。

映画と同様出来ないのは
気のあるそぶりでスナックに誘う山口もえを口説く。これはしない。
まぁそんなもんだ。

日本の真面目なお父さんたちよ。
暴力は論外だが精神的には毅然としていよう。
それには覚悟だ。
平穏無事だけが価値だと思うのは魅力かける。

事実娘が惹かれる男はこう言う。
「駄目なことなんてないんですよ。
規則がすべてじゃありませんから。
モノにはいろんな見方があるんです。自分一人じゃ気づかないけど
あまり杓子定規にならずハメを外してみると違って見えるものがあるかもしれません。
何もないかもしれないけど。
やってみましょう」
はい、勉強になりました。
勇ましいことを書いたが、俺もカナーリ常識的真面目に縛られている小心者です。

ps
北海道の平原の夜にポツンと光るコンビニ。
スタンドの屋根の上で語り合う中年男2人。
北海道を走るトラックからのシーンとバックの音楽が雰囲気です。
トラックの運転手ってちょっとイイヨな。
少しやりたいかも。
実際は大変で勤まらないだろうけど。
こんなこと考えるって、やっぱ疲れてんのかな?

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January 28, 2006

退屈そうなマジシャンR・フェデラー 全豪セミ・ファイナル

ロジャー・フェデラー、初めてキチンと見ました。
グランドスラムのセミ・ファイナルですが、生徒にレッスンを付けるコーチのようでした。
ミスをしてもエースを獲ってもまったく表情が変わらない。
冷静といえば冷静ですが、なんだかとてもつまららそうにも見えます。
市役所の戸籍係のように淡々と仕事を進め当たり前のように勝つ。

基本はストローカーなんですね。
それともテニスの基本はストロークなんだという本質をレクチャーされているのでしょうか。

相手を左右に自在に走らせ、返球が短くなるとネットを取る。
パッシングには当たり前のようにボレーで決める。
ラリーが続けば機械のように返球し最後は相手がミスをする。
合わせるだけのリターンでエースを獲る。
スライスはサイドスピンも使うから相手はますますコートから追い出される。
自分のパッシングは軽く抜く。
角度をつけられ追い出されてからでもネットに付いた相手の足元に静める。
キーファーの背丈を越えるほど弾むスピンサーブも出し惜しみ。

コートでやることなすことみんな余裕が見えるから、相手はミスが出来なくなり追い込まれる。
実際、6-0で取った第3セットなんてちょっと本気だして「戦闘力」を上げてました。
「スカウター」があったら数字で見られたのに残念でした。

これだけ当たり前に勝つ選手って他のスポーツでは誰がいるだろう。
今ボクシングで最高の才能を感じるのはメイウエザー。
この人はスピード感が人間の領域を超えてますが、総合的な卓越性ではフェデラーでしょう。
サッカーではロナウジーニョがいます。
卓越度は同程度だと思いますが、チーム・スポーツであることとキャラクターが違いますね。
むしろこの天然自然、大自在の境地でプレーするのが、「書」の世界での良寛とか、軽くデッサン画を書く時のミケランジェロのようです。

ペレが全盛期の頃、サッカーの申し子がペレなのではなくて、ペレの為に神がサッカーというスポーツを生んだのだ、というセリフがありましたが、フェデラーってそんな感じですね。

ただファンになるというにはあまりに完璧すぎますかね。
欠落が無さ過ぎて想像力が減殺される。
偉大な芸術はみな欠落へのイマジネーションが魅力なんです。
そんな大げさなことを思わせる選手ではあります。

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January 27, 2006

エナン・アルデンヌvsマリア・シャラポワ 全豪セミ・ファイナル

第1セットは凍りつくような勝負だった。
シャラポワは相手が強いほど無尽蔵に闘争心が湧き出てくる。
セット終盤、エナンの顔には疲労の色が浮かんでいるように見えた。
昨年全仏でエナンに敗れたシャラポワはより強くなり、安定し、ロビングなどプレーのオプションは増えている。
サーフェイスもクレーからハード。
シャラポワが雪辱するだろうという思惑は第2セットに入るとすぐ怪しくなる。
打ち合いで消耗していたのはシャラポワだった。

それにしてもエナン・アルデンヌはカッコ良すぎる。
腰を落としたバック・スイングから跳躍すると一気に振り切るスイングの速さ。
打ち出されるボールは、身長で20cm優るシャラポワを上回る。
リーチで上回る(=スイングの回転半径がより大きい)シャラポワより威力のあるボールを打てるということは、
スイング・スピードがそれ以上に速いということだ。
全身をボールにぶつけているように見える。
下半身のパワーまで完全に生かせるプレーヤーなんだと思う。

やっていた時、こういうプレーがしたかったなぁ・・・(レベル1/10でイイから)
小気味良くボールを弾くフォアハンド。
ラリーを制するスライスの切れ。
ウイニングショットはバックのダウン・ザ・ライン。
サーブも180キロを超えて、どこまでも軽快なフットワークとため息が出るようなショットの連続。


一方、負けたけどやっぱり闘志に溢れるシャラポワは魅力だ。
去年はことごとくセミ・ファイナルで負け、自分に勝った選手が優勝した。
華やかな彼女には他の選手の盛り上げ役は似合わない。

でもこの程度のシャラポワに優勝させない女子テニス界は、とても素敵だ。
シャラポワには、芽生えつつあるドロップショットとネットプレーまで身につけて、怪物になって欲しい。
ポイントは「下半身のタフネス」(←なんかイヤらしい!)だと思う。
エナンと見比べたせいもあるけど、やっぱりプレーが腰高に見える。

結論として俺の好みは、
ファインティング・スピリットのシャラポワ
プレー・スタイルのエナン
妄想対象はハンチュコバ
ってことで。

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January 26, 2006

ヴィレッジ

イヤー、やられましたね。
シャマラン監督は「シックス・センス」みたいな見事な背負い投げを決めるかと思うと「サイン」みたいに外す時もあるので、映画同様なかなか安心して見られない監督です。

今回の舞台は19世紀のとある辺ぴな村。
そこには厳しい掟がありました。
森に入ってはいけない・・・

せせらぎをレンズに変えて撮ったような映像と、それに調和する音楽の見事さはシャマラン監督独自の境地で、
森への神秘的な怖れなど人が長くもっていたであろう自然への畏怖を美しく描きだします。
魔物の触手を思わせる森の枝枝。
霧に霞むかがり火。
朝靄に沈む村の家々。
ランプの灯りに照らされる孤独な魂とひたむきな愛。
そこで暮す人々の慈愛に満ちた生活が淡々と描かれつつ、森からの正体不明の進入者は謎を深めます。
彼等は何者なのか?
その目的は・・・?


その謎はしだいに明かされるのですが、その過程は静かすぎかつスローモーで、もっと刺激の強いホラーを期待していた為、途中から飽きてしまい、この映画はシャマランの失敗作ですねと決めていたのでした。
だってこの進行ではもう脅かしようがないでしょう。

それがこうとは!
カンの悪い人間は幸せです。
思い切りビックリしました。

セピア色の思い出とその決意が明かされると、それまで隔靴掻痒のごとくであった登場人物達の心情と願いが一気に奔流のように眼前し感動しました。

「とても優しい声ね」
ガラスに映る彼が新聞を読んだままでいますようにと本気で願いました。
未見でしたらぜひ一度。
ホラーを期待するとガッカリしますが、愛の為の勇気に感動する映画です。

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January 25, 2006

三権は分立するから・・・

昨日、食事に行って聞いた話し。
「あのさ、検察って国の機関でしょ。なんで小泉が困ることすんの?」
モチロンこれは立法、行政、司法の三権が分立するからですね。
総理大臣でも最高裁判事でも罪を犯せば逮捕されます。
法の下ではみな平等(建前では)ですから。
イイシステムですよね。法治主義は。

それにしても今回検察は力が入ってます。
時代の寵児をあっという間に引き摺り下ろすあの迫力。
マスコミが急に伝えだしたことだけを聞いていれば、ライブドアは企業というより詐欺集団という報道ですね。
金融庁や東証ってなんなんでしょう?

ただ世に蔓延る「困ったさん」は彼等だけではない。
問題だ問題だと言われながら放っておかれる処もあります。
たとえば社会保険庁。
職員用の各種慰安施設から、あの壮大な職業体験ビルなどまさに国の価値、社会保険料を毀損する背任行為の動かぬ証拠とも思えるのですが、検察は動きません。
だって法が認めているんだもんね。
司法機関は違法行為を摘発するのが仕事で、法の下でこそ強制力を持つのですから、法に違反してない者は取り締まれません。
社会保険料を運営事務費に使うことはキチンと国会で承認されました。

結局、自分の困ることを法律にされなければOKなんですよね。
そこに圧力を掛けられるのが一番強い力なのだなぁと、改めて納得です。

それにしても選挙に勝った自民党。
今回は若手が中心になり情報戦略なども練った、なんて自慢をしていました。
さらに小泉改革主演の竹中さんは経済の専門家ですよね。
1年以上前から完全な公開情報だけでライブドアの内情を分析したブログもあるくらいなのに、見破れなかったのでしょうか?

武部さんあたりが調子に乗って「我が息子でず!」なんて叫ぶのは、まぁあのキャラクターですからね。

ともかくこの相手はヤバイな、というカンが小泉内閣の誰にも働かなかったというのが情けない。
全部の資料を分析して完全に調査するというのは確かに無理でしょう。
でもそんな危機感知への直感は、国を動かす人々には持っていていただきたいモノです。
そしてなにより国会は立法府としてしっかり仕事をしていただきたいものですね。

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January 24, 2006

バーナード・ホプキンスvsジャーメイン・テイラー:ミドル級統一第二戦

史上初、主要4団体を統一し、10年以上にわたり積み重ねた防衛記録は20回。
その長きに守った王座を失った前回はスプリット・デシジョンの判定負け。
トリニダードを倒し、デラ・ホーヤを倒しながら自分のキャラクターを認識したヒールに徹したプロ意識。
今回は黒のマスクを付けて登場。
ホプキンス、エクスキューショナーのポーズを繰り返し本気です。

試合は入れ込んだテイラーが1Rからラビットパンチの反則。
ただ試合が落ち着くにしたがい大きく見えてきたのはテイラー。
白刃の鋭さで伸びるジャブが冴え、距離が詰まってからのアッパーがホプキンスを抉る。
距離もスピードもパワーもテイラーのモノだ。
ステップインがより速く、ハンドスピードに勝り、パンチの確度が高い。
みな少しづつだけどテイラーが上回る。

ホプキンスはどんな闘い方も出来るというけど、基本は身体の強靭さだと思う。
鋼を思わせる強靭さで相手の攻撃を呑み込み圧倒してきた。

今回はもつれても打ち合っても押されるのはホプキンス。
顔を腫らせたのもホプキンス。
唯一意地を見せたのは12R目を取ったこと。

若いチャンピオンを追い込む体力。
40才であの体。
どんな節制とトレーニングをしているかと思うよ。
顔だけ見ていたらブロンクス辺りの不良オヤジにしか見えないが、その生活は修道僧もかくやという禁欲がなければ出来ないことだと思う。
偉大な偉大なチャンピオンでした。

結果は3者とも115-113。
私の印象もそのままだ。

さあ今後はテイラーだ。
歴史に残るチャンピオンの後継者として相応しい試合を期待したい。

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January 23, 2006

昨日したこと

日曜は午前中は仕事をして昼食を取り、昼寝をしてからサーキットに行こうか、と思ったけど気が乗らないので
「CSI:科学捜査班」なんて観ながら溜まった新聞の整理。
個人的には中国の水質汚染の話が気になる。

それからウエイト・トレーニング。
アップしてから今日は少し重量を上げようかと思っていたが、すでに50㌔×10回が重く感じる、
ウエイトは体調のバロメーターになることがある。
風邪かな?

バイクトレーニングは中止して、PCに向かう。
シカゴの日経先物が大証より500円も安いのでエクセルで仮計算をして注文の出しなおし。
先物は持ち高がなく、OPのポジションも軽いのでどっちに動いても逆張りです。
システムではどっちつかずの水準なので、大きく離れた売り買いの注文しか出せない。
まぁ体調も悪いし無理に取引注文をだすこともない。

ホントウは8時から「ヴィレッジ」を観て、記事を書いて風呂に入ってから全豪を少し観て寝ようと思ったんだけど、
ここで風邪を引いて受験の次女に迷惑を掛けるわけには行かないので早寝をする。
「海辺のカフカ」を読みながら寝る。

今日は朝、出しなに突然雪が舞い始める。
この間と違い雪粒が小さく吹雪て舞い上がる。
庭木の間を粉雪が舞っているのは風情であり、
こんな日は仕事をするのではなく、炬燵でも出してひれ酒でも呑んで寝ていたいなぁ。
しかたなく表に出るとすでに雪雲は薄く太陽の影が透けて見える。
これはすぐ天気は回復するのかな、と思ったら良い天気になりました。

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January 22, 2006

ハンチュコバ、セレナに勝つ!

はいはい、どうせ負けるんでしょうハンチュ。
相手がウッホウッホ・セレナだもんな。
でもイイの。
負けても。
負けて一緒に哀しもうね、ハンチュ。
今日のファッションは黒のショートパンツとブルーのタンクトップ。
コーディネートした黒のサンバイザーが素敵。
お尻が小さいよね。
ウウ、可愛いぜ。
やっぱり好きです。
冷静になってスコアをチェック。
どのくらい負けているのかな?と見てビックリ。
勝ってんじゃん。
何があった。
あ、セレナ太ってる。
これじゃテニスより日本の国技の方がイイんじゃないか。
ところでこの試合勝った方がシャラポワと4回戦である。
空気嫁セレナ。
というか、どうかお願いしますセレナ様。
今回だけでイイから負けて下さい。
DVDに撮りたいんです。
でもハンチュ、2セット目からサーブが入らない。
そこを密林の王者が猛然と攻めてくる。
セレナ本気で打ってんじゃねぇ。
ああ、ハンチュが危ない。
特捜は何してる!
六本木よりメルボルンに池。
ハンチュは泣きそうだ。
泣くなハンチュ。
イヤ泣き顔萌えかもしれぬ。
ちょっと見たい気もする。
セレナ泣かせてやれ。
俺はどっちを応援してるんだ。
というか「何を見ている」つもりになっているんだろう。
テニスでないことは確かだ。
変態め。
変態オヤジめ。
「カモン」の声も可愛いぜ、ハンチュ。

ガッツポーズをしてもちっとも強そうに見えないハンチュコバ。
勝ってジャンプしても何故かそこには哀愁がある。
投げキッスも恥ずかしそうに1回だけ。
キッチリ周り中に4回やって最後はカメラにもサービスするシャラポワとは段違いだ。
役員と話す時はすでに泣きそうに見える。

次はシャラポワに苛められるのね。
美形大女同士の・・プレーだ。
これは録画だ録画。DVDに永久保存だ。
ありがとうセレナ。
貴方は長いインターバルにまったく不満の表情をみせませんでした。
本当にマナーの良い超1流のアスリートでした。
とって付けたようなお詫びを言って今日は終わりだ。

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January 21, 2006

06年全豪、フェデラーってスゴイね

昨日、「ハッピー・フライト」を観ながら記事を書き上げて、ヤレヤレとTVをつけたら全豪オープンをやっていた。
男子なので消そうと思ったら片方の選手が凄いボールを打っている。
飛んでいくボールがギラっと光るような弾道を描く。
生物みたいに伸びていくスライスに、強烈な曲線を描いて落ちるセカンド・サーブ。
ファーストは殺人的だし、フォアハンドは破壊的でネットプレーがナチュラルに上手い感じ。
みんな上手い。
弱点ないじゃん。
それをまた実に無造作に打っている。
こりゃスゲエと見とれていたら、フェデラーだった。

きちんとテニスを観ている人には、今さらなに寝ぼけたことを言ってんだ、というレベルの話しだと思うのですが、ずっと男子テニスは見ていなかったのだ。
いつから男子テニスを見なくなったかというと・・・
いや、そもそもテニスファンになったきっかけはボルグ、コナーズ、マッケンローだったんだよね。
あの伝説のウインブルトン決勝が原点だった。

それがレンドル中心に回るようになってから見なくなっていって、
途中エドバーグだけはあまりにカッコイインで見ていたけど、サンプラスが中心になるとまた見なくなった。
サンプラスはイイ選手というか、究極のプレーヤーだった思うんだけどファン心理ってのは不思議なもんだ。

逆に女子はグラフあたりからゲームのスピードが増して面白くなっていった。
コートの左端で終始飛び跳ねながら打つあの逆クロスには感動したよね。
さらに自分で始めてみると男子のテニスはボールのスピードが同じ人間業とは思えない。
一方、女子の方はどことなく参考になるんだよね。
どうせ出来ないんだけどさ。
それで女子ばっかり見ていたんだけど、それもビーナス姉妹が出てきて完全撤退してしまい、シャラポワが出てきてまた見るようになった。

それでフェデラーだ。
フェデラーってサンプラスの1割増しって選手に思える。
30分しか観てないからまだよくわからないけど。
とりあえずフェデラー戦だけでも男子テニス観戦を復活させます。
と書きながらシャラポワの試合を見ている。
あ、ハンチュコバもやる。
録画して寝よう。
シャラポワ調子イイな。
優勝すると思う。

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January 20, 2006

ハッピー・フライト

主演はアメリカ人に人気のグウィネス・パルトロウ。
こういうキツネタイプの女性は好みではないのでどこが良いのか、と思ったら不遜にも「ダイヤルMを回せ」をリメイクしやがる。
ヒッチコックとグレース・ケリーの神コンビに挑むとは、と驚いていたら、イブニングドレス姿でゆったりと歩きながら唇に指をあてる姿がエレガントでまいってしまった。

この映画はそんなクール・ビューティのG・パルトロウが、
「この町から出来るだけ遠くに行きたい」という願いを胸に奮闘する田舎娘の役。
これが巧い。
というか多分この人、クールというより、デカクてお人好しでちょっと抜けているけどガンバリ屋!という方が地に近いんではないでしょうか。
彼女は、客室乗務員になって「パリ行き、ファーストクラス、国際線」を目指します。

ともかくけなげに頑張るグウィネスが可愛いです。
掛かってきた電話に出る時のお間抜けな歩き方。
パリではいかにも「おフランスざます」という曲に、ファションが真黄色いコートにベレー帽!
ほとんど「おそまつくん」の「イヤミ」状態です。
さらに傘までさして歩いてくれる。
こういう自分のダサさを巧みに使って笑わせてくれるアメリカ人のセンスは大したモンだよ。

それからキャンデス・バーゲンがカリスマ・スッチー役で素晴らしい演技です!(笑
みんなをコロニアル風の邸宅で出迎える時は、玄関バルコニーから片手を上げて
「ようこそ当機に!」(←スッチーってこういうとこありますよね、笑)って敬礼するとこは、バックにかかる曲も含めてかなり笑えます。
それから「私が発案した」というポーズをするのですが、ここも爆笑しました。
後は伝説の指導教官役でマイク・マイヤーズ。
やっぱり達者に笑わせて、最後のシーンはちょっとしんみりさせたりしてギャラ分は働いてます。

それにしてもアメリカ人はパリが好きだ。
これだからフランス人がイイ気になるんだよな。
あっという間にドイツにヤラレテ泣いていたくせに。
それを救ったのがアメリカなのにまたく恩義を感じてない。
悔しいなぁ。
日本もこういう文化力を目指すべきですね。

使われる曲もみんなベタベタなんだけど、ラスト、シンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」が被るとこは良かったです。
思い切りB級の映画ですが、出演者がみんな楽しそうにやっていて、疲れている時なんかに観るにはイイんではないでしょか。

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January 19, 2006

俺のライブドア・ショック

PC内に眠っている記事に「バイロン・ウィーンを気取って」というスカした題名のヤツがある。
バイロン・ウィーンという人は、毎年新年に金融市場のコンセンサスを覆すような予測を立て的中させてきた天才的なエコノミストである。

そこでブログをはじめた一昨年末、私もバイロン・ウィーンを気取って記事を書いてみた。
予測内容は、「ドル高」である。
去年の年初は、市場の見通しがドル安一色だったので、それでは上がるんじゃないか、というウケ狙いの記事にしようと思ったのだが、それにしてもまったく根拠を思いつかなかったので(笑)書き上げなかった。

ところが昨年は本当にドル高になったので、書いておけば良かったとなぁ、と後悔した。
それで今年も書こうと思った。
去年の年末、市場で最も強いコンセンサスは「日本株は上がる」だった。
ならば日本株は下がるという記事にしようと思ったが、これまた下がる理由が思いつかなかったので記事にするのは止めた(笑
実際225Fの先物を買い持ちして年を越したしね。

そして今日の話しである。
11日にいったん買い持ちを解消していたので、それから連日押し目を狙っていた。
平凡に25maで買いたいという注文を出していたのだが、17日はライブドアの強制捜査があったにもかかわらず前場は底硬い動きである。
これは今日も約定しないなぁと、夜に見ると後場急落で15930円の買い注文が出来ている。
しかも終値で下げて15770円と損切りポイントも割っている。

トホホホ・・・瞬殺されてしまったのだ。
それで今日の寄付きに期待したのだが、結果は昨日の終値よりさらに120円安と容赦がない。
しかも私のシステムでは売り指示になった。
でも安くなるスピードが速すぎて売りたい値段まで上がってこない。(それでも売れってのが指示なのに従えない)

今日は休みだったので朝のうちは値動きを見ていたのだが飽きてしまい「CSI:科学捜査班」なんて記事を書いてふと見ると、なんと日経が15350円になっている。
もっていたらさらに300円も損失が拡大していたころである。
損切りは大切だなぁと思いつつ同時に、これは買いだろうと私の直感が囁いた。(←これが実に当たらない!だからシステムでやってるのに!)
瞬時に買った。
1枚だけど(笑

CSIの記事を上げた後は食事に行くつもりだったが、さすがに後場寄りが気になったので、受験勉強中の次女と一緒に妻の作ったカレーを食べ、後場寄りを見ていると上がっていく。
これは当てたな。
損切り分を取りかえした。
俺はやっぱ才能あるなぁ(笑
では予定通り次女の受験校を見に行きがてらドライブを。
相場を当てた気になってウキウキしながら例によって飛ばす飛ばす。
この間捕まったのにまったく懲りてない。
「覆面」にも万全の注意を払いつつ楽しいドライブと学校見学を終えると、いそいそとPCを立ち上げた。

さて幾ら儲かったかな?と思ったら終値15330円・・・
なんだ-20円かよ、でも明日があるさとふと見ると、下値15010円がある。
なんと!
出掛ける前に15150円でロスカットを出しておいたのだ。
んじゃ連日の瞬殺損切りですか!

何があったと日足をみると後場中頃に物凄い下げがある。
東証が全面取引停止されてますよ!
こんなの予想出来るか!
しかも損切り注文中、板が吹っ飛んだのか、約定は15080円である。
つくづく値頃感のエントリーはダメだぁ。
システムに従えば良いのだが、それが難しい。

それにしても東証はだらしない!(怒
資本市場は流動性が命なんだから全面停止は最悪だよ。
それが一番言いたいことだ。
いや八つ当たりじゃなくてさ。

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January 18, 2006

CSI:科学捜査班シリーズ1

アメリカで大ヒットして紹介された当時は、特殊効果で人体に食い込む弾丸の様子などを描写、とあったので、
グロは嫌だなと見ませんでした。
それが新シリーズということでシリーズ1と2が一挙放送。
不精な私はこういう時一度に録画して見られるので見てみました。
見て詰まらなかったら止めれば良いのだし、面白かったら連続で見られるしね。

登場人物はリーダー役のグリッソム、しっかり者の黒人ウオリック、ちょっと頼りないニック、隙歯のヒロイン・サラ、離婚子持ちキャサリンの4人。
それに事件との連絡係をつとめる初老の警部と死体を本格調査する白髭の検視官が控える。

登場人物に、渋い中年の白人、屈折した内面を持つ黒人、その同僚より認められないのが不満の若手白人。
男勝りの女性に、離婚して子育てとの両立に悩む女性。さらに東洋系、オタク系白人まで加わってきて、ファン層にあったキャラクターをまんべんなく揃え、おのおのが微妙にそれぞれの人種へシンパシーを感じさせやすい設定になっているのはハリウッド流。

ただこのドラマのキャラクターはみんな地味で、特に際立った美女やヒーロータイプはない。
売りはシナリオの完成度と捜査方法などアイデアの豊富さです。
続々と登場する分析機器や捜査方法などの映像には新鮮な驚きがあり、その徹底した科学オタクぶりは見事でなるほどこれは現代のシャーロックホームズなのかもなぁ、と感心させられます。

舞台がラスベガスという極限の欲望人工の都市で起る事件なので、
派手な発端でも納得でき、そこからヒネリに引きずられ最後は意外性もタップリ。
複数のストーリーが並行して噛み合わないこともありますが、それが減点にならないのは一つのテーマとしてまとまりがあるからだと思います。

複雑な余韻を残す「高度3万フィートの密室殺人」、後にとんでもなく怖い続編になる「グリッソムへの挑戦者」、
分かっていても切ない気持ちになる「心の闇」などが印象的です。

その中でも白眉は「悪魔に魅入られた女」
栄養学者の話しなのですが、アメリカのサプリメント、整形などの肉体改造文化には、どこかブレーキの壊れた欲望を感じることがあってそんな社会背景を下地にしたストーリーは衝撃的でした。

マクベスやパスカルの言葉まで引用されますが無理がなく、この辺の作りはさすがアメリカナンバー1シリーズでした。
今2を見てますが、マイマミ編やNY編も楽しみです。

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夢十夜   夏目漱石

良く知られたその穏やかな沈思の表情が文豪らしいのか、或いは文豪らしくないのか?
「我輩は猫である」などから難解な印象はない反面、エキセントッリクな刺激もないようで、子供っぽい感じすら持たれるかもしれないが、そんなレベルの作家ではないです。
実体は耽美を極める三島や川端ですら、端に避けさせるような文学の王道路線一直線の男。

この小説は十夜というとうり律義に10話ある。
どの夢も深い。
深すぎて落ちたら二度と覚めることのない、永遠に埋没してしまうような怖れのある小説。
知られざる夜の都の底に沈んでいるような十夜の夢。

第一夜は、100年の時をまたごうとする性と死の寓話。
死ぬ事を伝える女に、ただ待つことを選ぶ男。真珠貝は闇の中に鬼火のような光りを放ちます。

第二夜は、追えば追うほどせせら笑って逃げていく到達の幻影。
「誇り」が笑い者になる葛藤が真に迫る。

第三夜は、美しき本格派ホラー。
文豪はやすやすと恐怖小説の極点を描いてみせる。

第四夜は、「今になる、蛇になる、きっとなる、笛が鳴る」漱石なら言葉を実体化出来るのだ。
「深くなる、夜になる、真直になる」夜の川は夜の国に繋がっている。

第五夜は、この夢は神代の時代の戦に迷い込む。
恋の行方は敵となった天探女により奈落に落ちる。

第六夜は、運慶を題材に、ミケランジェロにも通じる説話で「芸術を生む奇跡」を夢みる。
「大自在の妙境」とは、こんな小説です、という同意反復でもある。

第七夜は、旅は常に期待と同じ位の不安も生む。
行き先の分からぬ船に乗り絶望するのは、人生への暗喩なのだ。

第八夜は、床屋という日常の縁をふと乗り越えると異界であった。
異界には見ようとしても見えないモノがある。見てはならないモノもある。

第九夜は、不在の父親の無事を祈る母子の孤独と不安の夜。
土塀の続く屋敷町の神社。人は夢のなかでもその運命の囚人なのだ。

第十夜は、善良な正直者の庄太郎は、女について行き延々と豚と戦うことになる。
時に夢は悪夢と可笑し味をない交ぜにし笑いと恐怖は分かち難く溶けあい化物の相貌を見せつけます。

今やこれだけの文章を書ける作家はいない。
これはカラバッジョの絵画のやモーツアルトの楽曲のように、人類が再び創造することの敵わぬ領域の作品群です。
この短編集の凄味は時代を追って高まると思う。
オムニバスとして映画化してみたい1本でもあります。

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January 16, 2006

THE JUON/呪怨

あえて傑作だと断言します。
日本独特の感性から生まれたJホラーは、ハリウッドの高度な技術を得て絶妙なコラボレーションになりました。

正直、呪怨シリーズは生まれるきっかけになった「学校の怪談G」の「片隅」が最高で、その後カタチになったVシネマの「呪怨」が良くて、一番ダメだったのが劇場版「呪怨」。
清水監督、作品の魔力がだんだん落ちているので、アメリカで興行成績1位だの、収入1億ドルだのと言われてもハリウッド版へそれほど期待は持てませんでした。

舞台は日本で、登場人物がアメリカ人という設定も疑問でしたが、観てみるとアメリカ人が一般的な日本家屋にいるだけで異和感が起こり、
同時に監督は清水さんですから、描かれる日本の風景は自然で、アメリカ人留学生の住んでいる安アパートや夜にタクシーで走るビル街のリアリティなど、はっきり日本人でないと出来ない絵でしょう。
この両立が差異を生み恐怖を増幅させています。

それから役者の差も大きい。
日本人では石橋遼さんが刑事役として意地を見せていますが、サム・ライミ・コネクションなのかアメリカ人の出演者がみな素直な好演で、日本で売っていそうな安物衣料を着て東京を歩くサラ・ミシェル・ゲラーなど酷かった伊東美咲とは差が付いています。

画面には終始尋常でない緊迫感が溢れ、何もない1点を見詰め続ける様子の怖さなどアメリカでウケタのもダテではない。
あのビデオからの映像なども基本的なエピソードは受け継いでいても特殊効果はさらに磨かれキレが増し、
シンとした変哲のない画面にも恐怖の予感が満ちています。
ただ閉まるだけのドア。
異様に乱雑な部屋。
タイミングの早すぎるドアホン。
さだかならぬ理由で正気を失う人々の描写に忌まわしい予兆が満ちていて、
常に何かクル、何かがクルという緊張感が途切れないのは大した物。
劇場版より格段に良い出来です。

プロデューサーのサム・ライミとそのスタッフもどこかで助けているのか、清水監督自身単にお金があれば出来たのかどちらにしろアメリカでの成功は確かな根拠のあるものでした。

格段に洗練された編集(ハリウッドはこれが凄い)から、分かり難かった物語が整理されていて、完成度もこれが1番という思いがけない結果になりました。

どこもかしこも怖くなる。
これは1流のホラー映画だって認めてイイと思うよ。

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January 15, 2006

キング・アーサー

英国本土のブリテン島の由来は、
紀元前7世紀から前1世紀にかけてヨーロッパ大陸から移住したケルト系ブリトン人に由来します。

そこに1世紀からローマの侵略があり、そのローマも476年に西ローマ帝国が滅亡し、ケルト人は解放されるのですが、今度はブリテン島南部を支配するケルト系ブリトン人とケルト系ビクトル人の間で戦争となり、
そこでブリトン人が対ビクト戦の傭兵としてエルベ川流域に住む古サクソン人とユトランド半島北部のジュート人、ユトランド半島南部のアングル人を迎いれます。

彼等はゲルマン系でも際だって勇猛果敢。航海術にたけ長身で腕力があり素早い、という戦闘民族サイヤ人みたいな連中だったのですね。
あっという間に傭兵は侵略民族となりブリトン人と激しい戦闘を繰り広げますが、劣勢に陥ったブリトン人の中から一人の英雄が誕生し一時活躍したようです。

結局、ブリトン人は負けてしまい奴隷化され、後はスコットランド、ウェールズ、コーンウォール、アイルランドへと逃げのびますが、そこでもまた弾圧されます。
そんなケルト系民族に語り継がれて15世紀頃に流布したのが「アーサー王と円卓の騎士伝説」となります。

アイルランド人によれば近代化された以降も工業は許されず搾取は徹底し、後にインドや中国を始め世界で行った蛮行はほとんどその拡大版だということでした。

そして結局、このブリテン島を乗っ取ったアングロ・サクソン人は新大陸アメリカでもWASPとして主導権を握り、英語とともに価値観まで世界標準にしつつあるという訳です。

まぁ私の好きな3大スポーツである、ボクシング、サッカー、テニスの発生の地であり、
音楽にいたってはビートルズからストーンズ、キング・クリムゾン、ピンク・フロイドにデビッド・ボウイ、レッド・ツェッペリン。
小説ではSFの元祖となったHGウエルズにジュール・ベルヌにミステリーの嚆矢であるホームズのコナン・ドイルまでイギリス文化は大好きなのであんまり昔のことは言いたくないのですが、そういう歴史的背景を知ってこの映画を見ると楽しいかも知れません。

映画自体は勇敢な男達が自由を求めて大権力であるローマと闘う、というパターン通りの話しで、
アーサーをクライヴ・オーウェンが好演し、脇にジェロム・レ・バンナみたいな男を配して戦闘シーンから酒盛りのシーンまでの音楽は勇壮さと哀しさを醸し、蒼を基調にした映像が霧のブリテン島の叙情を良く表わし迫力に満ちた力作です。
魔術師マーリンからエクスカリバーなどの小ネタも忘れてません。

いわゆる英国建国神話伝説の色が強いので日本では地味な扱いでしょうが、見て損はない1本だと思います。

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January 14, 2006

ランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて:6

マーケットにひそむ落とし穴
マーケットはその構造から多くの投資家を失敗に追いやる「罠」に満ちてます。
その罠は「常識」や「通説」に多く隠されているのでよけいに注意が必要です。

1)ファンダメンタルズ分析の罠
経済の基礎的条件をきちんと理解し、発表される経済指標や決算を分析して状況を理解し、それをもとに投資戦略を立てる。
極めて真っ当なやり方ですが、ここに罠があります。

a)ランダムでないトレンドの発生
カオス的な振る舞いと、持続的な動きを過小評価する人の心理を背景として自然に発生するトレンドがある一方、
何らかの原因によって発生し、理屈の上ではある程度予測が可能なトレンドが存在します。
これを「ランダムではないトレンド」と呼びます。
期待リターンを高めるのはこの「ランダムでないトレンド」だけです。

効率的市場仮説では、情報は瞬時に伝わってしまい、価格に折り込まれます。
これはトレンドを形成しません。

トレンドを形成するのは、「ゆっくりとしか伝わらない情報」です。
初めはごく少数の投資家にしか評価されない情報が順次ほかの投資家を納得させ、
その投資家が順次投資行動を起こすことによって、価格に持続的な圧力が加わるのです。
この持続的な圧力は、この情報を多数の投資家が共有するまで続きます。

では「ゆっくりとしか伝わらない情報」とは何でしょう?
それは「コンセンサスを覆す情報で、かつまだわずかにしか兆しが見られないもの」です。

人間には保守性という心理的傾向があり、
新しい観測には十分な証拠がなければなかなか受け入れられません。
材料が不足していて、多数の投資家には結論のだせない新しい観測は、
多くの投資家を納得させられず、結果その情報による投資行動は徐々にしかおこりません。

もちろん、材料不測の新観測がすべてトレンドを生む訳ではなく、
時間とともに多数の支持を集められるもののみがトレンドを生み出すのです。
また仮に、多数の支持を集めたにもかかわらずその観測が実現しなかれば、その分揺り戻しが起こりますが、いったん大きく動いてしまった相場が完全に元に戻るには大変な時間がかかることもあります。

b)現実の経済指標と相場の関係
経済指標の雇用統計(Non-Farm Payroll)は、調査範囲が広く速報性が高い為、重要視されます。
これを株価と比較すると、まるで経済指標を先回りするように動いているように見えます。

マーケットの予測能力は非常に高いものがありますが、いつも正しい方向に出るとは限りません。
株価は経済指標が出る前に動き出し、その先行的な動きが経済指標で追認されれば、その時点ですぐ次の動きを予想して織り込みにいく傾向があります。
ですから経済指標を見て、投資行動を起こすのでは遅すぎることになります。

そして波のようにうねる変動にいったん乗り遅れると、相場の波にリズムが合わなくなり、
投資行動が常に裏目に出てしまうことにもなりかねません。

また株価が経済指標とミスマッチする時は、市場に過度の楽観や悲観がある時で、
その“行き過ぎ“状態がマーケットの予測能力を失わせます。

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January 13, 2006

魔術的芸術:8 アンドレ・ブルトン

1)「おおいなるあやかし」 眼の「錯覚」の不思議とその限界
アルフレッド・ジャリは「紋章」に託された二重の標章を賞賛した。
二重性は危険や狂気、知的ないし道徳的な不幸といったものの弁証法とされてきた。

鏡を前にした我々が自分自身のイメージを見ると、その像もまた自分自身を見るという具合に際限ない繰り返しがおこる。
眼は「野性の意識がもつさまざまな不安のもっとも豊かな部分を支える身体器官」であった

特別な呪力を宿したある種の眼は、魔術を伝達する道具であり、ヴィジョンというものに極度の綿密さを与え、その結果、錯乱させ世界の二重化の魔術を見る者に与えると同時に、世界の二重性の解読を提示する。
それは眼を開いて生まれてきた子供は魔術師になるとか、魔女リリスは自由に眼を取り外し子供の夢に毒の入った乳を与えるニンフ(プルタルコス)になる、あるいは水晶や宝石でできた第三の眼を付ける「イービル・アイ:邪眼」という不吉な眼の言い伝えなどの伝承に痕跡を残す。

「最良のイメージは、虚空の中に向かい合った吊るされている二枚の鏡である。
これは永遠の一つの裂け目である@ピカビア」

キリコの先駆をなしアルチンボルトの不思議な肖像画は秘境的な配慮の結果であると云われ、逆さまのキュビズム前派である。


2)混沌への誘い。表現主義から表意文字へ
19世紀末からの芸術的な表現は人の不安に支配されている。
想像力が極限的な活動を行ないあらゆるイメージを見つくし、それが自然界に存在するあらゆる事物に衝突するとき、魔術の中心に横たわり、魔術の真性さの保証でもあるカオスへ向けられた呼び声となり、ムンクのような狂人に透視能力を与える。
想像力の問題は、魔術的創造の「効力」の問題である。

カンディンスキーは世界の再創造の中心に一気に飛び込み、
「物質の精神化」に神智学を用い「抽象」の問題を提出すると同時に解決した。
彼の作品は、「混沌の通過」のリズミックな紋章的な解決を提示している。

「シュプレマティスト」もヨーロッパの永続性に幻想を抱いていなかったし、
マレービッチは自分の絵画に「最初の人類の足跡」にも似た痕跡を砂の上に残す欲望であると語っている。

モンドリアンのジャズから触発されたインプロビゼイションの作品は、
「芸術としての芸術の終焉」を告げるこになる。
「純粋な造型性」論は最初から破産した議論だったのだ。

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January 12, 2006

カブト魂

子供の頃夢中だった、カブト虫、クワガタ虫。
集めたモノですよ。
ところがカブト虫、クワガタ虫を集めるのは日本の少年だけで、世界ではその習慣が珍しがられるそうです。
そういえばアメリカ映画とかでもないよね。
日本の少年は何故、カブト虫が好きか?
そこに怪獣の幻影を見る訳です。
怪獣王国発生の地の謂れはこんなところにもあると思うのです。

小さな怪獣なのですから、カブトが強いのか?クワガタが強いのか?
なんてのは良く話題に上がりました。
さらに昆虫図鑑を見ては南米のヘラクレスオオカブトなんてのに憧れたモノです。

最強の昆虫はどれか?
そんな忘れていた憧れがまさにTVで適うとは思いませんでした。
今日の「トリビア」特番で「世界のカブト虫最強決定戦」が行なわれているではありませんか!
音楽はあのプライドと同じモノで、世界から集められた色々なカブト虫を切り株ステージに乗せてスポットライトを浴びせ、あの巻き舌イントロディース!
「PRIDE」のIをカブト虫の角のカタチになぞったり、プライド風アレンジで盛り上がるのは、逆にいうとPRIDEがそれだけ根づいている証でもある。

さて最強カブト虫はどれか?世界から集められた8匹のトーナメント開始です。
1回戦:1
日本のカブトvsグラントシロカブト(アメリカ)
グラントカブトはデカイ!世界には強豪が一杯いるぜ。緒戦負けを覚悟したところ、日本カブトがあっさりひっくりかえしまずは1勝!

1回戦:2
コーカサスオオカブト(デカイ!)vsゴホンツノカブト(こっちは5本角!)
コーカサスカブトがゴホンツノカブトを持ち上げ叩き付けて圧勝。

1回戦:3
ケンタウスオオカブトvsアクティオンゾウカブト(最重量)
勝ったアクティオンは出場中、最重量で力が凄そうだ。世界は広いよ。

1回戦:4
ヘラクレスオオカブトvsネプチューンオオカブト
角が長いモノ同士の決戦。本命ヘラクレスがネプチューンを必殺のリフトアップで投げ落とすが自分も一緒に滑り落ちる。それでも粘ってヘラクレス勝ち

準決勝:1
コーカサスカブトvs日本カブトムシ
まるで大きさが違う二匹。ところが大きなコーカサスカブトが一度飛び立ってしまい、ノーコンテスト。
2度目はなんと日本カブトが一方的に押し出す。

準決勝:2
アクティオンカブト(最重量)vsヘラクレスカブト(最長)
ヘラクレスが押し気味に試合も進めるも、体力のあるアクティオンが挟んで反撃!
2匹ともリングである切り株側面の攻防で、落とされそうなヘラクレスが最後に体を反転させ勝利!
やっぱり強いぞ、ヘラクレス!ブラジルつながりで、なんかノゲイラみたいだ。

決勝戦は3R制
日本カブト(96m)vsヘラクレスオオカブト(154m)
対峙するとまるで大きさが違う2匹。
1R、圧倒的に大きなヘラクレスカブトが、簡単に角に挟んでリフトして転回!日本カブトを瞬殺です。

これはもうダメだ、クラスが違うよと思って2R
日本カブトはヘラクレスのサイドに回る戦法。
スゴイ、サークリングしてつねに相手のサイドから、ってこれは基本ですがな。
ところがヘラクレスも体力だけの相手じゃない。
サイドに動く日本カブトに合わせて自分も回る。
なんと高度な展開だろう。そして間合いの詰まったその一瞬!
日本カブトが巨大なヘラクレスカブトの下角を引っかけ大きく跳ね飛ばし、ヘラクレスカブトは宙に消える。

ラスト・ラウンド
じりじりした対峙から、日本カブトは挟まれてリフトアップされる。ヘラクレスの必殺技が完全に掛かった。
でもそこから抜ける日本カブト!挟まれる!また抜ける!どうだ日本カブト!
と思ったら背中から滑り落ち日本カブトの負け!
優勝は、ヘラクレスオオカブト!
ブラジルは昆虫も強かった。

圧倒的に小さな体で良く闘ったよ日本カブトですが、今後の課題としてヘラクレス越えとどうするか?
2Rで見せた下からの跳ね上げですね。
これを磨くしかなないです。
正面からいくとリーチの長い角に挟まれますから、サイドからともかく少しでも角度を付け、ヘラクレスの下に角を入れる。これがポイントだ。


こんなシーンを集めたDVD、「闘う世界最強虫決定」といのも何本か出ているそうです。

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January 11, 2006

北の零年

けだし明治維新は大革命でありました。
これほどの革命がほとんど無血の内に終わったことは世界史的な奇跡であるが、当然割りを食った多数の人々がいる。
これは運命に翻弄され北海道開拓へと駆り出された淡路藩の人々の話し。
主演の渡辺謙が鋭い男性的魅力をかもしだし、吉永小百合は乗馬姿も見事で荘重ともいえる演技です。アイヌを演じた豊川悦司も虚無ギリギリまで達観した男の姿が良かったです。

ロケからの風景は美しく、演出も充実し、カメラには品格があり脇役陣も光ってる。
力に溢れた映画です。

ただ辛い。
時代の流れを巧みに泳ぐズルイ奴等が威張っていてイジメは残酷で、主人公の運命は過酷なことばかり続く。
俺は真面目な人たちがシリアスに苛められるこういう映画が一番苦手。
ホラー映画なんかの残虐シーンなんてのは、結局作り物だって距離をおいて見られるけど、こういう話しは現実にひっそりと、でもけっこうそこここにありそうで、なんかシャレにならん。

力作だけどカタルシスの発散がなくて170分付き合うのは大変だよ、と思っていると2時間を過ぎてから物語りは動きだす。これは期待が持てると思うとやっぱり辛い展開です。
馬を巡るシーンは考えちゃったな。
悦司は抜群のカッコ良さですが、私は無様な謙の味方です。
だってしょうがないジャン。
駄目ですかね。

それから香川照之。オマエは敵な。
香川さん、ボクシング・ファンとして私が毎週見ている「エキサイト・マッチ」という番組にゲスト出演しては楽しいコメントをしてくれて親しみを感じていたのだけれど、この映画では実に嫌な役をやってそれが真に迫っている。
ホントウに嫌な奴に思えてきた(笑
これは役者冥利に尽きるのだろうが、こんど「エキサイト・マッチ」に出てきたら冷たい目で見てやる(笑

ラストは良かったけど、「実話を元に再構成されている」んだから現実はそうはいかないんだよな。
そんな重みも感じる映画ですね。
気が付くとこの手の映画が苦手な私が一気に見終えてました。
そんな作品です。

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January 10, 2006

バイオハザートⅡ アポカリプス

バイオハザートⅡ アポカリプス
ゲームがネタだった1作目。
そこまでアイデアがないのかハリウッドと思ったら、地下秘密施設を舞台にして密閉感がスリリングで結構面白かったです。

今度は副題に「アポカリプス」とついてぐっとスケールアップ! 街全体が舞台になる。
期待を持って見始めたけど、最初の20分はかなりガッカリの滑り出し。
これじゃ散々作られたゾンビモノの焼き直しじゃん。
舞台が広がった分、スリルも拡散してしまい新登場の副ヒロインがカッコ良いけど、この調子じゃ駄作決定だな、教会なんかに閉じこもって、新鮮味ゼロ、と思ったら、そこからスゴイのが出てくる。
こうこなくっちゃね。
この手の映画はともかく驚きが肝心だよ。
もう駄目だぁ、と思ったところでヒロイン・ミラが派手に登場。
バッタバッタとやっつけちゃう。
前から強かったけど、これは強すぎるなぁ、と思っているとちゃんと説明がついてくる。

さらにフランシス・ベーコンの絵から抜け出たような、とてつもない悪役が登場!
これが登場の仕方からカッコイイ!
ゾンビ型の究極パワーファイターだ。
散々強さをアピールしておいて、ミラとの対決。
ヒーローモノ(女だけど)はライバルがいかに強いか?が勝負どこ。
格闘技と一緒で一人だけ強くても盛り上がらない。
強い相手があってこそで、今回はキャラから実力から文句なし。
そういう相手にワイヤーアクションも派手にミラはさらにガンバル。

そこから複線で走らせていたストーリーが絡みあってきて、それぞれ記憶の映像まできちんと説明されているのは丁寧な造りで個人的には好きです。
救出、脱出のストーリーに、犬だの子供だののアイデアの出し惜しみがなく、アクションのつながりはホントウに見事な職人芸。
さらこの手ではお決まりの「期限設定」の理由も納得できて、この「災害」の理由までがじょじょに明かされる過程は楽しめます。
1瞬たりとも退屈させないぞ、と、根性の入った娯楽作。

ゾンビをホラーとしてでなく、SFアクション映画に変容させ、この調子なら3作目も楽しみです。

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January 09, 2006

捕まりました

今年のテーマは休日ヒッキーからの脱出!
という訳で昨日、午前中の仕事を終えると、予定を立てて出掛けました。
一日半でも休みが続くのって俺には貴重なんですよ。

新年に買ってもらったハッシュ・パピーのブルゾンとセーターを着てみると趣味がイイ。
ありがとう妻よ。
楽しい気持ちで走りだすと、エンジンも快調である。

S2000はオカシナクルマで、ヤケに調子が良い時と、なんかイヤイヤ回っていると感じる時がある。
今日は回る日だ。
昨日観た「トルク」という映画の気分で、9000回転まで使って走らせるとオープンボディのX型フレームということもありバイクみたな気分にもなる。

そして高速を快調に走っていて覆面に捕まった。
33㌔オーバーである。
しょうがない。
この間、某バイパスで175㌔出している時、捕まらなかっただけ良しとしよう。
まぁこういう暮らしをしてればいつかは捕まる。
悪いことなのは分かっているのだが、どうしても踏んでも安全だと思うと行ってしまう。

悪いと思ってもヤメラレナイのはもう「病」である。
正直、飛ばしている時ほど生命の充実を感じることはない。
なんとも言えぬ甘美な時間なんですよ。
俺は酒は飲まないし、タバコは吸わないし、ギャンブルはやらないし、ゴルフも好きになれん。
ロレックスとか装身具はジャマで付けてられないし、正直グルメにもそれほど興味がない。風俗にも行かない。
粋な余裕に縁のない朴念仁なのだが、飛ばすのだけはどうしてもヤメラレナイ。
生きていれば余計なモノって一つくらいあるジャン。

映画や小説も楽しいけど、内向する楽しみなんだよな。
投機も好きだけど、あれはクールにやるもので、自分をそう訓練した。そうでないと続けていけない。
だから精神的に発散できる趣味はこれだけなのだが、それは違法なことなのだ。
言い訳だが、私は人や自転車のいる道では絶対の安全運転である。
高速でも混んでいる時は流れに乗るだけで無理はしないし、煽ったりスラロームもしないんだけどね。
免許を取って27年、飛ばしていて事故を起こしたこともない。
でもダメなことはダメなんだよね。

考えると俺は1番好きなことが速度超過走行という違法行為になる社会的不適確者なんだよな。

サーキットに行こうかなぁ。
とりあえずライセンスを取って、スポーツ走行から始めてみます。

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January 08, 2006

トルク

大型高性能バイクの排気音とスピード感の魅力を、真正面から打ち出した痛快おバカ作品です。
カフェレーサーが好きで、ジョークを許せる方にはオススメです。
私は楽しめました。

オープニング・シーンからセリカとエクリプスのデット・ヒートに割り込むアプリリア。
そこからアメリカの雄大なワインディング・ロードを疾走するのですが、
コーナーではハングオンで思い切り倒し込みステップから火花が散る。
カッコ良いぜ!
とりあえずこのシーンで痺れれば、この映画は楽しめます。
エンジンが高回転で爆ぜるレーシーな排気音は最高で、私がこの世で一番好きな音です。

この映画、最初はちょっと作った程度のバイク・アクション映画かと思ったんですが、
だんだんレーサーレプリカでオフロードをピョンピョン走るし、列車には乗っかって暴れるしで、リアルワールドからどんどん離れ、さらにMI・2やマトリックスのパクリアクションがあったりするけど、こういう映画はこれでイイと思う。
結局、終始流れるゴキゲンなエンジン・サウンドと惜しみのないスピード感が、一種麻薬みたいな魅力を発揮するからどんなにアホらしい展開でも観てしまう。

クライマックスでは、Y2Kというモンスターバイク(10秒で300㌔まで加速できる)でロスの街を悪者を追って走る走る。
抜いていくクルマの窓ガラスは衝撃波で破れるし、空間はスピードで歪んで来るし、その割りにライダーはサングラスを掛けているし、確かにメチャクチャなんだけど、交差点を思い切り倒しこんで回っていくとこなんから文句なしにカッコイイゼ。

内容は、殺人と麻薬がらみの事件に巻き込まれたタフなヒーローが、美人の彼女と仲間と共に悪と戦うという、どうでもイイ展開。
でも俳優達はカッコイイし、ヒロインを始め女優陣は美人でスタイル抜群だし無問題。

ともかくこの映画はバイク、スピード、アクション、エンジン音のぶっ飛ばす時の爽快さ。
シリンダーの中でピストンが上下し、カムシャフトが回り、バルブは開閉し、
クランクシャフトがトルクを伝える、あのイメージに興奮する。
何故かくも高速回転する内燃機関の燃焼排気音は、ある種の人間をこれほど興奮させるのか?
それが最大の謎だよね。

ps
最高だったやり取り
追い込まれた主人公、「俺の人生、ゼロヨンだぜ」
美女の恋人、「すっごく、バカげたセリフ」
笑!
分かってんですね。でも人生、バカの方が勝ったり、楽しんだりってことは多いんだよね。
俺も今度機会があったら使ってみよ、
「俺の人生、ゼロヨンだぜ」←似合わないネー(笑

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January 07, 2006

博士の愛した数式 小川洋子

随分売れていて映画の公開も間近かですね。
映画は博士役に寺尾聡さん、家政婦役に深津絵里さんとキャストがピッタリに思えます。

この小説、私は手に取らなかったのですが妻が感動していたので読んでみました。
良く出来た作品だと思いますが、個人的な評価は微妙です。
結局、アルジャーノン・パターンでしょう、と意地の悪い気持ちになってしまいます。
何故そうなるか、といえば私が数学オタだからでしょう。
自分の好きな領域はどうしても好みが細かく小姑のごとくウルサイことを言いたくなるものです。

冷静に読めば非常に良く書けた小説であることは確かです。
作者の小川洋子さんは、「妊娠カレンダー@芥川賞」でその筆力には感心していたのですが、この本でも自然でありながら、読者を一気にその場に連れ去るような表現力は見事で、特に夏の嵐の描写は、雷と雨の匂いまでが漂ってくるようなリアルな読後感を残します。

数学についても、おそらくバリバリの文系だった小川さんがその美しさに目覚め、未知の分野であった領域に感動した様子をまるで数学世界への「旅行記」のように書けていて、
特に「数学の真理は、道なき道の果てに、誰にも知られずにそっと潜んでいる。しかもその場所は頂上とは限らない。切り立った崖の岩間かもしれないし、谷底かもしれない」
という文章は、数学の本質を描いた素晴らしい表現です。

小説には、友愛数や完全数、メルセンヌ数など私に馴染みのモノが多く、やってるやってると思いながら読みました。その部分の文章もとても巧みですね。
そして江夏に繋げていく。
家政婦→博士→子供という三角形を結び付けるのが江夏なのですが、たんに江夏の背番号28が完全数ということだけから連想したとしたら大したモノです。
「江夏」は「オイラー式」に匹敵する立派な「象徴」ですからね。

その博士の愛した数式は、e^πi+1=0(オイラー式)というモノなのですが、それも非常に美しい比喩で表現されています。
ただそれは象徴のレベルで使われ一切の解説がありません。
これは「単調関数である指数関数と周期関数である三角関数が、虚数を取り込むことにより結びつく@吉田武」
一般人にはなかなか難しい式なのです。

「オイラーの贈物@吉田武」という本があり、この1行の式を解説する為に無限数列の極限から微積分、テイラー展開を経てド・モアブルの定理、三角関数の級数展開までやって実に300p以上かけてやっとたどり着きます。
私は途中で投げ出しましたが、(文庫で買ったのが間違い!こういう本の文庫は小さくて弱くてダメですね)この小説を読んでまた挑戦したくなりました。
数学カテゴリーでは今の「リーマン予想」が終わったら、「フェルマーの定理」をやって、その次にこの「オイラー式」をやりましょう。

ps
この本に出てくる連立方程式を使う問題は、暗算で1分掛かりました。
かつて唯一のプライドだった計算力は大分遅くなっています。
10代の頃なら半分の時間で出来たと思う。
年をとるとこういう能力はだんだん落ちてきます。

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January 06, 2006

魔術的芸術:7   アンドレ・ブルトン

デカルトに代表される近代知性は、実証主義から、現実の魔術的―宗教的基底を覆い隠すことになります。

ただフォンテーヌブロー派として知られる16世紀のフランス絵画が古代の詩編から生まれでた、理想のニンフの復活させます。
この魔力はアントワーヌ・カロン(聖バルテミーと精神分析の予兆である「アルモの葬儀」の画家)に引き継がれ、ピエロ・ディ・コージモによる異教の再発見にいたります。
コージモはレオナルドとならぶ美術史上もっとも人を悩ませる画家です。
コージモの絵画は、汚物にまみれた壁にこの世のもっとも美しきもの、壮大な風景を読み取り、異教神話(キリスト教以外ということ)に捧げられました。
その本質的な関心は、理性により破棄されてしまった古代の自然主義の再創造です。

ブルトンによればドラクロアは空疎なロマン主義的挿絵画家ですが、アングルの「オダリスク」はその周囲の濃い赤と古代風の緑との調和は、裸体画の最後の巨匠である事を証明するとともに、
「ユピテルに哀願するテティス」に見られるように、永遠に女性的なるものを内側から認識した画家であることを示す。
ようするにアングル>ドラクロワだって。ブルトンによれば。

ロマン主義的幻視と内的世界
「自然」が「怪物じみた」存在感をさられけだす時、存在の無限に多様な形態はもはや自己表現の為の寓意的・神話的な典拠を必要としない。これがロマン主義の根底です。

フュースリやベックリン(死の島@1880)はランボー以前に眩惑を定着させていた。
それに反しブレイクは彼の叙事詩のあまりにも字義的な注釈にしか見えない。(←個人的に納得)

ゴヤの時代はヨーロッパの「熱狂」文学の時代と一致するが、ゴヤはナポレオンの引き起こしたスペインのドラマに巻き込まれ、自分自身の内的世界を探り
「サバト、または大きな牡山羊」で見られるように悪魔的な世界へと降りていった。

「ゴヤの偉大なる功績は、化け物自体の真実らしさを創出したことにある。
彼の化け物たちは生存可能な調和のとれたものとして生まれ、実際に可能な不条理へと向けて突き進んだ。
そこには人間らしさすらひそみ、身体の各部の類比関係と調和し、現実的なものと幻想的なものの縫合線の結合部は、もっとも功名な分析者すら見分けることが不可能なほど巧妙で曖昧な境界であり、ここで芸術はそれほどまでに超越的であると同時に自然的である@ボードレール」
ヨーロッパの魔術は、ゴヤにより15世紀以来最高の祝祭を得ましたが、それが最後となりました。

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January 05, 2006

古畑任三郎ファイナル「ラスト・ダンス」

古畑シリーズのラスト・オブ・ラスト・・・あーぁ、終わりなのかぁー。
でも田村さんにもお年を感じるし、三谷さんは書き続けるんだし、
と気を取り直して、最終回ですが、懸念材料が二つ。
まがい物が多い二役モノということと、松嶋奈々子さんが主演ということ。

まずやっぱり見事なドラマだなぁ、実感するのが古畑(田村さん)の登場の仕方。
このさっそうたる登場は、舞台を用意する演出もあるでしょうか田村正和さんの力量です。

そして松嶋さん主演への心配は杞憂でした。
これほど高飛車女性が似合うとは、日本のキャサリン・ゼタ=ジョーンズです。
そして短時間だけのやつれた陰気な女性も上手!
その後の微妙な演じ分けも良くて、案外巧い女優さんなのに驚きました。

そして事件シーンも工夫があります。
殺したのはどちらか?
こっちでしょう、と見当がつく反面、その裏ということもあるわけで、迷わせるだけでもスリルがあります。
拳銃自殺したら手に銃は握られていないとか、蝋を取り残しているとか、携帯を最後に握らせてない、なんてのはアンチ・リアリティのドラマだからどうでもイインでしょうね。

今泉さんは抜群で、西園寺さんの爆発が意外性を持って効果的で、何時の間にか逆転している立場に納得させられるとこが笑わせます。
この2人の使われ方もこの作品で頂点を迎えたようです。

カットも素晴らしい。
鑑識からの電話の後、田村正和が立ち上がり、1つの画面に3人が被る処はちょっとした絵画のよう。
さらに隠された鏡と、ダンスの示す深く哀しい暗喩。

そしてこのセリフ。
「1曲、踊ってもらえますか」
「無理よ、わたし踊れないもの」
「じつを言うと私もそうなんです」
踊れない者同士の静かなラスト・ダンス。
泣けるぜ。
TVドラマと馬鹿に出来ない傑作でした。
やっぱりホントウに終わっちゃうのか・・・と改めて名残惜しくなる仕上がり。

ps
結局3話構成っていうのも一つの大きな物語として良かったんだなぁ
1話目で今までの構成を裏切って驚かせ。
2話目は古畑オタで有名なイチローを起用して一種幕間のイベント。
3話目は今までの集大成的仕上がりに涙の余韻を。

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ランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて:5

自己関与の幻想:イリュージョン・オブ・コントロール
何らかの意思決定に関して、「自分が関与することによってよりよい結果が導かれる」という幻想を抱くことです。
たとえばくじは自分で引かないと気が済まない、あるいは「ゲンをかつぐ」なんてのがそうです。

「自分のわかるものにしか投資をしない」というバフェットの方法は、一般投資家が中途半端に模倣すると有利な投資機会を逃がし、また新たな分野への研究を逃すことにもなりかねません。

金融市場には、株式、商品、海外、為替、債券の互いに関連した主要5分野があり、
これこそがまさに「グローバル・マーケット」であるわけで、自分の得意なマーケットより深く理解するのは当然としてもさまざまな分野を研究分析し総合的に理解することが大切です。
これを市場のM理論と呼んでますが、Mは物理学のメンブレム理論からの援用です。

勝った気になってしまうメカニズム
投資家の心理傾向は投資判断を歪めるだけでなく投資結果についての評価も歪めてしまいます。

「自己責任バイアス」:儲かった投資については良く覚えていても、損をした投資の記憶は曖昧になることです。
「自己高揚バイアス」:投資で成功すると、それがたまたまであっても人間は自分の能力と努力によって実現したと思う傾向にあることです。
「自己防衛バイアス」:失敗については、そこに自分の大きなミスがあっても、「たまたま運が悪かっただけだ」とか「著名な投資家も負けたらしい」という偶然のせいにしたり慰めをもとめたりしがちです。
またきちんと損益明細を実額で明示しないと、自分の能力判断が曖昧になります。

不確実性に支配されるマーケットにおていは、負けること自体は悪いことではなく、
むしろ負けた投資を冷静に振り返ることで貴重な経験を得ることも多いのです。
問題は、敗因分析を怠りながら、負け続けることです。

プロスペクト理論のフレーミング効果は、基準点(リファレンスポイント)の状態が鍵となる。
プラス方向の評価をする時、人はリスク回避型になり確実性を好み、
マイナス方向の評価をする時、人はリスク追求型になります。

もう一つの重要な示唆では
「人は小さな確率を過大に評価し、中程度から高い確率を過小評価する傾向がある」という概念です。
これをウェート関数(低い確率事象では、実際の確率を心で感じる確率が上回り、中程度以上では心で感じる確率が低くなる)と呼び、宝くじや社債プレミアムが説明されます。


次回は第4章マーケットにひそむ落とし穴
マーケットの「大部分が予測不可能なランダムな動きによって構成され、しかし一部には人間心理的傾向から生み出される特有のパターンを持つ」という構造から生まれ、多くの投資家を知らず知らずのうちに失敗に追いやる「マーケットの罠」について

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January 04, 2006

古畑任三郎ファイナル「フェアな殺人者」

今日の脚本は、はいはい、インスパイヤ、インスパイヤ、って感じでしたw
という訳で今日は某巨大掲示板から面白かった書き込みを引っ張って来ました・・・

古畑
「いいですかぁ犯人は、200m離れた隣のビルの屋上から被害者の
頭に向かってピンポイントでボールを投げつけました。
その後振り子打法で、ショートへゴロを打ち,完全に討ち取られたにも
関わらず楽々セーフになった。いいですかぁ?世界広しと言えどもこんな
ことができる人間は一人しかいません・・・・松井選手です」

イチロー
「他にもいるでしょう」

古畑
「井口選手には無理です」


ちゃーらーりららららりららー

これ書いた人、上手いよね(笑

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古畑任三郎ファイナル「今、甦る死」

このシリーズはホントウに楽しい。
最低でも2度は観たい。
それくらい贅沢で味わいは深い。
その新作を観られるとは悦楽の一時が約束されたようなモノだ。
ただ前回の外交官モノは不発で、その原因ははっきりしている。

このシリーズの楽しみである古畑警部補と今泉クンとのカラミがなかった。
ファンは西村さんへの絶妙のイジリと、反応が楽しみなのだ。
小さな西園寺クンの言動も、結局今泉クンへの脇からのイジリである。
今回は、今泉クン、そっとパンを食べていたり、崇りを気にしたりもう全開である。
お祈りをするシーンなど分かっていてもくすぐられるような可笑しさを堪えることが出来ない。

ミステリーでもう一つ大切なのが犯人役だが、今回は藤原竜也が気まぐれで楽し気でサイコな魅力にあふれた犯人像を演じている。
この人の色気と狂気はタダモノじゃないですね。

そしてテーマは、一時日本を席巻した、あの横溝推理を原作にした角川映画への巧妙なパスティーシュ。
殺人は本格密室殺人であり童謡殺人である。
セリフでほのめかし、舞台はそのままで、何よりかつて金田一耕介だった石坂浩二が出演している。
俳優としても抜群のこの人が脇で支えるのだからいうことはない。

そしてあれからのヒネリとこのラスト。
素晴らしい。
文句なしだ。
ご存知だろうか?
この基本設定は、ミステリー史上の最高傑作との評価もある「Yの悲劇」も踏んでいるのだ。

三谷幸喜さん、ラストシーンで光の当たるアレまで最高に痺れました。
傑作シリーズの中でも、特に芳醇なワインのようなビンテージ。
極めつきの1本だと思います。

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January 03, 2006

年末年始日記

年末年始日記
31日は神社に参詣してから築地に回りフグ料理のフルコースを楽しむ。
ヒレ酒が美味い。
妻と娘は受験モードで、今年は実家にすら帰省せず塾に通い、後は家で勉強をしており単独行である。
少し寂しい。
ただ都内は夢のように空いており快適なドライブだ。
それから東京駅の地下駐車場に向かう。
いつもは妻がそれえてくれる洋服が今年は滞りがちであり、自分でも買い物がしたくなり紳士服の充実した大丸に行く。
BOSSでセーターを買い、アルマーニのダウン・ジャケットを買う。
靴も寂しかったので洒落たヤツが欲しかったのだけれど、私は足が幅広甲高でブランド物はキツク、またカッコの為には我慢しない性格なので結局楽なアシックスを購入。
荷物がかさ張るので一端クルマに戻ろうとした処、駐車場所を忘れてしまい荷物を持ったまま小一時間歩き回った為、池袋ジュンク堂に行く気力がなくなり八重洲ブックセンターに行くが本を買う気もなくなっていてそのまま帰宅。
帰ってからウエイトとバイクをやり風呂に入り、プライドを見ながら年越し蕎麦。
受験の次女は勉強、早寝。長女はそばの親の家に紅白を見に行く。
カウントダウンは、私達も行って一緒にやる。

新年1日は、神棚を拝み、仏壇に線香を上げ、大黒様を手を合わせ、庭のお稲荷さんにもお神酒と御餅を捧げて新年を迎える。
それからたまっている各種資料の整理。
昨日に続いてウエイトとバイクトレーニングもする。
「休日は毎日やる」と決めているので、こうして休みが続くと大変である。
だから毎日出来る程度に軽目にする。
こうして調整しておかないと、出来なかった日の分は日記につけて後日のノルマに加算してつじつまを合わせる。
やってもやらなくても良い運動にすらこれほど囚われてどうするというのか、という問題はやはり検討すべき課題であろう。
さっそく正月の勉強を始めようと、ブログで中断している「リーマン予想」と「ブルトンの魔術的芸術」の本を引っ張り出し、記事を書き始めるが、トラブルから2時間の苦労が消えてしまう。

「ギャー」と叫んでいると、その前から雰囲気が暗かったらしく妻によれば
「あなた、周りにドンヨリした空気が漂っていたわよ。休みなんだからこんなことをしなければいいのに」
と言われてしまった。

2日は今年のテーマの一つが引き篭りがち生活の改善なので、都内のホテルに行く父親を送っていくが寒い雨にたたられ帰ってきてしまう。妻がハッシュパピーの福袋を買ってきてくれる。
色々見せてくれるが興味がわかない。
私はやはりファションには関心を持てない。

今日は早朝、コンビニ行こうとしたらクルマが凍っている。
こういう時にスクレイパーで地道に掻き出すようなことをしないのが私で、フロントガラスを朝陽に向けていったんトレイに戻りゆっくり用を済ませてからワイパーでかきとる。
不精である。
本日、すでに休んでいることに罪悪感を感じ始めている。
時間を無駄にしてはならない。
何か有益なことをしようと思う(笑
でも夜は古畑任三郎を見る予定である。
もちろんトレーニングもします。
今年もこの調子を崩すのは大変そうだ。

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January 02, 2006

素数に憑かれた人たち~リーマン予想への挑戦~8

「ゼータ関数の自明でない零点の実数部は、すべて1より小さい」
これが証明できれば素数定理が証明できる。

数の体系
負の偶数はどれもゼータ関数の零点である。
ζ(-2)=0、ζ(-4)=0、ζ(-6)=0で以下同様である。

リーマン予想:「ゼータ関数の自明でない零点の実数部は、すべて1/2である」
負の偶数は、自明な零点であるが、自明でない零点は、「複素数」や「虚数」の領域にある。
数は以下の略号で表わす。
N:自然数、Z:整数、Q:有理数、R:実数、A:代数的数(代数的数でないのは超越数)

複素数どうしの足し算は、実数部分と虚数部分どうしを足しあわせる。
-2+7iと5+12iを足せば、3+19iになる。
引き算も同様。上記の式を引き算にすれば-7+5iになります。
掛け算ではi^2=-1になることに注意して、
(-2+7i)×(5+12i)は(a+bi)(c+di)=(ac-bd)(bc+ad)iから,-94+11iになります。

割り算は、2割るiが問題になる。
これは分数2/iである。
これでは分かり難いので、分子と分母に-iを掛けると、-i倍は-i^2でこれは-(-1)となり結局1だ。
だから2/iは-2iになる。
こうして分数の分子を実数に変えていく。
(a+bi)/(c+di)の分母は必ず実数に出来る。c-diを掛ければいい。

平方根はどうなるか? √iの平方根はどうなるか?
2iの平方根は1+i
iの平方根は、1/√2+i/√2になる。

複素数で問題なのは数直線上で表わせなくなることだけです。
実数までなら数直線という1本の線で表せますが、
複素数はx軸を実数軸としy軸を虚数軸とする平面上で表わすことになります。
これを「複素平面」と呼びます。
もうひとつ絶対値(モジュラス)という概念を導入します。
|z|と表わし、「モド ズィー」と読みます。

「偏角:アンプリティード」これは複素数が正の実数軸となす角度をラジアン(180度をπラジアンとするので、
1ラジアンは57,2957・・度である)

偏角は-πからπの間で記号で表わすとAm(z)となります。
正の実数の偏角はゼロ、負の実数の偏角はπです。
正の虚数は偏角はπ/2、負の虚数の偏角は-π/2になります。

はぁ、面倒ですね。
リーマン予想ってこんなことからやらないとダメだったんです。
次回は「共役」です。


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January 01, 2006

武の国、日本の生み出した歳末の祝祭文化

さいたまスパーアリーナの「男祭り」は、
試合だけでなく演出と観客の反応まで含めて素晴らしい祝祭空間になってました。

巨大なアリーナを無数のサーチライトが貫き、スモークが炊かれ、レーザーで描かれた桜のイリュージョンが舞い散ると、富士山と巌流島の映像が高く掛かります。
勇壮な音楽が興奮を高め、統括本部長のプロレスラーが褌一つで大太鼓を打ち鳴らすと、巻き舌のMCが音楽に被る。
スクリーンの映像は万化し、膨大な電飾と大仕掛けの舞台装置が連動し、数万の声が熱狂する中、巨大なかぶとが光りリングを囲む人人人の群れが影になって揺れる。

流血の格闘を見ても場内に暴動や暴力沙汰はなくみんな楽しそうです。
観客は純粋に選手の闘志と技と力に讃嘆し、声を揃えて応援し、礼の尽くされた拍手が起る。
勇ましき者を愛する日本の伝統です。

日本は古来より武を愛する国であり、それは不思議な進化を遂げて、世界にも類のない総合格闘技の巨大な祝祭空間を造り上げました。
相撲を国技とし、柔道、剣道、合気道、空手を生み育て、戦後復興時にはプロレスが国民的人気であり、世界へ挑戦を始めたボクシングに熱狂した国民性に変わりはないのだ。

ライト級GP:五味隆典vs桜井マッハ
立ち会うと桜井のほうが一回り大きくみえる。
五味は桜井のローキックで体を揺らされますが、入りが速く連打が正確で、グランドになってからの体の捌きがシャープで判断が早い。
フィニッシュは、右のテンプルからの左右がストライクパンチ。見事でした。
確かに小型版のヒョードルを思わせる試合運びです。
コーナーポストへ駆け上がるパフォーマンスも表情が可愛いですね。
マイクパフォーマンスも素直で良かったです。

ヒョードルvsズール
氷の皇帝。この人の瞳は静かでロシアの深い森の中に人知れず佇む泉のようです。
こんな格闘家はみたことがないです。

それにしても強かった。
昨日90秒以内の決着が見たいと書いたけど、結果は戦慄26秒の完全決着。

入りのワンスッテプからの連打で2m、186㌔を倒した、と思ったら最初の右はズールのガードを外しているのですね。あんまり速くて見えませんでした。そこを左1発で倒す。
鉄槌をかいくぐって起き上がるズールをまた右の1発で倒すと、邪魔な足を捌き瞬時にサイドに回って連打を再開。その速さ、正確さ、容赦のない威力、何度見返しても素晴らしく格闘技の美を体現しています。
そして終わってからも手を軽く挙げるだけ。
花束を受け取る時はお辞儀をして、はにかみながら退場する。
言葉がありません。

小川vs吉田
リアル・ファイトを続けていた吉田は順当な結果を出したと思います。
ギブアップしなかった小川も見事でした。
試合後、ハッスルを要求した小川も断った吉田もお互いの思いに妥協がなくて良かったんじゃないかな。

K-1
KIDは猫科の動物の美しい動きを取り戻してました。
須藤はグランドでコントロールする自信がなかったんでしょうか?
打撃に付き合っていればああいうリスクは避け難いと思うのだけど、売り物の研究はどうしたのでしょう?

日本の大晦日の夜は楽しいです。

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