« October 2004 | Main | December 2004 »

November 2004

November 29, 2004

最高だったLover Match、バレラvsモラレス3度目の決戦

WBC:Sフェザー級タイトルマッチ。
ラスベガスMGMグランドガーデンの客は全員総立ち、スタンディングオベーション。
そりゃそうだろ、俺だって、試合終了の午前1時20分まで見てしまった。(翌日仕事なのに)

ボクシング詳しくない人に、少しでも魅力を伝えられたらイイので、ちょっと二人のプロフィールを書きます。

マルコ・アントニオ・バレラはニックネームが「童顔の暗殺者」。
でも年を重ねて今は、獰猛な狼のよう。素早い飛び込みから狼が牙を縦横に振るうように相手に連打を浴びせる。
パッキャオに負けたのはフロックだとは思わないけど(同じアジア人の誇りとして)あのアラブの悪魔ナジーム・ハメドに勝った試合は忘れられない思い出だ。毒蛇のように身をくねらせ、不可能と思える体勢から一瞬で相手の息の根を止めるパンチを放つハメドに接近戦で勝ったバレラは、ほとんどアラビアンナイトの英雄だよ。

対するモラレス。とてもメキシコ人とは思えないダークな雰囲気、クールな瞳。
 メキシコの酒場にいたら、馬鹿騒ぎしてるのが、以前書いたオスカー・ラリオス、喧嘩沙汰で凄みを見せるのがバレラ、モラレスは喧嘩はしないね。でも相手は翌日、川に浮いているの。底の知れない危険(terrible、がニックネーム)なやつ。だいたいどうしてそんなにジャブもストレートも伸びるのか? 飛び込んでくる相手になんでアッパーでカウンターを取れるのか? ブードゥー教の悪魔に魂売ってないか、と聞きたい。

試合は熱戦の上、2-0の判定でバレラ。うーーーん、なんか納得出来ない。
1戦目の判定はモラレスだったけど、俺はバレラの勝ちに見えた。2戦目はバレラの勝ち判定に、俺はモラレス、
10ポイントマストシステムって問題ありかなぁ。
でもイイ試合。これだからボクシングを見るのは止められない。

「マーク・ジョンソン、負けちまったよーーー」
WBO:Sフライ級タイトルマッチ
too sharp(鋭すぎる)というニックネームを持つ、マーク・ジョンソン。
軽量級なのに、44勝28KO、掟破りのフルスイングが魅力の選手だったのに、
12才年下のイヴァン・エルナンデスにKO負け。若者にしつこくボディを打たれ、老木は崩れ去った・・・

ああっ、また一人好きな選手が消えていく。エルナンデスは闘志があってバランスの取れた良い選手だと思うけど、ジョンソンが6Rに見せた、まるでピッチャーの投球フォームみたいな型破りなボクシングはしないだろうなーーー。未練があるぜ。

「オットケをタオシトッケ」
IBF:Sミドル級タイトルマッチ
退屈な退屈なオットケが引退して空位になったタイトルを、
シド・バンダープールvsジェフ・レイシー(27才、オリンピア)が争う一戦。
パワフルでスピードに溢れていてとてつもなく面白い試合だったけど、オットケを破ってタイトルを獲って欲しかった。
新チャンピオンのジェフ・レイシーは小型版のSmoking Joe 。楽しみが増えたぜ。
本来スピードとパワーが両立して盛り上がるはずのS・ミドル級。
オットケの暗黒時代が終わったんだから盛りアゲトケってね。期待してまっせ!

| | Comments (4) | TrackBack (0)

November 28, 2004

「コーリング」

 狼と踊り、トウモロコシ畑に野球場を造って、一躍トップスターになったケヴィン・コスナーも、
 好事魔多しの言葉の通り、「ポストマン」、「ウォーター・ワールド」と少しつまずきスケールダウン、
今回の「コーリング」となりました。   力強い応援材料はキャシー・ベイツの競演。
 
  話しは、愛する妻を事故で失った夫の周りで、亡くなったはずの妻からのメッセージを思わせる奇怪な出来事が起こり始めます。はたしてそれは・・・という謎を解いていく展開。

 平凡な日常生活へのスーパーナチュラル進入パターン、
 但し愛する人編、だから怖いというより不思議、(ちょっとは怖いけど)
 
 この手の話しは、序盤の脅し、ほのめかし、はわりと簡単でも、着地(話しのまとめ方)、が難しいこと。
評価基準は、
 1)不思議な出来事を、いかに白けさせずに納得させるか?
これが最低条件。これがクリア出来ないと評価はキツイ。
 
 2)うまく謎を解き、観客を驚かせる、
までいくとまずは成功作。
 
 3)謎が解かれると同時に、隠されていた伏線が生きて、客に大きな感動を呼ぶ、
までいくと傑作候補。

 この映画は、出だしから謎の展開までのリズムが良く、カメラワークも上手く、シカゴの冬の情景描写も美しく、さらにキャシー・ベイツの力もあり(相変わらずの迫力です。ミザリー化ちょっと心配だった)良い出来だと思いました。
 クライマックスへの繋がりも悪くないです。
 
 そして問題の終盤。
 かろうじて及第点は行けると思います。上記評価では2)に引っかかる程度はあると思う。
 私の個人的な憶測なのですが、このタイプの映画は、序盤、余りに簡単にミステリアスな状態を作れるので、
制作者側がその誘惑に負け、後半の難しさに目をつぶって制作強行となるケースも多いのではないか? と思うからです。

結論
お暇があるか、ケヴィン様の頭髪の行方を気に掛けている、最近、寂しいコスナー・ファンならいいのでは。


PS:
 原住民にもう少しコストを掛けて欲しかった。(やっぱり大作2本をハズシタのは、痛かったのか・・・?)

| | Comments (2) | TrackBack (1)

November 26, 2004

オール・アバウト・マイ・マザー

名匠と言われている(私は知らなかった)、ペドロ・アルモドバル監督作品で、
カンヌ国際映画祭 最優秀監督賞、1999年タイム誌年間映画1位、アカデミー外国映画賞・・・
他、多数受賞している名作です。

冒頭「イヴの総て:All About Eve(1950年の傑作映画)」が写し出され、
これはそういう映画ですよ、と教えてくれます。

「私の母の総て」という映画なのですね。
愛していた息子を失った母親の物語ですが、すみません、私にはちっとも分かりませんでした。上記のような国際映画賞を軒並み受賞した名作が理解出来ないのは辛いものですが、分かった振りはしたくないので正直に書きます。
でも楽しみもありました。

ニコール・キッドマンからトム・クルーズを獲っちゃったペネロペ・クルスが出ているのです。
最初はスペイン語がペラペラなのでビックリしましたが、スペイン人だものね。
修道女の役なのですが、ハマってます。
清楚で気品があり、ともかく可愛い! はっきり言って最高!
可憐で、優しそうで、一緒にいると癒されそうで(映画でもボランティアに萌える役だけど、
スクリーンを離れてもマリア・テレザ修道会で慈善活動に熱心らしい)、
なんだかその辺も含めて「ローマの休日」のヘップバーンを思いだしました。(ラテン系のね)

「欲望という名の電車」が劇中劇として繰り返し演じられ、監督としては、これを女性の哀しさのメタファーにしているのだと思いますが、私の考えていたことは、「欲望・・」ではマーロン・ブランドが一躍スターになったけど、この映画でペネロペ・クルスはハリウッドに行ったのだなー、それも当然だなー、なんてこんなことばっかり考えていました。

ペネロペが出ていないときは、EU加盟の時、スペインは、フランスやドイツに、オマエしっかりやれよ、とか言われてたけど、今や税制赤字に苦しむフランスや、失業率高止まりのドイツを尻目に、EU経済圏では最も好調な国なんだよなー、とか、
マドリッドからバルセロナ行きの列車が走ると、この間のレアルvsバルセロナの試合は最近の勢いがそのまま出たなー、ペネロペはマドリッド生まれだから、当然レアルファンだろう、やっぱりベッカムが好きなんだろうか? それともラウールかな? ジダンは禿だと思ってるよな、ロナウドのことは笑ってるかな? グティファンだったらイヤだな・・・なんて下らないことばかり考えてました。


結論:ハリウッド前のペネロペを見たい人にはイイかも。
後、芸術系映画ファンにはオススメです。

| | Comments (0) | TrackBack (4)

November 24, 2004

ブロンド・ライフ

アンジェリーナ・ジョリーの似合わないブロンド・ヘアの写真を見ても引かないように。
まずまずの映画だと思います。
パターンは「メラニーが行く」と同型で、
仕事を頑張るヒロイン→理想的な婚約者もいるけど悩みに応えてくれない
→腹のたつダメ男と共に困難を乗り越え恋は成就するのか・・・?

 この定型にいかに工夫を凝らすか? 
が勝負なのですが、この映画は、自分の死を予言する者という神秘的な存在を絡ませて、最後まで飽きせません。
細かいエピソードの重ね方が巧みで、なかなかスリリングなのです。
まぁ、成功を掛けたインタビューのシーンでは、相変わらずのハリウッド映画アメリカ教のセリフ
「自分を信じろ」
が出ますけどね。

「今日を最後の日と思い、懸命に生きたい」が結論ですが、どうでもイイでしょう。
こっちは、いつも同じこと聞かされてますからね。

細かい点では、
1)ラストの球場のエピソードは、上手いまとめ方で、
用の無くなったキャラをこういう風にまとめて上げるのは、個人的に好きです。
2)黄金色に輝くエレベーターが出てきますが印象的ですね。
アメリカでの成功のメタファーとは、こんなものなのでしょう。

PS:身近に感じるシアトル
シアトルが舞台なのですが、マリナーズの選手とセーフコ・フィールドが出てきます。
日本人には、ちょっと嬉しいですね。


PS:印象に残ったセリフ1
「幸福な人生には、完璧な仕事(キャリア)に、完璧な夫と完璧な家庭を作り、完璧な顔と、完璧なプロポーションが必要」
完璧な家庭、までなら欲張りだけど、良しとしましょう。しかし後ろ2つも求めるのは、年も取るわけだし、無理いうなぁ・・・と日本人としては思いますね。でも凄い勢いでエアロバイクを漕ぐシーンがあり、アメリカ人には大切なことなのでしょう。欲望肥大症候群ですね。

セリフ2
「愛の定義は?」
「残りの人生を共に過ごしたいと思うこと」

こっちは、良い定義だと思います。
欲ばりだけど、洒落たことも言うんですよね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 23, 2004

裏窓

 ヒッチコック監督作品。
 ホラーでもなく、パニック・アクションでもなく、一滴の血を見せることなく、
観客にサスペンスを与えられるスリラーという上品な形式の作品群が、かつて世界とハリウッドにはあったのだ。
 これはそんな作品を撮らせたら、天才的才能を発揮した、
ヒッチコックという監督のその古き良き時代の記念碑的傑作。

 原作はコーネル・ウーリッチ(が本名、ただしウイリアム・アイリッシュという筆名の方が有名)の短編。
 ウーリッチは、ニューヨークを愛し、作品を自分のタイプライター(黒衣の花嫁)や、ホテルの部屋(幻の女)に捧げ
(この2つはミステリー史上に残る傑作。作品の特徴が、謎解きやトリック、風俗の描写ではなく、普遍的な人間の孤独感や、ある種の神経症的な恐怖感に訴えるので、作品が古びない。「黒衣の花嫁」、「暗闇へのワルツ:映画名は暗くなるまで待って」はトリフォーが映画化)一生独身だった人。

 歴史的に振り返ると、大都市という人工的な空間が生みだす哀愁と叙情、独特の異常な状況での恐怖を、
詩情豊かに描くことに成功した最初の作家かもしれません。

 そんな作家の書いた話しは、真夏のニューヨークのアパートの部屋々々の人生絵図を見せながら、
快調なテンポで進んでいきます。
 原作は1942年、エアコンが完備して無かったせいか、みんな窓を開け放し、(それだけ治安も良かったんでしょうが)コンクリートの高層アパートだけど、猥雑な雰囲気がなんだか、日本の長家の夏を覗いているみたいでどことなく親近感が涌いてきます。
 
 足を骨折して、目の前にそんな光景が広がっていれば・・・悪趣味だけど、日がな一日覗いて暮らすかもしれないなー、とリアリティを生じさせるところがまず上手い。

 ポメラニアンが3階の窓から、籠で降ろされ、散歩が終わると引き上げられるエピソードは、
ユーモアたっぷりでカワイらしいだけでなくしっかりと本筋と絡んでいる。
ヒッチコックの演出の妙です。
 人を怖がらせるには、上品なユーモアを交えると、緩急がついて効果的なんですね。
でもその両方を上手く成功させるのは難しい。実に高度なテクニックです。

 グレース・ケリーの夢のようなナイトガウン姿はまさに美神。
背中を露出したショットでは、芸術的な肩胛骨の張り出しが観られる。
指輪を取ってから、はしゃいで背中で手を振る天真爛漫さ!
ヒッチコックが主演に抜擢する女優は、みんなブロンド美形のクール・ビューティタイプだけど、
やっぱりダントツの美しさ。

 一方、ジェームス・スチュワートも端正なハンサムだけど、今のハリウッド俳優から見ると、信じ難いほどの胸の薄さ。肋骨が浮いているけど、今ならあり得ない絵柄ですね。
 エクスサイズが如何にハリウッドの俳優の体型を変えたか、参考にすると面白いです。
 G・ケリーが危機に陥ったり、自分が危なくなるなど、いざとなると情けなくて、オマエ本当に報道カメラマンで、
ケリーに威張っていたようなハードな生活に耐えられるのかと・・・見栄じゃないんかと・・・

 ラスト、両足骨折のJ・スチュアートのベットで、悠々と寝そべるG・ケリーがヒマラヤの本から、ファッション雑誌に持ち代えるが、それが二人の未来を暗示しているなら、慶賀の至りなんですけどね。

| | Comments (6) | TrackBack (3)

「チャーリーズ・エンジェル フルスロットル」

写し出される色がずっとメタリックに光っていて、当世流行りのレトロポップ風。
オリジナル「チャーリーズ・エンジェル」を意識したものだと思うけど、やり過ぎで、
アクションの行われる「今」の時代設定とマッチしていない。

さらに音声が、怒声と悲鳴と爆発音の連続。
ワイヤーアクションからCGアクションまで、大金が掛かっているんだろうな、とは思うけど、こういうものは、ここぞというクライマックスシーンで使われるから効果もあろうというものも、出しっぱなしじゃな・・・
セックスでも延々と挿入シーンだけが続いても、エロティックにはならないよね。
話しの展開に工夫をこらし、クライマックスへ如何に盛り上げていくか?
それが知恵と才能のだしどころでしょう。

お金だけはあるから、チョイ役にブルース・ウィルスを使ったり、悪役にデミ・ムーアが出てきても、
土台の脚本にアイデアがないと苦しいと思いました。

どこまで真面目に造っているのか、映画自体をおふざけにしたかったのか、全編パロディ・シーンが満載で、
「フラッシュ・ダンス(シラケタよ)」「ターミネーター2(ガソリン蒔くとこからカッコ悪い)」
「CSI(変なメイクのキャメロン・ディアス)」「雨に唄えば(キマッテないね)」・・・
観ている方は数えるだけで疲れちゃう。

ただクルマ・マニアにはちょっと嬉しい映画ではある。
デミ・ムーアがエンツォ・フェラーリに乗って走り去り、コブラ427は宙を舞い、マセラッティ・スパイダーの後をクラシック・フェラーリ250SWBがきて、エンドロールにはポルシェが出る。

日本人には胃もたれする、砂糖たっぷりのアメリカ製大型デザートみたいな作品です。

悪口書いちゃいました。
気に入っている人にはすみません。
謝っておきます。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

November 21, 2004

フレイルティー/妄執

馴染みのない作品でしょうが、結構オススメの一品です。

いわゆるサイコ・ホラー映画には、もう飽きた。
ハリウッド映画の主人公の70%はサイコ野郎だ!(←大袈裟! 観る映画偏り過ぎ!)
という人にも楽しめると思います。

ご覧になっていない人が多いと思いますし、これからご覧になる人の楽しみを奪うのは、心外なので、
今回はストーリーの説明はあえてしません。

でも途中までは、孤独な父親と二人の子供の寂しさと悲しみと愛情が良く出ていて、
その分だけとても怖いです。

「登場人物への愛が、恐怖を生む」
                             byスティーブン・キング
この言葉が実践されていると思います。
悲しみと恐怖の悲劇はどんな幕を降ろすのか?

映画の終盤、
この手を見慣れた私は、北斗の拳のケンシロウではありませんが(こういう自慢しか出来ない私・・・)
「こうなってこうだよな・・・オマエのラスト・サプライズ。すでに見切った!」と思いました。

ところが
意外な伏線が生きてきて、私の想像と越えた展開が畳みかけられ、
特にラスト。
女性の描写は、粋ですねぇ。

ああいうのは一般に粋とは言いませんかね?
ホラー好きの感覚ですね。
失礼しました。

でも洒落てます。

お暇な2時間がありましたら、
潰すには悪くない1本と思うけど・・・

| | Comments (3) | TrackBack (0)

ホテル・ニューハンプシャー

エイズで死亡し「長距離ランナーの孤独」「トム・ジョーンズの華麗な冒険」なども撮った
トニー・リチャードソン監督作品。
この人はジャン・ジュネに脚本を書かせたり、イヴリン・ウォーの作品を映画化したりと、
文学畑の映画が得意なようです。
この作品の原作も、現代のアメリカ文学を代表するジョン・アーヴィング。

コメディからアクション映画まで、ハリウッド映画の決めセリフはいつも一緒。
曰く
Never give up. I will try. I can do it.
確かに私としても以上の主張に異議を唱える者ではないが、
平凡な人間の人生ではそんな力強い言葉に、虚しさを覚えることも間々ある。

アーヴィングとトニー・リチャードソンは、文学的な素養をもって、そんな脳天気な価値観の無理を、
上手くすくい上げてくる。
ドラマチックなことなど何一つ起こらず、一向に好転しないホテル経営。
雪の中や冷たい雨の中でのシーンが多く、それはそのまま登場人物の寒々しい心象風景のようだ。
強姦されて全ての歯を折られ、総入れ歯を入れている少女。
オペラ座でのテロを防ぎ、勲章だらけの名士の中で祝福される活躍の代償としての失明。
娘がアメフトのエリート達に輪姦されても、アメリカ的な復讐一つ出来ないという現実。

事実上の主役はジョディ・フォスター。
グラマーでも美人でもないのに、キツイ目つきと冷静さ、強い意志を、これほど魅力的に出せる女優はいない。
でも今回は脇にも魅力的な役者が揃っていて全編を通して見飽きない。
タフネスが価値であるアメリカ社会で、姉に恋焦がれる軟弱なロブ・ロウが良いし、
熊の着くるみをきて、自分はブスだと、思いこんでいる、ほつれ髪のナスターシャー・キンスキーは、
反則技的に美しい。
何より成長異常で少女のままの天才作家になり、富と名声に責務を負い、非難と絶望の中で、天使になるリリー役の少女が素晴らしい。
インテリジェンスと慈愛に満ちた眼差し。
利口そうな子役って日本にはいないよね。
どうしてだろ?
 
冒頭から芸当をする熊(撃たれて死んでしまう)と、剥製にされる愛犬(狂言回しとして生前よりむしろ剥製として活躍)、キンスキーの着る熊の縫いぐるみなど、動物が癒しのメタファーとして繰り返し登場してくる。
I will try as much as I can.

常に全力投球を要求され、結果を求められるアメリカ社会。
動物でも可愛がっていないと、やってられないのかな?

寂寞たる我々の日常を、良く映像化したこの映画。
私は好きです。

| | Comments (0) | TrackBack (2)

November 15, 2004

プライド、04年秋。バンダレイ・シウバ

じつに攻撃的で魅力的なストライカー(打撃を得意にする選手のこと)である。

顔からして異相であり、特に正面から見ると少し人間離れして見える。
SF映画の傑作「猿の惑星」を、ティム・バートンがリメイクした作品があるが、その中に出てくる、筋肉が異常に発達して、人類を遙かに越えた運動能力を持つ、猿人を思わせる体型である。
なんとなくマイク・タイソンを初めて見た時を思いだす。
共に背筋の盛り上がりが凄まじく、デコボコに波打つ様子は、過剰な悪夢の様だし、厚みは座布団一枚位にも感じる。

話しは逸れるのだが、背筋をヒット・マッスルと称し、打撃に必要な筋肉と云われているのだが、何故だろう。
パンチを打つという動作は、腕を伸ばす動きであり、それは上腕なら三頭筋、体幹部なら大胸筋だと思うのだが、
大胸筋はむしろ発達させすぎると、打つのに邪魔になると云われる。
確かに内側に打ち込むジャブ、ストレート系のパンチには邪魔になりそうである。
背筋を鍛える時は、チンニング(懸垂)やデッド・リフトをやるが、これは腕を引きつける運動である。

しかしシウバ、タイソンを始め、世界の一流ボクサーはみな、ムササビのように、背中に扇を広げたような発達した背筋をまとっている。
この辺り詳しい人がいたら教えて下さい。お願いします。

またシウバのパンチはいかにも堅そうである。
パンチには硬度に差があって、先日読んだ「平成兵法心持ち」ではヤカンと云われる選手が出てくる。
握りが弱く、殴られてもヤカンのように空洞で威力がない、から「ヤカン」なのだそうだ。
握力が基本だろうが、始から強く握り過ぎると、筋肉が過剰に緊張し、パンチにスピードが乗らない。
相手に当てる瞬間にどのくらい強く握れるか? これは一種の才能だろう。
その点、シウバの拳は小さな岩石のようだ。
そういえば、中量級の伝説的チャンピオン、ロベルト・デュランは「石の拳」と云われていた。

ボクシング・マニアの目から見ると、シウバの打撃は明らかにオープンフィンガー・グローブを前提にしている。
曰く、
1)ジャブのような距離を計るパンチを打たない。
2)牽制する捨てパンチがなく、常に全力で打つ。
この2つが特徴である。
オープンフィンガー・グローブはボクシングのグローブに比べて小さいので、中に打つパンチでもブロッキングが効きにくく、ボクシングのジャブほど洗練されていなくても入れることが出来る。
さらにグローブが小さいという事が、強く打つパンチのアドバンテージを増加させている。
打撃が直接的になり、カウンターを食らう可能性が高くなっても、強いパンチはわりに合うのだ。
外側から振り回してくるフック気味のパンチも、グローブが小さく軽い為、スピードに乗せやすく戻しも速く連打がしやすい。
何より、全てのパンチに威力があるので、そのプレッシャーが、相手の攻撃を封じる防御となる。
ジャブのように一瞬でガード・ポジションに戻せるパンチは、シウバには必要ないのだ。

リングに登場すると見せる片足を上げて肘を付けるポーズも決まっているし、手首を組んでこねるように回すアクションは、全ての選手にとって今や恐怖の象徴だろう。(今回のランペイジ・ジャクソンも、普段のままのシウバ相手に、携帯電話を使ったり、笑ってみたりと、呑まれた顔を見せている。)

格闘技は、先入観の勝負でもある。
軍鶏から闘犬まで、(ボクシング界で云われる、咬ませ犬、という存在自体)自信があれば倍の実力を出せるし、
相手は恐怖感を感じるほど、実力は出しにくくなる。

一端、恐怖のオーラを失ったアスリートがどうなるか? 
タイソンの試合を時間軸に沿って見ていくと良い。無敵を誇っていた頃は、強豪選手ですら萎縮していたのに、やがては2流処に舐められる。これは実力せいだけではないはずだ。

今回は寝技も見せたが、ヒョードル、ノゲイラのレベルにはほど遠い。
膝は残忍なまでに強力だが、キックは不器用。
あくまでパンチと膝で勝負に行くのは、実はストリート・ファイトに近い形なのだ。
最高の喧嘩ファイターは、今後どんな試合を見せるのだろう?
18戦無敗の記録は何処まで伸びて、どんな形で終わるのか?
しばらくは興味津々である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 12, 2004

04-05、CPリーグ、ACミランvsFCバルセロナ

ごく稀にだが、スポーツが古来、神事であったという事を思い起こさせるゲームを観られることがある。

ライティングに輝く広大な芝生と、9万人収容のそそり立つスタジアムを持つカンプノウは、
奇跡が起こる場所としては世界で最もふさわしい場所の一つだ。

ホームのバルセロナは、ボール支配率60%以上、バレエの群舞のように広く自在にフィールドを使い、雄大なファンタジーを演じる。
対するミランは、力を全面に出して対抗。中央を堅め、攻撃は縦パス1本に賭ける。
ボールは支配されているのではなく、支配させてやっているのだと言わんばかりの堂々たる展開。
強いボクサーが、相手に打たせて疲れを待つようにすら見える。
アリ対フォアマンのキンシャサの奇跡のよう?
まさかね。

まず先取点はミラン。
かつて短髪で戦場の軍人を思わせたシェフチェンコは、いつの間にかの髪を伸ばしており、ゴール前に飛び出す姿はライオンのようだった。
兵士であれ獅子であれ、シェフチェンコは冷静に冷酷に仕事をし、ゴールネットは揺れる。

バルセロナの同点ゴールは、華麗なパスワークから飛び込んだエトゥ。
こっちは草原を走るガゼルの速さだ。
曲芸のようなパス交換は、ライオンを翻弄する、ジャンプだったのかもしれない。

そして終了間際、奇跡は起こる。
決勝点のエラスティック!
ロナウジーニョがボールを右足で弾いたフェイントは、
あのネスタを含む、ACミランのディフェンス3人を一瞬で抜き去った。
62%、バルサにボールを持たせていたミランの野望が、一瞬の個人技で粉砕される奇跡。

しかしロナウジーニョは、自分がミスをしても、仲間がミスをしても実に楽しそうに笑う。
もうフィールドにいられるだけで、幸福で仕方がないという感じだ。
こういう選手を観るのは、初めてだ。

日本人選手は、シャイな国民性故か、ミスをすると照れ笑いを浮かべる時がある。
欧州や南米の選手は、重要な試合でミスをすると、自殺をしてしまうのではないか? というような顔になる。
どっちにしろ、これほど脳天気に笑う選手っていたかなぁ・・・観た記憶がない。

ファンタジーに溢れ過ぎるプレーと、無垢な笑顔は、神の子供が遊んでいるようで、もうこうなると
「バルセロナ」を観るしかない!でしょ。

もはやマラドーナの言う「泥棒犬の集まり」レアル・マドリッドはお呼びじゃない?
そんなことにならないように、願っておこう。
クラシコが一段と楽しみになったのは、確かなのだから。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 11, 2004

「異形の将軍 田中角栄の生涯」津本陽

巻末の膨大な参考文献を観るだけで、津本陽の苦闘ぶりが伝わってくる。
序盤、幼年時のエピソードから単身野心をもって上京してくるまでは、英雄的な熱血漢の一代記で話しに勢いがありワクワク読める。
しかし話しが進むに連れて資料の参照が増え、力強く軽快なリズムが重く澱み始める。
その重さは、田中角栄を単純な英雄でもなく、金権腐敗の元凶としてでもなく、冷静に事実を向き合おうとする津本陽の誠実さゆえなのだが、読者としては、いつしか司馬遼太郎風の展開や著述を期待してしまうから始末が悪い。

家康や秀吉のような歴史の彼方の英雄達と違い、読者のほとんどが、共に時代を送った人間を題材にした小説なるが故の難しさだ。

津本は、事実上、角栄の失脚はエネルギーをめぐるアメリカの陰謀という結論を出している。
私は基本的には陰謀史観は好かない。しかし昨今のイラク情勢を観ても、アメリカという国がエネルギーに対して極めて行動的なことは事実であるし、説得力を持つ。
中国での民衆の対応と、インドネシアやタイでの暴動騒ぎなど、隔世の感があるが、変わってしまった対応の裏にも何者かの意志があるとしたら・・・


いつしか田中角栄は、太閤秀吉ように陽気に語られる日がくるのだろうか?
あるいは暗い人物像として残されるのだろうか?
同時代の人間としてそんな遠大な興味も沸いた小説であった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« October 2004 | Main | December 2004 »