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April 04, 2005

花神上巻 司馬遼太郎

日本に近代軍を創設し倒幕軍の総司令官になった天才軍師、大村益次郎の生涯を描いた1編です。
映画「ラストサムライ」を観て読んでみることにしました。

司馬作品は骨太に描かれる人間像に品格がありやはり素晴らしい。
女性や酒、食べ物など日常の喜びを見出していく池波正太郎や、無名人の健気な哀歓と情を描く藤沢周平も良いのでしょうが、価値観の根本に「志」を据え、歴史の激動の中に人を描く司馬作品はハナに付くこともあるでしょうが、やはり私は好きです。

村田蔵六(後の大村益次郎)は馬にも乗れず、船にも弱く、剣が使えずそれでも軍事の天才であるところが、
人の「器量」という面から見て興味深いです。
知的探求に生き、他の全てに禁欲的なるところにも大変共感でき楽しく読めますね。

以下、膨大な資料から生まれる司馬作品から抽出しての覚え書きです。
1)シーボルト談、日本人を評して「美しき国に住む善良な人々」
2)蘭医が活躍した背景には、オランダ語を知るものが他にいなかったから。
3)蒸気軍艦を見て、外人技師の力も借りず見本も設計図もなしに作ろうとした日本人の戦慄の決断とエネルギー。そして3年後には作り上げている日本人の民族的才能。
4)滅亡への不安と恐怖と、その裏打ちとして新たな文明への憧憬は危機意識に裏打ちされる時、強烈になる。
5)極貧の傘張りから蒸気機関を作り出す西洋に生まれていれば天才技師だった嘉蔵。
そして無能な武士が威張りこの天才が恵まれない社会への腹立ち。
日本人は人間についての価値観が間違っている。
6)日本人は古来、性欲には寛大だった。禁欲思想もなかった。好色本が売られ性欲は3度の食事のように自然だったのは、ヨーロッパ人のような大性欲がなく、野放しにしても社会秩序が大混乱になるほど強くなかったからであろう。
7)骨を削るような刻苦を粗食のため視力が衰えた。これほどの知的エネルギーがあった。
この時代の日本人の知識欲の強さは世界史的な驚異である。
8)革命は最初、思想家が現れ非業の死をとげ、戦略家も天寿をまっとうしない、そして技術者の時代になる。
9)ナショナリズムは知性とは無関係で多分に気質的なものである
10)蔵六は戦争経済を考えいくらあれば勝てるかを常に概算した。
11)幕府の公認学、朱子学とは世界観、哲学として体系つけた孔子の教えである。
12)原理を優先して実存を軽視すれば良き知恵も曇る。原理に合わぬからと言って実存と攻撃することはいけない。
13)日本人は漢文を学んだが生活までは儒教化せず、古くなると捨てる。オランダから蘭語を学ぶが、これも捨てて英語にする。丁度古い道具を捨てるように未練を残さない。
明治維新で儒教を捨て廃仏毀釈で仏教も捨てる。それを気軽に自然にやるのはどうしてか?
司馬の質問に中国の友人曰く「日本人は騎馬民族の末裔だから」文明は道具になる。
14)オランダを通して僅かでも西洋世界を知っていたことが大きかった
15)名利を求めずひたすら患者につくし、勉学を広めた緒方洪庵の偉さ
16)人の一生は何気なく過ごすことも出来るが鮮明な主題のものに生きてゆく人もいる。


桂小五郎(木戸孝允)との出会い、宇和島藩への関係、何よりあの地位にいながら幕府でなく長州藩に至る過程など、村田蔵六の運命は細い糸の上の歩くようで、人の生涯にめぐり合いと運は不可欠ですね。

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